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【SS】 栄冠は君に輝く *副の神* (菅生 君彦) (二) [SS]


正直。
俺はどこでも浮く。
みんなの話の輪に入るってことが苦手でしょうがない。

何人か集まっている中でどんな話題が出ていても、俺が何
か言ったとたんに場がしらけるんだ。
話の揚げ足を取ったり、腰を折ったりしてるつもりはない
んだけどな。
どうしても乗りがみんなとシンクロしない。ずれっちまう。

プロジェクト以外だと、それは解消していない。
クラスでは陰キャで通ってるし、実際絡んでくるやつはほ
とんどいない。

高校に来る前も、ずーっとそうだったんだ。
俺がなにかしたり言ったりしてるわけじゃないのに、いつ
の間にかハブられてる。
俺も別にいいかあで開き直っちまうから、ますます浮くん
だ。

このままずっと行っちまうのはまずいよなあと思いながら
も。
俺は、自分を大きく変えたり折り曲げたりするつもりはな
かったんだ。まあ、しゃあないかって。

でもプロジェクトの二年メンバーは、最初っからどっかネ
ジが抜けてるやつばっかだったんだよ。

責任感だけを燃料にして、ひたすら突っ走っちまう鈴ちゃ
ん。
なんでもかんでも一人で処理しようとして、最後に自爆す
るトオル。
危機感のセンサーが壊れてて、状況がまるっきり見えてな
い黒ちゃんやバタやん。
兼部をいいことに、露骨に手を抜くキタやタカやん。

なんだこいつら、揃いも揃ってひでえなあと思いながらも。
ああ、俺もそんなもんかと思えばすごく気が楽だった。

もし工藤先輩や篠崎先輩みたいな緻密な人が同期だったら。
俺の居場所はいつの間にか取り上げられちまったかもしれ
ない。
でも二年生は全員適度に抜け作だったから、俺みたいなぬ
らりひょんはみんなのパーツの隙間にすっぽり入りやす
かったんだ。

まあ、あれだよ。
困った時にだけ拝まれる仏像みたいなもんだな。
普段は何もご利益がないけど、緊急時にどろんと正体を現
して、お告げでござると口を開けばいい。

その時にみんなの見えてなかったところを指摘すれば、不
具合が改善されて、なんとなくうまく動くようになる。
めでたしめでたし。

にやにやしながら、仏像になった自分をもやもや妄想して
いたら。先生に全力で突っ込まれた。

「菅生くん、何考えてんの?」

「俺っすか? 何も考えてないっすよ」

「今、笑ってたじゃない」

「ははは。いや、コンテストで入賞してよかったなーって」

「ったく。どこまでズレてんだ君は」

「はははははっ」

ひとしきり笑ってから、先生に課題を投げ返した。

「先生、俺が思うに」

「うん」

「いろんなポジションの中で、副っていうのが一番あいま
いだなーと思うんす」

「あいまい……か」

「はい。でもね、それが悪いんじゃなくて、そうしておく
必要が絶対にあるんじゃないかなーと」

「ああ、わかる。初代の御園さんと君とでは、同じ副でも
役回りがまるっきり違うものな」

「そうでしょ?」

大きく息を吸い込み、それを吐き出すと同時に溜まってい
た思いを言葉にした。

「俺が。俺がこのプロジェクトに入って一番よかったなー
と思うのは、ジャストそこっす」

「ふむ」

「役割はあるんすよ。俺だけでなく誰にもね」

「そうだね」

「でも、その役の形が最初からかっちり決まってると、ど
うしても入れるやつ、入れないやつが出ちゃう」

「うん」

「工藤先輩は、そこを自由に動かしていいって言った。俺
らを変えるんじゃなくて、入れ物を変えりゃあいいじゃん。
そういう考え方が」

「ぴったりだったということだな」

「はい。俺にとってはそれがベストで、それが全てっす」

先生が目を細めて笑った。

「ふふふ。私もそうだ。猫拾いをしてた時より、今の方が
ずっと楽だからな」

「猫拾い、すか?」

「そう。みんな、いろいろ抱えてここに来るのさ。最初私
は、それを個別にケアしてたんだよ。工藤くんも御園さん
もそうだ」

「へえー。知らなかったっす」

「でもね。ぴったりの居場所を探して個別にあてがうの
は、本当にホネなんだよ」

先生が、ふっと小さく息を漏らした。

「居られる場所がなければ、場所自体を作ってしまえばい
い。そういう建設的な考え方は工藤くんならではだ。その
理想を体現したのがプロジェクトだな」

「そっすね」

「そういう精神だけは残していきたいよな」

俺は、ぐんと頷いた。

「本当に、そう思うっす!」

ぱんと机を叩いて、先生が立ち上がった。

「現執行部でまだ行くってことだな。安心したよ。その間
に、後輩たちをしっかり仕込んでほしい」

「うっす!」

「頼むよ。副の神!」

ずでっ。なんじゃそりゃ。






ca1.jpg

(チャ)





(補足)

菅生君彦(すごう きみひこ)は、プロジェクトの副部長
です。

鈴木さん、四方くんがそれぞれ愛称で呼ばれるのに対し、
彼はそのまま「すごーくん」ですね。
それが、彼の立ち位置をよーく現してます。

決して怠け者ではなく、ちゃんと鈴ちゃんやトオルくんを
サポートしてるんですが、目立ちません。まさに補佐役で
すね。
彼はプロジェクト以外に掛け持ちがないので、一番柔軟に
動けるんです。

でも、彼は三人の中で一番の硬派です。その硬派の部分を
普段は全く見せない……つーか見せる必要がないだけ。
いつもがとても地味な分だけ、彼が動き出すとそのインパ
トははんぱじゃありません。

コンテストの実査でお客さんが来校した時の騒動。
マネージャーを通さずにイベントを組んでしまったしゃら
たちを、全力でどやしたのは彼なんですよ。







The Place To Be  by Asa

 


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【SS】 栄冠は君に輝く *副の神* (菅生 君彦) (一) [SS]


「ああ、菅生くん。ちょっといいかな」

高校ガーデニングコンテスト入賞を祝って臨時の部会が開
かれ、みんなが興奮してわあわあ騒ぎ立てていた視聴覚室。
散会したあと最後に鍵をかけて部屋を出ようとしたら、中
沢先生に声をかけられた。

