大晦日に寄せて [付記]
一年を締めくくる。
良い一年だったか、思わしくない一年だったか、いろいろと考えるところはあっても。
過ぎてしまった一年を取り戻すことも、やり直すこともできないのだ。
全てを拭い去り、まっさらにして新しい年を迎えたいと思うものの。今にも倒れかかってきそうな懸案の山に背を押されるようにして、新しい年が始まってしまうのだろう。
まあいい。
とりあえず、今日一日の終わりも、一年の終わりも日没の日差しが彩る。
早起きして初日の出を拝んだことがないから、今のうちに拝んでおこう。
おてんとさん、おてんとさん。
今年一年、あんじょうお疲れさんした。来年は今年みたいに張り切りすぎないでね。うちら、めっちゃばてちゃうから。また明日から、宜しお頼もうします。なむなむ。
◇ ◇ ◇
うーん……。なんというか、ばたばたばたばたしているうちに一年過ぎちゃったんだなあと。
今年は、本編が完全にふんづまってしまいました。そういう年もあると割り切るしかないですね。来年は、今年よりも少しだけましなペースで執筆が進むんじゃないかと淡い期待をしつつ。
今年拙ブログにお越しくださったみなさま、一年お世話になりました。来年もせっせとがんばりたいと思いますので、変わらぬご愛顧のほどを。
どなたさまも、よいお年をお迎えください。(^^)/
萬年の尻尾に聴かす除夜の鐘
Wide Awake by Tuck & Patti
てぃくる 1081 まるっきり人気がない [てぃくる]
「おかしいなあ」
「どうした?」
「こんなに美味そうなのに、だあれも手を出してくれへん」
「当たり前やろ」
「は?」
「おまえ、美味そうに見えるけど、げろげろに不味いもん」
「見かけだけだと騙せへんか……」
「不味いだけやないで。あんた、毒やろ」
「……」
「ぽんぽん壊すようなもん、誰が口にするねん。あほか」
ヨウシュヤマゴボウの果実が干からびつつあります。喜んで口にする鳥も動物もいないのに、大量の実が生るんですよね。当然売れ残るわけで、最後は黒褐色に縮んで、無様にちらばります。
誰かが食わない限り分布を広げられないので、悪食なやつがどこかにいるのでしょう。このやろう人の弱みにつけこみやがってと、泣きながら食べる腹ぺこさんは誰かなあ。(笑
土産屋の褪せた絵葉書味になる
Bad Taste by Ben Kessler
【SS】 くりすますって、なに? (弓削佐保、土屋巴) (二) [SS]
巴はかつて母親から警告されたことを思い返し、悄然としていた。
大きな組織の長を務めるには、できるだけ情に絡む部分を小さくしておかないとダメよ。冷血になれ、非情に徹しろということじゃないけれど、自分の中で割り切れない情がわだかまると意思決定に致命的な迷いが生じるの。
だから誰かの人生に手を突っ込むなら、その人と心中する覚悟がいる。無闇に手を出すものじゃないわ。
娘を諫めた母親自身が夫の愚行によって激しく感情を害し、生涯傷をむき出しにしたまま一生を終えた。母親は、夫の人生を共に背負う覚悟ができなかったのだ。
絶対に母親と同じ轍は踏まない。そう肝に銘じて長としての責務を全うしてきた巴だが、引退してビジネスを離れるとどうにも勝手が違った。人に手を貸そうとすると力加減がわからない。助力の手段も規模も過剰になってしまう。
これまでは相手が余剰分をこなしてくれた。巴の助力は、感謝されても厭われることなど一度もなかったのだ。だが……弓削のケアだけはそうは行かなかった。弓削は過不足をまだ自力でこなせないのだから仕方がない……わかってはいても、遠ざけられたままにされているのは心底堪えた。
追い詰められてしまった巴は、ふらふらとはす向かいにある波斗の家を訪ねた。弓削の外部接点確保に協力してもらえないかと巴に持ちかけられ、提案を大筋で了承していた波斗は、その打ち合わせに来たのだろうと快く迎え入れたのだが。意気消沈している巴を見て首を傾げた。
「あら、土屋さん。どうなさったんですか?」
波斗もいずれケアの一翼を担うスタッフになるのだ。隠し事はできない。巴は、弓削が書いた『おねがい』の紙を見せた上で、正直に窮状を訴えた。愚痴にしかならないのは承知の上だった。巴にできないことは、波斗にはもっとできないのだから。それでも、出口の見通せない迷路に踏み入ってしまった悔いを己の中に抑え込んでおけなかった。
波斗は目を瞑り、黙って巴の愚痴を聞き続けた。巴が弱音を吐き出しきるのをじっと待ち、それからうっすらと笑った。
