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三年生編 第97話(10) [小説]

「ごめんね。さっきはちょっとアタマが煮えてて」

寝室で頭を冷やしたんだろう。
ばつの悪そうな顔で、母さんがリビングに来た。

「お夕飯食べてくでしょ?」

「おじさんが送ってくれるっていうから。いいですかー?」

「かまわないわ。実生がすっごく喜ぶでしょ」

「わあい!」

「ああ、それなら僕が晩ご飯の材料買い出しに行ってこよう
か?」

そう切り出したら、母さんがほっとした顔をした。

「頼める?」

「いいよー」

「雨降ってるけど」

「遠くってわけじゃないからね。合羽着ていくよ」

「じゃあ、お願い」

手早く買い物メモを書いた母さんが、それを僕に手渡した。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。もうすぐ実生も帰ってくる
はずだから、のんびりしてて」

「うん」

◇ ◇ ◇

僕が買い物から帰って来たら、一足先に帰ってきた実生と滝
乃ちゃんたちが合流して、実生の部屋で盛り上がってるみた
い。二階がすっごく賑やかだ。

「やっぱレディースだなあ。僕じゃ、ああいう雰囲気には出
来ないわ」

「いや、あれは実生がいるからよ。良し悪しね」

そっか……。

「でも、日和ちゃんにも実生の変化が分かるでしょ。それで
いいんじゃないかな」

母さんは、さばっとそう言い残して晩ご飯の支度にかかった。

「あれ?」

テーブルの上に、ハーブティーの箱が置いてある。

「母さん、これなに?」

「ああ、棚卸しの売れ残り。捨てるっていうからもらってき
たの」

相変わらずがめついのう。

「へえー、エキナセアかあ」

「ムラサキバレンギク、ね。買うのはもったいないから、今
度庭で育ててみるかな」

「なんか、効能があるの?」

「免疫力を高めるみたいよ。風邪のひきはなとかに飲むとい
いんだってさ」

「へえー」

免疫。
自分にとっての異物や敵に接すると発動する、自己防衛シス
テム。
それって、不運なこと、嫌なことがあった時の僕らの心に似
てるね。

自分にとって楽しいこと、嬉しいこと、快適なこと。
そういうことばっかの時には、免疫は働かない。
だからこそ、ぽこんと何かアクシデントが降りかかると、日
和ちゃんみたいに弱っちゃうんだ。

でもさ。
今回のことをこなせば、きっと免疫が出来て次はこなせるよ
うになるんじゃないかな。

僕は、賑やかな笑い声が響いてる二階を見上げる。

女の子ばっかの滝乃ちゃんとこは、僕がいる限りここには来
にくい。
でも来年僕が家を離れれば、実生にとっても滝乃ちゃんたち
にとっても、ここに遊びに来るメリットは大きくなるだろう。
ここと滝乃ちゃんちは、そんなに離れてるわけじゃないんだ
しさ。

寂しさや辛さを薄める方法は、一通りじゃない。
使える方法をいろいろ試して、なんとか乗り切って欲しいな。
日和ちゃんも、実生も……そして、必死で平気な顔を装って
る滝乃ちゃんもさ。

大丈夫。なんとかなるよ。

母さんが、キッチンからでかい声を張り上げた。

「ああ、いっちゃん。二階の連中呼んで来て。ご飯だよーっ
て」

「うーっす!」




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今日の花:エキナセアEchinacea purpurea


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