「なんすか?」

「相談があるんだ」

「ええと。鈴ちゃんやトオルじゃなくて、俺にっすか?」

「そう」

先生の表情が硬い。浮かれるような話じゃなさそうだな。

「生物準備室に来てくれる?」

「わかりました」

◇ ◇ ◇

準備室に入って早々に、先生がずばっと切り出した。

「次の執行部のことなんだけどさ」

「ああ、今一年の間で話し合ってもらってるっす」

「たぶん、マネージャーと副部長はすぐ決まるよ」

「江口さんと高橋くんすね」

「そう。問題は部長さ」

うーん。確かになあ。

「君らの代は、鈴木さんが手を上げたんでしょ?」

「結果的にそうっしたね」

「結果的?」

「はい。最初はだあれも手ぇ上げなかったんです。工藤先
輩のあとは荷が重いっすよ」

「だよなあ……。鈴木さんも、よく思い切ったな」

「まあ、鈴ちゃんすから」

先生は、部員名簿を見て納得顔をしてる。

「それでも、君らの代はとても仲がいい。剛柔のバランス
が取れてて、話がまとまりやすいんだ」

「確かに。そうかもしれないっす」

「一年はすごい人数になっちゃったからね。部長に手を上
げたいって子はなかなか出てこんだろ。まとめるのが一苦
労だからね」

「はい」

「どうするかなあ……」

話し合いで決まればいいけど、それで決まらなければ投
票ってことになるだろうな。
役を先取りして、そこに名前が入った人は候補者から除外
になる。
つまり、やり手の江口さんや高橋くんは最初から部長候補
にならないんだ。

「先生の見立てでは、誰になりそうだって考えてるんす
か?」

「決まってるだろ」

忌々しそうに、先生が吐き捨てた。

「工藤くんの妹だよ」

あっちゃあ……。思わず頭を抱え込んでしまう。
確かにそうだ。そうなるわなあ。

「一年の間で知名度が高い。仕事もきびきびこなしてる
し、発言も積極的だ。なんと言っても、カリスマ部長の妹
だからね。兄貴にパイプがあるから安心ていう見方をされ
るだろう」

「そらあ」

「無理だよ。実生ちゃんには部長はできない」

あまり決めつけない先生にしては、ずばっと言い切ったな。

「どうしてすか?」

「実生ちゃんは、過去にそれで大失敗してるから」

「大失敗?」

「イジメだよ。工藤くんと同じだ」

げ……。

「工藤くんの兄妹は、揃って訳ありなんだよ」

「先輩のは知ってましたけど。実生ちゃんのは知らなかっ
たっす」

「でしょ? 見かけが明るいから、余計にね」

「なるほど……」

苛立ちを隠さず、先生がずけずけと言い放つ。

「鈴ちゃんは前しか見ない。それが部長ってものだからい
いんだけどさ。後ろを見る役の四方くんは、雑務で手一杯
だ。心のケアまではできない。そして私はお目付役をこな
すだけ。それ以上は立ち入れないよ」

「そっすね」

「さすがに、創立メンバーを後任選びに駆り出すわけには
いかない。どうしたもんかと思ってさ」

なるほどね。
そらあ鈴ちゃんやトオルのいるところでは言えないわな。
だから俺ってことか。

「まあ。なんとかなるんじゃないすか」

「そうかい?」

「はい。まず」

「うん」

「工藤先輩は、三年になってすぐ、鈴ちゃんにバトンタッ
チしましたよね?」

「ああ、そうだったね」

「俺らはそうするつもりはないっす」

「おっ?」

先生は意外だったんだろう。目をまん丸にして俺を見てる。

「へー、方針が違うってことか」

「そうしないと保たないっすよ。先輩たちは二十人以上い
たのに、俺らはその半分すから」

「あっ!」

中沢先生の頭の中には、人数比のことが入ってなかったん
だろう。
緻密なように見えて、結構抜けてんだよな。ははは。

「俺らの代の執行部交代は、三年の学園祭明けにするつも
りっす。バトンタッチを遅らせれば、後輩たちの適性もわ
かってきますよね?」

「なるほどなあ。他の部に揃えるってことだな」

「はい。俺らは鈴ちゃんやトオルに突破力があるから二年
でも行けましたけど、なかなかそうは……」

「そうだね。賢明だ」

「班長やサブマネで仕事もちゃんと覚えられますから、そ
の中で自然に決まってくると思うっす」

ほっとしたんだろう。先生がこきこきと肩を動かした。

「それにしても」

「なんすか?」

「菅生くんは、おもしろいキャラだね」

「先生には言われたくないっす」

「ははははは」

目を細めて笑った先生が、俺をじっくり見回した。

「普段ほとんどイニシアチブを取らないから、みんなは副
部長っていつも何してるんだろうっていうイメージ持って
ると思うな」

「実態もそれに近いっす」

どてっ。先生がこける。

「いいんすよ。俺はそれで。こんな居心地のいい部活とポ
ジションを手放すつもりはないっすね」

「へえー? 意外だなあ」

「そうすか?」






ca2.jpg

(ムラサキシメジ)











Co-Pilot  by Andy Grammer

 


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【SS】 栄冠は君に輝く *汚れ役* (四方 透) (二) [SS]


「汚れ役、か」

親父が、なんとも言えない顔で俺を見下ろしている。

「そう。みんなから無理やりマネージャーを押し付けられ
たんなら、俺一人に泥おっかぶせやがってって放り出すけ
どさ。やるって手ぇ上げたのは俺だからなあ」

「おいおい」

呆れ顔してるなー。あはは。

「マネージャーってのは、すごく難しいポジションだぞ。
できて当たり前。できなきゃぼろっくそだからな」

「わかってる。だから、ずーっとしんどかったんだ」

「今まで、うまくこなせてたのか?」

「うーん……」

胸を張ってこなしてきたと言いたいところだけど、そうは
言えない。

「合格点はなんとかクリアしてると思うけど、俺的にはま
だまだかもしれない」

「ほう。どこが、まだまだなんだ?」

「汚れることを、嫌だなあと思ってしまうから」

「なるほど」

なぜか、妙に納得した顔をしている。

「実にいい勉強をしてるな」

「そう?」

「ああ。社会に出れば、誰でもマネージャーだよ」

「へえー。そんなもんなのか」

「そりゃそうさ。独りっきりで誰とも関わらずに暮らすな
らともかく、誰かと一緒に多くの時間を過ごすのが社会っ
てやつだよ」

「うん」

「その中の誰かは必ずマネージャー……汚れ役をやらんと
ならんのさ」

親父が俺の隣にどすんと腰を下ろした。

「たとえば」

「うん」

「俺とトオルの間だってそうさ。親子であっても、どっち
かがマネージャーだ」

「あ、確かに!」

「だろ? まあ親子の場合は、普通年長者の親がマネー
ジャーになる。泥被りは親の仕事だ」

「そうかー」

「でも年恰好が揃っている時には、その中の誰かが必ず泥
をかぶらないとならないんだよ。そうしないと、世の中が
回らないんだ」

にやっと笑った親父が、俺の肩をばんばん叩いた。

「一度泥をかぶれば。汚れ役を経験すれば。いろんなとこ
ろに目が届くようになる。嫌がらずに一緒に泥をかぶって
くれるやつを、ちゃんと見分けられるようになるんだ。そ
うだろ?」

