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三年生編 第97話(6) [小説]

どつぼで、何をする気力もない日和ちゃんも、目の前でき
らきらしてる琥珀糖の魅力には勝てなかったんだろう。
こそっと手を伸ばして、それをつまんだ。

もぐもぐもぐ。

「……」

お、もう一つ。もぐもぐもぐ。
もう一つ……ぴしっ!

滝乃ちゃんがその手をはたいた。

「あんたは少し遠慮しなさいっ! あたしだって我慢して
るんだから」

「あ、全部食べていいよ。寿庵の商品の中では、琥珀糖は
手頃なんだ。また買いに行けるから。店、近いし」

「わあい!」

さっき遠慮しろって言った滝乃ちゃんの方が、ぱっぱっと
手を伸ばした。わはははは!

二人とも、おいしいお菓子を食べて、少し緊張が解れたん
だろう。
興味深そうにきょろきょろリビングを見回してる。

「ねえねえ、いつきの部屋は上?」

「そ。僕と実生の部屋は二階」

「別々でしょ?」

「もちろん。ガキの頃のようなわけにはいかないさ」

「あははははっ!」

滝乃ちゃんはからと笑ったけど、僕はストレートには笑え
ない。どうしても苦笑いになる。

「いや、健ちゃんとこのも滝乃ちゃんとこのも、よくある
話だと思うよ。うちもこれから同じ試練がくる」

「え?」

滝乃ちゃんが、ほける。

「どして?」

「僕がここを出る予定だからさ」

「……」

「転勤族の子供は、どこへ行っても異端視がついて回るん
だ。よくて仲間はずれ、こじらすといじめの的。僕と実生
はタッグ組むことでそれを乗り切ってきたんだ。健ちゃん
とこほどべったりではないにしても、ね」

「うん」

「でも、ここに越してきてから、僕と実生の生活ははっき
り割れた。あいつは部活にすごく熱心だし、僕はバイトざ
んまいだったからさ」

「ふうん」

「それでも。同じ家に住んでいて、真向かいに部屋があ
る。何かあればすぐに話が出来る。実生はその安心感に寄
りかかってたんだよ」

「みおっぺ……ヤバいの?」

「さあ。それは実生自身に聞かないと分からない。でも、
僕がここを出るってことを、すごく不安がってるのは確か」

「……」

「実生は、だからバイトを始めたんだと思う。お金のこと
より、家に自分をどっぷり置いておきたくない。動機とし
てはそれが大きいんじゃないかな」

「そ……か」

「母さんのパートもそうなんだよね。僕だけでなく、実生
もいずれはここを出る。母さんはこれまでずっと専業主婦
してきたから、子供がいないっていう時空間を考えたくな
い」

「それ、おばさんが言ってたの?」

「そ。僕らの前で直接ね」

「うーん。なんか……思ってたのと違う」

「でしょ? そんなもんさ」

もう一度、全力で苦笑いした。



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