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【SS】 くりすますって、なに? (弓削佐保、土屋巴) (二) [SS]

 巴はかつて母親から警告されたことを思い返し、悄然としていた。

 大きな組織の長を務めるには、できるだけ情に絡む部分を小さくしておかないとダメよ。冷血になれ、非情に徹しろということじゃないけれど、自分の中で割り切れない情がわだかまると意思決定に致命的な迷いが生じるの。
 だから誰かの人生に手を突っ込むなら、その人と心中する覚悟がいる。無闇に手を出すものじゃないわ。

 娘を諫めた母親自身が夫の愚行によって激しく感情を害し、生涯傷をむき出しにしたまま一生を終えた。母親は、夫の人生を共に背負う覚悟ができなかったのだ。
 絶対に母親と同じ轍は踏まない。そう肝に銘じて長としての責務を全うしてきた巴だが、引退してビジネスを離れるとどうにも勝手が違った。人に手を貸そうとすると力加減がわからない。助力の手段も規模も過剰になってしまう。

 これまでは相手が余剰分をこなしてくれた。巴の助力は、感謝されても厭われることなど一度もなかったのだ。だが……弓削のケアだけはそうは行かなかった。弓削は過不足をまだ自力でこなせないのだから仕方がない……わかってはいても、遠ざけられたままにされているのは心底堪えた。

 追い詰められてしまった巴は、ふらふらとはす向かいにある波斗の家を訪ねた。弓削の外部接点確保に協力してもらえないかと巴に持ちかけられ、提案を大筋で了承していた波斗は、その打ち合わせに来たのだろうと快く迎え入れたのだが。意気消沈している巴を見て首を傾げた。

「あら、土屋さん。どうなさったんですか?」

 波斗もいずれケアの一翼を担うスタッフになるのだ。隠し事はできない。巴は、弓削が書いた『おねがい』の紙を見せた上で、正直に窮状を訴えた。愚痴にしかならないのは承知の上だった。巴にできないことは、波斗にはもっとできないのだから。それでも、出口の見通せない迷路に踏み入ってしまった悔いを己の中に抑え込んでおけなかった。

 波斗は目を瞑り、黙って巴の愚痴を聞き続けた。巴が弱音を吐き出しきるのをじっと待ち、それからうっすらと笑った。

「そうね。私は土屋さんのお手伝いしかできませんので、無責任にいいとか悪いとかは申し上げられません」
「ええ」
「でも」

 立ち上がった波斗は、庭に面した窓際に歩み寄ると、庭の一角にある小さな十字架……墓碑を見つめた。

「弓削さんはこれまでずっと一人だったのでしょう。孤独の泥沼に両足を取られたら、誰だって生きていけないんです。自分を殺さないと一人ぼっちだというのをことさら意識してしまう。だからこその隷属体質だったんじゃないかな」
「……」
「でもね、今は一人じゃない」

 波斗が十字架に向かってまっすぐ手を伸ばす。

「私は。私は、娘の孤独を理解できずに死に追いやってしまいました。主人と結婚するまでずっと孤独の泥沼で溺れていた私が。何より孤独の恐ろしさを知り尽くしていたはずの私が。娘の孤独を軽視してしまったんです」
「……」
「孤立無縁に絶望した娘が自ら命を絶ってしまった時。私は……悲しいよりも腹立たしかったんですよ。弱い。弱すぎるってね」
「弱い、ですか」
「ええ。でも弱いからこそ感じ取れるんですよ。人のいいところも汚いところも。娘の死後、そう思うようになりました。弱いことを恥じてはいけない。弱者にしか見えないものがあるんだと」

 波斗が十字架を凝視したまま静かに話を紡ぐ。

「娘を失い、どん底に堕ち、心が空っぽになって初めて。私はとことん弱くなったんです。だから」
「だから?」
「差し出された手を素直に取れるようになったんですよ」

 振り返った波斗が笑顔で次々に指を折る。

「主人、トレマの菊田さん、そしてお隣に越してこられた工藤さんたち。誰もがどん底を経験した弱者でした。みんなは名声を得たプロガーデナーとしての私ではなく、生傷からだらだら鮮血を流してのたうち回っている私を、どうしようもなく弱い私を見てくれました」

 買い物から戻ってきたのが見えたのだろう。息を弾ませながらゲートを開けて飛び込んできた少女に向かって、波斗がにこやかに手を振った。そしてきっぱり言い切った。

「弱いからみんなの手を取れた。手を取れたから、今の私があるんです」
「……」
「弓削さんもそうだと思いますよ。最弱者だったから土屋さんの手を取れた。そして、どん底から離れられたんでしょう。妹尾さんは、これまでのようにずっと密着できないというだけ。手を差し出す優しさまで引き上げてしまうことはないでしょう?」
「そう……ですね」
「きっと大丈夫ですよ。誰よりも真剣に弓削さんに手を差しのべ続けているのは土屋さんなんですから。それは、土屋さんが弱くないとできないことなんです」

 人に弱みを見せないのは組織長の時だけでいい。楽隠居になった今は、素直に弱みを見せていい。理屈ではわかっていても、心身に絡みついたままの強者の鎧はどうしても外れてくれなかった。いや、外れてくれないと思い込んでいた。
 でも。自分はもうとっくに弱くなっていたのだ。弱かったからこそ父の落とし子を探し回り、弱かったからこそ少女たちとの同居に踏み切った。ああ、なんだ。そういうことだったのか。

 巴は両手で顔を覆って泣いた。悲しいからではない。弓削と同じ地平に立っていることを確かめられて、安堵したからだった。

 両手いっぱいに買い物袋をぶら下げてリビングに入ってきた八内は、土屋が臆面もなく泣いているのを見て仰天していた。

「会長! 何かやらかしたんですか?」
「ちょっとちょっと、亜希ちゃん。いきなりそれはないでしょ」

 波斗がぷっとむくれる。

「弓削さんのサポーターがこれから入れ替わっちゃう。どうしようっていう相談を受けていただけよ」
「あ、確かにー。っとっと。司くんも激しく泣いてますけど」
「きゃああっ! 忘れてたーっ」
「かあいちょーっ!」
「ごめん、亜希ちゃん。進はお義母さんに任せてあるんだけど、そっちも心配なの。見てきてくれる?」
「らじゃーっ!」

 二階に吹っ飛んでいった八内の背を見送ってから、波斗が土屋に言い足した。

「土屋さん。前にもお話ししましたけど、うちも同じ状況なんです。亜希ちゃんは来年うちを出ます。亜希ちゃんが予想以上に有能だった反動がどっと来るんですよ」
「……そう……ですね」
「うちも、なんとか変化を乗り切らなければならないの。お互いにがんばりましょ!」

◇ ◇ ◇

 波斗の家を出てすぐ。すっきりしない冬空を見上げた巴がぽつりと呟いた。

「そうね、佐保ちゃん。クリスマスってなんだろう。私にもわからないわ。クリスマスにしかほしいものがもらえないのは、確かにおかしい。ほしい時にほしいって言えるようにしなきゃね」


【 了 】



 注:
 弓削佐保という少女は、この小説の中ではモブの一人にすぎません。ただし、モブだから瑣末な位置付けというわけではないんです。彼女は、とても特殊なんですよ。

 まず。いっきの彼女であるしゃらにとって、
弓削は非常に厄介な存在になります。しゃらは弓削を加害した兄の縁者。知らないふりはできないんですが、かと言って手助けもできません。手助けできないのはいっきも同じですね。
 これまで様々な人々に支えられ、同じくらい困っている人たちに手を差し伸べてきた二人ですらどうにもできない。それが弓削という少女です。

 いっきの妹の実生と同じ十六歳の孤児で、すでに(望まぬ)子持ち。それだけでも十分に厄介なんですが、弓削は自発意思が極めて弱い。命じられて動くロボットのような性格です。その上容姿がとても整っていて、礼儀も『見かけ上は』しっかりしています。ですから、外面と内面の極端なずれがなかなか周囲に理解してもらえません。さらに厄介なことに、ほとんど学校に行けていません。学力的には小学二、三年程度というところでしょう。

 外面が整っているので、福祉関係者からのアドバイスは「職を斡旋するから働きなさい」になりますが、そんなの無理ですよ。何から何まで命じないと動けない。難しい指示を理解できない。自発意思がほとんどないのでコミュニケーションが極めて成立しにくい。飛び抜けた容姿が男たちの注目を集め、まんまと弄ばれてしまう。