確かにそうだ。そして、俺を手伝ってくれるやつは間違い
なく増えてる。
マネージャーを始めたばかりの頃より、仕事量も精神的負
担も軽くなってるんだ。

「うん。汚れっぱなしじゃないってことか」

「そりゃそうさ。汚れ役は必ず尊敬される。逆に、汚れ役
なのにきれいなままだと無能扱いだよ」

「あたた……」

ここらへんでいいやって手を抜いてたら、マネージャー権
限発動の瞬間、本当に汚れちゃうってことだ。
うう、こわいこわい。

「苦労は買ってでもしろ。昔からそう言うが、苦労しまし
ただけじゃ、なんの財産も残らん」

「そうだね」

「苦労が入賞って形で実ったんなら、そらあ最高だよ。マ
ネージャー冥利に尽きるってやつだ!」

親父に手一杯持ち上げられて、やっとこさ受賞の喜びがじ
わじわ体を満たし始めた。

「汚れ役をやってきて……本当によかったと思うわ」

「そらそうさ。一番汗水たらしたやつが、一番おいしいと
ころを取れる。だからこそ汚れ役が機能するし、やりた
いってやつが出るんだよ。そんなもんだ」

上機嫌の親父が、テーブルの上に置いてあった車の鍵を
がっと掴んだ。

「トオル、着替えてこい。うまい寿司を食いに行こう! 
受賞祝い兼慰労会だ」

「やりぃ!」

◇ ◇ ◇

工藤先輩や篠崎先輩だけじゃない。
同じ部の仲間は、ちゃんと俺の働きを見てくれてる。
親父も、しっかり評価してくれた。
俺が汚れっぱなしで放置されたことは、一度もないんだ。

だから……今までマネージャーをやってこれたのかなと。
そう思う。

「さあ、がっつり食うぞおっ! ひゃっほーっ!」




kw2.jpg

(クジラタケ?)





(補足)

トオルこと四方(しかた)透は、ハートガーデンプロジェ
クトのジェ
ネラルマネージャー。
二年生部員の中では一番性格が明る
く、発想がポジティブ
です。行動力も調整力もあって、本
来なら一番部長向き
だったかもしれません。


でも自分一
人が先走ってしまうことを恐れ、サポートに
回ったんです。

独善性の弊害は、部長というポジションだと致命的になり
ますから。

有能な四方くんでも大所帯の部を調整するのはもの
すごく
大変で、ストレスのせいで何度かぶち切れてますね。


いっきたちプロジェクト創設メンバーは、四方くんが潰れ
ないよう陰に陽に彼を支え続けています。







Dirty Work by Steely Dan

 


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【SS】 栄冠は君に輝く *汚れ役* (四方 透) (一) [SS]


「ふ……」

高校ガーデニングコンテスト受賞の発表で部員たちの喜び
が爆発している中、たぶん俺一人だけ苦笑いしてたと思う。
あーあ、これでまた仕事が増えちまうなあと。

確かにものすごく嬉しいんだけど、同じくらいの苦味も感
じながら。
いつものように、中沢先生との打ち合わせや今後の水やり
のスケジュール調整をして、暗くなってから家に帰った。

「お? トオル。どうした?」

今日は親父が早く帰ってきたらしい。
うちはお袋がいないから、親父が一人二役だ。
俺の機嫌や様子の変化はすぐに見破られちまう。

制服のままでソファーに体を投げ出し、でっかい溜息をは
あっとついた。

「いや、すごくいいことがあったんだけどさ」

「ほう? おまえにか?」

「いや、部が。ハートガーデンプロジェクトが、高校ガー
デニングコンテストで審査員特別賞を受賞したんだ」

「おおっ!」

親父が大仰に驚く。

「そらあすごいじゃないか!」

「そう思う。初挑戦で、いきなり受賞だからね。部だけ
じゃなくて学校内もがっつり盛り上がってる」

「その割には、おまえの反応が地味だな」

「ははは。どうしてもそうなっちゃうんだよなー」

「は? どうしてだ?」

もう一度、でっかい苦笑いをぶちかましちゃった。
それは、すんなり喜べない俺自身に対しての苦笑いだ。

「俺が。マネージャーっていう汚れ役をやってるからさ」

◇ ◇ ◇

俺は、調整っていう仕事を甘く見てたんだ。

調整っていうけど、部活の実質裁量権は調整役にあるんだ
よ。それくらいの意識でやっていいから。
前部長の工藤先輩やそれまで調整をやってた篠崎先輩にそ
う言われて、俺自身もその気になって。
引き受けてやってみたら、とんでもなかった。

俺が調整しなければならない仕事の多さが、はんぱなかっ
たんだ。
ひいこら言いながら仕事をこなしてたら、篠崎先輩に言わ
れた。

「トオル。一人で抱え込むなよー。僕らだって、僕ともも
ちゃんとうっちーの三人で分担してやってたんだ。ちゃん
と調整班のメンバー動かして、仕事割り振ってね」

それはわかってる。よーくわかってる。
仕事はちゃんと、サブマネのキタと黒ちゃんに割り振った
んだ。
だけど、それがきちんと動いてくれない。なかなか機能し
なかった。

先輩たちが補佐してくれる分だけ、他のメンバーが手を抜
いてしまうんだ。
縛りのきつくないゆるい部活……その弊害だけが俺にど
どっと押し寄せてしまった。

ただのマネージャーというだけじゃなくて、チームを作
り、それを指揮する権限を持ったジェネラルマネージャー
の創設。
俺らが最初にプランを立てた時には、それで行けると思っ
てた。

甘かった……。
どんな名前であっても調整は調整なんだ。
俺は、マネージャー権限がみんなから無視されるというこ
とを予想できなかったんだ。
権限なんか絵に描いた餅に終わるってことをね。

よーく考えてみたら、そうなるよな。
強い権限を行使した時点で、俺一人が悪者になってしまう。
自分勝手で、なんでも思うようにしたがるやつ……そうい
う見方をされてしまう。

俺は、どうしてもそれが嫌だったんだ。
だから結局、俺一人で相撲を取るはめになってしまった。
重荷を背負いきれなくて潰れそうになったことは、一度や
二度じゃない。
部の執行体制作りは俺が中心でやったから、誰にも文句が
言えなくて……本当に苦しかったんだ。

「なんでもかんでも俺に押し付けるなよっ!」

コンテストの現地審査の時、女子たちが俺抜きにスタンド
プレイをぶちかまして、校長にがっつり睨まれた事件。
俺は……とうとう感情を爆発させてしまった。

高校生にもなって、みんなの前で泣きながらぶち切れる。
ものすごく恥ずかしかったけど。
ああ、それでいいのかって。どこかでほっとしている俺が
いた。

そして。俺より激しく工藤先輩がぶち切れた。
工藤先輩は俺みたいに感情的にならないから、怒ると逆に
怖い。
逃げ場を全部埋め立てて、理詰めでごりごり来るんだ。
工藤先輩の筋論を真正面から押し返せるやつは、そうそう
いないと思う。顧問の中沢先生さえ叩きのめすんだから、
本当にしゃれにならない。

