SSブログ

三年生編 第77話(3) [小説]

いろいろ相談に乗ってくれた高橋先生に何度もお礼を言って、
教室を出た。

「さて」

真っ直ぐお寺に戻って掃除してだと、家に帰り着くのは9時
過ぎになるなあ。
晩ご飯はどっかで食べて帰るか。
コンビニで飲み物だけ買って行こう。

とかスケジュールの確認をしていたら、突然誰かにぐいっと
腕を掴まれた。

「え!?」

「ちょっと!」

「は?」

講師の先生かと思ったら、受講生。
それも、女の子だった。

見るからに体育会系だ。
短い髪。真っ黒に日焼けした顔。凛々しく太い眉。
目と歯だけがくっきり白い。
腕も肩も筋肉が盛り上がっていて、まるでボディビルダーみ
たいだ。すげー。

でも、なんだろ?

「何か?」

「さっきさ。合宿所がどうたらって言ってなかった?」

「ああ、僕は今日までですけどね。お寺に泊まってます」

「寺あ!?」

リアクションがめちゃめちゃ大きい。

「なんでまた」

「安いんです。一泊五百円ですから」

「一泊ごひゃくえんだってえ!?」

いや、恥ずかしいから大声はヤメテ。

「なんでそんな重要な情報を隠してんの!?」

「てか。あなた、どなたさま?」

「え? あんた、3Aの倉橋くんちゃうの?」

おいおい。人違いかよー。

「僕は工藤って言いますが」

「ぎょええええっ!? ご、ごめええええん!!」

どだだだだっ!
その子は。ごっつい体を丸めて、ピンボールの玉みたいに廊
下をぶっ飛んで行った。

まあ……なんつーか。
世の中には、自分そっくりの人が五人はいるっていうからな
あ。僕に似てても、あんまりメリットはないと思うけど。
それにしても、講習が終わってから誰かにアプローチされ
るっていうのは、いかにも受験生だよなあ。しみじみ……。

とか。
なんとなく納得って感じて、腕組んでうんうんしみじみして
たら、さっき遠ざかったはずの騒々しい足音が戻ってきた。

どだだだだっ!

「な、なんだあ?」

「いや、人まつがいなんかこの際どうでもいいっ! その合
宿所って都内なんでしょ? これからでも泊まれるの!?」

「ということわ。泊まるとこ探してるんすか?」

「埼玉の奥地からここに通うと、辿り着いた時にはもう干か
らびてんの。今日は模試だけだからいいけどさ、後期の夏期
講習に出るのに毎日二時間オーバーはきっついわー!」

なるほど。

「事情は僕と同じかあ。でも、重光さんがうんと言うかな
あ……」

「なに? そこのお坊さん、重光さんて言うの?」

「そう。てか、すごいとこだよ?」

「え? どういう意味?」

いや、話するのはいいんだけど、人の顔の真ん前に息かかる
くらいに顔近づけるのはヤメテ。
顔が濃ゆいから、こわいっす。

一歩下がって、距離確保。
それから事情を話す。

「まず、メシと冷房はなし。部屋のすぐ隣に墓地。ものっす
ごい蚊。朝は五時起きで掃除と勤行。勉強道具以外のものは
持ち込み禁止。携帯、雑誌、音楽プレーヤー……一切だめ」

「ごわあ……ごっつ……」

「修行です。はい」

「うーん、それでも一泊五百円は魅力だなあ」

「もう一つ問題があってね」

「え?」

「そこ、確か女人禁制だったと思うんだよなあ」

「うー……そっかあ」

「でも、僕が泊まってる間に短時間だけど女性の利用者がい
たし、交渉次第なのかもね」

「うっしゃあ! 何事もチャレンジじゃ! って、どこ?」

「湧元寺ってとこ。でも、僕は携帯取り上げられてるから連
絡出来ないよ?」

「番号は?」

バッグから手帳を出して、番号を伝える。
メモするもなにもない。いきなりその番号を携帯に打ち込ん
で電話。心の準備とか、そんなのまるっきりなさそう。
度胸いいなあ……。



共通テーマ:趣味・カルチャー