 いろいろなケースをこなしてきたいっきやしゃらでも対応できないわけですから、他の人にはもっと手が出せません。いっきの伯母である巴が提供しているケアは、最初からチャレンジングなんです。
 欲しいものを聞き出す。たったそれだけのことにこんなに苦労するなんて。さらに、それが叶えられないリクエストだったなんて。これまで、力技で事態を打開してきた巴にとって、弱者救済の難しさ、デリケートさを思い知らされた形になっています。

 それでも。上から目線ではない善意の助力は必ず相手に届きます。会長が巴を「持てる者」ではなく弓削と同列の「弱者」に位置付け、助力を最大限持ち上げたことで、巴はほっとしたでしょう。本当の弱者は、どんな形であれ支援をどこまでも待ち望んでいるのですから。それが彼らにとって唯一の希望なのですから。


 みなさま、どうぞよいクリスマスをお過ごしください。(^^)/




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(モチノキの果実)





Do They Know It's Christmas by Emily Hall


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【SS】 くりすますって、なに? (弓削佐保、土屋巴) (一) [SS]

 おばさんに、さんたさんにおてがみかきなさいっていわれたけど。あたし、さんたさんてみたことないもん。わかんない。ふみねえはずっといそがしそうだからきけないけど、りんねえやきりこねえにきいたらあたしたちだってみたことないよーっていってた。やっぱりー。

 でも、ほしいものをぷれぜんとしてもらうならおてがみがいるんだって。ほしいもの、なんだろ。わかんない。

 だって、あたしのほしいものはもうあるもん。こわいひとがいないとこ。むずかしいことをいわれないとこ。いたいことをされないとこ。こんなの、いままでいっかいもなかったもん。ここ、すっごいらくなんだもん。
 みわがなかなければもっといいけど。そういったら、おばさんにおいおいっておこられた。あかちゃんはなくのがあたりまえだよって。

 それよか、せのおさんもうこれなくなるかもっていってた。なんでもかなえてくれるひとがさんたさんなら、せのおさんをつれてかないでっていいたいな。あ、それをかけばいいのか。ええと。

『せのおさんお、つれてかないでください』

 あとはおもいつかないや。これでいいよね。

◇ ◇ ◇

「ふうっ」
「巴さん、佐保ちゃんのリクエスト、どうですか?」

 ケアチーフの妹尾が直に確かめる。サポーターの恩納、伴野、村松も心配顔だ。

「予想通りだよ。妹尾さんを連れて行かないで、さ」

 メンバー全員、深い溜息の中に埋もれた。家主の土屋巴が、固く腕を組んだまま、たどたどしいひらがな文をじっと見据える。

 サンタさんへのお願いを書いといてね。巴は弓削にそういう宿題を出していた。ただ……巴には確信があった。以前よりずっとましになったとは言っても、弓削にはまだ十分な自我が育っていない。自我がしっかり前に出てこない限り、欲しいものなんか思いつくはずがない。

 極めて貧弱な自我。その乏しい自我さえ誰からも否定され、徹底的に壊されてきたのだ。ほとんど残っていない自我を、どうやって膨らませるか。もともとある自我の復元ではなく、ほぼゼロからの育成に近いのだ。本人の自主性を全く期待できない以上、蒔いた種子が発芽して伸び始めるまでは周囲が徹底的にサポートをするしかない。
 だが、巴のシェアハウスはあくまでも共同生活空間であり、サポートはボランティアの域を出ない。その分、弓削との距離感にはどうしてもばらつきが生じる。

 弓削は、自我が貧弱な代わりに人感センサーが異常に発達していた。誰に奉仕するかで自身の待遇が極端に変化するからだ。ましてや今は奉仕の必要がない。生き延びるために自我を取り崩さなくてもよくなった弓削は、天国の永続を夢見てメンバーをしっかり峻別していた。
 『こわいひと』の巴。『いいひと』の恩納、伴野、村松。そして、ずっと密着ケアをしている『いてほしいひと』の妹尾とに。臨床心理士の資格を持つプロカウンセラーとして、包容力のある「優しいお姉さん」として、他の誰より弓削が懐いたのが妹尾だった。

 妹尾が最後の最後まで弓削に密着していられれば、弓削のストレスを大幅に軽減できる。自我の養成をゆっくり進めていけるだろう。しかし妹尾は期限付き出向社員で、最初から一年というタイムリミットがあった。幸福を追い求める権利は弓削だけでなく妹尾にもあるのだから、巴は無理を言えない。
 妹尾の献身があって予想以上に進んだ弓削の自我形成だが、巴は妹尾の離脱による反動を常に考慮する必要があったのだ。そして、離脱が反作用をもたらすのは妹尾だけではなかった。

 他の三人のシェアメンバーは実に上手に弓削とコミュニケートしている。無理をしない。無理をさせない。巴と妹尾との橋渡し的な役割を上手にこなし、弓削が思考と行動を自由に動かせる状況を見事に作り出していた。
 だが、なにもかもうまく行き過ぎた。伴野が育児の補助を、村松が勉強の補佐を、恩納が明るい雰囲気の醸成を、それぞれ誰に指示されているわけでもなく分担してこなしている。逆に言えば、その中の誰が欠けてもバランスが崩れてしまうだろう。来年は妹尾だけでなく、他のメンバーも家を離れる可能性が高いのだ。

 なんて厄介な! 巴は頭を抱えていた。ケアスタッフを固定できないことなど最初からわかっていたはず。対応が後手に回ったのは、初期ケアの緊急性が高かったからだ。
 スタートアップにもっと時間がかかると踏んでいた巴は、ケアメンバーをフィックスするつもりがなかった。やってみて、リハビリの進み具合やケアスタッフとの相性を見て、漸次入れ替えようと考えていた。まさか、こんなにうまくいくなんて。いや、いってしまうなんて。

 リハビリの加速が速いほど、失速による墜落のダメージも大きくなるだろう。巴は……弓削の『おねがい』を凝視したままほぞを噛んでいた。

「本当に。難しいね……」





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(エノキ)





The One Who Knows by Dar Williams


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【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (六) [SS]

「まあ、そこらへんはいろいろやってみてだね。あたしと同じように、リョウが実績を積めば自力で動ける範囲がうんと広がる。処遇よりも、その自由度が財産になると思うよ。まあ、がんばって」

 湿っぽさ一切なしでからっと言い切った菊田は、柔和な笑顔を一瞬曇らせた。

「菊田さん、どうしたんですか?」
「ああ、小田沢さ」
「あれ? そう言えば最近見かけないなあと」

 顔を見合わせた高井と松田に向かって、菊田がばふっとでかい溜息を吹きかける。

「あいつは、本部に引き上げられたんだよ」
「……」

 サテライトから本部へ。本来ならば、それは栄転コースのはず。だが「引き上げる」という菊田の表現には、真逆の意味がこもっていた。

「悪いやつではないんだ『が』。その『が』はいつかどけなきゃならないんだ。そうしない限り居場所がなくなる」
「どけられなかったんですね」
「そう」

 菊田が、やり切れないというようにゆるゆる首を振る。本部は、小田沢を解雇するのではなく再研修後に配置転換するらしいよ。そう説明した菊田の声には張りがなかった。
 高井は、以前「あいつは不幸なんだよ」と言った菊田のコメントを思い返して、菊田の想いを反芻した。

 菊田さんは、最後まで小田沢さんを見捨てたくなかったんだろう。ここがだめでも他があるパートやアルバイターと違って、妻子を抱え、生活を背負っている正社員の小田沢さんには後がない。経歴に大きな傷をこさえてしまう前に、なんとか態度を改めさせたい……表面的な感情を超えたもっと深い想いがあって、それでも小田沢さんを変えることができなかった。徒労感がどうしようもなく大きかったんだろうな、と。

 ううん、他人事じゃないな。高井はちっとも動いていない自分の足元をじっと見下ろす。俯いた高井を見据えていた菊田が、声をかけた。

「なあ、リョウ」

 屈んだ菊田が、著しい葉落ちで売り物にならなくなったポインセチアの中鉢を持ち上げ、高井に向かって突き出した。意図を汲めずに戸惑いながら受け取ったのを見て、菊田が訊いた。

「それがもしあたしからリョウへのプレゼントだとしたら。リョウはもらって嬉しいかい?」

 高井が考え込む。無価値なものを贈られても嬉しくない。でも贈ってくれた人は大恩人だ。うーん。
 どうにも答えようがなくてもごもごと口籠ると、菊田がさっと鉢植えを取り返した。