まさか、首謀者を俺の前で土下座させるとは思わなかった
わ。こわいこわい。

工藤先輩には、しんどい時にずいぶん助けてもらった。
と同時に、一番汚いところを工藤先輩に任せてしまったこ
とがあって、すごく心苦しかったんだ。

でも、工藤先輩に言われたんだよな。

「おいしい料理を作るコックさんがいても、みんなが見る
のは料理だけさ。庭だけじゃなくて、部活っていうのもそ
んなもんだと思う」

汚れ役を請けるなら、最後まで汚れ切る覚悟が要る。
汚れなくても済む部員は、汚れ役のしんどさをちゃんと想
像できるようにならないとダメ。

それは。先頭に立っての旗振りから、調整、そして部員と
しての末端の仕事まで、全て経験してきた工藤先輩のリア
ルな実感なんだろう。

必要性は十分認めるけど、汚れ役の役得は苦労に見合わな
い。
コンテストでの受賞を俺が素直に喜べなかったのは、ジャ
ストそこなんだ。
一番苦労したのは俺。でも、脚光を浴びたのは部長。
それにすんなり納得できなかった俺が……いたんだ。






kw1.jpg

(カワラタケ)











Dirty Paws  by Of Monsters And Men

 


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【SS】 栄冠は君に輝く *長の花* (鈴木則子) (二) [SS]


「いろいろあったよね……」

何でも一人で抱え込んでしまうわたしの悪い癖。
小中の時に何度も失敗したのは、きっとそのせいなんだろ
う。

みんながやらないなら、わたしが。
そうやって、何もかも抱え込んで自滅する。
懲りもせず同じことを繰り返してきてしまった。

でもわたしが部長になる時に、工藤先輩がとても上手にサ
ポート体制を整えてくれた。

調整を四方くんに全部任せられたから、わたしは学校側と
の交渉や旗振りに専念できた。
わたしがこなし切れない部分は、副部長の菅生くんがこそっ
とサポートしてくれた。

三役っていう言葉が、飾りじゃなくてきちんと機能したっ
てこと。
わたしは初めて長の付く役をこなしていることにカタルシ
スを感じたの。
そう、これ。これが欲しかったんだって。

だけど、沢渡校長ともめた時に校長の圧力を体を張って押
し返したのは、わたしじゃなくて工藤先輩だった。
それが……本当に申し訳なかった。
本当はわたしがやらなきゃならなかったんだよね。
悔し涙を流したのは、誰かを責めるためじゃない。
自分の意思の弱さと力不足を思い知らされたから。

そのあと心を入れ替えてプロジェクトを立て直し、コンテ
ストに応募して。
わたしは部長として全力で突き進み、こうして何にも代え
がたい栄誉を手に入れた。

賞を取ったことが嬉しいんじゃない。
長として全力ですべきことをして、その努力をみんなが正
当に評価してくれたこと。
それが、どうしようもなく嬉しかったんだ。

校長の受賞発表のあと壇の上に呼ばれて、そこで絶叫した
こと。

「みんなにっ! ありがとおーっ!」

あれは、わたしの心の底からの叫び。
長の名前に押しつぶされないよう全力で支えてくれたみん
なへの、感謝の絶叫だったの。

◇ ◇ ◇

リビングでお母さんと大はしゃぎする。

「ねえ、授賞式あるんでしょ?」

「あるあるっ。東京のホテルで」

「わあお! みんなと行くの?」

「部員全員で行こうって話してる。中沢先生が取りまとめ
してるの」

「そっかあ……花満開だねえ」

「うんっ!」

わたしは、応募した時に使った中庭での集合写真をじっと
見つめる。

高校の中庭に植えられているのは、その多くがありふれた
単色の花。その組み合わせで景色を作る。
でも、ポイントに置かれている目立つ花もあるんだよね。

地の花は置き換えが効く。
でも、ポイントの花だけは替えが効かない。
その花が咲かなければデザインが成り立たないから、必ず
花を咲かせないとならない。

長の花っていうのは、そういうものなのかもしれない。
その花は、必ずしも目立つ、派手な、美しい花っていうわ
けじゃない。
でも、その花がなければデザインが崩れちゃうんだ。

絶対に咲いて見せるって、わたしはがんばった。
そして……わたしが咲きやすいように、先輩たちや仲間が
わたしを押し上げてくれた。

喉が渇いたら水をくれた。
お腹が空いたらご飯をくれた。
害虫が来たら追い払ってくれた。
病気になったら看病してくれた。

だから負けるものかって、がんばれたんだ。
わたしっていう……長っていう……たった一本しかない花
をこうやって咲かせることができたんだ。

じわじわと涙が溢れてくる。

長の花。
プロジェクトからいろんな財産をもらえた子は、わたし以
外にもいっぱいいると思う。
でも、長として花をもらえたのはわたし一人なんだ。

こんなでっかい幸福を独り占めしていいのかって、そう
思っちゃうけど。

やっぱ、うれしいーーーーーーっ!!

「さあ、次、だなー」

「次?」

「そう。わたしが部長を引き受けた時に、工藤先輩に言わ
れたの。楽しさをつないでいこうって」

「ふふ。そうね」

「部長はおもしろい! こんな楽しいこと、他の人には譲
れないよ。そう考えてくれる子を探さなきゃ」

「見つかりそう?」

「たぶんね。今年は、めっちゃ一年生がいっぱい入ってく
れたし、やる気のある子も多いから心配してない」

「あんたも、立派に長の顔になったね」

「あはは……」

長の花。
わたしの後に部長をする子にも、ぜひその花を誇らしげに
胸に飾ってもらいたいなと思う。
その花はたった一つしかないんだ。きれいに咲かせるのは
大変だけど、絶対に素晴らしい花だからさっ!






sz2.jpg

(カンツバキ)





(補足)

鈴ちゃんこと鈴木則子は、いっきの後の部長さん。
派手なところはなくて、真面目で責任感が強くて一本気で
すね。
なんでも抱え込んでしまう欠点はいっきが最初から心配し
てて、その解消のためにいろいろとアドバイスをしていま
す。

鈴ちゃんの一番の右腕はジェネラルマネージャーの四方く
んなんですが、四方くんは業務過多でいっぱいいっぱい。
鈴ちゃんのサポにまでなかなか手が届きません。
そこを副部長の菅生くんが地味ぃに埋めています。

鈴ちゃんはグリーンフィンガーズクラブの一員でもありま
す。
長の肩書きを外してしがらみのないフリートークができる
場所を確保した方がいい。
そういういっきやしゃらの配慮ですね。







Mountain Top  by Chris Christian

 


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【SS】 栄冠は君に輝く *長の花* (鈴木則子) (一) [SS]


「のりちゃん、のりっ!」

耳元でお母さんのでかい声がして、はっと我に返った。

わたしは、家に帰ってからずーっと放心状態だったみたい。
自分では全然気がついてなかったけど。

お母さんは、わたしが学校ですごく嫌な目にあったんじゃ
ないかって、心配したんだろう。

うん、確かに。
高校に入るまでは、嫌なことしかなかったから。
そして、わたしだけでなくてお母さんにもいっぱい迷惑を
かけちゃったから。

「あんた、大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「いや……また友だちとなんかあったのかなって」