「そうね。私は土屋さんのお手伝いしかできませんので、無責任にいいとか悪いとかは申し上げられません」
「ええ」
「でも」
立ち上がった波斗は、庭に面した窓際に歩み寄ると、庭の一角にある小さな十字架……墓碑を見つめた。
「弓削さんはこれまでずっと一人だったのでしょう。孤独の泥沼に両足を取られたら、誰だって生きていけないんです。自分を殺さないと一人ぼっちだというのをことさら意識してしまう。だからこその隷属体質だったんじゃないかな」
「……」
「でもね、今は一人じゃない」
波斗が十字架に向かってまっすぐ手を伸ばす。
「私は。私は、娘の孤独を理解できずに死に追いやってしまいました。主人と結婚するまでずっと孤独の泥沼で溺れていた私が。何より孤独の恐ろしさを知り尽くしていたはずの私が。娘の孤独を軽視してしまったんです」
「……」
「孤立無縁に絶望した娘が自ら命を絶ってしまった時。私は……悲しいよりも腹立たしかったんですよ。弱い。弱すぎるってね」
「弱い、ですか」
「ええ。でも弱いからこそ感じ取れるんですよ。人のいいところも汚いところも。娘の死後、そう思うようになりました。弱いことを恥じてはいけない。弱者にしか見えないものがあるんだと」
波斗が十字架を凝視したまま静かに話を紡ぐ。
「娘を失い、どん底に堕ち、心が空っぽになって初めて。私はとことん弱くなったんです。だから」
「だから?」
「差し出された手を素直に取れるようになったんですよ」
振り返った波斗が笑顔で次々に指を折る。
「主人、トレマの菊田さん、そしてお隣に越してこられた工藤さんたち。誰もがどん底を経験した弱者でした。みんなは名声を得たプロガーデナーとしての私ではなく、生傷からだらだら鮮血を流してのたうち回っている私を、どうしようもなく弱い私を見てくれました」
買い物から戻ってきたのが見えたのだろう。息を弾ませながらゲートを開けて飛び込んできた少女に向かって、波斗がにこやかに手を振った。そしてきっぱり言い切った。
「弱いからみんなの手を取れた。手を取れたから、今の私があるんです」
「……」
「弓削さんもそうだと思いますよ。最弱者だったから土屋さんの手を取れた。そして、どん底から離れられたんでしょう。妹尾さんは、これまでのようにずっと密着できないというだけ。手を差し出す優しさまで引き上げてしまうことはないでしょう?」
「そう……ですね」
「きっと大丈夫ですよ。誰よりも真剣に弓削さんに手を差しのべ続けているのは土屋さんなんですから。それは、土屋さんが弱くないとできないことなんです」
人に弱みを見せないのは組織長の時だけでいい。楽隠居になった今は、素直に弱みを見せていい。理屈ではわかっていても、心身に絡みついたままの強者の鎧はどうしても外れてくれなかった。いや、外れてくれないと思い込んでいた。
でも。自分はもうとっくに弱くなっていたのだ。弱かったからこそ父の落とし子を探し回り、弱かったからこそ少女たちとの同居に踏み切った。ああ、なんだ。そういうことだったのか。
巴は両手で顔を覆って泣いた。悲しいからではない。弓削と同じ地平に立っていることを確かめられて、安堵したからだった。
両手いっぱいに買い物袋をぶら下げてリビングに入ってきた八内は、土屋が臆面もなく泣いているのを見て仰天していた。
「会長! 何かやらかしたんですか?」
「ちょっとちょっと、亜希ちゃん。いきなりそれはないでしょ」
波斗がぷっとむくれる。
「弓削さんのサポーターがこれから入れ替わっちゃう。どうしようっていう相談を受けていただけよ」
「あ、確かにー。っとっと。司くんも激しく泣いてますけど」
「きゃああっ! 忘れてたーっ」
「かあいちょーっ!」
「ごめん、亜希ちゃん。進はお義母さんに任せてあるんだけど、そっちも心配なの。見てきてくれる?」
「らじゃーっ!」
二階に吹っ飛んでいった八内の背を見送ってから、波斗が土屋に言い足した。
「土屋さん。前にもお話ししましたけど、うちも同じ状況なんです。亜希ちゃんは来年うちを出ます。亜希ちゃんが予想以上に有能だった反動がどっと来るんですよ」
「……そう……ですね」
「うちも、なんとか変化を乗り切らなければならないの。お互いにがんばりましょ!」
◇ ◇ ◇
波斗の家を出てすぐ。すっきりしない冬空を見上げた巴がぽつりと呟いた。
「そうね、佐保ちゃん。クリスマスってなんだろう。私にもわからないわ。クリスマスにしかほしいものがもらえないのは、確かにおかしい。ほしい時にほしいって言えるようにしなきゃね」