「そういうこと。プレゼントってのはもらう方にしか意味がないんだ」
「あっ!」

 小田沢さんと自分。どこが違う? 菊田さんがくれる示唆は全く同じ。菊田さんの指針は一貫していてぶれがないんだ。でも、小田沢さんは受け取ってすぐに捨てた。わたしは受け取ったものをずっと大事にしてる。その差が何に由来しているかは一目瞭然。

 高井は、さっき菊田と松田に言われた「自力で気づけ」というアドバイスの真意を悟った。


「だから、気づけ、取りに行け、なんだよ。感性が鈍い怠け者はいいプレゼントをもらえないし、プレゼントの意味もわからない。それが小田沢の大きな欠点であり、不幸なんだ。あいつは本部がずっと届け続けてくれたプレゼントに、最後まで気づかなかったんだろう」

 周囲にあるもの全てが特上のごちそうなのに、気づかず飢える乞食のよう。ぞっとした高井が、ぶるっと身を震わす。追い討ちをかけるように、菊田が小言を足した。

「欲しいプレゼントは、必死に取りに行かないともらえない。だからさっき工藤さんに釘を刺したんだよ。余計なことを言うなってね」

 菊田の厳しい視線は、高井にではなく自身に注がれていた。それを見て、高井がやっと気づいた。
 そうか。不安なのは自分だけじゃなく、菊田さんも同じなんだ、栄転はチャンスであると同時に深刻なピンチなんだ。そして、菊田さんはこれから大波に挑む……プレゼントを自ら取りに行くんだ、と。

「いいプレゼントをいただきました」
「ははは。どやしだけならタダだからね。いくらでもあげるよ」

 もう一度高井の背をぽんと叩いた菊田は、丸顔をもっとまん丸笑顔にしてばたばたと走っていった。寒風を縫って、菊田の激励が聞こえてくる。高井がもっとも欲しいと思っているプレゼントになって。

「まあ、がんばって。あたしの異動後は主任のリョウが新城主だよ。城主として堂々と打って出られるよう、しっかり自分を鍛えてね」


【 了 】



補足:
 リョウこと高井涼は、いっきの近所に住んでいる一人暮らしの若い女性。いっきの二つ年上ですね。背が高いショートヘアの和風美人ですが、ゴナンのリョウとしてヤンキーたちの間で恐れられていた超絶ヤンキーでした。しかし、リョウは徒党を組むのが嫌いな一匹狼。いっきたちとの間には接点がなかったんです。

 いっきがよく散歩に行く、森の台地区のてっぺんにある公園。そこでいっきがフルートを吹いているリョウに気づいて交流が始まりました。精神を病んだリョウの母親が会長を巻き込んだ騒動を起こしたことがきっかけになって、いっきの家族に接近。ご近所の気安さもあって、リョウは工藤家によく顔を出すようになります。
 超低位高の五葉南高校(ゴナン)にいながら頭脳明晰なリョウは、いっきに効率的な勉強法を叩き込みました。どちらかと言えば落ちこぼれ気味だったいっきの成績を一気に引き上げた立役者なんです。

 高校卒業後、トレマホームセンターの店員として働き始めたリョウ。高校時代はがりがりにとんがっていたものの、社会人になってからは角が取れ、仕事ぶりはとてもまじめです。
 上司の菊田さんに心酔しているので、栄転の話はショックだったでしょうね。

◇ ◇ ◇

 さて。このお話は、いっぷくでも触れましたがもともとカクヨム自主企画の参加作品として編んだもの。二十五個の指定お題が組み込まれています。
 『和服の男性』『蔵出し』『験担ぎ』『喜劇』『猫』『またたび』『カフェ』『巨大ごぼう』『桜吹雪』『出逢い』『宴』『上弦の月』『黄銅鉱』『万年茸』『魔女(バーバヤーガ)』『インスタントタトゥー』『無駄骨』『屋台骨』『肩甲骨』『薬指だけが』『代名詞使用禁止』『トマト』『デスゲーム』『一枚鏡』『ワンボックスカー』の、合計二十五個です。

 この二十五個が五十個でも百個でも、組み込むだけならそれほど難しくはないんですよ。組み込まれたお題のどれかだけ浮かないように整えるのが、腕の見せ所になると思います。そういう意味では、うまく仕立てられたんじゃないかなあと。

 また、奇抜なお題をこなしやすくするため、一人称で書くことが多いわたしには珍しく、三人称の文体です。まあ、こういうのもたまには書くよということで。はい。

◇ ◇ ◇


 あまりクリスマスっぽくないお話だったかもしれませんが、クリスマスにも忙しく働く人たちは大勢います。クリパでわいわい騒ぐだけがクリスマスではありません。何を贈り、何を贈ってもらえるか。心のやりとりの意味と重要性を味わう日として、自身を見つめ直す日であってほしいなと。そう思う、クリスマスの一日です。

 みなさま、どうぞよいクリスマスをお過ごしください。(^^)/




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(サネカズラ)





I Want A Hippopotamus For Christmas by Lake Street Dive


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【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (五) [SS]

 店内に流れているクリスマスソングの破片が耳の中で不規則に転がり、高井の意識が現在に戻った。常に忙しい菊田は、高井がぼんやりしていた間に本棟に戻ったらしい。どこにも姿がなかった。

「栄転かあ……」

 高井は今春すでに予感していたのだ。菊田が他店舗に動かされることを。叩き上げ社員として園芸部門をホームセンターの看板に育て上げた腕利きの菊田を、いつまでも主任のままで置いておくはずはない。高井の予感は確信に近かった。そして、予感は現実となり、確信が確定に変わった。

 来年の春、菊田は他店の副店長として異動することが決まっている。
 本部は徹底した実力主義。学歴一切不問で菊田の人格と業績を高評価し、要職に抜擢した。高井にも、菊田と同じようにチャンスが与えられるだろう。だが、そのチャンスは自力で……実力を見せて掴み取らなければならない。まだ日常業務をこなすことで精一杯の高井には、菊田のレベルまで自分を高められる自信が全くなかった。

「ええとー」

 耳元でいきなり声がして、上の空だった高井がバネ仕掛けの人形のようにぎごちなく頭を下げた。

「いらっしゃいませー」
「って、珍しいね。リョウちゃん。ぼんやりして」
「う……」

 見切りの大鉢を二つ手に持ってにやにやしていたのは、生活雑貨コーナーでパートをしている工藤恵利花。工藤は、役得だと言わんばかりに休憩時間や勤務時間明けに園芸コーナーに立ち寄って見切りを漁る。今日も舐めるようにして掘り出し物を物色し、出物を見つけて喜色満面だった。

 工藤もまた菊田同様に心配りができる人物だったが、気分屋の上に菊田の百万倍口が悪い。高井の顔を覗き込むなり、遠慮もなにもなく核心にずばりと切り込んだ。

「菊田さんでしょ? 栄転ですってね」
「はい」
「まあ、慣れるしかないわ。いて欲しい人には去られ、いて欲しくないろくでなしばかりが吹き溜まる。世の中、そんなものよ」
「ううー」
「わたしも若い頃はホームセンターの店員だったからね。人の入れ替わりは激しいし、人間関係めんどくさいし。今のリョウちゃんみたいに恵まれてるケースなんかめったにないと思うよ。これまで恵まれてた分、ちゃんと苦労しなさい」

 返す言葉が見つからず、高井が苦笑いで応える。

「ああ、そうだ。クリスマスだから、プレゼントをやり取りするでしょ?」
「うちは、そういうのは……」
「いや、一般論として」
「はい」
「菊田さんからもらえる助言は特上のプレゼントよ。そう考えた方がいい。パッケージ開けて、わーすごいで終わるプレゼントは結局それだけ。でも、心に刻み込まれるプレゼントは滅多にもらえないよ」

 高井は頷くしかなかった。

「そしてね」
「はい」
「プレゼントをもらうだけでなく、ちゃんとあげなさいね。うちの息子も娘も、リョウちゃんから勉強を見てもらえた。息子はそれを最大限活かしたし、娘も無駄にはしないでしょ。とてもありがたいプレゼントだったわ。私はアホだし」

 包装もリボンもない剥き出しの言葉のプレゼント。だが、高井は工藤の評価がとても嬉しかった。

「役に立ってよかったです」
「まあね。そんな風に、リョウちゃんにはもらえるものだけでなくあげられるものがどんどん増えてくるでしょ。それでいいんじゃない? 菊田さんもそう言うはずよ」

