SSブログ

三年生編 第74話(7) [小説]

僕と矢野さん、お巡りさんの三人でボクシングの話をしてい
るうちに、僕の見知っている顔が二つ。
ひょこひょこと現れた。

「あ、健ちゃん!」

「済まんなー、いつき。さゆーが迷惑かけて」

「いや、いんだけどさ……」

健ちゃんが、ものすごく心配そうな顔でさゆりんを見つめた。

さゆりんと激突したっていう信高おじちゃんは、さゆりんを
どやし倒すのかと思ったけど、放心したようにパイプ椅子に
座っていたさゆりんに静かに何かを言った。

その途端に、さゆりんが真っ青になって立ち上がった。

「う、うそっ!!」

「嘘じゃない」

「そんなー……」

さゆりんの言葉は最後は泣き声に飲み込まれ……床に崩れ落
ちたさゆりんは、そのまま号泣。

「ちょ、健ちゃん。何かあったの?」

「じいちゃんが」

「え!?」

今度は、僕が青くなった。

「勘助おじさんが……何か!?」

「脳梗塞で倒れたんだ」

「う……そ」

「命は取り留めたけど、まだ予断を許さない。もし回復して
も、深刻な麻痺が残るって」

「そ……んな。いつ?」

「先月」

「うちには?」

「知らせてない。容体が落ち着かないと、俺らすら見舞えな
いんだ」

「……そうか」

「それもあって、さゆーをずっと探してたんだけどさ」

「ずっと……家に帰ってなかったんだろ?」

「ああ。親父の懸念が当たっちまった。親ってのは自分の子
供の弱点をよく見てるってことだな」

「頼り癖?」

「そう。ぱっと見は気ぃ強そうに見えるけど、あいつは中身
がどこまでも甘ったれのガキなんだよ」

健ちゃんが、いらいらしたように椅子の足を蹴った。

「俺の金魚の糞はとっととやめろって、あれっほど言って
あったのによ!」

ふう……分かんないもんだな。
兄妹の依存関係ってことで言ったら、うちの方が健ちゃんさ
ゆりんのところよりべったりだったかもしれない。

でも、僕も実生も同時進行でイジメを受けたから、自己防衛
だけでいっぱいいっぱいになったんだ。
それが、少しずつ兄妹間の距離を空けるきっかけになった。

でも、あまりに順調にセットで育ってきた健ちゃんとさゆり
んは、そこがうまく行かなかったんだろう。

さゆりんは……高校でろくでなしに絡まれたと見た。
自信のなさに付け込まれてずるずると……ずるずると引きず
り込まれたんだろう。
それがどういう結果になったかは、今日のですぐに分かる。

あの生気のなさ。
頼るものがなくなった心細さだけじゃない。
抵抗出来なくて、体も食い物にされたんだろうな……。

去年のゴールデンウイークに、健ちゃんとさゆりんが揃って
ちゃりで遊びに来た時。
あれが……二人にとって最後の『子供』としての輝きだった
のかもしれないね。

僕だけじゃなく、実生も健ちゃんもさゆりんも、そして僕ら
の親も、今子供と大人の間の不安定な時期に振り回されてる。
極端にグレてなくても、引きこもってなくても、やっぱりい
ろいろある。

きれいごとじゃ……ないよな。

「ふうううっ」

大きく息を吐いて、健ちゃんに確かめる。

「勘助おじさんのことは、うちの親には?」

「知らせてない」

「まだ伏せといた方がいい?」

「いや、もうすぐお盆だろ? いつものように集合すると思
われると困るんだ」

「そうだよなあ」

「うちだけじゃなくてな。寿乃おばさんも調子悪いんだよ。
前からだったんだけど、血圧が高くてね。サポートの菊花
ちゃんたちも学校が忙しくなってるし」

「そっか」

「今年は、それぞれで墓参りしてくれってさ」

「仕方ないね。でも」

「うん?」

「健ちゃん、抱え込まないようにね。うちは、しんどい時に
本当に助けてもらった。今度は、うちが手伝う番さ」

健ちゃんは伏せていた顔を上げて、柔らかく笑った。

「そうだな。愚痴ぃ聞いてくれると助かる」

「合宿終わったら電話する」

「こっちはいつまで?」

「あと一週間」

「そっか……大学受験は大変だな」

「まあね。でも、自分のことだからさ」

「そだな」





共通テーマ:趣味・カルチャー