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三年生編 第97話(8) [小説]

「めんどくさー」

「ははは。でしょ? でも、高校になったら、ガキのやり
取りよりは少しフクザツになる。変な予防線張らなくて
も、自然に距離が取れるようになるから、実生には楽に
なったと思うよ」

「なるほどなあ」

「学校の方を心配しなくても済むようになったら、今度は
家族の方に意識が向く。実生にとって、それが今一番の悩
みってことじゃないかな」

「ふうん」

「まあ、なんとかなるよ。考えすぎない方がいい。なんと
かなる」

「でも……」

日和ちゃんが、そう言ったきり黙り込んだ。
自信喪失。目標喪失。いや、違う。喪失出来るものが最初
からない。
自分が寸足らずで、出来損ないで、どうしようもなく役立
たずで、ぼろっかすで……そういう根拠のない劣等感の泥
沼から抜けられない。

……ということなんだろなあ。

「そうだなー。ないものを数えるんじゃなくて、自分にあ
るものを数える。そっからじゃないかな」

「どういうこと……デスカ?」

「日和ちゃん、生きてるでしょ」

「……」

「まず、そこが大事」

「……」

「そしてここに来れたってことは、足が動くってこと。僕
に質問出来るっていうのは、口が動くっていうこと。滝乃
ちゃんが一緒にいるってことは、心配してくれる家族がい
るってこと」

「……」

「一つだけ言っとく。それは当たり前じゃないからね」

僕は、お皿に少しだけ残っていた琥珀糖を指差す。

「そのお菓子ね、作ってるのはおじさんやおじいさんじゃ
ない。女子高生なんだよ。僕の彼女の、中学の同級生」

「ええっ、うっそお!」

滝乃ちゃんが、口をぱっくり開けてお菓子を凝視する。

「素人の作るお菓子じゃないよー。こんなおいしいの、食
べたことない」

「でしょ? でもその子、はんぱなく荒れてたんだよ」

「元ヤン? 更正したの?」

「親から捨てられたのさ」

「!」

「いいとこのお嬢さんだったからね」

「う……わ」

「日和ちゃんは想像出来る? いきなり、頼れるものが何
もなくなるの。お金も、学校も、親も、友達も……なーん
もなくなる」

「う……」

日和ちゃんが真っ青になった。

「ね? 今の日和ちゃんは恵まれてる。生きてて、出来る
ことがあって、家族が心配してくれる。それは、当たり前
なんかじゃないよ」



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