 二人が話をしているところに。苦虫を噛み潰したような顔で菊田と松田が揃ってやってきた。

「工藤さん。喋りすぎ。リョウに自力で気づいて欲しかったんだけどなあ」
「そうよー。ポテンシャル高いんだから、いくらでも気づけるはずなのに」
「すんませーん。あ、リョウちゃん、これ取り置きしといてね」

 ぺろっと舌を出した工藤が、あっと言う間に逃げ去った。その背中をやれやれという表情で見ていた菊田は、笑顔に戻って高井の背中をぽんと叩いた。

「転勤ですっぱり縁が切れちゃうってことはないよ。わからんことや困ったことがあったらいつでも聞いてくれていい。使えるものはあたしだけでなく、なんでも使いなさい。松ちゃんもサポートはしてくれる」
「サポートだけね」

 松田がぱちんとウインクする。

「さっき、私がそろそろ離陸って言ったでしょ?」
「はい」
「それは、菊田さんから離陸しなさいってことじゃない。欲しいものを取りに行くには、どうしても今の自分より先に飛ばないとならないの。さっき工藤さんが言ってたみたいに、誰かにプレゼントをあげられるようにするためにね。それが離陸。今の自分からの離陸」

 何をどうしても、変わる。全ては変わっていく。ならば。変わることを通して自分に何か残したい。それを貴重なプレゼントとして受け取りたい。
 高井は、少しだけ不安を削り取ることができた。まだ……少しだけ。残る不安が溜息として漏れた。

「ふうっ」
「まあ、なんとかなるって。あたしがここを引き継いだ時にはもっとひどかったんだ。それをここまで押し戻せたんだからさ」
「そうなんですか?」
「あたしの前の主任が、引き継ぎもなにもなしでいきなりどろんしたんだよ。あたしはまだ入ったばかりだった。リョウ以上のぺーぺーだったのにさ」
「げげーっ!」

 高井だけでなく、松田もそろってのけぞった。

「出足が最悪だったから、何をどうやってもプラスになった。あたしはすごく恵まれてたんだよ」
「タ、タフだあ」
「いやあ、さっき工藤さんが言ってたじゃない。こういうところは人間関係が面倒だって」
「はい」
「あたしが入った時は最悪だったんだ。上司もパートも怠け者の役立たず。そのくせあたしをクソヤンキーって言って徹底的にバカにする」


 その頃を思い出したのか、菊田の顔が般若になる。


「うわ……」
「でも前任者のとんずら騒動でスタッフを一新できたから、ラッキーだったんだ。そこから、一緒に働いてくれる有能なパートさんを一本釣りしたの。松ちゃんも寺さんもそう。リョウだって同じだよ。要らないやつは採らない。悪いけど」


 優しいと言っても、菊田は何でも許容するわけではない。改めて菊田の厳しさをまざまざと見せつけられ、高井の肝が縮んだ。



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【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (四) [SS]

 ホームセンター近くにあるドトールカフェ。小さなラウンドテーブルに差し向かいで座っていた菊田と高井が、交互にホットコーヒーをすすっている。菊田が高井に、小田沢へのお仕置きに関して説明を足した。

「あいつは……不幸なんだよ」
「不幸、ですか?」
「そう」

 わずかに残っていたコーヒーを飲みきった菊田は、カップを置くなりぐいっと腕を組んだ。

「リョウは高校をちゃんと卒業してる。でも、あたしは高校中退さ。あとで高卒資格はとったけど、まともに勉強してない。だから、自分が何もかも寸足らずだってことはよくわかってる」
「ええ」
「トレマに就職した時、一番困ったのはそこだったんだ。知識が足りないってことだけじゃない。礼儀とか商習慣とか客扱いとか、何も知らない。そして、誰も教えてくれなかった」
「えええっ? うそおっ!」
「ははは。嘘じゃないよ」
「じゃあ……誰から教わったんですか?」
「パートのおばさん」
「わ!」

 菊田が、高井のリアクションを見て目を細めた。

「上司は、あたしをバカにするだけで何も教えてくれなかった。でも、誰も教えてくれないなら自分でなんとかするしかない。あたしは、あがいたんだよ。すごく」
「そっか……」
「そんなあたしの窮地とあがきをちゃんと見てくれた人がいた。がんばるねって、評価してもらえたんだ。その人は素晴らしいパートさんだったの。奥田さんていうんだけど」

 菊田が細めていた目を完全に閉じ、そのまま昔話を続ける。
 
「奥田さんはあたしになんでも教えてくれた。礼儀作法、客扱い、段取りの決め方、販売戦略……。今は、上部があたしの仕事ぶりを高く評価してくれてる。でも、それはあたしの能力じゃない。おばさんが教えてくれたことの受け売りなんだよ」
「すごいなー」
「ははは。でも、リョウだってそうだろ?」
「確かにそうです。いい出逢いに恵まれたと思ってます」

 ぐんと頷いた菊田の声が、いきなり厳しさを帯びた。

「だけどね、小田沢にはまだそういう出逢いがないんだ」
「ええっ? そうですかあ?」
「そう。小田沢は大学を出てるけど、大学では社会人としてのノウハウまでは教えてくれないよ」
「ああっ!」

 がばっと立ち上がった高井に視線で着席を促した菊田が、穏やかに話を続ける。

「それがあいつにとっての不幸なんだよ。確かに空気が読めない、自分勝手なやつさ。でも、出来ないと知らないは違う。あいつのへまを何から何まで落ち度として責めることはできないんだ。お仕置きには手加減がいる」
「そうか……」

 菊田が、手にしていたティースプーンでカップの底を小さく小突きながら苦笑する。

「どっちかがくたばるまでのデスゲーム。さっきの駐車場でのやり取りを他の人が見たら、そう思うかもしれないね」
「違うんですか?」
「ゲームにすらなってないよ。あいつがあたしと競えるところはどこにもない。学歴が地位に反映されない世界で実績だけを並べたら、あいつにあたしを上回れるところがあるかい?」
「確かに……」
「だからあたしは、あいつが自分の不出来を誰かのせいにできないっていう状況を作った。それだけさ」

 一度話を切って、菊田がハンドバッグを膝の上に乗せた。中から小さなガラス瓶を取り出し、高井の目の前に掲げる。小さな光芒が高井の目をくすぐった。

「わ! きれいな石ですね。虹色に光ってる。何かの験担ぎですか?」
「いや、自分をいつも戒めようと思って持ち歩いてるんだ」
「戒め……ですか」
「そう。これはキャルコパイライト。黄銅鉱。本当の色は虹色じゃない。地味な黄色なんだよ」
「ええっ!?」
「不思議だろ? 錆びるとこうなるんだ」
「うわ。信じられない」

 かららっ。ガラス瓶の中で、きらきら輝く石が転がる。二人が、輝く石をじっと見つめた。

「見た目に美しいのはこっちの方さ。でも、こいつは錆びてるんだよ。社会人になるっていうのが、こういうことなら」
「あっ! 分かりました! 見かけだけそれっぽくなっても、中身は同じ……ガキのままって」
「そう。その落差が大きくなりすぎると破綻するでしょ」
「だから、小田沢さんの位置を強制的に下げたんですね」
「うん。あたしは嘘は言ってない。あいつ、本当にヤバいんだよ」

 ガラス瓶をバッグに戻した菊田は、車のキーとレシートを持ってゆっくり立ち上がった。表情は冴えない。

「あたしがどんなお仕置きをしたところで、あいつは社にいられる。でも、上があいつを要らないと判断したら……」
「そうか」
「あたしに、それを止める権限はないんだよ」

◇ ◇ ◇

 ぴっ。

 高井の家の前。小さな電子音とともに、菊田のワンボックスが腹を開いた。後部座席から軽やかに飛び降りた高井が、菊田に会釈する。

「菊田さん、送ってくださってありがとうございます」
「いや、あたしの無駄話に付き合わせちゃったからね」
「そんなことないですー」
「お? いい月だね」

 運転席から身を乗り出して夜空を見上げた菊田が、冴えた上弦の月を指差した。

「なあ、リョウ。あんたにはあれが笑ってるように見えるかい? それとも怒ってるように見えるかい?」
「うーん、笑ってるように見える……かな?」
「ははは。月の位置によっても印象が変わるし、あれを目とみなすか、口とみなすかによっても変わるよね」
「あ、そうですねー」
「でもね。もし笑ってるように見えたとしても」
「はい」
「それが嬉しいからなのか、バカにしてるからなのか、それは分からないんだよ。ちゃんと見ていない限り、ね」
「あ……」
「みんながみんな、怒りや不満をダイレクトにぶちまけるわけじゃないんだ。感情はまず視線の変化に現れる。あたしのお仕置きで、あいつが視線の怖さに気付いてくれればいいけどね」