【 了 】
注:
弓削佐保という少女は、この小説の中ではモブの一人にすぎません。ただし、モブだから瑣末な位置付けというわけではないんです。彼女は、とても特殊なんですよ。
まず。いっきの彼女であるしゃらにとって、弓削は非常に厄介な存在になります。しゃらは弓削を加害した兄の縁者。知らないふりはできないんですが、かと言って手助けもできません。手助けできないのはいっきも同じですね。
これまで様々な人々に支えられ、同じくらい困っている人たちに手を差し伸べてきた二人ですらどうにもできない。それが弓削という少女です。
いっきの妹の実生と同じ十六歳の孤児で、すでに(望まぬ)子持ち。それだけでも十分に厄介なんですが、弓削は自発意思が極めて弱い。命じられて動くロボットのような性格です。その上容姿がとても整っていて、礼儀も『見かけ上は』しっかりしています。ですから、外面と内面の極端なずれがなかなか周囲に理解してもらえません。さらに厄介なことに、ほとんど学校に行けていません。学力的には小学二、三年程度というところでしょう。
外面が整っているので、福祉関係者からのアドバイスは「職を斡旋するから働きなさい」になりますが、そんなの無理ですよ。何から何まで命じないと動けない。難しい指示を理解できない。自発意思がほとんどないのでコミュニケーションが極めて成立しにくい。飛び抜けた容姿が男たちの注目を集め、まんまと弄ばれてしまう。
いろいろなケースをこなしてきたいっきやしゃらでも対応できないわけですから、他の人にはもっと手が出せません。いっきの伯母である巴が提供しているケアは、最初からチャレンジングなんです。
欲しいものを聞き出す。たったそれだけのことにこんなに苦労するなんて。さらに、それが叶えられないリクエストだったなんて。これまで、力技で事態を打開してきた巴にとって、弱者救済の難しさ、デリケートさを思い知らされた形になっています。
それでも。上から目線ではない善意の助力は必ず相手に届きます。会長が巴を「持てる者」ではなく弓削と同列の「弱者」に位置付け、助力を最大限持ち上げたことで、巴はほっとしたでしょう。本当の弱者は、どんな形であれ支援をどこまでも待ち望んでいるのですから。それが彼らにとって唯一の希望なのですから。
みなさま、どうぞよいクリスマスをお過ごしください。(^^)/
大きな組織の長を務めるには、できるだけ情に絡む部分を小さくしておかないとダメよ。冷血になれ、非情に徹しろということじゃないけれど、自分の中で割り切れない情がわだかまると意思決定に致命的な迷いが生じるの。
だから誰かの人生に手を突っ込むなら、その人と心中する覚悟がいる。無闇に手を出すものじゃないわ。
娘を諫めた母親自身が夫の愚行によって激しく感情を害し、生涯傷をむき出しにしたまま一生を終えた。母親は、夫の人生を共に背負う覚悟ができなかったのだ。
絶対に母親と同じ轍は踏まない。そう肝に銘じて長としての責務を全うしてきた巴だが、引退してビジネスを離れるとどうにも勝手が違った。人に手を貸そうとすると力加減がわからない。助力の手段も規模も過剰になってしまう。
これまでは相手が余剰分をこなしてくれた。巴の助力は、感謝されても厭われることなど一度もなかったのだ。だが……弓削のケアだけはそうは行かなかった。弓削は過不足をまだ自力でこなせないのだから仕方がない……わかってはいても、遠ざけられたままにされているのは心底堪えた。
追い詰められてしまった巴は、ふらふらとはす向かいにある波斗の家を訪ねた。弓削の外部接点確保に協力してもらえないかと巴に持ちかけられ、提案を大筋で了承していた波斗は、その打ち合わせに来たのだろうと快く迎え入れたのだが。意気消沈している巴を見て首を傾げた。
「あら、土屋さん。どうなさったんですか?」
波斗もいずれケアの一翼を担うスタッフになるのだ。隠し事はできない。巴は、弓削が書いた『おねがい』の紙を見せた上で、正直に窮状を訴えた。愚痴にしかならないのは承知の上だった。巴にできないことは、波斗にはもっとできないのだから。それでも、出口の見通せない迷路に踏み入ってしまった悔いを己の中に抑え込んでおけなかった。
波斗は目を瞑り、黙って巴の愚痴を聞き続けた。巴が弱音を吐き出しきるのをじっと待ち、それからうっすらと笑った。
「そうね。私は土屋さんのお手伝いしかできませんので、無責任にいいとか悪いとかは申し上げられません」
「ええ」
「でも」
立ち上がった波斗は、庭に面した窓際に歩み寄ると、庭の一角にある小さな十字架……墓碑を見つめた。
