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三年生編 第76話(5) [小説]

はあ……。

「付き合い始めて、僕はあいつを受け入れて来たように思っ
てたんだ。僕に倒れ込むのは、ヤバいよなあとか思いながら
さ」

「ああ」

「違う。あいつは自分を曲げたことがない。一貫してる。侵
食されてたのはむしろ僕の方だ」

そこも……僕が自分から目をそらしてたから出てきちゃった
誤解なんだよね。

「あいつが僕の色に染まっちゃうのはマズいって思ってたけ
ど、染まってるのは僕の方だったってこと」

「どうすんだ?」

「どうしようもないさ。僕はどこかで自分を作ることに取り
組まないと。進学は、そのきっかけにしようと思う」

「御園は納得するのか?」

「さあ。まだ分からない。話し合ってみないとね。でも」

「ああ」

「時間をかけて説得する。それすらも……」

僕はもう一度、タオルで顔の汗を拭った。

「僕を創るプロセスさ。そう考えることにするよ」

「めんどくせえな」

「まあね。でも、それをめんどくさいってサボってきちゃっ
たから、今のしょうもない僕になってる。重光さんにどやさ
れたのは、そこだ。この怠け者めってね」

「はっはー」

やれやれって顔で立水が拳を固め、それで僕の頭をごんとど
突いた。

「まあ、がんばれや。俺は辛気臭いのは嫌いだ」

「ははは。そうだろなー」

「だから、今がしんどくてしょうがねえんだよ」

ばりばり動いた結果がすぐに出るっていうのが、立水の理想
なんだろな。
そんなの無理だよ。受け入れるだけでも、突き放すだけでも
うまく行かない。はあ……ほんとにめんどくさい。

「まあ、どっかで突き抜けるだろ。馬力あんだから」

「それしかねえからな」

いろんなものにぶつかりぶつかりしながら進む立水。
効率は良くないけど、それが立水ってやつなんだろう。

でも、ぶつかって壊れてしまったら元も子もない。
立水は、ここに来てそれをきちんと意識したんだと思う。

同じように。
僕は身をかわすだけじゃなくて、もっと突っ込まないとだめ
だ。他人にじゃないよ。自分自身にさ。

立水が、横目でぎょろっと僕をにらんだ。

「おまえは、明日で終わりなんだろ?」

「そう」

「朝出て、そのまんま帰るのか?」

「いや、一度ここに戻る。お世話になった分、ちゃんと掃除
をしていきたい」

「わあた」

「おまえは、ずっとこっちにいんの?」

「いや、お盆は一度家に帰る」

「ああ、人の出入りがどうのって言ってたもんな」

「講習も、間が空くからよ」

「だな」

「おまえ、後半はどうすんだ?」

「自習さ。模試は組み込んであるけど、あとは自力でやるし
かない」

「ふうん……」

「カネがあれば後期の講習も受けたかったけどね。これが限
界だわ」

「は?」

「うちの家計だと、前期講習だけでぎりなんだよ」

「そうなのか?」

「妹の進学もあるし。経済的な制約はしょうがない」

「なるほど」

「だから、本番でギャンブルが出来ん。かちかちの鉄板にし
とかんと、しゃれにならん」

「……いいのか?」

「ははは。ガチのやる気は入ってから使う」

「!! そういうことか!」

「そ。それが答え。ここに来て固めたことさ。誰の誘導でも
ない。自分でそう決めた」

空になった麦茶のペットボトル。
その両端を握って、力任せにひねり潰した。
ばきばきばきっ!

もうヤバい。
いつまでも芯の入らない自分をずるずる引きずっていたら、
間違いなくどこかで潰れる。
その悲劇に、家族やしゃらを巻き込んでしまう。

覚悟しよう。
ぐだぐだ迷うこととはもう決別しよう。
自分自身の襟首をつかんで、ぎっちり言い聞かせる。

「なんじゃそりゃって言われるかも知れないけどさ。僕に
とっては大事な一歩なんだ。自分作りのね」




nozenk.jpg
今日の花:ノウゼンカズラCampsis grandiflora




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