 ふっと小さな溜息を漏らした菊田は。おやすみの一言を閉じていくウインドウで切り落とすと、すぐに車を出した。

 後に残された高井は、改めて月を見上げる。それから無邪気な月の笑みに抗議するようにして、大きな独り言を漏らした。

「菊田さん……そろそろ栄転なんでしょ? ねえ、違う?」

◇ ◇ ◇


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【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (三) [SS]

 これ以上ない棘だらけの口調で、菊田が詰問の口火を切る。

「さて。まず弁明から聞こうか。あんた、うちとは部所が違うよね? 部門主任のあたしに意向確認しないで、なんで勝手に発注出した?」
「いや、菊田さん忙しそうだから代わりにと思って」

 こいつ、どうしようもない。そんな風情で、高井が舌打ちしながら顔を背けた。

「じゃあ、聞くよ。あたしは、あんたに似合うと思ってその格好にさせた。あんた、うれしいかい?」
「寒いだけっす」
「だろ?」

 高井が大きく頷いた。そうか! さすが菊田さんだ。体に分からせるってはそういうことか、と。だが菊田のお仕置きは、そんな甘いものではなかった。

「あんたは自分の思いつきや感性でしか動かない。人の諌めや警告をまともに聞かない。そういうやつは、組織の駒としてまるっきり使えないんだ。あたしは、あんたにずーっとそう言い続けてきた。あんたが企画を外されたのだって同じ理屈だよ」

 声を荒げた菊田が、寒そうに震えている小田沢の鼻先に指を突きつける。

「あんたはここの社員だ。個人事業主じゃないんだよ。企画は自分のアイデア出せばいいってもんじゃない。そんなのはあんたじゃなくても、誰でもできる!」

 不満げな表情を浮かべる小田沢。だが、反論の言葉は出てこない。

「企画ってのは、単なる思いつきをちゃんと具体化し、費用対効果を計算し、実施の段取りをつけて、最終的に売り上げにつなげる。それが仕事さ。遊んだらおしまいのお祭りじゃないんだよ。あんたはそれが分かってないから、企画から外されたのさ」
「ええー?」
「上があんたを売り場主任に降ろしたのだって、単なる懲罰じゃないんだよ。管理職をやるなら下でどういう苦労があるのか、今自分に何が足りないかをしっかり勉強してこい……そういう修行であり、チャンスメイクなんだ。でもあんたは、主任に降りたとたんに場当たりがもっとひどくなった。もっと劣化した」

 鬼のような形相で、菊田が怒鳴った。

「あんた、それぇ全然分かってないだろっ!」
「俺と全然関係ない菊田さんに、なんでそんなこと言われなきゃならなんすか」
「それ、そっくりあんたに返す。うちに全然関係ないあんたが、なんでうちの仕入れに手を出す?」
「う……」
「な? とんでもなく場当たりだろ? このぼけが」

 ここまでならいつもの説教。だが、今日の菊田はそれで済ませるつもりは毛頭なかった。今までの説教が全て無駄骨に終わっている以上、小田沢の改心を待つより被害拡大を防ぐ拘束具を付けた方がいい。それが菊田の判断だったのだ。

「最初に言っとく。あんたが主任に降りてからの業務評価。それには上からだけじゃなく、同僚やパートさんからの評価も加味される。あんたの現時点での評価は、どの評価者であってもD。『使えない』だ」

 ここに至って。能天気な小田沢も、さすがに自分の置かれた状況がとことん悪化していることに気付いて慌て出した。

「そんな……俺はまじめにやってますよ」
「やってない。やっていたら、D評価は付かない」

 ばっさり切り捨てた菊田が、小田沢の左手首を掴んで持ち上げた。

「あんたはこれまで、店が稼ぎ時の週末によく休暇を取ってるよな?」
「え? あの……」
「権利だと言うならそう言えばいいさ。でも土日に店で働くパートさんは納得しないよ。お客さんが一番たて込む繁忙日に、いつも責任者がいないんだから。それで高評価をもらえると思うか? ぼけが! しかも」

 菊田が、小田沢の薬指を指差す。

「薬指だけが、なまっ白(ちろ)い輪っかの跡付き。なあ、リョウ。これってどういう意味か分かるか?」
「いや、結婚指輪を今外してるのかなあと。それくらいしか……」
「他の指は甲がもっと焼けてるだろ? 海でナンパかける時だけ外してる。指輪を見られちゃまずいってことだろさ。休み取って、何しに行ってんだか」
「げえええっ!」

 まさかそんな下世話な方向に転がると思っていなかった高井は、呆然。

「こんなちゃらけた男に引っかかるバカな女は、そうそういないと思うけどね。でも、まだ小さなお子さん抱えてる奥さんは絶対に納得しないでしょ」

 腕をぽんと放り出した菊田が、にやあっと笑う。

「ねえ」

 少し前までまだ菊田に歯向かおうという姿勢を見せていた小田沢は、完全に凍りついてしまった。

「あたしはあんたの上司じゃない。だから、あんたに向かってああしろこうしろとは言えないよ。でも、あたしたちのシマぁ荒らすのだけは絶対に許せん! ただじゃ済まさん!」

 小田沢の浴衣の両肩に手を伸ばした菊田は、それを一気に引きずり降ろした。小田沢の裸の上半身がむき出しになる。その半身をひねって後ろを向かせた菊田は、小田沢の背に飛び出している肩甲骨の上に何かを押し当てた。

「いてっ!」

 慌てて振り向いた小田沢が、菊田の手にしているものを見て顔色を変えた。

「け、けけけ、剣山んんー?」
「ああ。あんたは、自分が人にどう見られているか全く分かっていない。人の視線、表情、行為。それを自分の見たい時にしか見ない上に、都合のいい解釈しかしない。そのままじゃ、どのポジションに置かれても、誰が何をどう言っても無駄さ。だから、強制的に視線を縫い付ける」
「どういう……意味すか?」
「もんもんしょってもらう。桜吹雪がいいかな」
「げええっ!」

 逃げ出そうとした小田沢だが、着慣れない浴衣の裾を踏んで、すぐに転んだ。背後からぶっとい腕を巻いて首を押さえた菊田が、小田沢の耳元で囁く。

「あたしがこの剣山使って直接彫ってもいいんだけどね。さすがにそれは、あんたの奥さん子供に気の毒でしょ。ファッションにできる今はともかく、昔は罪人の証明なんだし」
「ひ……」
「首と手首からもんもんがはっきり見えるように、派手なインスタントタトゥーを貼らしてもらう。耐久性のあるタイプだから、洗ってもこすってもしばらくは落ちないよ」

 説明が終わらないうちに、小田沢の背中から首にかけてと二の腕から手首にかけてべったりとタトゥーシールが貼られ、ド派手な桜吹雪が闇に浮かんだ。

「当たり前だけど、それを歓迎する人は誰もいないよ。お客さんもパートさんも上司も、こいつもうどうしようもないなという視線であんたを見るはずさ。その視線を、いやっていうほど感じとけ」

 へたり込んでいた小田沢の頭上に、タトゥーシールの裏紙がぱらっと降ってきた。

「そんなもん貼らなくたって、あんたに向けられてる視線はもう真っ黒けなんだよ」
「ううう」
「でも、それがある間は遊びにも行けないだろ? 家庭円満の維持にも役立つし、一石二鳥だ。ああ、それと」

 闇の中に、菊田の静かなアナウンスが流れた。

「あんたは、すぐにこそあどで指示を出す。それをやっといて、あれはどうなったんだ……ってね。指示内容を具体的に言えないのは、あんた自身が仕事をまじめに考えてないからだよ。代名詞使用禁止をしっかり意識した方がいい。じゃあね」



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【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (二) [SS]


 それは三月下旬のある日のこと。
 閉店時間が過ぎて客の姿が絶え、パートの女性陣もお疲れ様の言葉を残して三々五々売り場を離れた。店員の高井と菊田だけが、店舗に残って残務整理をしていた。