「弓削さんはこれまでずっと一人だったのでしょう。孤独の泥沼に両足を取られたら、誰だって生きていけないんです。自分を殺さないと一人ぼっちだというのをことさら意識してしまう。だからこその隷属体質だったんじゃないかな」
「……」
「でもね、今は一人じゃない」
波斗が十字架に向かってまっすぐ手を伸ばす。
「私は。私は、娘の孤独を理解できずに死に追いやってしまいました。主人と結婚するまでずっと孤独の泥沼で溺れていた私が。何より孤独の恐ろしさを知り尽くしていたはずの私が。娘の孤独を軽視してしまったんです」
「……」
「孤立無縁に絶望した娘が自ら命を絶ってしまった時。私は……悲しいよりも腹立たしかったんですよ。弱い。弱すぎるってね」
「弱い、ですか」
「ええ。でも弱いからこそ感じ取れるんですよ。人のいいところも汚いところも。娘の死後、そう思うようになりました。弱いことを恥じてはいけない。弱者にしか見えないものがあるんだと」
波斗が十字架を凝視したまま静かに話を紡ぐ。
「娘を失い、どん底に堕ち、心が空っぽになって初めて。私はとことん弱くなったんです。だから」
「だから?」
「差し出された手を素直に取れるようになったんですよ」
振り返った波斗が笑顔で次々に指を折る。
「主人、トレマの菊田さん、そしてお隣に越してこられた工藤さんたち。誰もがどん底を経験した弱者でした。みんなは名声を得たプロガーデナーとしての私ではなく、生傷からだらだら鮮血を流してのたうち回っている私を、どうしようもなく弱い私を見てくれました」
買い物から戻ってきたのが見えたのだろう。息を弾ませながらゲートを開けて飛び込んできた少女に向かって、波斗がにこやかに手を振った。そしてきっぱり言い切った。
「弱いからみんなの手を取れた。手を取れたから、今の私があるんです」
「……」
「弓削さんもそうだと思いますよ。最弱者だったから土屋さんの手を取れた。そして、どん底から離れられたんでしょう。妹尾さんは、これまでのようにずっと密着できないというだけ。手を差し出す優しさまで引き上げてしまうことはないでしょう?」
「そう……ですね」
「きっと大丈夫ですよ。誰よりも真剣に弓削さんに手を差しのべ続けているのは土屋さんなんですから。それは、土屋さんが弱くないとできないことなんです」
人に弱みを見せないのは組織長の時だけでいい。楽隠居になった今は、素直に弱みを見せていい。理屈ではわかっていても、心身に絡みついたままの強者の鎧はどうしても外れてくれなかった。いや、外れてくれないと思い込んでいた。
でも。自分はもうとっくに弱くなっていたのだ。弱かったからこそ父の落とし子を探し回り、弱かったからこそ少女たちとの同居に踏み切った。ああ、なんだ。そういうことだったのか。
巴は両手で顔を覆って泣いた。悲しいからではない。弓削と同じ地平に立っていることを確かめられて、安堵したからだった。
両手いっぱいに買い物袋をぶら下げてリビングに入ってきた八内は、土屋が臆面もなく泣いているのを見て仰天していた。
「会長! 何かやらかしたんですか?」
「ちょっとちょっと、亜希ちゃん。いきなりそれはないでしょ」
波斗がぷっとむくれる。
「弓削さんのサポーターがこれから入れ替わっちゃう。どうしようっていう相談を受けていただけよ」
「あ、確かにー。っとっと。司くんも激しく泣いてますけど」
「きゃああっ! 忘れてたーっ」
「かあいちょーっ!」
「ごめん、亜希ちゃん。進はお義母さんに任せてあるんだけど、そっちも心配なの。見てきてくれる?」
「らじゃーっ!」
二階に吹っ飛んでいった八内の背を見送ってから、波斗が土屋に言い足した。
「土屋さん。前にもお話ししましたけど、うちも同じ状況なんです。亜希ちゃんは来年うちを出ます。亜希ちゃんが予想以上に有能だった反動がどっと来るんですよ」
「……そう……ですね」
「うちも、なんとか変化を乗り切らなければならないの。お互いにがんばりましょ!」
◇ ◇ ◇
波斗の家を出てすぐ。すっきりしない冬空を見上げた巴がぽつりと呟いた。
「そうね、佐保ちゃん。クリスマスってなんだろう。私にもわからないわ。クリスマスにしかほしいものがもらえないのは、確かにおかしい。ほしい時にほしいって言えるようにしなきゃね」
【 了 】
注:
弓削佐保という少女は、この小説の中ではモブの一人にすぎません。ただし、モブだから瑣末な位置付けというわけではないんです。彼女は、とても特殊なんですよ。