お母さんの心配は当然だ。
わたしも、過去の自分自身に苦笑してしまう。
それをどれだけ本当に過去のことにできたか。
わたしは、落ち着いて振り返れる余裕がまだない。
でも、一つだけはっきり言えることがあるんだ。

わたしは椅子から降りて、お母さんにはぐっと抱きついた。

「ちょ、ちょっと」

「さいっこーっ!」

「え?」

「ハートガーデンプロジェクトがね、高校ガーデニングコ
ンテストで受賞したの。それも、審査員特別賞!」

「うっそおおっ!」

わたしよりも先に、お母さんが爆泣きし始めた。

「す……っごおい!」

「嬉しいっ! 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しいーっ!」

他の言葉が一つも出てこない。
嬉しいという一言で、これまでの全ての闇が塗りつぶされ
ていく。

侮蔑も、無視も、孤独も、無力感も。
過去のわたしを支配していた、どうしようもない空転感。
それらが全て「嬉しい」の一言だけで反転して、全てが色
鮮やかな花園のように輝いていく。

部が入賞したことはもちろん嬉しい。
でもわたしが本当に嬉しかったことは、初めてわたしが空
回りしなかったこと。
わたしが部長として全力でがんばったことが、一つも無駄
にならずに結実したこと。

それが……わたしにとってはどうしようもなく嬉しかった
の。
それは多すぎもせず少なせずもせず、ぴったり「嬉しい」
の中に収まったんだ。

◇ ◇ ◇

損な役回りだってわかっていながら引き受けるのは、自分
を知らないって言われても仕方ない。

でも、損だってわかっていても誰かがやらないとならない
んだ。それなら積極的にこなしたい。
わたしは、損だからって逃げるのは嫌なの。
小学校でも中学でも、わたしは「長」のつく役目から逃げ
るのが大嫌いだった。

わたしがわたしがって出しゃばったつもりはない。
でも、誰もやらないならわたしがやる……そういう流れに
は慣れていた。

わたしは、役を引き受けけて放ったらかしたことはない。
長の付く役は、他の人よりもやらなければならないことが
ずっと多いんだ。
それをがんばってちゃんとこなしてきたと思う。
私の努力は、先生たちはちゃんと見てくれていた。

「鈴ちゃんはがんばりやだね。すごいね」

だけど友だちはそうじゃなかったんだ。
出しゃばりで生意気で余計なことばかり言ってって、わた
しを煙たがって。
いつも「長」の肩書きだけをべったり貼り付けて、遠ざけ
るようになった。
小説の中に出てくる委員長みたいに、わたしがみんなから
一目置かれることなんか、一度も。

一度もなかったんだ。

なんで? なんで一番がんばった人が、一番ばかにされな
いとならないの?
そんなのおかしいじゃないっ!

長が雑用係にしか見えなくなった中学の後半、何もかも嫌
になった。
クラスの各種委員も部活も全部拒否。
それだけじゃなくて、学校に行くことすらも拒否。
荒れ狂ったわたしに手こずって、お母さんはすごく苦労し
たと思う。

受験だって、惰性で受けたって感じだった。
ぽんいちの競争倍率がうんと低くなかったら、合格できな
かっただろう。

◇ ◇ ◇

高校に入っても、わたしは何もする気が起きなかった。
なんか……だらっと出来るところはないかな。
そう思ってたわたしにぴったりだと思ったのが、ハート
ガーデンプロジェクトだったんだ。

工藤部長の紹介は変わってたけど、わたし的には細かいと
ころはどうでもよくて。
だらっとできれば、そこがどこでもよかった。
わたしにとって、部活は学校からの逃げ場でしかなかった。

そんなわたしが少しずつ変わったのは、プロジェクトが本
当にゆるかったからだ。
出入りは自由。
お当番をきちんとこなしてくれれば、それ以外の制約は何
もなし。
部の掛け持ちしてる子も多かったし、部内の雰囲気も活気
にあふれるっていうよりまったり。

部長の工藤先輩も副部長の御園先輩もいばらない、急かさ
ない人だったから、本当に天国だった。
わたしは……小中で傷付いた心をプロジェクトで癒しても
らったんだと思う。

そんなわたしの天国が、失われそうになったのは次期部長
を選ぶ話し合いの時。
そう……誰もカリスマ部長の工藤先輩の後釜をやりたがら
なかったんだ。
先輩たちが全力で盛り上げてきた部を、わたしたちの代で
潰したらどうしよう。みんな……腰が引けちゃった。

絶対に「わたしがやる」って言いたくなかった。
でも誰かが部長を引き受けなかったら、結局わたしの天国
は壊れる。そうなるのは絶対に我慢できなかったんだ。

「いい。わたしがやるっ!」

また、あの地獄の日々が始まるかもしれない……そう恐れ
ながらも、わたしはチャレンジすることにしたんだ。





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(サザンカ)











Mountain Song by Little Chief

 


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【SS】 春の霜 (指月喜代子) [SS]


「おばあちゃん。今朝はうんと冷え込んだから、もうちょっ
と暖かくなるまで家にいた方がいいよ?」

ひ孫を抱いた孫の智美が、外に出ていたあたしを呼び止めた。

「はっはっは。そうだね。すぐ戻るよ」

八十をいくつか過ぎて、もう若い頃のようには動けない。
それでも、あたしの幸福はある程度年を重ねてからじわじわ
と訪れた。

今更だけど、あたしはそれが本当に良かったと……思ってい
る。

あたしがまだ青臭い娘だった時には、この辺りは一面田畑ば
かり。春の気配が漂う弥生に降りる霜は大の苦手だった。
ぬかるみがひどくなるというだけじゃない。
それは……訪れかけた幸せまでどろどろに汚してしまう。

自分には一生幸せなんかやってこないんじゃないかって、そ
んな気にさせられたんだよ。

今は田畑が家並みで置き換わり、霜は舗装道路の上をうっす
ら覆うだけになった。
霜がどの季節に降りたって、大した違いはない。

それでも、春の霜はいやだね。
あの時を……思い出すから。



smo1.jpg




「やっぱり……俺とは一緒になってくんねえのか」

それは……本当に寒い夜だった。
同じ布団に入っていても、体の熱がどんどん奪われて芯から
冷えていく……そんな、辛くて長い夜だった。

「ごめんね」

「……仕方ねえさ。俺はこういう稼業だからな。キヨはまっ
とうなやつと所帯持った方がいいさ」

それは嫌味でも、諦めでもなく。
まるで運命がそうさせているような、切ない言い方だった。

あたしは、公さんに謝ることしか出来なかった。
顔を見たら、決心が揺らぐ。
あたしは泣きながら背中を向けた。

「ごめん……ね、公さん」

「俺も。そろそろ年貢を納めねえとな」

花街をシメていた高瀬組の若旦那が、出がらしみたいな娼婦
のあたしを好いてくれて。
たいした取り柄のないあたしには、まるで夢のようだった。

だけど。
あたしには、その夢の先が見えなかった。
夢を踏み外して落ちたところが、どこのどんな場所になるの
かまるっきり分からなかった。

あたしは怖かったんだ。
黙っていればすぐ融けて消えるだけの春の霜。
そのほんのわずかな間の冷たさが、あたしの足をすくませた。

公さんとの間で言葉が絶えて。
凍てつく戸外で誰かが霜を踏み鳴らすさくさくという音だけ
が、いつまでもいつまでもあたしを切りつけていた。


smo2.jpg



「因果なものだよ」

融けて跡形もなくなった歩道の霜。
あたしは、黒く濡れそぼる道を見通す。

あたしを請け出して所帯を持ってくれた順ちゃんは、あたし
を置いてもう逝っちまった。
本当に悲しいけど。でも息子も孫たちも、あたしの血を引い
たとは思えないくらいみんな優しいし、出来がいい。