 花や野菜の春苗販売が本格化する時期は、トレマホームセンターの園芸コーナーが連日客でごった返す。売り上げも想定以上だったのだが……。菊田は一日中ずっと機嫌が悪かった。
 普段は冷静沈着な菊田がひどく気分を害する理由は一つしかない。原因をよく知っている高井が、溜息混じりに確かめた。

「菊田さん。もしかして、また……ですか?」
「小田沢のバカヤロウ!」

 菊田が突然大声で吠えた。

「あいつの頭ン中ぁどうなってるんだっ! 企画でちっとも使えないから主任に格下げになったくせしやがって、他部門の発注業務に手ぇ出すなっ!」
「やっぱり小田沢さんですか。懲りずになんかやらかしたんですね」

 そこそこいい大学を出ている小田沢は、本来ならば幹部候補生のはず。だが、社会人としては間違いなく寸足らずだった。
 学生気質がいつまでも抜けず、思いつくまま独善的にプランを動かそうとする。ノリはいいが段取りや根回しを考えない。やることなすこと万事いい加減なくせに、何かとあちこちにしゃしゃり出る。とんでもなく迷惑なお祭り男だ。

 これまで何度も場当たりイベントを企画して菊田の逆鱗に触れ、その都度どやし倒されてきたもののちっとも懲りていない。自分もとばっちりを食ったことがある高井には、菊田の激しい怒りがよく理解できた。

 小田沢の軽挙がもたらすトラブルは、側(はた)から見れば喜劇だが、巻き込まれてしまった同僚や部下にとっては悲劇以外のなにものでもない。しかも、本人だけがいつまでも被害者の嘆きや白眼視に気付いていない。
 そんな小田沢を徹底的にこき下ろしながらも、同時にサポートしてきたのが菊田だった。しかし。いつもは罵倒が一巡すれば収まるはずの菊田の舌鋒が、どんどん鋭くなっていた。高井は、それがひどく気になった。

「これ見ろっ!」

 ばさっ! 菊田が突き出した発注伝票の束を見て、高井が思わず頭を抱えた。

「ちょっとー。ごぼう苗が、なんで堀川ごぼうなんですか。こんなん売れませんよー。栽培難しい上に巨大ごぼうになっちゃうから」
「仕入れ単価高い上に、これじゃ売れ残る。丸々赤だよっ! これもそうだっ!」
「え? しいたけ栽培セットじゃなくて万年茸栽培セットぉ? こんなん誰も買わないよー。ちょっとちょっとー!」

 菊田をなだめようとしていた高井の頭にも、ぐんぐん血が上り始めた。

「ああ、リョウ。それなんか、仕入数少ないからまだましさ。仕入数多いトマト苗なんかもっと悲惨だよ」
「え?」

 伝票をめくっていた高井が絶句する。

「桃太郎とかアイコとか、定番や売れ筋品種が一つも入ってない……って」
「蔵出しの新品種ですよって、まんまと業者に嵌められたんだろ。知名度のないジャンク苗つかまされやがって!」
「ううー」

 菊田の口から、爆音とともにとめどなく噴煙が吹き上がり続ける。

「しかも、納入された苗をヤバいところに放置しやがってっ!」
「苗って、なんのですか?」
「またたびだよ。お客さんからの注文で取り寄せたんだ。それをペットコーナーの猫のケージ横に置きやがった」

 その結果どういう騒動に至ったかは、高井が想像するまでもなかった。

「ペット部の中村さんからねじ込まれたのは、あいつじゃない。無関係のあたしだよっ!」
「そんなあ」
「あいつのやることなすこと、一々あたしたちの邪魔ばっかりだ。昨日今日の話じゃない。ずーっと前からだっ!」
「そうなんですよねー。しかも悪意がないっていうか。宴会好きのお祭りバカなだけだからどうしようもないっていうか」
「いつかはましになると思って我慢してたけど、もう限界だっ! あの野郎、今日は徹底的にぶちのめしてやるっ!」

 菊田は、若い頃女だてらに武闘派暴走族の総長(ヘッド)に君臨していた。今は更正して至極まじめに働いているが、三十後半の家庭持ちになった今でも荒っぽい気性はそのまま残っている。
 だが昔と違って、今荒っぽさがむき出しになるのは部下や同僚が組織を損ねかねない大失態をしでかした時だけだ。

 暴走族だろうが売り場だろうが、組織は組織。人を束ねてきちんと動かすなら、長のつく者がメンバーをしっかり統率する必要がある。
 その自覚をもとに体を張ってトラブルシューティングにあたる菊田は、厳しさを他者にも等しく要求する。トラブルを起こした同僚や部下を甘やかすことは決してなかった。

 トラブルの原因がイージーミスや注意不足による単発かつ偶発的なものであれば、菊田は注意喚起すなわち「次から気をつけてね」で無難に収めた。
 しかし、小田沢のようにあちこちのネジが外れている手合いにはいくら口頭で厳しく注意しても効き目がない。それゆえ、菊田の叱責がどやしのレンジを超過し、度々鉄拳制裁にまでヒートアップしていたのだ。

「えー? 菊田さん、やり過ぎたらクビになっちゃいますよう」

 高井が慌ててブレーキをかける。その時高井は、高校卒業後トレマホームセンターに入社してまだ一年も経っていなかった。頭の回転が早く、仕事の段取りやコツを卒なく覚えていた高井だったが、経験はまだまだ足らない。園芸部門を一手に取り仕切っている屋台骨の菊田を失うと、頼れる人が誰もいなくなってしまう。
 そんな高井の焦り混じりの牽制をにべもなくスルーし、菊田がきっぱり言い切った。

「クビにされるようなへまなんかしないよ。でも口で言って分からなきゃ、体に覚えさせるしかないだろ?」

 駐車場の車がほとんど消えて、売り場と外を隔てるガラス壁は闇に裏打ちされ、店内の保安灯が仄かに照らし出す巨大な一枚鏡と化していた。そこに映っているのは、がっちり腕組みをして薄笑いを浮かべた恐ろしい魔女。そう……紛れもなく最凶最悪の魔女だった。

◇ ◇ ◇

 いつもは定時後すぐに別棟の更衣室で作店員服から私服に着替える菊田が、ユニフォーム姿のまま店舗を出た。

「ああ、リョウ。あたしの車のところで待ってて」
「え? わたしも立ち会えってことですか?」
「そう。あたしとあいつのワンオンワンじゃ、お仕置きにならないんだよ。ギャラリーが欲しい」
「うー」

 高井も、高校の頃は札付きごりごりの超絶ヤンキー。やっとまともな社会人としての生活が始まった矢先に、元ヤン同士が組んだと思われるようなリンチには加担したくなかった。その嫌気を覚った菊田が、手をぱたぱた振った。

「いや、リョウになんかしてもらうことはないよ。あんたは、あたしのお仕置きをよーく見といて。あんたが先々何をやるにしても、どうしてもこういう機会は出てきてしまう。あんたならどうするか、よーく考えといて」
「は……い」

 店舗の鍵を管理部に返して退勤時間を打刻した菊田は、和装の優男(やさおとこ)を連れて駐車場に戻ってきた。暗さに目が慣れた高井は、それが浴衣を着た小田沢であることにすぐ気付いた。

「ちょっと小田沢さん。その格好、寒くないんですか?」
「いや……寒い……けど」

 浴衣姿は本人の好みゆえではなく、菊田に無理やり着せられたのだろう。

 暗い駐車場のど真ん中。場違いな着流し姿の男と、ユニフォーム姿の女が二人。菊田の大型ワンボックスカーの陰で密談をするような格好で、お仕置きが始まった。



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【SS】 見えないプレゼント (高井 涼) (一) [SS]

 年中季節感があっさりめのホームセンターと言っても、師走だけは別だ。店内に流れるビージーエムに、ささやかながらクリスマスソングが混じるようになった。田貫市の郊外、国道沿いにあるトレマホームセンターの新米社員高井涼は、入荷間もないパンジーの苗を手際よくチェックしながら、何気なくクリソンをハモった。