まず。いっきの彼女であるしゃらにとって、弓削は非常に厄介な存在になります。しゃらは弓削を加害した兄の縁者。知らないふりはできないんですが、かと言って手助けもできません。手助けできないのはいっきも同じですね。
これまで様々な人々に支えられ、同じくらい困っている人たちに手を差し伸べてきた二人ですらどうにもできない。それが弓削という少女です。
いっきの妹の実生と同じ十六歳の孤児で、すでに(望まぬ)子持ち。それだけでも十分に厄介なんですが、弓削は自発意思が極めて弱い。命じられて動くロボットのような性格です。その上容姿がとても整っていて、礼儀も『見かけ上は』しっかりしています。ですから、外面と内面の極端なずれがなかなか周囲に理解してもらえません。さらに厄介なことに、ほとんど学校に行けていません。学力的には小学二、三年程度というところでしょう。
外面が整っているので、福祉関係者からのアドバイスは「職を斡旋するから働きなさい」になりますが、そんなの無理ですよ。何から何まで命じないと動けない。難しい指示を理解できない。自発意思がほとんどないのでコミュニケーションが極めて成立しにくい。飛び抜けた容姿が男たちの注目を集め、まんまと弄ばれてしまう。
いろいろなケースをこなしてきたいっきやしゃらでも対応できないわけですから、他の人にはもっと手が出せません。いっきの伯母である巴が提供しているケアは、最初からチャレンジングなんです。
欲しいものを聞き出す。たったそれだけのことにこんなに苦労するなんて。さらに、それが叶えられないリクエストだったなんて。これまで、力技で事態を打開してきた巴にとって、弱者救済の難しさ、デリケートさを思い知らされた形になっています。
それでも。上から目線ではない善意の助力は必ず相手に届きます。会長が巴を「持てる者」ではなく弓削と同列の「弱者」に位置付け、助力を最大限持ち上げたことで、巴はほっとしたでしょう。本当の弱者は、どんな形であれ支援をどこまでも待ち望んでいるのですから。それが彼らにとって唯一の希望なのですから。
みなさま、どうぞよいクリスマスをお過ごしください。(^^)/
(モチノキの果実)
Do They Know It's Christmas by Emily Hall
【SS】 くりすますって、なに? (弓削佐保、土屋巴) (一) [SS]
おばさんに、さんたさんにおてがみかきなさいっていわれたけど。あたし、さんたさんてみたことないもん。わかんない。ふみねえはずっといそがしそうだからきけないけど、りんねえやきりこねえにきいたらあたしたちだってみたことないよーっていってた。やっぱりー。
でも、ほしいものをぷれぜんとしてもらうならおてがみがいるんだって。ほしいもの、なんだろ。わかんない。
だって、あたしのほしいものはもうあるもん。こわいひとがいないとこ。むずかしいことをいわれないとこ。いたいことをされないとこ。こんなの、いままでいっかいもなかったもん。ここ、すっごいらくなんだもん。
みわがなかなければもっといいけど。そういったら、おばさんにおいおいっておこられた。あかちゃんはなくのがあたりまえだよって。
それよか、せのおさんもうこれなくなるかもっていってた。なんでもかなえてくれるひとがさんたさんなら、せのおさんをつれてかないでっていいたいな。あ、それをかけばいいのか。ええと。
『せのおさんお、つれてかないでください』
あとはおもいつかないや。これでいいよね。
◇ ◇ ◇
「ふうっ」
「巴さん、佐保ちゃんのリクエスト、どうですか?」
ケアチーフの妹尾が直に確かめる。サポーターの恩納、伴野、村松も心配顔だ。
「予想通りだよ。妹尾さんを連れて行かないで、さ」
メンバー全員、深い溜息の中に埋もれた。家主の土屋巴が、固く腕を組んだまま、たどたどしいひらがな文をじっと見据える。
サンタさんへのお願いを書いといてね。巴は弓削にそういう宿題を出していた。ただ……巴には確信があった。以前よりずっとましになったとは言っても、弓削にはまだ十分な自我が育っていない。自我がしっかり前に出てこない限り、欲しいものなんか思いつくはずがない。
極めて貧弱な自我。その乏しい自我さえ誰からも否定され、徹底的に壊されてきたのだ。ほとんど残っていない自我を、どうやって膨らませるか。もともとある自我の復元ではなく、ほぼゼロからの育成に近いのだ。本人の自主性を全く期待できない以上、蒔いた種子が発芽して伸び始めるまでは周囲が徹底的にサポートをするしかない。
