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三年生編 第82話(4) [小説]

中庭の入り口。
水盤の横に立って、ぐるりと中を見回す。

夏休み中で人影がないって言っても、大勢の部員が毎日出入
りしている中庭はばっちり存在感を発揮していた。
ぽんいちに来たばかりの時の荒れ果てた庭が、もう思い出せ
ないほど充実してる。

思わず、ガッツポーズと声が出る。

「よーし、っと! いいぞー!」

部員の数が増えたから、中庭管理当番の間隔が空いて、負担
感が小さくなってる。
それをいいことに誰かがすっぽかしたり手を抜くと、管理に
穴が空いちゃうんだけど。
逆に、チームワークできちんとこなそうという意識に結びつ
いてる。

調整してる四方くんは大変だろうけど、大所帯になったス
ケールメリットはおっきいんだよな。

義務が外れた僕ら三年への割り当てはないけど、急なスケ
ジュール変更の時はいつでも手伝うよって四方くんに言って
おいたんだ。
でも実生情報だと、穴埋めは二年生で全部やってるらしい。

一番主人公の二年生は、人数少ないから実務はやらなくてい
いなんて風には絶対考えないんだろう。
寂しいけど、僕ら三年の出番は本当になくなった。

でも。それでも、中庭に行くとやっぱり気が引き締まる。

墨尾さんに打ってもらった剪定鋏で植栽の徒長枝を整理しな
がら、僕はここでの日々を思い返した。
中庭は、とても楽しいわくわくするキャンバスであると同時
に、間違いなく戦場だったな、と。

それは、ここが鬼門だからとか、羅刹門の裂け目があったか
らってことじゃない。

関わり続ける覚悟がなければ、中庭はすぐに僕らの手を離れ
てしまう。適当に手を出すだけじゃ、制御なんか出来ない。
規則も、歴史も、思惑も……中庭にある何もかもが僕らにそっ
ぽを向いていた。
僕らは全力で戦うことでしか、中庭にこっちを向いてもらえ
なかったんだ。

今。見事に整った庭を見回してしみじみ思う。
戦って勝つことよりも、戦うことで自分を鍛えることの方が
何千倍、何万倍も大事なんだろなあと。

だから後輩たちには、そういう意識をいつも持っていて欲し
い。
自分の手と足と頭を使って、庭と一緒にグレートになろう!
そんな感じで、プロジェクトを盛り立ててくれたらなと。

「うーん、それにしてもびしっと決まってるよなあ」

みのんと四方くんが全体ににらみを利かせてるから、庭は僕
の不在中も隅々まできちんと管理されていた。

僕らが最初に庭に手を入れ始めた頃の、ある意味アバウトな
管理と違って、細かいところまでよーくケアされてる。
間違いなく、庭としてのグレードが数段上がった感じだ。

今年のガーデニングコンテストでは大賞に手が届かなかった
けど、近い将来他の先進高に引けを取らないレベルまで上が
りそうだね。楽しみだー。

チェックするっていうより純粋に庭を楽しむ気分で、何度も
庭を見回って、最後にモニュメントに手を置いた。

初代校長の銅像の代わりに、大事な抑えとして中庭を見張り
続けていたモニュメント。
もう鳳凰はいないけど、今でもなんとなく神々しい感じがす
るよね。

「ようこも、ここを寝ぐらにしてたんだよなあ……」

この中庭を最初に鎮護していたのは、初代校長の銅像だった。
創立五十周年記念事業で、銅像の代わりにモニュメントが建
てられて、片桐先輩が言ってたみたいにちゃんと抑えとして
機能してた。そこに鳳凰が来て、ようこが来て……。

なんだかんだ言っても、モニュメントは今でもまだ庭の鎮護
の象徴で、どっしり庭の隅々まで睨みを利かせているんだろ
う。


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三年生編 第82話(3) [小説]

窓際から離れた僕は、母さんの横に腰を下ろした。

「実生は、黒歴史が近いしゃらと自分を比べて、どこに違い
があるのかをしっかりチェックしてるんだよね」

「!!」

「よく気が利くし、基本的に優しい。裏方をきちんとこなし
て、決して出しゃばらない。そういうところはよーく似てる
んだよ。でも、しゃらにあって、実生にないもの」

「うん。それが我の強さね」

「そう。絶対に人に崩されないぞって、一度意固地モードに
突入するとがんとして引かない。去年の夏がそうだった」

「うわあ……」

「ただ、しゃらは自己表現が決して上手じゃないんだ。取り
繕うとか、ごまかすってことがうまく出来ない。実生はその
逆だよ。僕もそうだけど」

「ふふふ。そっかあ」

「前に実生が木村くんに付きまとわれた時」

「うん」

「もし、しゃらがそうされてたら、みんなの前で引っ叩いて
たでしょ」

「うひい。でも、確かにそうかも。そして、実生にはそれが
出来てないってことか」

「そう。家族の僕らにすら伏せてたんだから。そんな自分で
自分を削って合わせてしまおうとするやり方をどっかで変え
ないと、最後は削るところがなくなるよ」

「そうよねえ」

「それをね、しゃらを見ることで分かってきたんじゃないか
と思うんだ」

「でも……大丈夫なんだろか」

「ほらほら、もう抱え込みにかかってるし」

思わず苦笑い。

「まあ、これから今までとは違う形で試練が来るでしょ。実
生は、それをもう覚悟してると思うし」

「へ? なにそれ?」

「部活だよ」

母さんは、ぴんと来ないのか何度も首を傾げた。

「どして?」

「工藤先輩の妹っていう形容詞が、ずっと付いて回るからさ」

「!!」

血相を変えた母さんが僕を凝視した。

「僕は」

「う、うん」

「実生がプロジェクトに入ったのは、覚悟の上だと思うよ。
兄貴は兄貴、わたしはわたし。兄貴とは、目的もやりたいこ
とも違うって。自己紹介の時も、それをはっきり言ってたん
だ」

「あ、そうか。それを、これからもずっと主張しないとなら
ないってことね?」

「そ。あいつも、いつまでもガキじゃないさ。ちゃんと自分
の課題は分かってて、その上でチャレンジしてる。だから僕
は全然心配してない」

ふうっと母さんが大きな吐息を漏らして、それからすくっと
立ち上がった。

「さゆりちゃんのことがあったから、少しナーバスになって
たかもね」

「確かにね。でも、さゆりちゃんだってまだ試練としては大
したことないよ。勘助おじちゃんなら、きっとそう言うと思
うな」

「そうかなあ」

「だって、生きてるじゃん」

母さんが苦笑いした。

「まあね」

「会長の娘さんみたいに自分で命を断っちゃったら、もうど
うしようもないもん」

「うん……確かにね」

「そこにさえ行かなければ、何とかなるよ」

さて。

「じゃあ、中庭見回ったついでにどっかで昼ご飯食べてくる
わ」

「遅くなるの?」

「まーさーかー。勉強があるからね」

「おっけー」



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