SSブログ

三年生編 第75話(4) [小説]

「うーん……」

予想外に、相談員の先生が僕の目指している分野に詳しかっ
た。てか、バイオをキーワードに受験校を考える生徒がそれ
だけいるってことなんだろう。

問題は、その分野を目指す動機だった。
僕の持ちかけた相談を受けてくれた先生は、そこの捉え方が
すごくシビアだった。

地球の未来とか環境問題とか、そういうぼわっとした興味で
大学を目指すなら、大学の選択肢も入学してからの分野絞り
込みもいろんな切り口を作れる。

でもバイオ関係は、動機がくっきり二系統に割れるらしい。
サイエンスとしておもしろそうだからというケース。
そして、就職に有利だからと実利を取るケース。

もし、就職先をバイオサイエンスで縛らないということなら
ば、大学にいる間は好きなことを探して突っ込めばいい。
でも就職先をバイオ系にするなら、植物よりは微生物や動物
系のバイオに進んだ方が圧倒的に選択肢が増える。

僕が思ってた以上に、植物とバイオの掛け合わせだと絞り込
まれちゃうんだ。

仮置きしてた県立大生物にもバイオ系の講座があって、対象
の中には植物も入ってる。
だから、当然本命候補にするべきだと。そう言われた。

もう一つの問題は、就職らしい。
会社の規模や待遇にこだわらないとか、そもそもバイオと関
係なくてもいいというなら、全然問題なし。

でも将来一流企業で働きたいと考えているなら、それにふさ
わしい大学に進学しておかないと、そもそも採用面接すら応
じてくれないよ。

ううー、先生の突っ込みは結構ショックだった。

最初に高橋先生に言われたみたいに、いい大学に入ることが
バッジの意味くらいしかなくても、実際にはそのバッジで決
まる選択肢があるんだってこと。その現実を……だめ押しさ
れた感じ。

相談室を出て、でっかい溜息をついて。
それでも、もう一度考え直す。

僕がぽんいちに入ったのは、そこしかなかったからだ。
校則がゆるくて、僕が入れるくらいのレベルで、荒れてない
自由な共学校。
ぽんいちの他には選択肢が何もなかったんだ。

それに比べたら、大学は選べる。
入った後での選択肢もある。
そして、レベルが合わない、教わりたい分野がないという場
合は、他大学への転出を目指すというやり方もあるそうだ。

つまり、僕が使えるツール、選べる方向はいくつかあって。
あとは僕の動機をどう位置付けるか。
どこにモチベーションを置くか。

それをしっかり考えろってことだよね。

結局、最初に戻っちゃった。


           −=*=−


「どうすっかなあ」

結局いろいろ材料を揃えても、原点に戻って来ちゃう。
僕が何に興味があるのか。何をしたいか。

「うーん……」

高橋先生の最初のレコメンドは、そんなん適当でいい、だっ
た。

やりたいことがもしあったとしても、その百パーセントは実
現出来ないんだし、自分の実力に見合ったところに取りあえ
ず入っておいて、そこでゆっくり探せばいい。

会長も、同じことを言ってたんだよね。
会長は何かやりたいことがあるからその大学を選んだってこ
とじゃない。後から指針を見つけたタイプなんだ。

でもなー。それだと僕はモチベーションが保たない。

庭を作る時に、仕上がりの予想図を思い浮かべるでしょ?
そういうイメージが欲しいんだよね。
庭だって、ずっと手直ししたり、作り直したりし続ける。
どこかがゴールで終わりっていうことはないんだけどさ。
それでも、はっきりした区切りがあるんだ。

人生の大目標みたいな構えたものは要らないし、きっと僕に
は一生そんなの出てこない気がする。
でもね、だからってなーんとなく前に進むのは嫌なんだ。

ある期間は、自分をそこに全部ぶち込めるような目標が欲し
い。それを大学に置きたい。

「そうしたら、と」

就職っていう出口で大学の選択肢を選ぶのは、僕には『向い
てない』。

甘いって言われるかもしれないけど、大学に進む以上に職に
就いて得られることのイメージが湧かない。
今までバイトしてたことと、働いてお給料をもらうことの間
にどれだけ大きな違いがあるの?