だが、巴のシェアハウスはあくまでも共同生活空間であり、サポートはボランティアの域を出ない。その分、弓削との距離感にはどうしてもばらつきが生じる。
弓削は、自我が貧弱な代わりに人感センサーが異常に発達していた。誰に奉仕するかで自身の待遇が極端に変化するからだ。ましてや今は奉仕の必要がない。生き延びるために自我を取り崩さなくてもよくなった弓削は、天国の永続を夢見てメンバーをしっかり峻別していた。
『こわいひと』の巴。『いいひと』の恩納、伴野、村松。そして、ずっと密着ケアをしている『いてほしいひと』の妹尾とに。臨床心理士の資格を持つプロカウンセラーとして、包容力のある「優しいお姉さん」として、他の誰より弓削が懐いたのが妹尾だった。
妹尾が最後の最後まで弓削に密着していられれば、弓削のストレスを大幅に軽減できる。自我の養成をゆっくり進めていけるだろう。しかし妹尾は期限付き出向社員で、最初から一年というタイムリミットがあった。幸福を追い求める権利は弓削だけでなく妹尾にもあるのだから、巴は無理を言えない。
妹尾の献身があって予想以上に進んだ弓削の自我形成だが、巴は妹尾の離脱による反動を常に考慮する必要があったのだ。そして、離脱が反作用をもたらすのは妹尾だけではなかった。
他の三人のシェアメンバーは実に上手に弓削とコミュニケートしている。無理をしない。無理をさせない。巴と妹尾との橋渡し的な役割を上手にこなし、弓削が思考と行動を自由に動かせる状況を見事に作り出していた。
だが、なにもかもうまく行き過ぎた。伴野が育児の補助を、村松が勉強の補佐を、恩納が明るい雰囲気の醸成を、それぞれ誰に指示されているわけでもなく分担してこなしている。逆に言えば、その中の誰が欠けてもバランスが崩れてしまうだろう。来年は妹尾だけでなく、他のメンバーも家を離れる可能性が高いのだ。
なんて厄介な! 巴は頭を抱えていた。ケアスタッフを固定できないことなど最初からわかっていたはず。対応が後手に回ったのは、初期ケアの緊急性が高かったからだ。
スタートアップにもっと時間がかかると踏んでいた巴は、ケアメンバーをフィックスするつもりがなかった。やってみて、リハビリの進み具合やケアスタッフとの相性を見て、漸次入れ替えようと考えていた。まさか、こんなにうまくいくなんて。いや、いってしまうなんて。
リハビリの加速が速いほど、失速による墜落のダメージも大きくなるだろう。巴は……弓削の『おねがい』を凝視したままほぞを噛んでいた。
「本当に。難しいね……」
でも、ほしいものをぷれぜんとしてもらうならおてがみがいるんだって。ほしいもの、なんだろ。わかんない。
だって、あたしのほしいものはもうあるもん。こわいひとがいないとこ。むずかしいことをいわれないとこ。いたいことをされないとこ。こんなの、いままでいっかいもなかったもん。ここ、すっごいらくなんだもん。
みわがなかなければもっといいけど。そういったら、おばさんにおいおいっておこられた。あかちゃんはなくのがあたりまえだよって。
それよか、せのおさんもうこれなくなるかもっていってた。なんでもかなえてくれるひとがさんたさんなら、せのおさんをつれてかないでっていいたいな。あ、それをかけばいいのか。ええと。
『せのおさんお、つれてかないでください』
あとはおもいつかないや。これでいいよね。
◇ ◇ ◇
「ふうっ」
「巴さん、佐保ちゃんのリクエスト、どうですか?」
ケアチーフの妹尾が直に確かめる。サポーターの恩納、伴野、村松も心配顔だ。
「予想通りだよ。妹尾さんを連れて行かないで、さ」
メンバー全員、深い溜息の中に埋もれた。家主の土屋巴が、固く腕を組んだまま、たどたどしいひらがな文をじっと見据える。
サンタさんへのお願いを書いといてね。巴は弓削にそういう宿題を出していた。ただ……巴には確信があった。以前よりずっとましになったとは言っても、弓削にはまだ十分な自我が育っていない。自我がしっかり前に出てこない限り、欲しいものなんか思いつくはずがない。
極めて貧弱な自我。その乏しい自我さえ誰からも否定され、徹底的に壊されてきたのだ。ほとんど残っていない自我を、どうやって膨らませるか。もともとある自我の復元ではなく、ほぼゼロからの育成に近いのだ。本人の自主性を全く期待できない以上、蒔いた種子が発芽して伸び始めるまでは周囲が徹底的にサポートをするしかない。
だが、巴のシェアハウスはあくまでも共同生活空間であり、サポートはボランティアの域を出ない。その分、弓削との距離感にはどうしてもばらつきが生じる。
