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三年生編 第83話(4) [小説]

光輪さんに急かされるようにして、寝室に移動。
廊下の途中に客間があって、親族の人たちが賑やかにわいわ
い話をしていた。
僕は……勘助おじさんのことを思い出してしまって……少し
辛かった。

「見並。入るぞ」

ぼすぼすとふすまをノックした光輪さん。
向こうから、いいよーと返事が返ってきた。

「失礼しまーす」

僕もしゃらも、もっとこじんまりでアットホームな雰囲気を
思い浮かべてたから、自分がまるっきりの異邦人のように感
じちゃう。お尻がむずむずする。

光輪さんが、お寺に詰めるはずだよ。
ここじゃ居心地悪いだろなあ……。

見並さんは、授乳が終わった赤ちゃんにゲップをさせていた
ところだった。

「わ! かっわいいーっ!!」

しゃらのテンションがマックスになった。
いや……冗談抜きに、生まれて間もないのにこんなに整った
顔の赤ちゃんは見たことない。

「あはは。ありがと。もう、姉貴たちが舞い上がっちゃって
さあ」

見並さんが、げんなり顔。

「ベビーモデルにするって騒いでたから、さっき雷落とした
の。そっとしといて欲しい」

うわわ。

「でも、おじいちゃんが喜んだでしょう」

「そうね。姉貴たちにも子供がいるから初孫ではないけど、
跡取りになるかもしれないからね」

やっぱりか……。

「まあ、なるようにしかならないよね」

「そうさ」

どすん。
座ってあぐらをかいた光輪さんが、ゆっくり目を瞑った。

「俺が親父と揉めた元も、そいつだ」

あ……。

「俺は、クソ田舎の辛気臭い寺なんざ継ぐ気はなかった。そ
こが最後まで合わんかった」

!!

光輪という名前。
それはお坊さんとして名乗る時の法名じゃなくて、本名だっ
たってことか。

「俺は坊主なんかまっぴらだったのさ」

「でも……それじゃなんで今は?」

しゃらが、おずおずと尋ねる。

「親父と派手にやらかした後。少年院に来た教戒師のおっさ
んにがっつりねじ込まれたんだよ。坊主をやってもいねえく
せに、偉そうに坊主の良し悪しを言われたくねえってな」

「あ!」

光輪さんは、ぐいっと腕を組んで強く顔をしかめた。

「あらあ、心底堪えたなあ」

……。

「俺には、もう継ぐ寺はねえよ。俺の実家の寺は廃寺になっ
ちまった」

「事件のせいですか?」

「違う。村の人口が減って、檀家がいなくなったんだ。坊主
じゃ食ってけん」

「そ……か」

「それなら、継ぐ継がんを考えないで、いっちょ坊主やって
みようかって。そう思ったのさ」




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三年生編 第83話(3) [小説]

バスを降りてから、ながーい農道をてくてく歩き詰めて、古
い家並みが点在する集落に入る。

光輪さんにも奥さんにもお寺と畑で会ってるから、家がどこ
にあるのか分かんない。
畑仕事してたおっちゃんやおばちゃんに、伊予田さんのお宅
を教えてくださいって聞いてみたけど、だあれもそんな人い
ないよって。

うそお!?

待てよ……。
そういや奥さんが、跡取りだって言ってたような。
戸籍では伊予田でも、家の方は奥さんの名前かもしれない。

でも、僕はそっちの名前をすっかり忘れてしまってた。
さあ、困ったどうしよう。

二人して、農道のど真ん中で途方に暮れてたら、ちゃりで通
りかかったじいちゃんが、どうしたって聞いてくれた。

「伊予田光輪さんという方のお宅に、出産祝いで伺おうと思っ
たんですけど」

ちゃりを降りたじいちゃんが、歯の抜けた顔をくしゃくしゃ
にして大笑いした。

「ぎゃっはっはっはっは! あのクソ坊主ンとこかい。そら
あ、伊予田なんて名前で探しても無駄だわ」

ううう。

「坂木の大将ンとこだろ。あっちだ。車がいっぺえ停まって
るから分かる」

じいちゃんが、ぐいっと手を伸ばした。

僕もしゃらもその方角を見たんだけど、家が豆粒。
ううう、視力が全然違う。

「ありがとうございますー」

「クソ坊主に、とっとと働けいうといてくれや」

うひー。

「はいー」

「はあっはっはっはー」

家は全然特定出来なかったけど、坂木っていう奥さんの実家
の名前と、車がいっぱい停まってるっていう情報だけあれば、
なんとかなるでしょ。

顔を見合わせて苦笑いした僕らは、じいちゃんが指差した方
へてくてく歩き出した。


           −=*=−


「ぐわあ!」

「ひええ!」

大ショック!

田舎の農家を甘く見てた。
家が……とんでもなく立派で、でっかい!

そっか……。
僕の中では、農家って広い田畑の中にぽっちりってイメージ
があったんだけど、とんでもない!

きっと、持っている土地もものすごく広いんだろう。
そりゃあ……後継ぎを必死に確保しようとするはずだわ。

ひろーい庭には、立派な車が何台も停められてる。

「ちょ、ちょっと……いっき」

「う……へえ。びびる」

「だよね」

僕もしゃらも、思い切り腰が引けてしまった。
でも、せっかくここまで来たんだし。

開けっ放しになってた玄関の戸に首を突っ込んでみる。
ちょうどそのタイミングで、外に出ようとしてた光輪さんと
目が合った。

ラッキー!

「光輪さん! おめでとうございますー!」

どすどすと大きな足音を立てながら、光輪さんが玄関先まで
出て来てくれた。

「わざわざ済まんな」

「いえー。でも、すごいお宅なんですね」

へっぴり越しのまま、家の中をぐるっと見回した。

「はっはっは! 田舎じゃあ、見栄も財産のうちだ」

「へえー」

「ま、上がれや。見並も今は起きてるし」

「奥さん、具合が悪いんですかー?」

しゃらが不安顔で聞き直した。

「はっはっは! 赤ん坊は腹が減ったら泣く。そのたんびに
起こされるのさ。俺がおっぱいやるわけにはいかねえからな」

「あ! そっかあ」





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