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三年生編 第74話(8) [小説]

健ちゃんと話をしてたところに信高おじちゃんが来た。

「いつきくん、迷惑かけて済まんな」

「いえ、連絡取れてよかったです。あの……」

「うん?」

「あんまり……さゆりんを怒らないでくださいね」

「……そうだな。じいさんのことでばたばたしてるから、正
直今は、あいつまで手が回んないんだ」

「学校は?」

「そのまま休ませる。結局、入学してから何日も行ってない
んだよ」

「そっか……」

「いつきくんのところは順調でいいね」

まさか、信高おじちゃんが僕らを見てひがむとは思わなかっ
た。
でも、それだけ心理的なプレッシャーがすごいんだろう。
勘助おじさんとさゆりんと、ダブルだもんなあ。

「必ずしも順調ってわけじゃないですよー。実生の受験の時
にも一悶着あったし、親父も貰い事故で怪我したし」

「ええっ!?」

おじちゃんと健ちゃんが揃って血相を変えた。

「あはは。でも、なんとか乗り越えました。僕らはこれまで
いろいろあったから、みんなタフになった。それだけです。
だから、きっと乗り越えられますよ。僕らで手伝えることは
手伝いますから、抱え込まないでくださいね」

ふうっと大きな溜息をついたおじちゃんが、苦笑いを浮かべ
た。

「なあ、健」

「うん?」

「やっぱり、苦労が人をでかくするな。俺らはまだまだだ。
これまで、じいさんに頼り過ぎてたんだろう」

「そうだね」

健ちゃんも、諦めたように首を振りながら腰を上げた。

「またな」

「うん。またね」

「みっきーとエリカさんによろしく」

「はあい。伝えときますー」

まだしゃくり上げてるさゆりんを急き立てるようにして、健
ちゃんたちが帰っていった。

「ふう……」

僕らのやり取りをじっと見ていた矢野さんが、僕に話しかけ
てきた。

「なあ、工藤さん。いとこか?」

「健ちゃんとさゆりんはまたいとこです。でも、父の親戚付
き合いは本当に濃いんで、半分兄弟みたいなものかもしれま
せん。お盆の時くらいしか会えませんけどね」

「ふうん」

「僕の父は、親族の誰とも血の繋がりがないんですよ」

「はあ!?」

矢野さんだけでなくて、その横にいた悪魔まで目を剥いた。

「どういうこと?」

「父は実の両親を海難事故で亡くして、工藤家に養子で引き
取られたんです」

「それは親族か?」

「違います。父の親族は、みんな祖父母の結婚に反対してい
たそうで……」

「ああ、なるほどな。余されちまったんだ」

「ええ。それでも、工藤の家はざっくばらんで風通しがいい
んで、父は大好きなんですよ」

「親父さんの養親は元気なのか?」

ふう……。

「海外で事故に巻き込まれて、死んでます。父は……両親を
二度亡くしてるんですよ」

矢野さんと悪魔が揃って絶句した。

「ひでえ……な」

「そんなひどい運命に振り回されても父が崩れなかったの
は、養親の親戚がみんなで父をバックアップしてくれたか
ら。そういうのって、血の問題じゃないですね」

「そうだな」

「父の養親が亡くなってからは、大叔父の勘助おじさんが僕
らの祖父代わりでした。なんか……切ないです」

「まだ死んだっていうわけじゃねえだろ。気を落とすな」

「そうですね」

矢野さんが、ごつい拳で自分の頭をごんごん叩いた。




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三年生編 第74話(7) [小説]

