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三年生編 第77話(4) [小説]

「あの、湧元寺さんでしょうか。わたしは早蕨(さわらび)
大付属高校三年の忠岡萌(ただおか もえ)って言います」

「夏期講習の間の宿泊先を探しているんですけど、工藤さん
て人からそちらのことを伺いまして。これから申し込んだら、
泊めていただけるんでしょうか?」

重光さんが何か言ってるみたいだけど、その声は僕には聞こ
えない。
女の子の表情ががっかりになってないってことは、条件闘争
に入ったってことなんだろう。

「はい。はい。工藤さんから聞いてます。わたしは全然構わ
ないです。はい? ああ、お盆の間は檀家さんの出入りがあ
るってことですね?」

「お手伝いが必要なら、こき使ってください。その分宿代を
まけていただけると……」

ぐわあ!
五百円からまだ値切るの? すげえ……。

「体力だけは自信あります! 任せてください!」

うむうむ。そんな感じ。

にへえっと笑ったその子は、自信たっぷりに胸を張って携帯
を切った。

ぴっ。

「面接すっから来いって言われた」

「そっかあ。まあ、からっとした……っていうか何も構って
くれない住職さんだから、大丈夫なんちゃうかなー」

「そうと決まれば、すぐ行こう」

「あ、そうか。場所分かんないもんね」

「んだ」

「じゃあ、一緒に行きましょう。僕は部屋を掃除してそのま
ま退去なので、それまで付き合います」

「助かるー」

僕と立水で最後かと思ったけど、一人プラスになったってこ
とだな。
僕の前をとととって駆け出した女の子が、くるっと振り返っ
た。

「あ、ちょっと待って。ロッカーに荷物ぶち込んで来たから
それ持ってくる」

「え? そのバッグだけじゃないの?」

「これだけじゃ、合宿に行けないよー」

???
何か話が違うような……まあ、いいや。

彼女は大荷物を持って戻ってくると、僕を急かした。

「早く行こ! わたしも、さすがに今日だけは帰らないとな
んないから」

げー。もう泊まる気満々だったんかー。

「へいへい」


           −=*=−


電車の中で、彼女が事情をべらべら話してくれた。

彼女は水泳部に所属。
ちょうど夏期講習前半の日程で記録会があって、それが最後
の晴れ舞台になるはずだった。
でも……。

「一、二年のバカどもが、宿泊先でタバコ吸ってるとこ大会
事務局の人に見つかっちゃってさー。もう、その場でうちの
部全員アウトよ」

「げーっ!」

しゃ、しゃれにならんやんかー。ひどー。
女の子もぶんむくれてる。

「ったく。勘弁して欲しいわ!」

「てか、そんな荒れた高校なの?」

「いやあ、うちは風紀指導厳しいよー。でも、やらかす子は
どっかでやらかすんだよねー」

「やっぱ、かあ。どこでも同じなんだなー」

「なに、あんたんとこも?」

「うちも、休み前にホッケー部が深夜徘徊と飲酒でお取り潰
し」

「うわ! 部活停止じゃなくって?」

「地区大会すら全然勝てない弱小部ばっかだからなあ。停止
だけじゃ抑止効果がないんでしょ」

「ふうん……」

「でも、今まではそんな指導すらなかったから、これで少し
はぴりっとするんか知らん」

「そうなんかー」

はきはきした物怖じしない話し方。
冗談とか、そういうのをばんばん混ぜるっていう感じじゃな
いけど、口調も話しぶりも明るい。

りんをもっとストレートにしたような感じだけど、りんより
はずっとタフそうだな。
ばんこのあくを抜いたって感じ? だはは!

