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三年生編 第83話(2) [小説]

駅前のデパートで紙おむつとかわいいスタイを買って、進物
用にラッピングしてもらった。
僕としゃらを見る店員さんの視線がどうにも気になったけど
ね。
まさか、僕らの子供に買っていくんだと思ってないだろうな
あ……。

まあいいや。

お祝いの品にしては大荷物になった包みをぶら下げて、駅前
からバスに乗る。
いつもはモヒカン山を越すルートで行くけど、荷物持って制
服姿で行くにはしんどいから。

僕は前にバスを使ったことがあるけど、しゃらは初めてのは
ずだ。
案の定、市街地を抜けてからずんずん変わっていく景色に興
味津々だ。

「うわ……ずっと市内で生まれ育ったって言っても、こっち
には来たことないから全然知らんかったー。こんな景色がま
だ残ってたんだねー」

「そう。僕も最初びっくりしたんだよね。むかーしむかしの
田貫市って、こんな感じだったのかなあって」

「そういや、リドルのマスターも前にそんなこと言ってたよ
ね」

「そうだそうだ」

うちがある森の台も、かつては稲荷山の山麓。
うっそうと木が生い茂った森だったって。

今僕やしゃらが見ている景色は、レガシー、遺産……なのか
なあ。

いや、そんなことはないよね。
何百年、何千年と変わらないで続いているものなんか、ほん
の少ししかない。
僕らが何かを遺産として残すのは……本当に難しいんだろう。

ふと、前に光輪さんに聞いたことを思い出した。
設楽寺は、建立の時の建物をもう残していないって。
何度も焼けて、その都度建て直されて今に至ってる。

つまり。
設楽寺っていう建物は遺産として残ってない。
残っているのは……そこにお寺を維持しようとする人の心。
心の繋がりなんだ。

光輪さんと奥さんの間に生まれた赤ちゃん。繋がれた命。
その子は……またお寺を残そうと考えてくれるんだろうか?

分からないよね。

ものや環境は変わっていく。
未来永劫に残るものなんか、どこにもない。
じゃあ、僕らは何を誰に残そうとすればいい?

「ふ」

思わず苦笑いしちゃった。
自分のこともろくたら決められてないのに、そんなこと考え
てもなあって。

「どしたん?」

「いや、ちょっとつまんない考え事」

「ふうん……」


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三年生編 第83話(1) [小説]

8月18日(火曜日)

昨日の夕方届いた、光輪さんとこのお子さん誕生のニュース。
おめでたい話は、出来るだけ早く知らせた方がいい。

僕は昨日の夕食後すぐに、しゃらにメールを流した。

『光輪さんとこ、女の子が生まれたって!』

しゃらからは、メールじゃなくて直電が返ってきた。

「いっき! 光輪さんとこ産まれたんだって? いつ?」

「何日に産まれたかは聞いてないけど、奥さんはもう退院し
たって言ってたから三日くらい前ちゃうかなあ」

「そっかあ……」

「すっごい嬉しそうだったよ」

「ふふ。そうだよねー。お見舞い、行くの?」

「うん。光輪さんに聞いてみたら、ばたばたしてるけどいい
ぜって言ってから、赤ちゃんの顔だけちらっと見せてもらお
うかなって」

「行こ行こ! 女の子かあ。奥さん美人だから、かわいいだ
ろうなー」

しゃらの声が弾んでる。
しゃらも、ほんとにこども好きだよな。
おっと、そうだ。お祝いどうすべ。さすがに手ぶらはまずい
だろ。前にスイカもらってるし。

「しゃら。出産祝い、何持って行こうか?」

「んー、ベビー服とかいいなあと思うんだけど、似合う似合
わないがあるからなあ」

「無難に紙おむつにしとく?」

「そだね。それにスタイかなんか付けよう」

「えと。すたいって?」

「よだれかけのこと」

へー、そう呼ぶのかー。知らんかったー。

「じゃあ、明日の朝十時に坂口のバス停で待ち合わせよう。
奥さんの実家は山向こうだから、歩いてくよりバス使った方
が近い」

「分かったー」

「てか、明日出られる? 家のこととか大丈夫?」

「行けるよー。明日はバイト入ってないし、買い物も今日済
ませたから」

「分かったー。じゃあ、明日バス停で」

「わあい!」

ふう……。
しゃらは今、お母さんのお世話とか家事負担があって結構キ
てるんだよね。近々田中って人との接見も控えてるし。
ストレスと緊張でかなりいらいらしてるだろう。

産まれたばかりのかわいい赤ちゃんの顔を見せてもらって、
少しでも気分転換出来たらいいなと思う。


           −=*=−


月曜の朝。
受験勉強で家に缶詰の時間が長かった僕にとっては、久しぶ
りに開放感が味わえる日になるだろう。たとえ、その時間が
短くてもね。

出産祝いの買い物するのに一度駅前に出ないとならないから、
制服で出発。
そのあと家に帰って私服に着替えるのはめんどい。
制服のままで光輪さんのところに行っちゃおう。

坂口のバス停に現れたしゃらは、最近会った中では一番機嫌
がよかった。めっちゃめちゃテンションが高い。

「いっき、おはー!」

「うーっす。楽しみだなあ」

「だよねえ! なんていう名前にしたのかなあ」

「あ、それ聞いてなかった。そっか」

「でしょー? お坊さんだから、それっぽい名前?」

「さすがに、女の子にそれはないんじゃね?」

「あははははっ!」

自分の進路のことだけでもしんどいのに、お母さんの不調や
店の新築、バイト、お兄さんのこと、弓削さんのこと……。
いろんな心配事がどかあっとのっかってきて、しゃらにとっ
ては堪え時になってる。

どこかに突き抜けて楽しめる時間がないと、そのしんどさを
抱え切れなくなるよね。
しゃらが弾けてるのは当然なんだよな。

お、バスが来た。

「おーっし! 行くぞーっ!」

それじゃあ、お見舞いっていうより出陣だよ。くす。





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