「リョウちゃん、なんかいいことあった?」

 鼻歌をパートのおばちゃんに聞きつけられ、すかさず突っ込まれた高井が苦笑い混じりに答える。

「いやあ、特に何もないです。景気づけですかねえ」
「景気づけねえ。これ以上忙しくなるのは勘弁してほしいけどなあ」
「ははは」

 いや、間違いなく暇より忙しい方がいいでしょ。
 高井は、心中でそのパートさんの位置付けをちょっとだけ下げる。年中混み合う園芸コーナーといっても、大規模量販店のように人でごった返すことなど滅多にない。店としてはスタッフを増やす算段をしなければならないほどの繁忙があって初めて「忙しい」と言えるのであって、通常の業務を通常通りこなしていれば一日が終わる今は、決して忙しいとは言えない。

 ただ、それをパートさんに言っても仕方がない。高井は、鼻歌を切り上げてバックヤードに走った。

「そろそろどどっと納品が来る。慌ただしくなるなあ」

◇ ◇ ◇

 ホームセンターはデパートやスーパーマーケットと違い、クリスマスで大幅売り上げアップを図るという営業戦略を立てていない。クリスマスに関連する商品は他の小売店同様に取り揃えるものの、食品の扱いが少ないので売り上げへの寄与は知れている。それより年末年始の方がずっと忙しくなる。
 師走に入ってから順調に客足が伸びているものの、ペースとしては例年並み。店員がパニックに陥るほどの大入りにはなっていない。

 高井にとって、クリスマスに尻を蹴飛ばされるような多忙が襲いかかってこないことはいいことでも悪いことでもあった。
 いいこと。余裕を持って仕事をこなせるということ。もっとも通常業務だけでも十分忙しいので、クリスマスに取り殺されないだけまだマシというレベルであったが。
 悪いこと。少しでも手が空くと、余計なことをいろいろ考えてしまうこと。考えたくない不安を頭から追い出すには、むしろ忙しすぎる方がよかったのだ。

 ホームセンターに就職してから現在に至るまで、怒涛のように押し寄せてくる業務をこなし、覚え、慣れ、次のステップを見据える余地が少しだけできてきた。
 学生から社会人へのステップアップを順調にこなせるとは思っていなかった高井にとって、余地が得られることは好ましいはず。だが、余地はまだ白紙のままで、そこに何も描けていない。少しずつ広がる白地には、望ましい未来ばかりではなく、不安や恐れも忍び込んでしまう。

 自分は、本当にこのままで大丈夫なのだろうか、と。

「リョウちゃん。これ、どうする?」

 ベテランパートの松田が、高井を見つけて声をかけた。納入品一覧の複写紙に引かれたピンクマーカーの列を指さしている。はっと我に返った高井が、紙面にさっと目を走らせた。

 園芸コーナーには、クリスマス用の商品として定番のポインセチア以外にもチェッカーベリーやヒメヒイラギなどの小鉢をいろいろ仕入れてあった。それが順調にはけて、店頭在庫が払底しつつある。どうするの中身は、追加注文を出すかどうかの確認だ。これから追い注をかけても売れる数より残る方が多くなると考えた高井は、そう言いかけて口をつぐんだ。

「主任に。菊田さんに確認を取ってみます」
「そうだね」

 松田が、苦笑混じりにわずかに微笑んだ。その複雑な笑顔が高井の心に引っかき傷を残す。
 コピー紙を畳んだ松田は、高井に背を向けると同時に小声で言った。

「リョウちゃん。そろそろ離陸よ」

 高井は唇を噛む。わかっている。変化の大波は、自分の意思や願望とは無関係に押し寄せる。高校を卒業した時のように。否応無く、容赦なく、厳然と。
 だが、学生という立場を失う時には何も感じなかった不安が、高井の心中をじわじわと侵食していた。

 変化から逃げるわけにはいかない。いや……逃げてもいずれ変化の波には飲み込まれる。自分は変化と向き合わなければならない。わかっている。
 ただ……変化に挑むタイミングがどうしても掴めない。

 高井は、土だらけになっている両手を見つめて大きな溜息をついた。

「相手がいるなら、殴り倒しゃ済むことなんだけどな」

 ぶるぶる首を振っていた高井に、園芸部門主任の菊田宏子が気づいた。窮屈そうにはまっているメガネをかけ直しながら、さっと駆け寄る。

「どした? リョウ」
「あ、ポインセチア以外の小鉢をどうしようかと思って」
「クリスマス関連なら追い注かけるだけ無駄だよ。だいたい出荷側にタマがもう残っていない。これからは正月、早春ものに切り替え」
「ですよね」
「こんな初歩的なレベルで迷うなんてリョウらしくないな。即断即決しなよ」
「はい」

 ふくよかな丸顔に似合わない厳しさと真剣さ。高井は、着任から今に至るまで菊田の容赦ない鬼指導によって鍛えられてきた。理詰めで読みの奥が深い菊田の薫陶は、高井にとってまさにバイブルのような存在。菊田は商品知識が豊富なだけではなく、業者との駆け引きやパート、アルバイターの扱いも巧みだった。
 それは努力と経験で磨き上げられた才能であり、ぽっと出の新人が付け焼き刃で会得できるものではない。仕事に慣れたとは言っても、人扱いの部分は高井にとってまだまだ敷居が高かったのだ。

 だが……変化は来る。自分はその変化がくることをずっと前から知っていたはず。それなのに、なぜ今の今まで顔を背け続けていたんだろう。黙り込んでしまった高井を見て、菊田がしょうがないなあという表情で笑った。

「しけてるねえ」

 厳しいけれど、心配りが細やかで頼り甲斐のある超有能な上司。うっかり、そんな神様のような上司に当たってしまうと、上司の存在が必要不可欠なものに変わってしまう。
 高井は、菊田の厳しさと優しさの両面を思い知らされた春先のハプニング……小田沢お仕置き事件のことを無意識に思い返していた。



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【SS】 栄冠は君に輝く *副の神* (菅生 君彦) (二) [SS]


正直。
俺はどこでも浮く。
みんなの話の輪に入るってことが苦手でしょうがない。

何人か集まっている中でどんな話題が出ていても、俺が何
か言ったとたんに場がしらけるんだ。
話の揚げ足を取ったり、腰を折ったりしてるつもりはない
んだけどな。
どうしても乗りがみんなとシンクロしない。ずれっちまう。

プロジェクト以外だと、それは解消していない。
クラスでは陰キャで通ってるし、実際絡んでくるやつはほ
とんどいない。

高校に来る前も、ずーっとそうだったんだ。
俺がなにかしたり言ったりしてるわけじゃないのに、いつ
の間にかハブられてる。
俺も別にいいかあで開き直っちまうから、ますます浮くん
だ。

このままずっと行っちまうのはまずいよなあと思いながら
も。
俺は、自分を大きく変えたり折り曲げたりするつもりはな
かったんだ。まあ、しゃあないかって。

でもプロジェクトの二年メンバーは、最初っからどっかネ
ジが抜けてるやつばっかだったんだよ。

責任感だけを燃料にして、ひたすら突っ走っちまう鈴ちゃ
ん。
なんでもかんでも一人で処理しようとして、最後に自爆す
るトオル。
危機感のセンサーが壊れてて、状況がまるっきり見えてな
い黒ちゃんやバタやん。
兼部をいいことに、露骨に手を抜くキタやタカやん。

なんだこいつら、揃いも揃ってひでえなあと思いながらも。
ああ、俺もそんなもんかと思えばすごく気が楽だった。

もし工藤先輩や篠崎先輩みたいな緻密な人が同期だったら。
俺の居場所はいつの間にか取り上げられちまったかもしれ
ない。
でも二年生は全員適度に抜け作だったから、俺みたいなぬ
らりひょんはみんなのパーツの隙間にすっぽり入りやす
かったんだ。

