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三年生編 第81話(6) [小説]

リドルで昼ご飯を食べようと思って、坂道をゆっくり下る。
その間に、さっき会長が言った言葉を何度も脳裏で反芻した。

見かけに騙されるな。
それは……普通見栄えがいいことに騙されないようにってい
う、用心を促す意味で使われることが多いよね。
でも、その逆もあるってこと。

瞬ちゃんがそうだったよな。
ガクセイの誰もが恐れている、強面でうるさ型の先生。
でも、僕はなぜか最初からその向こう側が透けて見えた。

表現はひねくれてるけど、すごく生徒思いで面倒見がいい。
表面のとっつきにくさだけ見て突き放してしまったら、瞬ちゃ
んの心遣いは手に入らないんだ。

瞬ちゃんは、きっと自分に対するマイナスイメージを逆用し
ているんだろう。
自力でなんとか出来るやつは、俺のところに来るな! てめ
えでなんとかしろ! ……そうどやすはず。
だって、瞬ちゃん一人でなんでもかんでも面倒を見ることは
出来ないもの。

弓削さんを引き取った田中っていう人。
五条さんがぼろっくそに言ってたみたいに、決して善人では
ないと思う。乱暴者で、難しい人なんだろう。
でも、そういう人がイコールどうしようもない極悪人とは限
らないんだよね。

僕は、しょせん悪人だからそんなものって最初から決めつけ
たらだめなんだろう。

田中って人と弓削さんの接点が、どこにどのくらいあるのか。
そして、僕らがどこまでそれに関われるのか。
会った時に、しっかり見極めてこないとね。

坂を下りきって、坂口の商店街に向かう。
リドルは混んでるかな?

ちりりん。
ドアベルを鳴らしてリドルのドアを引いたら、聞き慣れたい
らっしゃいませの声がぽんと飛んできた。

「あれ? 実生じゃん。今日はシフト?」

「違うけど、マスター一人だったから入れてもらった」

「……大丈夫?」

「家に……一人でぽつんといたくないの」

「そうだよなあ」

「お兄ちゃんも同じ?」

「ああ。どっかで気持ちを切り替えていかないとさ」

「うん」

「じゃあ、今日のランチ頼む」

「はあい。マスター、ランチワンですー!」

実生が、元気な声を張り上げた。
うん。すっかりバイトに慣れたみたいだな。
実生は誰かにサービスするってことを、特別な意識なしでこ
なせる。ウエイトレスみたいな接客は得意なんだろう。

僕に向かってひょいと手を上げたマスターが、きびきびと調
理を始めた。

「ふう……」


           −=*=−


「ちわー」

一時半くらいに、しゃらのアパートの呼び鈴を押した。

「はあい。いっきー?」

「うーす」

「今行くー。ちょっと待っててー」

何か家事をこなしてたんだろう。
少しして、ばたんとドアが開いた。

「入ってー」

「お母さんの具合いは?」

「昨日の夜から少し涼しくなってきたでしょ?」

「ああ、そっか。それで」

「うん、少し楽になったみたい。今日は床を上げてるの」

「大丈夫なの? まだ横になってた方が……」

「わたしもそう思うんだけどさ。何もしないで寝てるだけだ
と滅入るんだって」

「うう、それもよく分かるなー」

「あはは」

「じゃあ、お邪魔しまーす」

しゃらに腕を引っ張り込まれるようにして、部屋に入った。

あ……痩せた……なあ。
まだ顔色のよくないしゃらのお母さんが、僕を見てひっそり
頭を下げた。

「ごめんねえ、迷惑かけて」

「いえ、体調を戻すのが先ですよー。無理なさらないように
してくださいね」

「トシよ、トシ。ほんとにがっくり来るわ」


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三年生編 第81話(5) [小説]


「あら、いつきくん。散歩?」

ぼーっとしたまま会長の家の前を歩き過ぎたら、大きなお腹
を抱えた会長に呼び止められた。

「こんちわー。気分転換です」

「上に行ってきたの?」

僕が手にしていた小枝が目に入ったんだろう。
会長が、枝を指差しながら聞いた。

「はい。いつものコースだとつまんないかなーと思って、初
めて奥の方まで行ってみました」

「へー。わたしもそっちはしばらくご無沙汰だなー。で、そ
れは?」

「いや、おもしろい花が咲いてる灌木があるなーと思って」

「クサギじゃない?」

「クサギって言うんですか」

「そう。臭いでしょ」

それで、臭木かあ。納得納得。

「でもこの花、どっかで見たことがあるような気がしたんで
すよね」

「ゲンペイカズラに似てるでしょ?」

あっ! 

「そっか! それでかあ」

「同じクマツヅラ科だからね。クサギ属の木には園芸植物が
多いわよ。ゲンペイカズラ、ブルーエルフィン、クラリンド
ウ、ボタンクサギ……」

「ユニークな花ですもんね」

「クサギは園芸用に育てられることはないけど、観賞価値は
高いと思う。花も素敵だし、花の後に実る瑠璃色の果実もき
れいよ」

「そっか。また見に行かなきゃなあ」

「実は、すぐ鳥の餌になっちゃうから競争ね」

会長が、ぱちんとウインクした。

「それとね、クサギは食べられるの」

「ええええええっ!? うそお!」

こんなに臭くてまずそうなのに?

「うそじゃないわ。若芽を茹でてから、干して保存するの。
その間にほとんど臭さは消える。苦味が少し残るけどね」

「へー、知らなかった」

「もちろん、おいしいからどんどん食べなさいってことには
ならないわ。でも栄養価は高いし、身近にあって保存が効
く。備蓄食としては優秀ってことね」

「うう、どんな味がするんだろなー」

「菜飯をご馳走になったことがあるけど、そんなに変な味
じゃなかったわよ。ちょっと硬いホウレンソウって感じだっ
たかなあ」

「うわ、会長は食べたことあるんすか?」

「もちろん」

会長が、僕をじろっと見据えた。

「花がきれいだのなんだの言えるのは、食べる苦労がないか
らよ。貧乏や飢饉で食べるものに事欠けば、それどころじゃ
ないわ」

「……」

「強い毒を持ってるヒガンバナの球根やソテツの実だって、
昔の人は飢饉の時に毒抜きして食べてたの。いくら臭いって
言っても、毒のないクサギは食料としては上等品でしょ」

そっか……。

「味や臭いに癖があっても、毒さえなければ調理を工夫して
利用出来る。表に見える部分だけで拒否したら、中の財宝を
逃すかもしれないよね」

「そうですね」

見かけだけで判断するな……か。
確かにそうなんだよな。

おっと、時間が押してきた。

「じゃあ、これで失礼します」

元のにこやかな表情に戻った会長が、ひらっと手を振った。

「またね。いつきくん」

「はあい」



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