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三年生編 第81話(8) [小説]

「お兄さんにつながってたラインは、二系統。弓削さんを引
き取った田中耕七郎って人と、それ以外の犯人グループ」

「うん」

「今はどっちも捕まって刑務所に入ってるから、しゃらたち
がとばっちりを食うことはない」

「うん。そう思ってたんだけど」

「今は、ね」

しゃらとお母さんが顔を見合わせた。

「犯人グループの方は、首謀者二人がもう死んでる。彼らと
お兄さんとの間に面識がないから、こっちまではまず跳ねな
いと思うんだ」

「うん」

「残るは田中って人さ」

「でも、五条さんが無期懲役って……」

「そう。たぶん一生刑務所を出られないと思うよ。でもさ」

「うん」

「身に覚えのない恨みを背負わされちゃうって……嫌じゃな
い?」

しばらくじっと押し黙っていたしゃらが、こそっと口を開い
た。

「じゃあ切るっていうのは」

「田中っていう人と僕らとの縁なんか、最初からつながって
ないよ。ヤバそうなのは、お兄さんへの恨みの感情さ。それ
を……どうしても今のうちに断ち切っておきたいんだ」

「どうして?」

「そこから不幸をばらまきたくないから」

「う」

「田中っていう人は、自分とは血のつながりのない弓削さん
を命がけで守ってる。そのせいで罪を犯すことになったの。
自分が刑務所に入ったら弓削さんがどうなるかなんか、誰に
でも分かるよ。だから、しゃにむにお兄さんを引きずり込ん
だんだ」

「うん」

「後を託されたお兄さんが弓削さんをぶん投げたことが田中
さんに知れたら、お兄さんはずっとその恨みを背負って生き
ないとなんない。それに田中さんからの直接加害がなくて
も、弓削さんがお兄さんを恨むことはありうるでしょ?」

「そうか……」

「僕は、どうしても今のうちにそれを切っておきたいの」

ふうっ。お母さんが細い溜息を漏らした。

「工藤さん。ご迷惑……おかけします」

「いえ、それは則弘さんのためじゃないです。弓削さんのた
め、なんですよ」

「ええ」

「自分が愛情を注いだ娘さんが今どうなっているのか。お母
さんやお父さんが、則弘さんが生きてるって信じて待ち続け
たみたいに。田中っていう人も、弓削さんがどうなっている
のかを心配しているはず」

「うん。そうね」

お母さんは、伏せていた顔をゆっくり上げてかすかに微笑ん
だ。

「田中さんと弓削さんの間を、則弘さんを切り離して、直接
つないであげたいんです」

「ねえ、いっき」

「うん?」

なんでいきなり僕からそういう話が出たのか。しゃらにはよ
く分からなかったんだろう。直の突っ込みが入った。

「それは分かるんだけど……なんでいきなり?」

ふっ。
一つ息を吐いて、床に目を落とす。

「いきなりじゃないよ。前からそうするつもりだった。でも、
田中っていう人と直接会うつもりはなかったし、弓削さんの
ことを田中さんに伝えるのは、則弘さん、そしてその家族の
しゃらたちへの加害リスクを下げるためだったの」

「うん。分かる」

「でも、リスクなんかもうないんだよ」

「え?」

「五条さんが、則弘さんの更生の重石にするのに使ってるだ
け。もう弓削さんに絡んだ厄介な人との接点は、これからは
ないんだ」

「うん」

「じゃあ、僕やしゃらは、弓削さんのことをもう考えなくて
いい?」

「あ……」

「今回のこと。僕は最初からそれがずーっと引っかかってて、
苦しくて苦しくてしょうがないの」

ぎゅっと拳を握り締める。
口の中が苦くなる。


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三年生編 第81話(7) [小説]

お母さんは、最初に入院してた時よりも今回の方がずっと堪
えたんだろう。表情が冴えなかった。

本当なら、お母さんに心労を掛けるような話を今しない方が
いいんだろう。
でも、伯母さんはすぐに田中さんとの接見日を設定してくる
と思う。接見の場でどたばた慌てたくないんだ。

今回の接見。
僕にもしゃらにも覚悟が要る。
僕らの心の中を整理して、きちんと気持ちを切り替えてから
接見に臨まないとならない。

麦茶を持ってきてくれたしゃらが床にペタ座りするのを待っ
て、話を切り出した。

「あの……お母さん」

「え?」

しゃらじゃなくて自分に話しかけられたのが意外だったのか、
お母さんがほけた。

「お兄さん……則弘さんは、今どうされてるんですか?」

しゃらの家族の中では、その話題はタブーだったんだろう。
しゃらは露骨に不快感を顔に出し、お母さんは悲しそうに顔
を伏せた。

「今は、中塚さんのところに半監禁状態です」

「うわ……」

しゃらがぶうっとむくれる。

「タカがね! 物置部屋に閉じ込めてるの! 少しは恥を知
れって!」

だよなあ。

「本当は、中塚さんのところに迷惑をかけたくないんだけど、
今は私がこんな状態だし、主人もいっぱいいっぱいだから」

「そうですよねえ」

ふう……。
弓削さん以上に、時間がかかりそうだなあ。
まあいい。そっちはタカと五条さんに任せるしかないね。

「そのこともあって、ちょっと相談があるんですよ」

「へ?」

今度は、しゃらがほけた。

「相談?」

「そう。時間的な余裕があんまりないんで、かいつまんで話
します」

「なんかヤバい話?」

しゃらの顔に怯えが浮いた。

「ヤバくはないよ。既定路線さ。でも、目的と方法が変わっ
たって感じ……かな」

「ううー、何がなんやら」

「今、説明するよ」

僕がさっきお兄さんの話を出したから、二人ともそれに絡ん
だことだとは思ってくれてるだろう。

「お兄さんが連れてきてしまった女の子、弓削さん」

「うん」

「伯母が後見する形で、今、心の治療に入ってます」

「少しか……良くなったん?」

「僕は会えないから、直接は分からないよ」

「え? 会えないって?」

お母さんが、きょとんとする。

「弓削さんを手酷く扱ったのは、ほとんど男たちですよ。そ
して僕は『男』ですから」

しゃらはほっとしてるけど、お母さんの顔はひどく歪んだ。
そりゃそうだよ。酷いことした男の中に、自分の息子も入っ
てるんだもん。

「弓削さん、ちょっとだけ自分の意思が出てくるようになっ
たってさ。でも、まだ赤ちゃんから離すと保たないって」

「そっか……」

「まあ、そっちは妹尾さんが密着してるし、僕らの出番はな
いよ」

「うん」

「でも、弓削さんに絡む他の厄介ごとを今のうちに片付けて
おきたいの」

しゃらが、じっと考え込む。

「弓削さんの件を早く片付けるには、二つのアクションが要
るの。つなげる、と、切る」

「分かる。弓削さんを巴さんにつなげるのと、お兄ちゃんの
線から切る、ね」

「そう。で、伯母さんにつなぐ方はもう完了なんだよ。そし
て、僕もしゃらもそこから先は何も出来ないんだ」

「うん」

「そしたら、僕らの出来るのは切る方だけさ」

「でも、もう切れてるんじゃないの?」

「切れてないよ。考えてみて」

「うー」

「お兄さんと弓削さんの間は切れてる。でも、お兄さんの方
はずるずる紐付きだよ?」

「……あ」

さあっとしゃらが青ざめた。



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