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三年生編 第81話(4) [小説]

「ねえ、伯母さん」

「うん?」

「弓削さん、いろんな人に振り回され続けて、奴隷みたいに
なっちゃったけど」

「ああ」

「お母さんとの関係は、そういうのとちょっと違ったんじゃ
ないかなあって思ったんです。伯母さんはどう思います?」

「いい推論だね。私もそう思う。弓削さんのお母さんが、自
分の娘に強く依存しちゃったんだ。子供の佐保ちゃんの自我
が固まる前に親が全力でのしかかったら、そりゃあ耐えられ
ないでしょ」

やっぱりな……。

「で、お母さんの死後に田中って男に引き取られて、犯人グ
ループに拉致され、おもちゃにされて、最後はしゃらのお兄
さんと逃避行」

「うん」

「その間、弓削さんを『モノ』扱いしなかったのは、田中っ
て人だけのように思うんです」

「!!」

伯母さんが、ソファーからばんと立ち上がった。

「あっ!!」

「弓削さんの特殊性があったから持て余したかもしれないけ
ど、少なくともちゃんと『自分の娘』として扱ってるんです
よ。血の繋がりがないはずなのに」

「そうだ。その通りだね」

「娘への強い思いがあるからこそ、犯人グループのリーダー
を撲り殺してまで取り返しに行ってる。亡くなったお母さん
への愛情だけじゃ、そこまでしないんじゃないかな……と」

「うん。それは分かるんだけど、いつきくんは何を考えてる
わけ?」

「田中って人に、弓削さんの『今』のことを伝えてあげたい
んですよ」

「……」

伯母さんが、絶句してた。

「僕は……弓削さんの件に関しては本当に何も出来ないんで
す。それがどうしても引っかかってて」

ふうっ。

「弓削さん本人を手助け出来ないなら、それ以外に僕の出来
ることはしておきたい。勘助おじちゃんの遺志は、どうして
も活かしたい」

「うん……さすがだね」

伯母さんが、じっと目を瞑った。

「亡くなった勘助さんという人の姿が……目の前に見えるよ
うだよ」


           −=*=−


僕は、夏休みの間しか自由に動ける日がない。
そして、しゃらのお兄さんのこともあるから、僕だけじゃな
くしゃらと一緒に行けるようにしたい。

自我の発達が未熟な弓削さんが田中って人をどう思っている
のかは確かめようがないから、弓削さん自身の言葉やメッ
セージを伝えることは出来ない。
でも弓削さんがちゃんとケアを受けてるってことだけでも、
亡くなったお母さんやもう刑務所を出られない田中さんに報
告しておきたい。

本当なら僕が面会の手続きとかをやりたかったけど、未成年
者の申し出による接見は血族でない限りは難しいだろうとい
うことで、伯母さんに手続きを任せることにした。

未成年……かあ。
大人として見て欲しい時には子供扱いされ。
じゃあ子供のままでいいのかってダレると、どやされる。
今は、どうにも中途半端だよなあ。

ぶつくさ言いながら伯母さんの家を出た頃には、結構いい時
間になってた。

「しゃらんとこ行くのは、午後からにしようかな」

お母さんのお世話の中には、食事の支度も含まれるだろう。
それが一段落してからの方が、僕は顔を出しやすい。

昼ご飯はリドルで食べればいいけど、すぐ昼ご飯にするには
時間が……なあ。

モヒカン山のてっぺんまで上がってくるかな。
今日は何も持ってないし、トレーニングで行くわけでもない
から、のんびり行こう。

T字路の突き当たりを左に曲がってすぐ。モヒカン山のてっ
ぺんに上がれる階段がジグザグに付いてるのを見上げて。
ちょっと考えた。

いつもここからしか上がってない。
ってか、ここ以外のところから上に登ったことがないんだ。
一人で来た時もしゃらと来た時も、いつもこの階段を上がっ
た。

でも年配の人が散歩する時は、この階段は使わないと思う。
手すりはあるけど、急で段数も多いから。
ずーっと左に回り込んだ奥に、きっと山道があるんじゃない
かな。
そう考えて、止まらずに左にずっと歩いていった。

この町に越してきて二年半。
モヒカン山には何度も上がってるけど、通学やトレーニング
で行き来するところがうんと固定されてて、町内の散歩って
したことなかったんだよなあ。

自分ではあちこち出歩いてた記憶があったんだけど、お気に
入りのコースをひたすらリピする癖が強いってことに今さら
ながら気が付いた。

小野川の川沿い、モヒカン山のてっぺん、坂口の商店街。
それ以外にもいろいろおもしろそうなところはあるはずなの
に、まるっきり行けてない。

「僕の本質は、ひっきーなのかもなー」

自分が慣れ親しんだものに固執して、それ以外のものをなか
なか受け入れない。
自分はそうじゃないと思い込んでたけど、よーく考えてみる
と自分の本質って意外に狭っ苦しいんだなあ。
それが……気になったりする。

たぶん、僕はずっとしかめ面しながら歩いてたんじゃないか
な。
誰かが僕を見たら、ぶすくれた今風の高校生に感じたかもね。

百メートルくらい丘を囲む道を辿っていったら、小さな菜園
の脇から山に上がる細い道が続いているのが見えた。

「あ、ここかあ」

まだ森の里が宅地になる前は、こんな風景が全面に広がって
いたんだと思う。
設楽寺のある山向こうの農村の景色。その一部をちょっとだ
け切り取って、こそっと残してある感じだった。

