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三年生編 第82話(7) [小説]

リドルで昼ご飯を食べてから家に帰り、勉強再開。
夕方までしっかり集中出来た。

「ふーう」

「いっちゃあん!」

お、リビングから母さんのでかい声。
夕飯コールかな?

「電話よー」

へ? 家電? 誰だろ?

「今降りるー!」

ばたばたと階段を降りたら、母さんが子機を持って待ち構え
てた。

「誰?」

「伊予田さんて言ってるけど」

「わ! 光輪さんじゃん」

もしや!

「光輪さん? 工藤ですー」

「はっはっは! 生まれたぜ。娘だ」

「おおーーっ!! おめでとうございます! 奥さんはもう
退院なさったんですか?」

「おう。見並の実家にいる」

「僕ら、赤ちゃんを見に行ってもいいですか?」

「構わんぞ。てんやわんやだがな」

「じゃあ、しゃらを誘ってお見舞いに伺いますー」

「はっはっはっはっはあ! この俺が親父だとよ」

思い切り笑い飛ばした光輪さんだけど、僕はその声の奥に涙
を感じ取った。
人並みの幸せを得られた安堵感と、抱え込んだ業に再び向き
合わなければならない悲壮感。

……複雑なんだろなあ。

電話を切って、ほっと一息。
それでも、赤ちゃんの誕生は嬉しいよね。
望まれて生まれてきた子だもん。光輪さんも奥さんもべたべ
たにかわいがるだろうし。

「ねえ、いっちゃん。誰?」

「光輪さん。去年、僕がどつぼってた時にスイカ持って来て
くれたお坊さんがいたでしょ?」

「あ! 思い出した。設楽寺の住職さんね」

「うん。娘さんが生まれたんだって」

「あらあ! 初めての子?」

「そう。ものすごく喜んでた。僕にまで電話かけてきたって
ことは、めっちゃ嬉しかったんでしょ」

「あはは。そうかあ」

夕食の配膳の手を止めた母さんが、夕暮れの庭を見回した。

「消える命……現れる命……かあ」

そうだね。
失われた命は、もう取り戻せない。
それなら、生きている僕たちが生命のバトンを渡していかな
いとならないんだろう。

勘助おじちゃんの死は本当に悲しかったけど。
五条さん、光輪さんと、命のバトンは確実に渡ってる。
次は会長の第三子、宇戸野さんの第二子、そして片桐先輩の
弟か妹……かあ。

いいよね。
みんな、心から望まれて生まれてくる子供たちだもん。

そりゃあさゆりんとこみたいに、オトナになるまでの間に何
かかにかあるだろうけどさ。
それでも生きてる限りはリセットが出来るし、親が子供を見
捨てるってことはないでしょ。

僕も……やっと昔のことを引き合いに出さなくても済むよう
になってきたかな。

今日渡辺さんにしゃらとの馴れ初めのことを話する時、うっ
かりネガをしゃべりそうになっちゃったけど。
それは口から吐き出さないで済んだ。

後輩に引き継ぐのは希望のタネ、そして力一杯楽しむことが
出来る今。それだけでいいと思う。
そこに、僕の汚い過去を混ぜたくない。

史実としての、中庭の過去。
渡辺さんや一年生たちに知って欲しいのはそれだけだ。

そして。中庭の恐ろしい面を知って逃げ出すんじゃなく、僕
ら一期生がそれに真正面から挑んできたってことを、分かっ
て欲しいな。
そうしたらきっと、自分たちだって負けないぞって思ってく
れるだろうから。

「ただいまあっ!」

玄関先で大きな声が響いて、僕の考え事はぷっつり途切れた。
実生が帰ってきたな。
母さんが、リビングを出て出迎える。

「忙しかった?」

「うん。今日は日曜だったから、ずっとお客さんが途切れな
くて」

「マスターとしては一安心だよな」

「ずっとにこにこしてたよ」

「実生も立派に看板娘になったってことだろ」

「えへへ。商店街のおばちゃんたちが、みんなわたしの顔
知ってるから来てくれるのー」

「いじられてるでしょ?」

「まあね。でも、楽しいー」

母さんは、ほっとしたんだろう。
すぐに僕に指令を出した。

「いっちゃん、お父さん呼んできて。ご飯だよって」

「うーい!」




bluesalv.jpg
今日の花:ブルーサルビアSalvia farinacea


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