運動部系の人らしく、礼儀とかそういうのはしっかりしてて、
崩れてるとかだらしないって感じはしない。
重光さんにはめっちゃ気に入られそうな気がする。


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三年生編 第77話(3) [小説]

いろいろ相談に乗ってくれた高橋先生に何度もお礼を言って、
教室を出た。

「さて」

真っ直ぐお寺に戻って掃除してだと、家に帰り着くのは9時
過ぎになるなあ。
晩ご飯はどっかで食べて帰るか。
コンビニで飲み物だけ買って行こう。

とかスケジュールの確認をしていたら、突然誰かにぐいっと
腕を掴まれた。

「え!?」

「ちょっと!」

「は?」

講師の先生かと思ったら、受講生。
それも、女の子だった。

見るからに体育会系だ。
短い髪。真っ黒に日焼けした顔。凛々しく太い眉。
目と歯だけがくっきり白い。
腕も肩も筋肉が盛り上がっていて、まるでボディビルダーみ
たいだ。すげー。

でも、なんだろ?

「何か?」

「さっきさ。合宿所がどうたらって言ってなかった?」

「ああ、僕は今日までですけどね。お寺に泊まってます」

「寺あ!?」

リアクションがめちゃめちゃ大きい。

「なんでまた」

「安いんです。一泊五百円ですから」

「一泊ごひゃくえんだってえ!?」

いや、恥ずかしいから大声はヤメテ。

「なんでそんな重要な情報を隠してんの!?」

「てか。あなた、どなたさま?」

「え? あんた、3Aの倉橋くんちゃうの?」

おいおい。人違いかよー。

「僕は工藤って言いますが」

「ぎょええええっ!? ご、ごめええええん!!」

どだだだだっ!
その子は。ごっつい体を丸めて、ピンボールの玉みたいに廊
下をぶっ飛んで行った。

まあ……なんつーか。
世の中には、自分そっくりの人が五人はいるっていうからな
あ。僕に似てても、あんまりメリットはないと思うけど。
それにしても、講習が終わってから誰かにアプローチされ
るっていうのは、いかにも受験生だよなあ。しみじみ……。

とか。
なんとなく納得って感じて、腕組んでうんうんしみじみして
たら、さっき遠ざかったはずの騒々しい足音が戻ってきた。

どだだだだっ!

「な、なんだあ?」

「いや、人まつがいなんかこの際どうでもいいっ! その合
宿所って都内なんでしょ? これからでも泊まれるの!?」

「ということわ。泊まるとこ探してるんすか?」

「埼玉の奥地からここに通うと、辿り着いた時にはもう干か
らびてんの。今日は模試だけだからいいけどさ、後期の夏期
講習に出るのに毎日二時間オーバーはきっついわー!」

なるほど。

「事情は僕と同じかあ。でも、重光さんがうんと言うかな
あ……」

「なに? そこのお坊さん、重光さんて言うの?」

「そう。てか、すごいとこだよ?」

「え? どういう意味?」

いや、話するのはいいんだけど、人の顔の真ん前に息かかる
くらいに顔近づけるのはヤメテ。
顔が濃ゆいから、こわいっす。

一歩下がって、距離確保。
それから事情を話す。

「まず、メシと冷房はなし。部屋のすぐ隣に墓地。ものっす
ごい蚊。朝は五時起きで掃除と勤行。勉強道具以外のものは
持ち込み禁止。携帯、雑誌、音楽プレーヤー……一切だめ」

「ごわあ……ごっつ……」

「修行です。はい」

「うーん、それでも一泊五百円は魅力だなあ」

「もう一つ問題があってね」

「え?」

「そこ、確か女人禁制だったと思うんだよなあ」

「うー……そっかあ」

「でも、僕が泊まってる間に短時間だけど女性の利用者がい
たし、交渉次第なのかもね」

「うっしゃあ! 何事もチャレンジじゃ! って、どこ?」

「湧元寺ってとこ。でも、僕は携帯取り上げられてるから連
絡出来ないよ?」

「番号は?」

バッグから手帳を出して、番号を伝える。
メモするもなにもない。いきなりその番号を携帯に打ち込ん
で電話。心の準備とか、そんなのまるっきりなさそう。
度胸いいなあ……。



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