それはあたしが望んでいた以上の幸せで、逝っちまった順
ちゃんには本当に感謝しかない。

あたしと別れた公さんは、気丈な姐さんを奥さんに迎えて、
立派に組を盛り立てた。

でも金も人望もあった公さんが、時代の流れに取り残された
のは皮肉なことだよ。
あたしとは逆で、若い頃いっぱい持っていた幸せを少しずつ
食いつぶしているように感じちまう。

「おばあちゃん?」

「ああ、ごめんね。もう戻るよ」

「霜は融けちゃったみたい?」

「はっはっは! そらそうだよ。もう三月だからね」

サンダル履きであたしの横に出てきた孫が、春らしくなって
きた青空を眩しそうに見上げた。

「これから一気に春花が増えるなー。お店が忙しくなるわ」

「花屋は賑やかなのが一番さ。ありがたいことじゃないか」

「うん! 生花の仕入れ計画立てとかなきゃ」

「さあて。お茶にするかね」

「瞳におやつ用意しなきゃ」

「はっはっは! まだひなあられがあるだろ」

「わ! そうだった。ラッキー!」

「はっはっはっはっは!」

あたしは。
もう一度、霜の融けた路面を振り返った。

春の霜はすぐに融ける。
でも、それは融けてからじゃないと分からない。

あの時、公さんの手を取っていたら。
ほんの少しの霜を我慢することが出来たら。
あたしは、今どうなっていただろう?

日が当たった路面から、ゆらゆらと湯気が上がり始めた。
その揺れの中に。

あたしは自分の幸福と後悔を両方見る。

「やっぱり……春の霜はいやだね」






(補足)
指月喜代子は、花屋さんフルール・ド・ジュイユの住居部分
に住んでいるおばあさん。花屋を切り盛りするお孫さんの田
代智美とそのご主人、そしてひ孫の瞳ちゃんが一緒に住んで
います。

花屋は、元は仏具屋さんでした。指月さんのご主人が亡く
なったあとで、お孫さんが脱サラして始めた花屋に改装され
ています。
いっきは、智美が経営に失敗して開店休業状態になってし
まった花屋さんの臨時オーナーとしてその店を盛り上げ、お
ばあちゃんや智美ちゃんにとても感謝されています。

そのあたりのことは、一年生編の第59話から第64話を読
んでいただければ。

おばあちゃんは、朗らかで人当たりの柔らかい人です。
でも、商売のことになると鬼になります。
孫の智美のやり方には最初全く口を挟まず、わざと失敗させ
て強いお
灸を据えたりしてますね。

おばあちゃんが娼婦だった頃の上客が、糸井先生の祖父高瀬

公作。もしおばあちゃんが、高瀬さんの手を取っていたら。
全く違った物語になっていたことでしょう。(^^)

【SS】 彼女にとって普通ということ (佐倉 唯(ゆいちゃん)) (二) [SS]


「ゆーいー、天交くんが来たわよー」

「わあい!」

タカトと一緒にいられる時間は、わたしにとってのゴールデ
ンタイム。
ネガティブな感情に押し潰されそうなわたしが、自分を取り
戻せる大事な時間だ。

一分一秒も無駄にしたくなくて、玄関までぶっ飛んでいく。
ああ……大好きなタカトの顔が、わたしを笑顔で包んでくれ
る。

「メリークリスマス、ゆいちゃん」

ちゃんは要らないのにー。
ママがいるから気を遣ったんだろなー。

でも、タカトは中に入ろうとしなかった。
玄関先で突っ立ったまま。

え? どして?

わたしがタカトから手渡されたお菓子の袋を受け取ったら、
少し寂しそうにタカトが微笑んだ。

「ごめんね。一緒にクリスマスを過ごしたいんだけど、お袋
が……」

えっ!?

ざあっと血の気が引いた。

「だ、だいじょうぶ……なの?」

「今回使ってる抗がん剤の副作用がすごく強くて。お袋、今
は動けないんだ。バイトの後で買い出しとかしないとなんな
いの。ごめんね」

「ううん、お母さんのことが一番だよ。しっかり看てあげて」

「ありがとう」

わたし以上に心配そうな顔をしてるママに向かって深々おじ
ぎしたタカトは、なごり惜しそうにドアをそっと閉めて。

……帰っていった。


           −=*=−


わたしは……自分の部屋で。ベッドの上で。膝を抱えて泣い
た。

「ぐすっ。ぐすっ。ひっく」

わたしは普通じゃない。普通なんかじゃない。
さいってーだ。

自分に何があったって、それはそれ。
今、ものすごくしんどいタカトのことを……もっと察してあ
げないとならないのに、自分のことばっか考えてる。
自分の傷ばっか見てる。

ねえ、ゆい。
あんた、いつからそんなにエラくなったの?
みんなが自分のことを慰めてくれて、気遣ってくれて当たり
前って……考えるようになったの?

タカトも、しんどい状況の中で必死にがんばってる。
自分の夢を諦めたくないって、もがいてる。
だから本当は……わたしのことなんか考える余裕はないのか
もしれない。

でも自由になるわずかな時間を割いて、わたしにプレゼント
を買って、わざわざ持ってきてくれたんだ。

ねえ、ゆい。
それは当たり前じゃないんだよ。
普通のことじゃないんだよ。

「……」

前にタカトと電話してて、すごく気になったことがある。
負けず嫌いで、実際に負けたことなんかなくて、だから自分
はすごくしっかりしてると思い込んでたって。
でも、どうしても勝てない相手がいることに気ぃついたって。

それは……自分。

負けてばかりでずっと辛い思いをしてきた工藤くんや御園さ
んは、自分の弱さにもう負けたくないって思いが強い。
だからいつも自分自身をどやしつけて、しゃにむに前進しよ
うとする。
そのエネルギーが、すぐ自分を甘やかす僕には全然足りない
んだよなって言ってたんだ。

タカトがわたしの中に見たもの。憧れたもの。
それは、一度決めたらぐらつかずに進み続ける強い意思だっ
たんだろう。
そして、わたしも自分がそういう人間だって思ってた。

でも……。

わたしは、あまりに普通過ぎた。
何があっても、どんな障害があっても、それを乗り越えて夢
を掴むんだっていう気迫とか決意とか……本当は全然なかっ
たんだ。ただ、自分の夢にぼーっと酔ってただけ。

それで……いいの?
タカトにずーっと誤解されたままでいいの?