まあ、あれだよ。
困った時にだけ拝まれる仏像みたいなもんだな。
普段は何もご利益がないけど、緊急時にどろんと正体を現
して、お告げでござると口を開けばいい。

その時にみんなの見えてなかったところを指摘すれば、不
具合が改善されて、なんとなくうまく動くようになる。
めでたしめでたし。

にやにやしながら、仏像になった自分をもやもや妄想して
いたら。先生に全力で突っ込まれた。

「菅生くん、何考えてんの?」

「俺っすか? 何も考えてないっすよ」

「今、笑ってたじゃない」

「ははは。いや、コンテストで入賞してよかったなーって」

「ったく。どこまでズレてんだ君は」

「はははははっ」

ひとしきり笑ってから、先生に課題を投げ返した。

「先生、俺が思うに」

「うん」

「いろんなポジションの中で、副っていうのが一番あいま
いだなーと思うんす」

「あいまい……か」

「はい。でもね、それが悪いんじゃなくて、そうしておく
必要が絶対にあるんじゃないかなーと」

「ああ、わかる。初代の御園さんと君とでは、同じ副でも
役回りがまるっきり違うものな」

「そうでしょ?」

大きく息を吸い込み、それを吐き出すと同時に溜まってい
た思いを言葉にした。

「俺が。俺がこのプロジェクトに入って一番よかったなー
と思うのは、ジャストそこっす」

「ふむ」

「役割はあるんすよ。俺だけでなく誰にもね」

「そうだね」

「でも、その役の形が最初からかっちり決まってると、ど
うしても入れるやつ、入れないやつが出ちゃう」

「うん」

「工藤先輩は、そこを自由に動かしていいって言った。俺
らを変えるんじゃなくて、入れ物を変えりゃあいいじゃん。
そういう考え方が」

「ぴったりだったということだな」

「はい。俺にとってはそれがベストで、それが全てっす」

先生が目を細めて笑った。

「ふふふ。私もそうだ。猫拾いをしてた時より、今の方が
ずっと楽だからな」

「猫拾い、すか?」

「そう。みんな、いろいろ抱えてここに来るのさ。最初私
は、それを個別にケアしてたんだよ。工藤くんも御園さん
もそうだ」

「へえー。知らなかったっす」

「でもね。ぴったりの居場所を探して個別にあてがうの
は、本当にホネなんだよ」

先生が、ふっと小さく息を漏らした。

「居られる場所がなければ、場所自体を作ってしまえばい
い。そういう建設的な考え方は工藤くんならではだ。その
理想を体現したのがプロジェクトだな」

「そっすね」

「そういう精神だけは残していきたいよな」

俺は、ぐんと頷いた。

「本当に、そう思うっす!」

ぱんと机を叩いて、先生が立ち上がった。

「現執行部でまだ行くってことだな。安心したよ。その間
に、後輩たちをしっかり仕込んでほしい」

「うっす!」

「頼むよ。副の神!」

ずでっ。なんじゃそりゃ。






ca1.jpg

(チャ)





(補足)

菅生君彦(すごう きみひこ)は、プロジェクトの副部長
です。

鈴木さん、四方くんがそれぞれ愛称で呼ばれるのに対し、
彼はそのまま「すごーくん」ですね。
それが、彼の立ち位置をよーく現してます。

決して怠け者ではなく、ちゃんと鈴ちゃんやトオルくんを
サポートしてるんですが、目立ちません。まさに補佐役で
すね。
彼はプロジェクト以外に掛け持ちがないので、一番柔軟に
動けるんです。

でも、彼は三人の中で一番の硬派です。その硬派の部分を
普段は全く見せない……つーか見せる必要がないだけ。
いつもがとても地味な分だけ、彼が動き出すとそのインパ
トははんぱじゃありません。

コンテストの実査でお客さんが来校した時の騒動。
マネージャーを通さずにイベントを組んでしまったしゃら
たちを、全力でどやしたのは彼なんですよ。







The Place To Be  by Asa

 


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【SS】 栄冠は君に輝く *副の神* (菅生 君彦) (一) [SS]


「ああ、菅生くん。ちょっといいかな」

高校ガーデニングコンテスト入賞を祝って臨時の部会が開
かれ、みんなが興奮してわあわあ騒ぎ立てていた視聴覚室。
散会したあと最後に鍵をかけて部屋を出ようとしたら、中
沢先生に声をかけられた。

「なんすか?」

「相談があるんだ」

「ええと。鈴ちゃんやトオルじゃなくて、俺にっすか?」

「そう」

先生の表情が硬い。浮かれるような話じゃなさそうだな。

「生物準備室に来てくれる?」

「わかりました」

◇ ◇ ◇

準備室に入って早々に、先生がずばっと切り出した。

「次の執行部のことなんだけどさ」

「ああ、今一年の間で話し合ってもらってるっす」

「たぶん、マネージャーと副部長はすぐ決まるよ」

「江口さんと高橋くんすね」

「そう。問題は部長さ」

うーん。確かになあ。

「君らの代は、鈴木さんが手を上げたんでしょ?」

「結果的にそうっしたね」

「結果的?」

「はい。最初はだあれも手ぇ上げなかったんです。工藤先
輩のあとは荷が重いっすよ」

「だよなあ……。鈴木さんも、よく思い切ったな」

「まあ、鈴ちゃんすから」

先生は、部員名簿を見て納得顔をしてる。

「それでも、君らの代はとても仲がいい。剛柔のバランス
が取れてて、話がまとまりやすいんだ」

「確かに。そうかもしれないっす」

「一年はすごい人数になっちゃったからね。部長に手を上
げたいって子はなかなか出てこんだろ。まとめるのが一苦
労だからね」

「はい」

「どうするかなあ……」

話し合いで決まればいいけど、それで決まらなければ投
票ってことになるだろうな。
役を先取りして、そこに名前が入った人は候補者から除外
になる。
つまり、やり手の江口さんや高橋くんは最初から部長候補
にならないんだ。

「先生の見立てでは、誰になりそうだって考えてるんす
か?」

「決まってるだろ」

忌々しそうに、先生が吐き捨てた。

「工藤くんの妹だよ」

あっちゃあ……。思わず頭を抱え込んでしまう。
確かにそうだ。そうなるわなあ。

「一年の間で知名度が高い。仕事もきびきびこなしてる
し、発言も積極的だ。なんと言っても、カリスマ部長の妹
だからね。兄貴にパイプがあるから安心ていう見方をされ
るだろう」

「そらあ」

「無理だよ。実生ちゃんには部長はできない」

あまり決めつけない先生にしては、ずばっと言い切ったな。

「どうしてすか?」

「実生ちゃんは、過去にそれで大失敗してるから」

「大失敗?」

「イジメだよ。工藤くんと同じだ」

げ……。

「工藤くんの兄妹は、揃って訳ありなんだよ」

「先輩のは知ってましたけど。実生ちゃんのは知らなかっ
たっす」

「でしょ? 見かけが明るいから、余計にね」

「なるほど……」

苛立ちを隠さず、先生がずけずけと言い放つ。

「鈴ちゃんは前しか見ない。それが部長ってものだからい
いんだけどさ。後ろを見る役の四方くんは、雑務で手一杯
だ。心のケアまではできない。そして私はお目付役をこな
すだけ。それ以上は立ち入れないよ」

「そっすね」

「さすがに、創立メンバーを後任選びに駆り出すわけには
いかない。どうしたもんかと思ってさ」

なるほどね。
そらあ鈴ちゃんやトオルのいるところでは言えないわな。
だから俺ってことか。

「まあ。なんとかなるんじゃないすか」

「そうかい?」

「はい。まず」

「うん」

「工藤先輩は、三年になってすぐ、鈴ちゃんにバトンタッ
チしましたよね?」

「ああ、そうだったね」

「俺らはそうするつもりはないっす」

「おっ?」

先生は意外だったんだろう。目をまん丸にして俺を見てる。

「へー、方針が違うってことか」

「そうしないと保たないっすよ。先輩たちは二十人以上い
たのに、俺らはその半分すから」

「あっ!」

中沢先生の頭の中には、人数比のことが入ってなかったん
だろう。
緻密なように見えて、結構抜けてんだよな。ははは。

「俺らの代の執行部交代は、三年の学園祭明けにするつも
りっす。バトンタッチを遅らせれば、後輩たちの適性もわ
かってきますよね?」

「なるほどなあ。他の部に揃えるってことだな」

「はい。俺らは鈴ちゃんやトオルに突破力があるから二年
でも行けましたけど、なかなかそうは……」

「そうだね。賢明だ」

「班長やサブマネで仕事もちゃんと覚えられますから、そ
の中で自然に決まってくると思うっす」

ほっとしたんだろう。先生がこきこきと肩を動かした。

「それにしても」

「なんすか?」

「菅生くんは、おもしろいキャラだね」

「先生には言われたくないっす」

「ははははは」

目を細めて笑った先生が、俺をじっくり見回した。

「普段ほとんどイニシアチブを取らないから、みんなは副
部長っていつも何してるんだろうっていうイメージ持って
ると思うな」

「実態もそれに近いっす」

どてっ。先生がこける。

「いいんすよ。俺はそれで。こんな居心地のいい部活とポ
ジションを手放すつもりはないっすね」

「へえー? 意外だなあ」

「そうすか?」






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(ムラサキシメジ)











Co-Pilot  by Andy Grammer

 


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