SSブログ

三年生編 第81話(9) [小説]

「今回のことは、弓削さんを連れてきたお兄さんに一番大き
な責任があると思う。でも、自分のことすらこなせてないお
兄さんには、弓削さんのケアは出来ない」

「……うん」

「じゃあ、僕らにそれが肩代わり出来る?」

「ううん」

「無理だよね。僕ら自身がまだ扶養されてる立場だもん。同
情は出来ても、責任持ってケアしますなんて絶対に言えな
い。だから、伯母さんが、僕らにもケアを振るよって言った
んだ」

「どういうこと?」

「あとはお願いって、僕らが弓削さんのことを切り離してし
まいかねないから」

「あ……」

「僕らが弓削さんに直接タッチすることは出来ない。実際、
伯母さんは、弓削さんに関わる人をものすごく厳密に限定し
てる」

「うん」

「そしたら、僕らが弓削さんに会わなくても出来ることをす
るしかないかなあと……思ってさ」

「それでかあ」

「ふう……もう少し後で。いろいろ落ち着いてから。そう考
えてたんだけど」

「なにかあったの?」

「父方の大叔父が、昨日亡くなりました」

「あ……」

しゃらが絶句した。

「僕の父、そして僕と実生が辛かった時期に精神的な支えに
なっててくれた人です。血のつながりなんかないのに、僕ら
をいつも心配して、励ましてくれた」

「でも、僕らは大叔父がいるのが当たり前のように思って
て、ちっとも恩返し出来ませんでした。亡くなってしまった
ら、もう何も出来ません」

また……涙がこぼれてくる。

「そういう後悔を……残したく……ないんです」

「そう……」

お母さんは、ゆっくり目を伏せた。

「だから僕と沙良さんとで、田中という人に会いに行きたい
んです」

「ねえ、いっき。その時に……何を話すの?」

不安そうに、しゃらに確かめられる。

「弓削さんの今」

「今って?」

「僕らに弓削さんのケアが出来ない以上、将来の話は出来な
いの。今、弓削さんが落ち着いて赤ちゃんと一緒に暮らせて
いること。心の治療を始めたこと。それだけ」

「そっか。そうだよね」

「それと……」

「うん」

「弓削さんのお母さんのお墓があるなら。それを田中って人
から聞き出したいの」

「お参りして、弓削さんのお母さんにも報告するってことね」

「そう。本当は、田中って人がそうしたいと思う。でも、出
来ないでしょ?」

「代わりに……か。うん。分かる」

「どうなるかは、会ってみないと分かんないけどね」

「うう」

「でも、ケンカ売りに行くわけじゃない。逆だよ。弓削さん
と田中っていう人をつなぐなら、間に僕らが入らないとどう
しようもないんだ」

ふう……。

「どんな人なのかも全然分からないし、緊張しちゃうと思う
けど。会ってみようよ」

「気が進まないけど……でも、いっきの言うのはもっともだ
と思う」

「あの、工藤さん」

お母さんから、ひょいと横槍が入った。

「あなたたち二人で……行くの?」

「未成年者だけでの接見は、家族でない限りなかなか許可が
出ないそうです」

「あ、そうなんだ」

「一応、伯母が接見のお膳立てをしてくれると言ってます。
でも、接見には僕ら二人で臨みます」

「……なぜ?」

「僕らがメッセンジャー以外何も出来ないってことが、向こ
うにすぐ分かるからです」

ぽん!
お母さんが手を叩いた。

「そうか! なるほどね」

「二、三日中に伯母から僕に連絡が来ます。接見の時には、
沙良さんをお借りします。よろしくお願いします」

僕はお母さんに向かって、深く頭を下げた。


           −=*=−


もし勘助おじちゃんが生きていたら。
弓削さんのことで、どういうアドバイスをくれただろう?

出来るんならやればいいし、出来ないならしなければいい。
きっとそう言ったんじゃないかって思う。

勘助おじちゃんがおおらかだったのは、父さんや僕らをサ
ポートすることも含めて、おじちゃんに出来ることは何でも
してきたから。
それは、誰かにしろって言われてやらされても意味がないよ
ね。
だから勘助おじちゃんは、父さんにも僕らにもこうしろああ
しろって指図しなかったんだと思う。

僕は。
机の上に一枚の白紙を広げて、それにくっきりと書き記す。

『出来ることを、出来るうちに、しよう!』

今まで、とりあえずペンディング……っていうのが結構あっ
たんだ。進路のこととかね。

それは、僕の甘えや緩みの象徴。
自分の使える時間は無限にある……そういう根拠のない思い
込みがそうさせてた。

でも。
高校生活がもう残り半年足らずしか残っていないように。
いつまでもあると思っているものは、刻一刻と取り上げられ
ていく。
……自分自身の生命も含めて。

僕は、時を失ったことやタイミングを逸したことに後悔を残
したくない。

「くっ……」

人だけじゃないね。
時の流れっていうのも、決してきれいなものじゃない。
臭くて……苦い。

でもそれを上手に自分のものにしないと、ネガティブな印象
しか自分に残らなくなってしまう。
過ごした時が全部無駄になる。

「冗談じゃねー! がんばらないとな」

戒めの言葉を書いた紙を、デスクマットの下に入れて。
僕は本棚から数学の問題集を出して、開いた。

だって。
それが今、僕が一番するべきことだから。




ksg.jpg
今日の花:クサギClerodendrum trichotomum



nice!(71)  コメント(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー