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三年生編 第97話(2) [小説]

「ちわーす」

「いらっしゃい」

あれ?

日曜だし、長岡さんが店にいると思ったんだけど、出てき
たのは中村さんだった。

「こんにちは。長岡さんは買い物ですか?」

「そう。来週が修学旅行なんだよ」

「わ! そっかあ!」

「はっはっは。学校によって時期が違うみたいだね。工藤
さんのところはもっと遅いのかい?」

「はい。うちは11月でした」

「なるほどね」

「長岡さん、楽しみにしてるだろなあ」

「そりゃあそうだろ。京都、奈良、神戸だ。菓子の有名ど
ころがずらり、だからね」

「うわお。そっちかあ」

「はっはっは! 自由行動の時に、大手菓子舗の技術長さ
んに話を聞きに行くって言ってたね」

「すげえ……」

「早め早めに計画を立てた方が、修行に身が入るからな」

「そっかあ。それって、ここを出て修行ってことですか?」

「もちろん、その選択肢もある。見学に行く目的はそれだ
けじゃないけどな」

中村さんは、商品ケースの中の和菓子をいくつか指差した。

「うちは、日持ちする製品は干菓子以外作ってない。作っ
てその日売り切りが基本さ」

「はい」

「だが、商いを大きくしようと思えば、いい商品を工場で
作るっていう選択肢もあるんだよ」

「あ……」

そうか。

「私は、あまり物事をかちかちに考えたくないんでね。い
いものをたくさん作って、多くのお客さんに喜んでもらお
うってのも、商いの一つの方向だと思ってる」

「なるほどー」

「もちろん、自分の手の届かないところに菓子が行っちま
うのは嫌だっていう考え方もあるさ。それだって、生き方
だ」

「中村さんのは、後の方ですね」

「はっはっは。そう。ずっと自分で作って自分で売ってき
た。それが私の選んだやり方だからね。最初から大きな商
いにするつもりがない」

「うーん。長岡さんが、それをどう考えるかってことかー」

「そう。それには、私以外の職人さんの意見とか教訓が分
からないと、判断出来ないだろ?」

「しっかりしてるなあ……」

「まあな。人並み外れて情熱がある子だよ。鍛えれば鍛え
るほど芯が強くなる鋼(はがね)みたいなもんさ。れな
ちゃんの親も、短気をおこしてもったいないことをしたも
んだ」

渋い顔になった中村さんが、大きな溜息をついた。

「あのー、じゃあ、長岡さんが寿庵を継がないっていう可
能性もあるんじゃないですか?」

「もちろん」

平然と言い切ったよ。うわ。

「職人てのは、ある意味狼なんだよ。自分の作りたいもの
を作るためには、安易に妥協しない。自分の理想を実現さ
せるに何が必要かを考える。れなちゃんが必要だと考えた
ものの中に私やこの店が入っていなければ、それまでさ」

き、厳しー。絶句してしまった。

「私自身がそうしてきたからね」

「あ、そうか。前に中村さんが修行されてた店の方が来ら
れてましたものね」

「はっはっは。よく覚えてたね。そう」



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JUNKO

ヤマボウシ満開ですね。
by JUNKO (2020-06-08 12:24) 

水円 岳

>JUNKOさん

コメントありがとうございます。(^^)

ヤマボウシ。
ハナミズキと同じ仲間なんですが、こっちの方が
花期が遅いんですよね。涼しげで、とても好きです。(^^)

by 水円 岳 (2020-06-09 08:36) 

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