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三年生編 第75話(5) [小説]

保育士を目指してるばんこ。
音響技師を目指してるりん。
フードコーディネーターを目指してる一色さん。

みんな、一番の動機は好きだから、なんだ。
子供、音楽、料理……がね。

でも、僕は違う。
僕の好きは、すぐには出てこない。
後からじわじわ湧いてくるタイプなんだ。
それが、外から見るとこだわりっていう風に見えるんだろう。

しゃらとの付き合いでもそう。
しゃらのアプローチを受け入れて付き合い始めた頃は、お互
いの表面しかなぞってない。
蓋を開けてみたら、いいところばかりじゃなかったよね。
しゃらの激しいジェラシーや依存癖を、なんだかなあと思う
ことはすごく多かったんだ。

でも、厳しい試練を跳ね返しながら前を向き続けるしゃらの
視線が、どんどん眩しく魅力的に見えてきた。

しゃらっていう女の子の中身をもっと深く知りたい、もっと
強く関わり合いたいと思うこと。
それが、僕をずっとしゃらに繋ぎ続けてる。

大学も職も、きっとそうなんだと思う。
僕のはすごく時間がかかるんだ。
だから、今からピンポイントにかっちり動機を固めろと言わ
れると、ものすごくしんどい。

「で、どうするか」

また原点に戻っちゃったけど、堂々巡りにはなしないよ。

今の時点で動機を固めて受験校を決めることは難しい。
でも、自分の学力レベルに合わせて受験校を決めるのはモチ
ベーションが上がらない。
他に落とし所はないの?

「むむむ」

いや、あるよね。

今仮置きにしているもの。
僕はまだそれに何も熱を入れてないんだ。
だから、時間をかけて熱を入れていけばいい。
僕が、そいつを好きになればいい。

バイオと県立大生物。
バイオがやっぱりイメージ違うと思ったら、そこで違う分野
を探せばいい。生物の中身はいろいろあるんだから。
県立大でのバイオがレベルとかジャンルでちょっとなあって
ことになれば、転出を含めてまた考えればいい。

でも、きっとそこにいないと、時間をかけないと、好きには
なれない。

そう考えることにしよう。

僕が中庭再生を掲げてプロジェクトを旗揚げした時。
最初からガーデニングが好きだった?

違う。
僕は、自分の力と意思を注ぎ込める対象があれば、それがな
んでもよかったんだ。
もし膝が悪くなかったら、きっとスポーツ系の部活に突っ込
んだだろう。

そして僕が中庭整備を通じて好きになったのは、植物そのも
のよりも、園芸を愛する人たちの心の優しさ、細やかさだっ
たんだ。

僕は、最初からそういうスピリチュアルなものが欲しくてプ
ロジェクトを立ち上げたわけじゃない。
寂しくて、仲間が欲しくて。だからみんなでなんかやろうよ。
それしかなかったんだ。
人が作る庭の素晴らしさは、自分が現場に居続けたことで、
味がしみるみたいにじわじわ分かってきたんだよね。

だから、大学もそう考えよう。
今はまだ、おもしろそうでいい。ものすごく好きじゃなくて
いい。
でも、僕がきっちり突っ込めば、それはきっとおもしろくな
る。好きになれる。

「ふうっ!」

どうしても削れなかったこだわり。
好きなことと大学進学をぴったり重ね合わせること。

それを少しだけ手直しすればいい。

『今の好き』と『これからの好き』は、きっと違う。
僕や立水が捨てた物理みたいに、未来永劫好きになれないっ
てものじゃなければ、ちょっと好きをいっぱい好きにするこ
とが出来ると思う。

さっとノートを開いて、固めた方針を書き留める。

『県立大生物。仮を取って確定。本命。
 オープンキャンパスで情報収集。
 本番は、県立大生物よりも高レベルの私大を前受けし、必   
 ず合格すること。それでモチベーション維持』

まだ、自分の中のこだわりやわだかまりがすっきり解消した
わけじゃない。
でも、どこかで方針をかちんと固めないと、僕のようなタイ
プはぐだぐだがひどくなる。

「これで行こう!」

あとは両親としゃらに方針説明をして、ひたすら本番に向け
て受験勉強を充実させればいい。

「ようし!」

僕の立てた計画が、最初に仮で決めていたのと大きく違うっ
てことはない。
僕はただ……自信がなかったんだ。

でも、誰かにそれでいいと言ってもらえても、それはなんだ
かなあと注文をつけられても、僕の決断は僕自身がしなけれ
ばならない。

「さて、と」

方針を決めた。『仮』を取った。

あとは、ひたすら雑念を排除して勉強に集中すればいい。
かけてる時間。その間に覚えられたこと。身についたこと。
それがきちんとバランスしてたかどうかは、この後の模試で
分かる。

そこでずっこけないように。

「いっちょ踏ん張りますかあっ!」




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今日の花:ネムノキAlbizia julibrissin




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