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三年生編 第77話(9) [小説]

夜の列車。
窓の外を流れる街の灯り。
それをぼんやり見ながら、合宿の間にあったことを思い返す。

しゃらがまたぷうっと膨れるかもしれないけど、結局合宿中
に予想外に起きた出来事はみんな女性絡み。

中坊の女の子、さゆりん、悪魔、そして今日の忠岡さん。

これまでと違うのは、そのどれも僕には深く関わりようがな
かったってことだ。

家出の子は、親がちゃんと迎えにきた。
さゆりんは信高おじさんの家に戻った。あとは家族の問題。
悪魔は矢野さんがマンツーマンでがっちり鍛えてる。
そして、忠岡さんはこれから自分の受験勉強にきっちり集中
するだろう。もう僕とは縁がないと思う。

僕が、講習に集中したいから全部ぶっちしたわけじゃない。
おじちゃんに連絡したり、重光さんに連絡を取ったり、案内
したり。僕が出来るアクションは、ちゃんとやってる。
でも、みんなそれぞれに解を探ってて、僕の手助けは必ずし
も要らないんだ。僕の部分が他の誰かに置き換わっても、た
ぶん結果は変わらないと思う。

そうなんだよね。
自分の生き方。その最後の責任は自分自身で取らないとなら
ない。

「生き方を峻別する……かあ」

自分に必要なものだけを取り込むことが出来たら、どれだけ
楽ちんなことだろう。
でも、実際には宝石も石ころもまとめて飲み込んで、その中
から本当に必要なものだけを残さないとならない。
そして、飲み込むよりも吐き出す方が何千倍も何万倍もしん
どいんだ。

僕がずーっとさぼっていたのは、その作業だ。

「ふう……」

これから。
もっと重たい峻別が待っていると思う。

これまでとは違うしゃらとの未来を考えるなら。
僕は、高校での半端な自分をどこかで吐き出さないとなんな
い。
卒業っていう時間切れで、強制的に吐き出されてしまう前に
ね。


           −=*=−


九時半くらいに家に帰り着いた。

「ただいまー」

「お帰りー」

母さんが、ゆっくりリビングから出てくる。

「あーあ、すっかりむさ苦しくなっちゃって」

「え?」

「あんたも、だいぶひげが伸びるようになってきたね」

げ……。
自分の顔なんか見てる暇なかったからなあ……。

「まあ、今日はお風呂に入ってすぐ寝なさい」

「そうするわ。疲れた」

「お疲れさん」

リビングに入ったら、父さんと実生がものすごく深刻な顔で
俯いていた。

「ただいま」

「お帰り。勘助おじさんのこと。連絡来たんでしょ?」

「ああ」

やっぱ、か。

「いつきは信高さんから詳しく聞いたのか?」

「いや、僕も事実をさらっと聞かされただけ」

「そうか……」

「さゆりんのこともあるし、たぶん近いうちに健ちゃんから
続報が入ると思う」

「分かった」

父さんは、けだるそうに立ち上がった。

「やっぱり……世の中いいことばかりじゃ出来てないな」

「うん。そう思う」

「疲れたろ。早く休めよ」

「そうするわ。実生も、話は明日ね」

「うん。お姉ちゃんには?」

「メール流すだけにする。今日は……疲れた」

「そだね」




rurimat.jpg
今日の花:ルリマツリPulumbago auriculata




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