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ちょっといっぷく その194 [付記]

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 本編を三話だけ進めました。いよいよ在庫が一桁台。(^^;;
 数話は書かないと次に行けないので、またしばらくてぃくるでしのぎます。

 ◇ ◇ ◇

 進めた三話をさらっと総括します。

 第95話。
 最後の学園祭の演し物決め。珍しく先生が仕切りました。自主独立が旗印のぽんいちと言っても、三年生だけは別。いっきだけでなく、そのことになんとなく割り切れない思いを抱いている学生は多いでしょうね。
 学校のカラーの持つ明暗両面を、改めて意識するいっきでした。

 第96話。
 模試で撃沈して帰って来たいっきと会長との会話。あっきーの進路の話が出ました。進路の決め方にはいろいろな背景があるということを改めて認識するいっき。もちろん、自分自身も含めて、です。
 そこにばんことりんが。弓削さんのサポート体制が変わらざるをえなくなることを聞かされ、心配するいっき。どうしようかと思いつつも、会長に弓削さんの事情を漏らします。そのことが……あとで思わぬ展開につながります。

 第97話。
 いっきやしゃら自身が上げ潮になっている時は、なぜか周囲が足を引っ張りますね。(^^;;
 いっきを訪ねてきたのはいっきのまたいとこにあたる斉藤滝乃と日和の姉妹。大学に入って頭のネジが吹っ飛んでしまった長姉の菊花を見て理想像が木っ端微塵になってしまった日和のケアをするはめになります。
 まあ、いっき自身が言っているように、日和のどつぼなんかどつぼのうちに入りません。考え過ぎない方がいいよってそれだけです。一方で、親族集合の時には誰も見せなかった工藤家のネガを、はからずも斉藤姉妹に見せることになりました。そっちの方が効果が大きいんですよ。どこにでもトラブルの一つや二つ、転がってる。それをきれいごとにしてもしょうがないってね。

 ◇ ◇ ◇

 さて。いつもなら、ここで与太話を一つか二つかますんですが、珍しくコマーシャル。(笑

 アメブロの本館で十年以上にわたって書き続けて来た掌編シリーズ『えとわ』を電子書籍にしてアマゾンで公開し始めました。取りあえず、既作1200話のうち最初期の300編ほどを補筆、改稿し、50編刻みの6巻にして刊行しました。できるだけ早く24巻全ての刊行を目指すつもりです。

 そもそも『えとわ』というのはどういうコンセプトの作品か。そのまんま『絵と話』……つまり画像を起点にして話をひねり出した作品群です。書きたい話があって、それにぴったりの画像をつけるということじゃなく、その逆。画像を見て、そこからもやもや湧いて来る話を仕立てる……そういう仕組みです。ですので、一話一話のトーンが全く違います。ファンタジーもあれば、社会派系もあれば、人情物もあれば、ホラーやサスペンスもある……ごった煮ですね。

 十年間ずっと書いていますから、当然書きぶりも少しずつ変わってきています。そのような変化も込みで楽しんでいただければな、と。ちなみに、別館のSSもえとわの中にいくつか組み入れています。
# いわゆるスピンオフですね。(^m^)

 画像起点の作話ですので、当然画像の入った作品集になっています。そこが文字だけのもの、もしくは文字と挿絵といった体裁のものとは異なります。ただし、ピクチャーブックや詩画集のような画像に高いクオリティのあるタイプのものではありません。作話の起点がわかればいい……そう割り切って作成しています。
 わたし一人で全部組み立てていますので、ファイルと作業量を軽減するために装丁もデザインもそっけないほどシンプル。素人っぽさ丸出しです。いいの。素人なんだから。(^^;;

 価格は第1集だけサービス価格の三百円で、あとはどれも四百円。全巻揃えると結構な金額になってしまいますが、そんな物好きな人はきっといないでしょう。(笑
 よろしければ第1集だけでも読んでみてください。最初の数話は無料で試し読みができます。

 どちらかと言えば、十年以上たゆまず書き続けてきた自分へのご褒美の意味合いが強いです。著作者としての権利もしっかり主張できますし、一種の遺産みたいなものですかね。(^^)

 えとわのシリーズ自体は今でも本館で書き続けていますので、次の50話が揃えば第25集が発刊されるということになります。(^^)/



えとわ: 第1集

えとわ: 第1集

  • 作者: 水円 岳
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2020/06/08
  • メディア: Kindle版

えとわ: 第2集

えとわ: 第2集

  • 作者: 水円 岳
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2020/06/12
  • メディア: Kindle版
えとわ: 第3集

えとわ: 第3集

  • 作者: 水円 岳
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2020/06/13
  • メディア: Kindle版
えとわ: 第4集

えとわ: 第4集

  • 作者: 水円 岳
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2020/06/19
  • メディア: Kindle版
えとわ: 第5集

えとわ: 第5集

  • 作者: 水円 岳
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2020/06/20
  • メディア: Kindle版

えとわ: 第6集

えとわ: 第6集

  • 作者: 水円 岳
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2020/06/26
  • メディア: Kindle版


 ◇ ◇ ◇


 このあと、またしばらくてぃくるを続けます。ご容赦ください。m(_"_)m


 ご意見、ご感想、お気づきの点などございましたら、気軽にコメントしてくださいませ。

 でわでわ。(^^)/




mk.jpg
(コレオネマ)



どの花が きれいかじゃなくて


どの花も きれいなの

どの花も 同じじゃなくて

どの花かが わたしなの




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三年生編 第97話(10) [小説]

「ごめんね。さっきはちょっとアタマが煮えてて」

寝室で頭を冷やしたんだろう。
ばつの悪そうな顔で、母さんがリビングに来た。

「お夕飯食べてくでしょ?」

「おじさんが送ってくれるっていうから。いいですかー?」

「かまわないわ。実生がすっごく喜ぶでしょ」

「わあい!」

「ああ、それなら僕が晩ご飯の材料買い出しに行ってこよう
か?」

そう切り出したら、母さんがほっとした顔をした。

「頼める?」

「いいよー」

「雨降ってるけど」

「遠くってわけじゃないからね。合羽着ていくよ」

「じゃあ、お願い」

手早く買い物メモを書いた母さんが、それを僕に手渡した。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。もうすぐ実生も帰ってくる
はずだから、のんびりしてて」

「うん」

◇ ◇ ◇

僕が買い物から帰って来たら、一足先に帰ってきた実生と滝
乃ちゃんたちが合流して、実生の部屋で盛り上がってるみた
い。二階がすっごく賑やかだ。

「やっぱレディースだなあ。僕じゃ、ああいう雰囲気には出
来ないわ」

「いや、あれは実生がいるからよ。良し悪しね」

そっか……。

「でも、日和ちゃんにも実生の変化が分かるでしょ。それで
いいんじゃないかな」

母さんは、さばっとそう言い残して晩ご飯の支度にかかった。

「あれ?」

テーブルの上に、ハーブティーの箱が置いてある。

「母さん、これなに?」

「ああ、棚卸しの売れ残り。捨てるっていうからもらってき
たの」

相変わらずがめついのう。

「へえー、エキナセアかあ」

「ムラサキバレンギク、ね。買うのはもったいないから、今
度庭で育ててみるかな」

「なんか、効能があるの?」

「免疫力を高めるみたいよ。風邪のひきはなとかに飲むとい
いんだってさ」

「へえー」

免疫。
自分にとっての異物や敵に接すると発動する、自己防衛シス
テム。
それって、不運なこと、嫌なことがあった時の僕らの心に似
てるね。

自分にとって楽しいこと、嬉しいこと、快適なこと。
そういうことばっかの時には、免疫は働かない。
だからこそ、ぽこんと何かアクシデントが降りかかると、日
和ちゃんみたいに弱っちゃうんだ。

でもさ。
今回のことをこなせば、きっと免疫が出来て次はこなせるよ
うになるんじゃないかな。

僕は、賑やかな笑い声が響いてる二階を見上げる。

女の子ばっかの滝乃ちゃんとこは、僕がいる限りここには来
にくい。
でも来年僕が家を離れれば、実生にとっても滝乃ちゃんたち
にとっても、ここに遊びに来るメリットは大きくなるだろう。
ここと滝乃ちゃんちは、そんなに離れてるわけじゃないんだ
しさ。

寂しさや辛さを薄める方法は、一通りじゃない。
使える方法をいろいろ試して、なんとか乗り切って欲しいな。
日和ちゃんも、実生も……そして、必死で平気な顔を装って
る滝乃ちゃんもさ。

大丈夫。なんとかなるよ。

母さんが、キッチンからでかい声を張り上げた。

「ああ、いっちゃん。二階の連中呼んで来て。ご飯だよーっ
て」

「うーっす!」




echnk.jpg
今日の花:エキナセアEchinacea purpurea


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三年生編 第97話(9) [小説]

ふうっ。

「寿庵の女の子は、全てを失っちゃったからゼロから作るし
かなかったんだ。お菓子を作る楽しさに自分を全部注ぎ込ん
で、磨き上げた。それは最初からあった才能じゃないよ。努
力して作ったの」

「う……ん」

「僕も実生もそうさ。自分を見失いそうになったから、慌て
て外のものをなんでもかんでも取り込んだ。食べ過ぎて下痢
したけど、それでも身になったものの方が多いよ。そういう
ことなんじゃないかなあと。お、親父が帰ってきたな」

リビングに入ってきた父さんは、滝乃ちゃんたちを見て慌て
ることはなかった。きっと寿乃おばさんから連絡があったん
だろう。

「いらっしゃい」

「おじゃましてまーす」

「ははは。二人とも大きくなったよなあ」

「おじさーん、小学生じゃあるまいしぃ」

滝乃ちゃんがぷうっと膨れた。
わははははっ!

「ただいまー」

あれ?
続けて母さんの声がした。慌てて出迎える。

「母さん、今日はフルタイムのシフトじゃなかったの?」

「主任のばかたれがっ! シフト表勝手に書き換えやがっ
て!」

「あーあ……」

小田沢さんも、相変わらずだよなあ。
店長より、菊田さんにぼっこぼこにされるんちゃう?

「誰か来てるの?」

玄関に並べられている靴を見て、母さんが首を傾げた。

「滝乃ちゃんと日和ちゃん」

「ああ、例のやつね」

母さんは、あっさりスルー。日和ちゃんのはモンダイとして
すら認識されてないんだろう。わはは。

リビングに入った母さんは、ダイニングテーブルのところに
いた二人を見て、はあいと手を挙げた。

「いらっしゃい。いっちゃんのしょうもない説教を聞かされ
てたんでしょ」

ううう。そういう言い方はいかがなものか。

「話半分に聞いといてね。ケツの青いガキのたわごとを本気
にしたらダメよ」

母さんの口撃を僕がやれやれって顔で見てるのを、滝乃ちゃ
んと日和ちゃんがこわごわ見比べてる。
母さんも、外では地を丸出しにしないからなあ。

「母さん、さっさと着替えてきたら?」

「はん!」

不機嫌丸出しで、母さんが寝室に引っ込んだ。滝乃ちゃんが
父さんに確かめる。

「あの……おじさん」

「うん」

「おばさんて、あんな感じ……でしたっけ?」

「そうだよ。いつもあんな感じ」

父さんがにやっと笑った。

「機嫌が、顔とか言葉にすぐ出るんだ。今は、はんぱなく機
嫌が悪いんだよ。触らぬ神にたたりなし、だね。ははは」

滝乃ちゃんとこは、寿乃おばさんはともかく、おじさんもお
ばさんも穏やかだからなあ。いひ。
父さんが、二人を見比べながらさばっと言った。

「まあ、あんまり考え込まないで気晴らししていったらいい
よ。実生も夕方には帰ってくる。きっと滝乃ちゃんや日和
ちゃんと会いたがるよ」

「でもぉ、明日ガッコだしー」

「帰りは車で家まで送ってあげるよ」

「わ! いいんですか?」

「めったにうちに来ることなんかないでしょ? みんなが進
学、就職したら、お盆に顔を揃えられるかどうかもわからな
くなるしね」

うん、そうなんだよね。
これまで僕らは『こども』だから集まれたんだ。
それぞれに何があってもお盆の時には全部ぶん投げて、楽し
くぎゃあぎゃあ騒いで。

でも……もう難しいね。
実際、去年も今年も大学組は来てない。
僕も、来年進学したらお盆に行ける確証はない。

そうやって、僕らは巣立っていくんだろう。
一羽一羽、それぞれの空を目指して。


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三年生編 第97話(8) [小説]

「めんどくさー」

「ははは。でしょ? でも、高校になったら、ガキのやり
取りよりは少しフクザツになる。変な予防線張らなくて
も、自然に距離が取れるようになるから、実生には楽に
なったと思うよ」

「なるほどなあ」

「学校の方を心配しなくても済むようになったら、今度は
家族の方に意識が向く。実生にとって、それが今一番の悩
みってことじゃないかな」

「ふうん」

「まあ、なんとかなるよ。考えすぎない方がいい。なんと
かなる」

「でも……」

日和ちゃんが、そう言ったきり黙り込んだ。
自信喪失。目標喪失。いや、違う。喪失出来るものが最初
からない。
自分が寸足らずで、出来損ないで、どうしようもなく役立
たずで、ぼろっかすで……そういう根拠のない劣等感の泥
沼から抜けられない。

……ということなんだろなあ。

「そうだなー。ないものを数えるんじゃなくて、自分にあ
るものを数える。そっからじゃないかな」

「どういうこと……デスカ?」

「日和ちゃん、生きてるでしょ」

「……」

「まず、そこが大事」

「……」

「そしてここに来れたってことは、足が動くってこと。僕
に質問出来るっていうのは、口が動くっていうこと。滝乃
ちゃんが一緒にいるってことは、心配してくれる家族がい
るってこと」

「……」

「一つだけ言っとく。それは当たり前じゃないからね」

僕は、お皿に少しだけ残っていた琥珀糖を指差す。

「そのお菓子ね、作ってるのはおじさんやおじいさんじゃ
ない。女子高生なんだよ。僕の彼女の、中学の同級生」

「ええっ、うっそお!」

滝乃ちゃんが、口をぱっくり開けてお菓子を凝視する。

「素人の作るお菓子じゃないよー。こんなおいしいの、食
べたことない」

「でしょ? でもその子、はんぱなく荒れてたんだよ」

「元ヤン? 更正したの?」

「親から捨てられたのさ」

「!」

「いいとこのお嬢さんだったからね」

「う……わ」

「日和ちゃんは想像出来る? いきなり、頼れるものが何
もなくなるの。お金も、学校も、親も、友達も……なーん
もなくなる」

「う……」

日和ちゃんが真っ青になった。

「ね? 今の日和ちゃんは恵まれてる。生きてて、出来る
ことがあって、家族が心配してくれる。それは、当たり前
なんかじゃないよ」



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三年生編 第97話(7) [小説]

「まあ、どこでもそんなもんだと思うよ。どんなに開けっ
ぴろげに見えても、外に出てる部分なんか氷山の一角。人
に見せるつもりがなければ、自力でなんとかするしかない。
そういうことなのかなー、と」

「いつきはそうして来たん?」

「まーさーかー」

げらげらげらげらげらっ!
思い切り笑い飛ばす。

「ここに越してきた時には、ほとんど空っぽ。今の日和
ちゃんの比じゃないよ。もうどうでもよかった。投げや
りっていうけど、投げやる自分すら残ってなかった」

「……」

「そしたら、空っぽの自分に何か入れないと、立ってられ
ない」

「あ……」

「僕は、自分に近付いて来るものを何から何まで全部飲み
込もうとしたんだ」

腹を指差す。

「下痢するまでね」

「うひー」

滝乃ちゃんが、のけぞって驚いてる。

「知らなかった」

「でそ? こんなこと、誰にも言えないよ。人には、僕は
まだ大丈夫だよーってポーカーフェイスを見せるしかな
かったんだ」

「それは……みおっぺも?」

「そ。実生のは僕よりたちが悪い。ポーカーフェイスだけ
じゃ済まなくて、自分を潰しちゃうからね」

ごくっ。
滝乃ちゃんがつばを飲み込む音が聞こえた。

「見かけは、僕よりずっとまともなんだよ。それがかえっ
て実生の首を絞めた。愛想がよくてタフに見えるからね。
実生は、僕よりずっと危なかったんだ」

「……」

「でも。実生は強くなったよ」

「どうやって?」

それは、滝乃ちゃんじゃなく、日和ちゃんの口から出た切
羽詰まった問いかけ。僕は慎重に答える。

「僕は実生じゃないから、本当は実生に直接聞いて欲し
い。僕の印象としては……」

「うん」

「受験を自力で乗り切った。それに尽きると思う」

「どゆこと?」

滝乃ちゃんが突っ込んでくる。

「実生は勉強嫌いなんだよ。本当なら、そんなにいい高校
には進めなかったんだ。内申ぼろぼろだったし」

「……」

「でも、実生はどうしても共学の高校に行きたかったん
だ。うちから通える共学の高校はレベル的にきつかったん
だけど、初志貫徹で本命校にうかった。僕も母さんも、受
験だからって実生に特別配慮したつもりはない。実生がが
んばって、自力で乗り切ったんだ」

「そっかあ。でも、みおっぺなら女子校でもいけたんちゃ
うの?」

「僕もそう思ったんだけどね。滑り止めは女子校だったし」

「うん」

「でも、小中と女の子の間で腹の探り合いし続けて疲れた
んでしょ。致命的な失敗を繰り返して、懲りたんだ」

「致命的な失敗?」

「そ。実生は、自分を削ってまで人に合わせようとする。
それは周りから見るといいかっこしー、ぶりっ子、八方美
人、そんな風に見えちゃうってこと」

「うわ……」

「僕も母さんも、何度か警告してきたけどね。でも、それ
が実生の性格なんだ。しょうがない」

「共学なら大丈夫なわけ?」

「男子を仮想敵に置けるからね」

「げー」

滝乃ちゃんが、べたあっとテーブルに突っ伏した。




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三年生編 第97話(6) [小説]

どつぼで、何をする気力もない日和ちゃんも、目の前でき
らきらしてる琥珀糖の魅力には勝てなかったんだろう。
こそっと手を伸ばして、それをつまんだ。

もぐもぐもぐ。

「……」

お、もう一つ。もぐもぐもぐ。
もう一つ……ぴしっ!

滝乃ちゃんがその手をはたいた。

「あんたは少し遠慮しなさいっ! あたしだって我慢して
るんだから」

「あ、全部食べていいよ。寿庵の商品の中では、琥珀糖は
手頃なんだ。また買いに行けるから。店、近いし」

「わあい!」

さっき遠慮しろって言った滝乃ちゃんの方が、ぱっぱっと
手を伸ばした。わはははは!

二人とも、おいしいお菓子を食べて、少し緊張が解れたん
だろう。
興味深そうにきょろきょろリビングを見回してる。

「ねえねえ、いつきの部屋は上?」

「そ。僕と実生の部屋は二階」

「別々でしょ?」

「もちろん。ガキの頃のようなわけにはいかないさ」

「あははははっ!」

滝乃ちゃんはからと笑ったけど、僕はストレートには笑え
ない。どうしても苦笑いになる。

「いや、健ちゃんとこのも滝乃ちゃんとこのも、よくある
話だと思うよ。うちもこれから同じ試練がくる」

「え?」

滝乃ちゃんが、ほける。

「どして?」

「僕がここを出る予定だからさ」

「……」

「転勤族の子供は、どこへ行っても異端視がついて回るん
だ。よくて仲間はずれ、こじらすといじめの的。僕と実生
はタッグ組むことでそれを乗り切ってきたんだ。健ちゃん
とこほどべったりではないにしても、ね」

「うん」

「でも、ここに越してきてから、僕と実生の生活ははっき
り割れた。あいつは部活にすごく熱心だし、僕はバイトざ
んまいだったからさ」

「ふうん」

「それでも。同じ家に住んでいて、真向かいに部屋があ
る。何かあればすぐに話が出来る。実生はその安心感に寄
りかかってたんだよ」

「みおっぺ……ヤバいの?」

「さあ。それは実生自身に聞かないと分からない。でも、
僕がここを出るってことを、すごく不安がってるのは確か」

「……」

「実生は、だからバイトを始めたんだと思う。お金のこと
より、家に自分をどっぷり置いておきたくない。動機とし
てはそれが大きいんじゃないかな」

「そ……か」

「母さんのパートもそうなんだよね。僕だけでなく、実生
もいずれはここを出る。母さんはこれまでずっと専業主婦
してきたから、子供がいないっていう時空間を考えたくな
い」

「それ、おばさんが言ってたの?」

「そ。僕らの前で直接ね」

「うーん。なんか……思ってたのと違う」

「でしょ? そんなもんさ」

もう一度、全力で苦笑いした。



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三年生編 第97話(5) [小説]

だがしかし。

こう言っちゃなんだけど、僕は日和ちゃん以上のちょーネ
ガティブな面々をずーっと見続けていたから、だからなに
よって思ってしまう。

だってさあ、聖メリアを退学になった北尾さんから始まっ
て、ジェニーもネガ、うつの穂積さんもネガ、自己愛爆裂
の悪魔もネガ、最近だとブラコンこじらせのさゆりちゃん
がどつぼ。
とことんネガを見慣れると、まあそんなもんかって感じ。
その上、人格崩壊の弓削さんまでいるじゃん。

日和ちゃん本人は、この世の終わりが来たみたいな感じな
んだろうけどね。

僕がお弁当を食べ終わるまで、ずっと黙っていた二人が。
僕のげっぷの音を皮切りに重い口を開いた。

「ごめんね……」

「いや、かまわないよ。僕や実生のしんどい時に、滝乃
ちゃんたちにはずいぶんサポしてもらったからさ」

ほっとしたように、滝乃ちゃんが小さく笑った。

「まあ、いろいろあるよ。この前は健ちゃんたちが来たし」

「二人で?」

「そう。僕らは話聞いてあげることは出来るけど、どうす
るってところのアドバイスは出来ない」

「どして?」

「責任持てないもん。さゆりんのことはさゆりんが決めな
いとさ」

「……」

「僕らだけじゃなくて、信高おじちゃんだってそうだよ。
親が決めたら、さゆりんはそこから出られなくなる。これ
までは健ちゃんのコピーだったから」

「そうなんだよねー」

滝乃ちゃんが、心配そうに日和ちゃんを見つめる。
健ちゃんとさゆりんの時とは、ちょっと違うんだよね。
同性だし、年も離れてる。
現実派の滝乃ちゃんと違って日和ちゃんはユメを見ちゃっ
たんだ。菊花ちゃんにね。

菊花ちゃんには、最初からいろいろでこぼこがあったと思
うよ。
でも、その引っ込んでるとこを無視して、いいとこだけ見
てた。その反動がどかあんと来たんだ。

シスコンじゃなくて、理想主義の崩壊。
僕は……そうなんじゃないかなーと思ってる。

自分がうまく行ってない時に、うまく行ってる理想像を見
てそこに自分を重ねる。
そう、あれだ。アニメのスーパーキャラに惚れるみたいな
もんなんだろう。
自分に重ねて、二人羽織みたいにして動かしていたスー
パーキャラがいきなり悪役に寝返ったら、そらあ恐怖だろ
うなあ。

お弁当の空き容器を片付け、お湯を沸かしてお茶を入れた。
さっき寿庵で買ってきた琥珀糖をお皿に乗せて、テーブル
の真ん中に出す。

「わ! きれー! これって?」

「琥珀糖っていうお菓子。寿庵ていう和菓子屋さんで買っ
てきたの」

「まあたどシブなところを……」

「あはは。まあ、いろいろあってね。そのお店のお菓子は
よく買ってくるんだ」

「食べていいの?」

「どぞー。おいしいよ。絶対お勧め」

滝乃ちゃんは、いつものように無遠慮に手を伸ばして、ピ
ンクの琥珀糖を一つ口に放り込んだ。

「うわ……」

「いひひ。次元が違うでそ?」

「なんかあ、和菓子ってださーいってイメージあったけど、
これって……」

「そ。どこにすごい店が隠れてるか分かんないね。季節限
定のオリジナル和菓子もすっごいおいしいし、僕の一押
し、お気に入りなんだ」



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三年生編 第97話(4) [小説]