責任の大きさや働いてもらえる報酬……そういうのに差があ
るだけで、働くっていうこと自体はどんな職業で何をやって
も差がないように思えるんだよね。
そして、僕はその仕事が理不尽じゃない限りなんでもこなせ
るんじゃないかな。

そうしたら、就職する時に『好きなことでお金もらう』とい
う要素をどれだけ混ぜ込むかの違いしかないと思う。


nice!(54)  コメント(0) 

三年生編 第75話(3) [小説]

たった一週間くらいで、人間ががらっと変わるはずなんかな
い。確かにそうだと思う。
僕の迷いや立水の攻撃性は、弱点というよりも僕らの本性に
近いんだろう。

それを少しでもましにしようとするなら、矢野さんが言って
たみたいに、自力で対策を考えて自分を鍛えていくしかない
んだ。

合宿所に来たばかりの時の重光さんのどやしは、問題点を直
視してすぐに修正しろっていう具体的なものだった。
そこを半端にしたままだと、勉強に気合いが入らないぞって
いう直言。

立水はそれを真っ直ぐ受け止めて、すぐに動いた。
僕も立水ほどの馬力はないけど、迷いの次のステップを探し
てる。

家や学校。まだひ弱な僕らを囲い込んでくれる安全な牧場。
でも、条件付きでもそこから出れば、僕らは自分のぐらぐら
な足元を見るしかなくなる。

「合宿所に来たのは正解だったな」

駅を降りて予備校に向かう大勢の学生たち。
その中の一人として、僕は夏空を見上げながら歩道を歩く。

そうしたら。
ぽわっと柔らかそうなピンクの花がいっぱい咲いてる木が目
に入った。

ネムノキだ。

それは、ものすごくインパクトのある花じゃない。
でも、夏を控えめに彩って、その後結実していく。

夏期講習で僕らが身につけるものも、きっとそういうものな
んだろう。
まだ隙間だらけの頭の中に、少しずつ知識を詰め込んでいく。
その作業は、うんと地味だ。
でも、きちんと手と頭を動かした分しか後で実らない。

頭のどこかに入っていれば、それを探すことは出来る。
でも、入っていないものを引っ張り出すことは出来ない。
僕らは、魔法使いでも錬金術師でもないからね。

「ふう……」

でっかい綿雲を浮かべた青空。太陽は朝から元気いっぱい。
今日も暑くなりそうだ。

「夏休み……かあ」

予備校のエントランスで、僕はふと振り返ってもう一度夏空
を仰ぐ。

一年の夏休みは『器を満たす』。
二年の夏休みは『波乱と収束』。

じゃあ、今年の夏休みは?

『不在』かもね。

いるべき人がいない。
あるべきものがない。

それは一時的なもので、ある期間が過ぎれば取り戻せる。
でも不在の間に、僕らはその意味を考える。
考えざるを……得ない。

「しゃらは、どうしてるかなあ」


           −=*=−


「ぶふう!」

今日の講義は終わり。
進路相談に行かなきゃ。

テキストやノートをさっとバッグにしまって、小走りで教室
を出る。

相談室は混み合うからなあ。

「あちゃあ」

長蛇の列じゃないけど、相談室の前にはもう十人くらいの生
徒の列が出来ていた。
スーパーのレジじゃないから、そんなにさっさとは進まない。
しばらく待つしかないなあ。

廊下の壁によっかかり、バッグから今日の講義のノートを出
してざっと目を通す。

そうなんだよなあ。
一般コースでも、後半はどんどん講義の中身が濃くなってい
るのが分かる。
まだ授業で習っていない範囲もたっぷり盛り込まれていて、
そんなの知らないやってないじゃ、全然話にならない。

マカがやってたみたいに、授業の進行は無視して前倒しでど
んどんこなしてしまい、あとはがんがん応用を鍛えるってい
う風にしないと、レベルの高い大学を受験するには間に合わ
ないんだ。

きちんと年間カリキュラム通りに授業をこなしてるうちの高
校は、そもそも高レベルの大学進学者が最初からいないって
いう前提なんだろう。

沢渡校長や安楽校長がねじを巻いたって言っても、全体とし
ては大きく変わってない。
がりがりやりたい子は、最初から進学校に行ってくれ……と
いうこと。

僕も、危機意識を持ってて自力でこなせる子をどんどん伸ば
すより、なかなか足が進まない子にがんばれって背中押して
くれる環境の方がいいのかなあと思うけど、そうすると学校
としてのレベルがなかなか上がらない。

でも学生の実力って、どこで伸び出すか分からない。
学校の方で、僕らのやる気スイッチを押す機会をもっと増や
して欲しかったなーと思ったりする。

そこがなあ。

がんばれっていう後押しが強すぎると、僕らが余裕を失うこ
とになる。今でもほとんどただの看板と化している『自主独
立』の校是は、完全に意味を失うだろう。
だからって、これまで通りの放置とゆるゆるじゃ地盤沈下が
止まらない。

さじ加減が本当に難しいよな。
あっちもこっちも全部立てられるシステムっていうのは……
ないんだよね。

とか。
いろいろ考え込んでいる間に、順番が来た。

「次の生徒さん。どうぞー」

お、女の先生だ。

「よろしくお願いします」

「はい。どんな相談ですかー?」