弓削は、自我が貧弱な代わりに人感センサーが異常に発達していた。誰に奉仕するかで自身の待遇が極端に変化するからだ。ましてや今は奉仕の必要がない。生き延びるために自我を取り崩さなくてもよくなった弓削は、天国の永続を夢見てメンバーをしっかり峻別していた。
『こわいひと』の巴。『いいひと』の恩納、伴野、村松。そして、ずっと密着ケアをしている『いてほしいひと』の妹尾とに。臨床心理士の資格を持つプロカウンセラーとして、包容力のある「優しいお姉さん」として、他の誰より弓削が懐いたのが妹尾だった。
妹尾が最後の最後まで弓削に密着していられれば、弓削のストレスを大幅に軽減できる。自我の養成をゆっくり進めていけるだろう。しかし妹尾は期限付き出向社員で、最初から一年というタイムリミットがあった。幸福を追い求める権利は弓削だけでなく妹尾にもあるのだから、巴は無理を言えない。
妹尾の献身があって予想以上に進んだ弓削の自我形成だが、巴は妹尾の離脱による反動を常に考慮する必要があったのだ。そして、離脱が反作用をもたらすのは妹尾だけではなかった。
他の三人のシェアメンバーは実に上手に弓削とコミュニケートしている。無理をしない。無理をさせない。巴と妹尾との橋渡し的な役割を上手にこなし、弓削が思考と行動を自由に動かせる状況を見事に作り出していた。
だが、なにもかもうまく行き過ぎた。伴野が育児の補助を、村松が勉強の補佐を、恩納が明るい雰囲気の醸成を、それぞれ誰に指示されているわけでもなく分担してこなしている。逆に言えば、その中の誰が欠けてもバランスが崩れてしまうだろう。来年は妹尾だけでなく、他のメンバーも家を離れる可能性が高いのだ。
なんて厄介な! 巴は頭を抱えていた。ケアスタッフを固定できないことなど最初からわかっていたはず。対応が後手に回ったのは、初期ケアの緊急性が高かったからだ。
スタートアップにもっと時間がかかると踏んでいた巴は、ケアメンバーをフィックスするつもりがなかった。やってみて、リハビリの進み具合やケアスタッフとの相性を見て、漸次入れ替えようと考えていた。まさか、こんなにうまくいくなんて。いや、いってしまうなんて。
リハビリの加速が速いほど、失速による墜落のダメージも大きくなるだろう。巴は……弓削の『おねがい』を凝視したままほぞを噛んでいた。
「本当に。難しいね……」
(エノキ)
The One Who Knows by Dar Williams
ちょっといっぷく その228 [付記]
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
本編休止中です。
むぅ。今年ももう残りわずかになっちゃいましたねえ。これまでも本編中断期間は幾度となくあったんですが、一年近く止まってしまったのは初めてかも。
来年のことを言うと鬼が笑いますが、来年はもう少し本編を進められればと思っています。まあ今年は今年。てぃくるでつなぎ倒した一年として割り切ることにします。
◇ ◇ ◇
さて。最後までてぃくるで押し通すというのもアレなので、このあとクリスマス用のSSを前後編の形で24、25両日に載せます。ちょっと変則な構成で、短くてシンプルなモノローグと、それを受けての背景説明という形になっています。
とても残念なんですが。今年は持たざる者にはどこまでも辛かった一年だったように思います。
給料が上がる以前に、ありとあらゆるものが値上げになって生活実態は大幅に悪化。そりゃあ、たんまり持ってる人は堪えないんでしょうけど。値引きシール命のわたしにとっては大打撃ですよ。ええ。
経済弱者で深刻なのは、光に目を向ける余裕を失うことです。それでなくても乏しい周囲からの救援の手が「ない」ように感じられてしまう。それは、弱者にとっての死活問題です。そんなことをちらっと考えながら、ちょっと変わったお話を編んでみました。
決して明るい話ではありませんが、お目通しいただければ幸いです。
◇ ◇ ◇
定番化させるつもりでコマーシャル。(笑
アメブロの本館で十年以上にわたって書き続けて来た掌編シリーズ『えとわ』を電子書籍にして、アマゾンで公開しました。第1集だけ300円。残りは一集400円です。
現在、第28集まで刊行しております。ぜひお買い求めください。
kindke unlimitedを契約されている方は、全集無料でご覧いただけます。
本編休止中です。