菜園の横を通り抜けて、モヒカン山のてっぺんを目指す。
こっち側は背の高い木が少なくて、藪っぽい。

その一角にもさもさと灌木が茂っているのが見えた。
枝先にちょっと変わった花がいっぱい着いてる。
ピンクのがく。白い花弁からぴゅっとながーいおしべが突き
出してる。

「へー。初めて見たかも。なんだろ?」

持ち帰って調べようと思って、花の着いてる枝を一本ぽきり
と折り取った。その途端。

ぷーん……。

「うわ、なんだこれ。くっさあ!」

青臭いっていうか、生臭いっていうか、変な臭い。
捨てちゃおうかなあ。
でも花が面白いし、調べてから処分しよう。

変な臭いのする枝を持ったままてっぺんまで登り詰めて、階
段を降りて家に帰った。



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三年生編 第81話(3) [小説]

「それはそうと、さっきの話」

きゅっと眉を釣り上げた伯母さんが、突っ込んできた。

「ええ。亡くなった大叔父は、父の養父の方の親族で」

「工藤の方だね」

「はい。父は高校の時に養親が事故で亡くなって孤児に戻っ
てしまったんですけど、そのあと父が自立して働くようにな
るまで父親代わりのサポートをしてくれたのが、祖父の弟、
僕の大叔父である勘助おじちゃんなんです」

「うん」

「工藤一族の精神的支柱って言ってもいいかもしれません。
おおらかで、懐が深くて、楽天的で。僕らは、大好きだった
んです」

「うん」

「でも、先月脳梗塞で倒れて」

「……」

「うちは、誰も知らなかったんですよ。勘助おじさんの家族
ですら会えない危篤状態がずっと続いてたみたいで、誰にも
知らせてなかったって」

「ふうん……」

伯母さんは、何か変だなあと思ったかもしれない。

「それ、ほんと?」

「あはは。やっぱ、伯母さんは気付いちゃいますね」

「普段浅い付き合いしかないならともかく、親族の大黒柱な
ら、すぐ連絡が回るでしょ?」

「ええ。事情がもう一つ重なってたんですよ」

ふうっ。切ない……な。

「勘助おじちゃんは、長男の信高おじちゃんの家に同居して
たんですけど、そこの子供のさゆりちゃんが、この春高校合
格したのに不登校になってて」

「あら」

「いや、不登校っていうのは正確じゃないですね。お父さん
と衝突して、家を……飛び出してたんです」

「みおちゃんと同じ年でしょ?」

「そうです」

「……」

「朱に交わればなんとかっていうやつですね。ろくでもない
連中に引きずり込まれたんでしょう。そのままずるずる」

「ドロップアウト、か」

「母から遠回しに話を聞いてたんですけど、僕にどうにか出
来ることでもないし」

「そうだね」

「それが、夏期講習で東京に行ってる時に新宿でばったり」

「えええ? すごい偶然だね」

「偶然……ですかね」

「どういうこと?」

「僕は……勘助おじさんが最後の力を振り絞って、僕らを会
わせてくれたのかなと。そう思ってます」

「……」

「さゆりちゃんは、勘助おじちゃんの死に目には会えたと思
います。でも、勘助おじちゃんが倒れたのは自分のせいだっ
て、自分をすごく責めてるんでしょう。錯乱状態みたいで」

「……そうか。それは……辛いね」

「ええ。事態が複雑になっちゃったんで、僕らは下手に触れ
ないんです」

「それで……か。亡くなった人より、生きてる人優先になっ
ちゃうもんね」

「そうですね。すっごい切ないんですけど」

ふうっ。

「勘助おじちゃんには、これまで心遣いも元気もいっぱいも
らいました。それなら、たくさんもらった僕らは、勘助おじ
ちゃんの分まで返していかなきゃなんないなーと」

ばんばん!
伯母さんが、僕の肩を思い切り叩いた。

「いい心がけだ! 大叔父さんもあの世できっと喜んでるよ」

「はは……は」

あとは……言葉に出来なかった。
涙しか……出なかった。

伯母さんは、泣き喘ぐ僕をしばらくじっと見下ろしていたけ
ど、寂しそうにふっとこぼした。

「いつきくんのとこも橘のとこもそうだけどさ。必ずしも血
縁が全てじゃないね」

「は……い」

「私はこの頃、人と人とを繋ぐものは何なのかなって本気で
考えてしまう」

伯母さんが会長を辞めてここに越してきてから、伯母さんの
周りは本当に賑やかになったと思う。
それでも。一度空っぽになってしまった伯母さんの心の隙間
を埋めるのは、容易なことじゃないんだろうな……。

溜まっていた涙を流せた僕は……さっき自分で言ったことを
思い出していた。

『勘助おじちゃんからもらったものを、もっと大きくして返
す』

でも、嵐の真っ只中にいる健ちゃんたちには、今はまだ何も
出来ない。
しゃらやその家族に僕が出来ることは今残らずやってるし、
これからもするつもりだ。
でも……。

弓削さんのケアを、無責任に伯母さんに押し付けてしまった
こと。
僕の中では、それがずーっと後悔として残ったままなんだ。
それに……けりを着けたい。

男の僕は、弓削さんに直接出来ることはない。
でも、僕に出来ることがもう一つあったんだ。
それに気付いたんだよね。



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