僕と矢野さん、お巡りさんの三人でボクシングの話をしてい
るうちに、僕の見知っている顔が二つ。
ひょこひょこと現れた。

「あ、健ちゃん!」

「済まんなー、いつき。さゆーが迷惑かけて」

「いや、いんだけどさ……」

健ちゃんが、ものすごく心配そうな顔でさゆりんを見つめた。

さゆりんと激突したっていう信高おじちゃんは、さゆりんを
どやし倒すのかと思ったけど、放心したようにパイプ椅子に
座っていたさゆりんに静かに何かを言った。

その途端に、さゆりんが真っ青になって立ち上がった。

「う、うそっ!!」

「嘘じゃない」

「そんなー……」

さゆりんの言葉は最後は泣き声に飲み込まれ……床に崩れ落
ちたさゆりんは、そのまま号泣。

「ちょ、健ちゃん。何かあったの?」

「じいちゃんが」

「え!?」

今度は、僕が青くなった。

「勘助おじさんが……何か!?」

「脳梗塞で倒れたんだ」

「う……そ」

「命は取り留めたけど、まだ予断を許さない。もし回復して
も、深刻な麻痺が残るって」

「そ……んな。いつ?」

「先月」

「うちには?」

「知らせてない。容体が落ち着かないと、俺らすら見舞えな
いんだ」

「……そうか」

「それもあって、さゆーをずっと探してたんだけどさ」

「ずっと……家に帰ってなかったんだろ?」

「ああ。親父の懸念が当たっちまった。親ってのは自分の子
供の弱点をよく見てるってことだな」

「頼り癖?」

「そう。ぱっと見は気ぃ強そうに見えるけど、あいつは中身
がどこまでも甘ったれのガキなんだよ」

健ちゃんが、いらいらしたように椅子の足を蹴った。

「俺の金魚の糞はとっととやめろって、あれっほど言って
あったのによ!」

ふう……分かんないもんだな。
兄妹の依存関係ってことで言ったら、うちの方が健ちゃんさ
ゆりんのところよりべったりだったかもしれない。

でも、僕も実生も同時進行でイジメを受けたから、自己防衛
だけでいっぱいいっぱいになったんだ。
それが、少しずつ兄妹間の距離を空けるきっかけになった。

でも、あまりに順調にセットで育ってきた健ちゃんとさゆり
んは、そこがうまく行かなかったんだろう。

さゆりんは……高校でろくでなしに絡まれたと見た。
自信のなさに付け込まれてずるずると……ずるずると引きず
り込まれたんだろう。
それがどういう結果になったかは、今日のですぐに分かる。

あの生気のなさ。
頼るものがなくなった心細さだけじゃない。
抵抗出来なくて、体も食い物にされたんだろうな……。

去年のゴールデンウイークに、健ちゃんとさゆりんが揃って
ちゃりで遊びに来た時。
あれが……二人にとって最後の『子供』としての輝きだった
のかもしれないね。

僕だけじゃなく、実生も健ちゃんもさゆりんも、そして僕ら
の親も、今子供と大人の間の不安定な時期に振り回されてる。
極端にグレてなくても、引きこもってなくても、やっぱりい
ろいろある。

きれいごとじゃ……ないよな。

「ふうううっ」

大きく息を吐いて、健ちゃんに確かめる。

「勘助おじさんのことは、うちの親には?」

「知らせてない」

「まだ伏せといた方がいい?」

「いや、もうすぐお盆だろ? いつものように集合すると思
われると困るんだ」

「そうだよなあ」

「うちだけじゃなくてな。寿乃おばさんも調子悪いんだよ。
前からだったんだけど、血圧が高くてね。サポートの菊花
ちゃんたちも学校が忙しくなってるし」

「そっか」

「今年は、それぞれで墓参りしてくれってさ」

「仕方ないね。でも」

「うん?」

「健ちゃん、抱え込まないようにね。うちは、しんどい時に
本当に助けてもらった。今度は、うちが手伝う番さ」

健ちゃんは伏せていた顔を上げて、柔らかく笑った。

「そうだな。愚痴ぃ聞いてくれると助かる」

「合宿終わったら電話する」

「こっちはいつまで?」

「あと一週間」

「そっか……大学受験は大変だな」

「まあね。でも、自分のことだからさ」

「そだな」





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