むぅ。今年ももう残りわずかになっちゃいましたねえ。これまでも本編中断期間は幾度となくあったんですが、一年近く止まってしまったのは初めてかも。
来年のことを言うと鬼が笑いますが、来年はもう少し本編を進められればと思っています。まあ今年は今年。てぃくるでつなぎ倒した一年として割り切ることにします。
◇ ◇ ◇
さて。最後までてぃくるで押し通すというのもアレなので、このあとクリスマス用のSSを前後編の形で24、25両日に載せます。ちょっと変則な構成で、短くてシンプルなモノローグと、それを受けての背景説明という形になっています。
とても残念なんですが。今年は持たざる者にはどこまでも辛かった一年だったように思います。
給料が上がる以前に、ありとあらゆるものが値上げになって生活実態は大幅に悪化。そりゃあ、たんまり持ってる人は堪えないんでしょうけど。値引きシール命のわたしにとっては大打撃ですよ。ええ。
経済弱者で深刻なのは、光に目を向ける余裕を失うことです。それでなくても乏しい周囲からの救援の手が「ない」ように感じられてしまう。それは、弱者にとっての死活問題です。そんなことをちらっと考えながら、ちょっと変わったお話を編んでみました。
決して明るい話ではありませんが、お目通しいただければ幸いです。
◇ ◇ ◇
定番化させるつもりでコマーシャル。(笑
アメブロの本館で十年以上にわたって書き続けて来た掌編シリーズ『えとわ』を電子書籍にして、アマゾンで公開しました。第1集だけ300円。残りは一集400円です。
現在、第28集まで刊行しております。ぜひお買い求めください。
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でわでわ。(^^)/
「ツリーのオーナメントにしては、ぱっとしないねー」
「だって、コンセントがないんだもー」
(^^;;
カナメモチの真っ赤な実。ものすごく苦いんですが、少しずつ鳥のご飯になっていきます。最後は一個も残りません。
てぃくる 1080 折り紙つき [てぃくる]
兜を折って被ってくるのはどうかと思うの
(^^;;
(^^;;
折り紙つきなんていう言い方も、だんだんと死語になりつつあるような。そもそも折り紙が何を意味するのかわからないですよね。
折り紙とは、いわゆる鑑定書のこと。技量や能力を証明する証書のようなものなのだそうで。
確たる実績があるからこそ得られるのが折り紙であり、折り紙があれば必ず有能、有力だということではありません。ねえ、どこぞの議員さんたち。(^^;;
夕鶴のつうの気持ちを主知らぬ
羽の代わりに税を抜くとは
Would I Lie to You? by Eurythmics
てぃくる 1079 勝利のブイサイン [てぃくる]
「おまえ、勝ってもいないのにブイサインなんかすんなよ」
「えー? この中で俺だけ芽を出せるんだぜ。おまえらはみんな腐って俺の肥やしになるやんか」
「けたくそ悪いやっちゃ。おまえなんか、どっか行ってまえ!」
「やなこった」
まあ。
そんなに怒らなくてもいいと思いますよ。
ニワウルシの種子は薄くて軽いので、強い風が吹けばどっかに飛んでいくでしょう。もっとも、ここに残っていたところで、地面に到達できなければそのまま肥やしになるだけです。運命は、周りの落ち葉たちと何も変わりません。
ただ……一度芽吹くとものすごい勢いで大きくなるので、さっさと抜いてしまいましょう。(^^;;
風任せの人生が楽しいという君は
運命で軽やかに遊んでいる
10,000 Miles by Mary Chapin Carpenter
てぃくる 1078 焼け落ちる [てぃくる]
てぃくる 1077 イルミネーション [てぃくる]
「まだクリスマスには早いけど、イルミってみた」
「きれいねえ」
「でしょでしょ?」
「でも、どこから電源引いてるの?」
「電源なんか要らない。つけっぱなしよ。エコよ」
「つけっぱなしのどこがエコなわけ? 点滅しないとイルミにならないわ」
「消える方は鳥の仕事だから、わたしたちは点けるだけー」
「なにそれー」
ということで、とても鮮やかなヒヨドリジョウゴの真っ赤な実なんですが。
悪食のヒヨドリですらよう食わんのですから、冬中ずっと点けっぱになってます。(^^;;
色だけならおいしそうなんですけどねえ……。毒だし、生臭いし。実る意味あるんかい。(^^;;
アドベントカレンダーが開いてゆく意味は
親と子とで違う
Love Illumination by Franz Ferdinand