よくないよね。
それじゃ、タカトは化けの皮が剥がれたわたしを見て幻滅す
るだろう。
わたしはタカトに捨てられてしまうかもしれない。

そんなの絶対にいやっ!!

わたしは……自分の弱さを……普通の女の子だってことをタ
カトにちゃんと理解してほしい。
でも。同じようにわたしも、タカトがスーパーマンなんかじゃ
なくって普通の男の子なんだってことを、きちんと理解しな
いとならない。

「ふう……」

今。
お母さんの闘病生活を支えてるタカト。
わたしはただもらうだけじゃなくて、あげられるものを何か
考えないとならない。

それは、わたしにとって辛いことじゃないよね。
タカトが喜んでくれることは、わたしにとっても幸せなこと
だもん。
それがいつか、わたしの恐怖や後ろ向きな感情を薄めてくれ
るだろう。

わたしは、普通の女の子だ。
でも普通だったら、普通の子に出来ることはわたしにも出来
るんだ。まず、そこから……始めよう。自分を動かそう。

「ママー。ちょっと出かけるー」

わたしはリビングに行って、テレビを見ていたママに声をか
けた。驚いたように振り向いたママが、まぶたを泣きはらし
たわたしを見て顔をしかめた。

「だいじょうぶなの?」

「少しずつ慣らさなきゃ。幼稚園のお見送りお出迎えじゃな
いんだから」

「……そう」

「すぐそこのコンビニに行くだけだよ。まだ昼間だし」

「そうね。そこから、ね」

「うん」




ox1.jpg

(オキザリス)








(補足)

ゆいちゃんこと佐倉唯は、マカと同じくいっきが二年生の時
のクラスメートです。三年でも同じクラスになりました。
ジャーナリスト志望の饒舌、快活な女の子で、新聞部の部員。
その取材姿勢、執筆スタイルはえげつなく、いわゆるゴシッ
プメーカー、壊し屋として有名でした。

でも運悪く、ゆいちゃん自身がスキャンダルの当事者になっ

てしまいます。
たちの悪いヤクザがヤンキーを使ってやらかしていた女の子
狩りに巻き込まれ、集団強姦の被害に遭ってしまいました。

警察に保護された直後に、なぜかいっきを病室に呼びつけた

いちゃん。いっきは、ゆいちゃんのマカへの恋慕を見抜
き、
自分の例をあげて心のリハビリに取り組むようアドバイ
スし
ました。

その後、いっきが仲人役をするような形でマカとゆいちゃん
が互いに告白しあい、晴れてカップルになったんですが。

めでたしめでたし……にはなりません。

ゆいちゃんの心には、まだ事件の傷が深々と刻まれています。
マカは、父親との衝突、母親の闘病、自分の進路の悩みと重
たい課題がてんこ盛り。

苦闘の時代が長いいっきやしゃらと違って、トラブルが起き
るまでは普通の高校生だったマカとゆいちゃんには、悲劇に
対する免疫がありません。
いっきは……そんな二人のことをすごく心配しているんです

よね。

 


【SS】 彼女にとって普通ということ (佐倉 唯(ゆいちゃん)) (一) [SS]


普通って、なんだろう?
他の人より優れてても劣ってても普通じゃなくなる?
じゃあ、わたしはもう普通にはなれないの?

わたしは、ものすごく頭がいいわけでも、かわいいわけでも、
気が利くわけでも、みんなに好かれるわけでもない。
自分では、ごくごく普通の女子高生だと思ってた。

違うの? わたしはもう……普通じゃないの?

「!!」

汗びっしょりで跳ね起きる。

「はあっ! はあっ! はあっ!」

クリスマスだっていうのに、朝っぱらからこんな冷や汗なん
かかきたくない。

それに……すごく息が苦しい。
胸のどこかに栓がはまって、呼吸を邪魔されちゃったみたい
な耐えがたい感覚。

「ゆい。あんた、大丈夫?」

わたしを起こしに来たんだろう。
ママが、わたしの真っ青な顔を心配そうに覗き込んだ。

「ちょっと……きつかった……」

ゆっくり、ゆっくり、深呼吸を繰り返す。

そうよ。ここは、わたしの部屋。
両親の他には誰もいない。
わたしは……何も心配しなくていい。

落ち着いて。
落ち着いて。

「ふうううっ……」

ベッドの上で固く目をつぶって、何度か首を振る。

落ち着け。
大丈夫。

「起きる」

「……。リビングにいるから」

「うん。着替えたら、そっち行く」

ママが、不安げに何度か振り返りながらわたしの部屋を出
た。

ベッドから両足を下ろして、床の感触を確かめる。
まだ……折られた方の足が痛むことがある。
でも、それは実際の痛みじゃない。

わたしの心を壊して、無理やり外に出ようとする恐怖感情。
それが暴れる時の痛み。想像痛だ。

もう一度、両手で顔を覆ってゆっくり首を振る。

あの時に……わたしを看てくれた五条さんていう婦警さん。
今でもわたしを気にして、時々電話をくれる。
わたしがしんどい時に、親身に相談に乗ってくれる。

その度に、繰り返し言われること。

「いい? 普通の生活に戻れたと思っても、必ずひどいフ
ラッシュバックが出るの。それも一度だけじゃなく、何度も
何度もね」

あの時のことは二度と思い出したくない。
だけど……思い出したくないのに鮮明によみがえって、わた
しを絶望のど真ん中に引きずり出す。

それが性犯罪被害の怖いところなの……五条さんはそう言っ
た。

もし。
もし五条さんが、エラい先生とか、常識人を気取ったオトナ
とかだったら、わたしは言われたことに全力で反発しただろ
う。あんたなんか、何もこの苦しみや辛さを分かんないくせ
にって。

でも五条さんは、自分も性犯罪の被害に遭って、ショックで
死ぬことまで考えた人だった。
婦警さんになってからも、わたしと同じように傷つけられて
しまった女の子のケアで体を張ってる。