スーパーでお弁当を買って、家に帰る。
蛇腹ゲートを開けて、うちの庭に入ったところで雨が降り
出した。

「ぎり、セーフか。ラッキー!」

母さんも実生も今日はフルタイムだから、日中は僕一人だ。
雨降りなら、外へ向いていた意識を雨で遮断出来る。
お弁当食べたら、きっちり集中しよう。

鍵を開けて中に入ろうとしたら、元気のいい声が遠くから
響いてきた。

「わああああっ! 待ってええええっ!」

「は?」

どっかで聞いた声……。
って、滝乃ちゃんやん! てことは……。

恐る恐る振り向いたら、降り出した雨を蹴散らすようにし
て駆け寄ってくる滝乃ちゃんと、ほとんどスライムになっ
てる日和ちゃんの姿が。

「あっちゃあ」

事前に連絡欲しかったな……。
と言っても、健ちゃんとこと同じで事態がすごく切迫して
るんだろう。

はあはあ息を切らしながら庭に入ってきた滝乃ちゃんが、
遠慮なく日和ちゃんをどやす。

「あんたがぐずぐずするから!」

「……」

こっちも重症かあ。
まあ、まず話を聞いて、だね。

「入ってー。僕しかいないけど」

どべ。
滝乃ちゃんがずっこける。

「あわわわわ」

「まあ、ぼつぼつ親父が帰ってくると思うけど、お袋はフ
ルタイムのシフトで、今日は夕方まで帰ってこない」

「みおっぺは?」

「あいつもきっちゃてんのウエイトレスバイト。今日はフ
ルタイム。平日はでけんからさー」

「あ、そっかあ」

「雨強くなってきたし。入ってー」

どうしたもんかって感じだった二人だけど。
ここで帰るっていう選択肢はないだろなー。
それなら、最初から来ないはず。
おっかなびっくり家に入ってきた。

ソファーじゃ他人行儀だろうと思って、ダイニングテーブ
ルの方を勧める。

「お昼ご飯は?」

「食べてきたー」

「そっか。僕はこれから弁当食うから、ちょっとだけ待っ
ててね」

「ごめんねー、いきなしで」

「いや、お盆の時に話してたし、どっかでアクセスあるだ
ろなーと思ってたから」

僕と滝乃ちゃんが話している間、日和ちゃんは完全撃沈
モード。てか、ずーっとその状態なんだろなあ……。
賑やか三姉妹って言っても、微妙にキャラが違う。

菊花ちゃんは、一度ネジが外れるとどこにぶっ飛ぶか分か
んない不思議系。
滝乃ちゃんは、見るからにしっかり者の現実派。
日和ちゃんは、名前通りのゆるふわおっとり娘だ。

で。
現状が実にその通りになってると来たもんだ。

カレシホシイ病が長患いだった菊花ちゃんは、大学進学と
同時にプレイガールに変身。
滝乃ちゃんはそれ見て呆れるだけだったけど、菊花ちゃん
を崇拝してたシスコン日和ちゃんは、菊花ちゃんの壊れ方
を受け入れられずに意気消沈。
それだけじゃなく、自分の立ち位置まで見失った、と。

よりにもよって、それが受験生の中三だもんなあ。
そらあ、家族も寿乃おばさんも心配するわ。



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三年生編 第97話(3) [小説]

中村さんが、銀縁眼鏡の向こうの目を細める。

「修行を終えて腕が水準を満たしたら、独立して自分の店
を持つ。それが多くの職人の夢さ。私もそうだった」

「長岡さんも当然そう考えるってことですね」

「そうだろさ。あとは、れなちゃんのプラン次第だよ。暖
簾を継ぐか、ゼロからやるか。こじんまり始めるか、いき
なり博打を打つか。一人でやるか、誰かと組むか。古典を
極めるか、創作菓子で攻めるか。菓子作りの腕前だけじゃ
ない。そういう人生設計をするのも腕のうちさ」

もう……何も言えません。

「まあ、れなちゃんの世代には、私らの世代にはない感性
や嗅覚がある。それを腐らすのは損だ。高校の友達との連
携も今後期待できるし、れなちゃんなりにいろいろ作戦を
考えるだろう」

「中村さんは、それでいいんですか?」

「いいも悪いもないよ。自力で飯を食うってのは、そうい
うことだ」

ごくり。

「まあ、私は経験も腕も、まだれなちゃんには負けない。
腕前が上回っているうちは、私に出来ることがあるから
ね。それでいいさ」

「そっかあ……」

「師匠から弟子へ。受け継がれていくものは技術だけじゃ
ないよ。職人としての心構えや世の中の見方、人脈の広げ
方、ピンチの切り抜け方、いろんなことを伝えないとなら
ん。まだまだこれからさ」