その五条さんの言葉にはすごく重みがあって……わたしには
逃げ場がないんだ。

「忘れようとすることは出来るけど、実際に忘れるのは一生
無理だと思う。それなら、被害を受けた時以上の幸福をいっ
ぱい重ねて、少しずつ薄めていくしかないの」

うん。そうだね、五条さん。

普通だったわたしは、普通ではなくなった。
そして……もう二度と普通に戻れることはないんだって。


           −=*=−


「ゆい」

「んー?」

リビングで遅すぎる朝ごはんを食べてたら。
ママにいきなりお小言を食らった。

「午後から天交くんが来るんでしょ?」

「そー」

「少しは、女の子らしくしなさいよ。いくら天交くんが優し
いって言っても、彼に全部気遣いさせるのはおかしいんだ
よ? ったく」

「うー」

「クリスマスだっていうのに、何するでもないでしょ? 手
作りのものをプレゼントしなさいとまでは言わないけどさ。
少しは気を回しなさい」

「へーい」

ママのツッコミがちょー痛い。
その通りなんだけどさ……。

でもね、ママ。
わたしは気が利かないから何もしないわけじゃない。
したくても……出来ないの。

タカトに何かプレゼントしようとするなら、わたしは外で買
い物をしないとならないから。

夜。
繁華街の本屋に、注文してあった本を受け取りに行って。
その帰りに被害に遭ってしまったわたし。
あれ以来、夜でなくても外出するのが怖くなってしまったの。

学校への行き帰りも、ずっとしおみぃとタカトがついててく
れるからなんとかこなせてるけど。
本当は外で一人になりたくないんだ。

学園祭の時に展示した、新聞部特別号の取材。
あれだって、警察に取材に行く時には五条さんに送り迎えし
てもらってる。自力では……動けなかったの。

分かってる。
このままずっと、誰かの介助が必要な生き方なんてしていけ
ないって。

でも……まだ無理。
体につけられた傷は癒せても、心の傷は……なかなか治らな
い。自分がそんな弱い人間だったってことを認めたくないけ
ど……やっぱり虚勢は張れない。

わたしは。
普通の……どこにでもいる普通の女の子なんだもの。

 


【SS】 彼にとって普通ということ (天交高人(マカ)) (二) [SS]


いっきは……よく気が利くんだよね。
いや、気が利くっていうのとはちょっと違うかもしれない。
心の底を見透かすんだ。

前にバイトの相談をした時もそうだった。
僕の甘ちゃんのところをどやしたのは、父でも母でもない。
まだ付き合いの浅いいっきだった。

親からの自立を宣言しているのに、何も出来ないガキのまま
でいいの?

それは……どこにも逃げ場のないどやし。

同じ甘ちゃんの友達に言われたら、お互い様じゃんて思うけ
ど。家計をサポートするのに本気でバイトしてるいっきのど
やしには、何も反論出来なかった。

そのあと、進路をめぐる父との決裂が決定的になって。
余命のカウントダウンが始まっている母との暮らしが始まっ
て。
僕の甘えには受け皿がなくなった。
その時点で……余裕がどこにもなくなったんだ。

僕がゆいと付き合ってる時間は、僕にとっての唯一のオアシ
ス。ゆいだけでなく、僕はゆいと一緒にいる時間も大切にし
たいと思ってる。

でも……それはあくまでも僕の都合なんだ。
いっきと御園さんみたいに、互いを認め合うプロセスがまだ
全然足りない。恋人同士ではあっても、まだ形だけ。
普通じゃ……ないんだよね。

いっきの乾いた説明が、僕の自信をぐらぐら揺さぶる。

「ゆいちゃんは、最初からみんなにそう言われてるから違和
感ないだろうけどさ。天交くんをタカトって呼んでるのは、
ゆいちゃんだけでしょ?」

「うん」

「それは、ゆいちゃんにとっては特権だよ。僕は侵害出来な
い」

いっきは、僕だけでなくて、ゆいもちゃんと見てる。
そういう底なしの心遣いに、思わず嫉妬を覚えちゃう。

「すごいなー」

「なにが?」

「いや、そういう気遣いがさ」

「副作用だよー」

え?

「なんの?」

「しゃらの焼きもち!」

えええっ!? 思わずぶっこける。
よ、予想外。それは……知らなかったあ!

とってもそんな風に見えないけどなあ……。
分かんないもんだなー。

「な、なるほどねー」

「めんどくせーとは思うけど。配慮せんとさ」

「そっか」

「で、マカじゃだめ?」

「ほ?」

そうか。
名前をゆいに独占させるには、姓の方をイジるしかない。
でも、あまかいって呼びにくいんだよね。イメージ硬いし。
それを、そうやって砕くのかあ。うーん……。

「すごいなー。いっきのそういうセンス、天性のもんだね」

「まあ、友達増やすのに役に立つからね」

いっきが、ぱちんとウインクした。

「うん、それ、いいわ。マカ、かあ。じゃあ、いっきから広
げて」

「任しとき」

ああ……友達に恵まれたなあ。
勉強で勝ち負けを競わされる雰囲気が嫌で進学校じゃないぽ
んいちにしたのに、僕はみんなから煙たがられて友達が出来
なかった。でも……。

僕は本当に運がいい。
ゆいといっき。本当に僕のことを思ってくれる大事な恋人と
友達が出来たこと。

僕はそれを……普通のことだと思っちゃいけないんだろう。

いっきにぽんぽんと肩を叩かれる。

「たぶんさ。来年はマカと僕は同じクラスになる可能性が高
い。理系の生物込みでしょ?」

「あ、そうだね」

「そん時までに、照れなしで言えるように慣らそうや」

「んだね」

うねり出した列に押されるようにして、僕はいっきと別れた。

「じゃねー、またー」

「うん。またねー」

普通でありたい僕がいて、普通でいたくない僕もいる。
どっちかだけが正しいわけじゃなくて、きっとどっちも正し
いんだろう。

和菓子屋さんでクリスマスのお菓子を買う。
それが僕だけだったら、僕は普通じゃないのかもしれない。
でも、これだけ大勢のお客さんがお菓子を買いに来てるんだ
から、僕は普通なのかもしれないね。あはは。

列が進んで、やっと店内に入れた。

「いらっしゃいませー!」

アルバイトの女の子の威勢のいい声に弾かれて、僕はすぐに
ショーケースに目を落とした。

「わ!」

す、すご!
オーナメントが和菓子じゃん!
味の予測がまるっきり付かないって時点で、すでに普通じゃ
ない。

うーん……思わずうなっちゃった。

普通と普通じゃないのと、どっちがいいかって選ばなきゃな
んないなら。

やっぱ普通じゃないのがいいかなー。





ox2.jpg

(オキザリス)




(補足)

マカこと天交高人は、いっきが二年生の時のクラスメート。
ぽんいちでは一度もトップの座を譲ったことがない、ずば抜
けた成績を誇る優等生です。学力が図抜けているだけでなく、

プロ棋士の父親の薫陶もあって将棋の実力もプロレベルで、

将棋部の部長をやってます。

闘志や負けん気を表に出すタイプではありませんが、ものす
ごく気が強いです。根っからの勝負師ですね。でも、負けん
気が外からわからないために従順に見えやすく、息子をプロ

棋士の道に進ませたい父親と進路をめぐって正面衝突してし

まいます。彼自身は、医師志望なんです。

いっきは、マカが家を追い出されたあとのケアを五条さんと

一緒に手伝い、彼にすっかり懐かれてしまいました。いっき

にとっても、天才肌なのにどこか間が抜けてるマカは気の置

けない友達です。

クラスメイトの佐倉唯が恋人。甘党の彼らしく、二人の仲も
ベタ甘です。でも、それにはちゃんとわけがあります。