ほっとする。そっか。

もちろん、長岡さんが師匠の中村さんを放り出すことなん
かないと思うけど。
でも、中村さんの懐が深いと、その分自由に泳げる。
すごいよなあ……。

改めて、商品ケースの中を見回す。

「あ、そっか。夏のお菓子が終わって、ちょうど今は端境
期なんですね」

「そう。秋の菓子を作り始めるにはちょっと早くてね。
ペースを落としてる。そういう時期も必要だよ。季節もの
だからね」

「分かりますー。じゃあ、琥珀糖を買っていこうっと」

「いつもありがとうな」

「いいえー。寿庵のは本当においしいので」

実生や母さんが腹減ったーって帰ってくるだろうから、い
つもより多めにどっさり買った。
おいしいのに、単価が安いから助かるー。

「じゃあ、また来ますー。長岡さんにもよろしくお伝えく
ださい」

「いつも、ありがとうな」

「いいえー。それじゃ失礼します」

「お買い上げありがとうございました」

高校生の僕にも、丁寧に頭を下げる中村さん。
人柄の良さが滲み出てる。

自分を抑えるだけでも貫くだけでも、うまく作れない生き
方。
中村さんは、それをどうやって作ってきたんだろうなあ。

見えない人の形、心。
それってすごく厄介だと思うんだけど……見えないからこ
そ見ようとするんだよね。

気晴らしに来る前になんとなくもやもやしていたのが、だ
いぶすっきりした。

「さて。じゃあ、勉強モードに戻ろうっと」



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三年生編 第97話(2) [小説]

「ちわーす」

「いらっしゃい」

あれ?

日曜だし、長岡さんが店にいると思ったんだけど、出てき
たのは中村さんだった。

「こんにちは。長岡さんは買い物ですか?」

「そう。来週が修学旅行なんだよ」

「わ! そっかあ!」

「はっはっは。学校によって時期が違うみたいだね。工藤
さんのところはもっと遅いのかい?」

「はい。うちは11月でした」

「なるほどね」

「長岡さん、楽しみにしてるだろなあ」

「そりゃあそうだろ。京都、奈良、神戸だ。菓子の有名ど
ころがずらり、だからね」

「うわお。そっちかあ」

「はっはっは! 自由行動の時に、大手菓子舗の技術長さ
んに話を聞きに行くって言ってたね」

「すげえ……」

「早め早めに計画を立てた方が、修行に身が入るからな」

「そっかあ。それって、ここを出て修行ってことですか?」

「もちろん、その選択肢もある。見学に行く目的はそれだ
けじゃないけどな」

中村さんは、商品ケースの中の和菓子をいくつか指差した。

「うちは、日持ちする製品は干菓子以外作ってない。作っ
てその日売り切りが基本さ」

「はい」

「だが、商いを大きくしようと思えば、いい商品を工場で
作るっていう選択肢もあるんだよ」

「あ……」

そうか。

「私は、あまり物事をかちかちに考えたくないんでね。い
いものをたくさん作って、多くのお客さんに喜んでもらお
うってのも、商いの一つの方向だと思ってる」

「なるほどー」

「もちろん、自分の手の届かないところに菓子が行っちま
うのは嫌だっていう考え方もあるさ。それだって、生き方
だ」

「中村さんのは、後の方ですね」

「はっはっは。そう。ずっと自分で作って自分で売ってき
た。それが私の選んだやり方だからね。最初から大きな商
いにするつもりがない」

「うーん。長岡さんが、それをどう考えるかってことかー」

「そう。それには、私以外の職人さんの意見とか教訓が分
からないと、判断出来ないだろ?」

「しっかりしてるなあ……」

「まあな。人並み外れて情熱がある子だよ。鍛えれば鍛え
るほど芯が強くなる鋼(はがね)みたいなもんさ。れな
ちゃんの親も、短気をおこしてもったいないことをしたも
んだ」

渋い顔になった中村さんが、大きな溜息をついた。

「あのー、じゃあ、長岡さんが寿庵を継がないっていう可
能性もあるんじゃないですか?」

「もちろん」

平然と言い切ったよ。うわ。

「職人てのは、ある意味狼なんだよ。自分の作りたいもの
を作るためには、安易に妥協しない。自分の理想を実現さ
せるに何が必要かを考える。れなちゃんが必要だと考えた
ものの中に私やこの店が入っていなければ、それまでさ」

き、厳しー。絶句してしまった。

「私自身がそうしてきたからね」

「あ、そうか。前に中村さんが修行されてた店の方が来ら
れてましたものね」

「はっはっは。よく覚えてたね。そう」



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