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三年生編 第97話(9) [小説]

ふうっ。

「寿庵の女の子は、全てを失っちゃったからゼロから作るし
かなかったんだ。お菓子を作る楽しさに自分を全部注ぎ込ん
で、磨き上げた。それは最初からあった才能じゃないよ。努
力して作ったの」

「う……ん」

「僕も実生もそうさ。自分を見失いそうになったから、慌て
て外のものをなんでもかんでも取り込んだ。食べ過ぎて下痢
したけど、それでも身になったものの方が多いよ。そういう
ことなんじゃないかなあと。お、親父が帰ってきたな」

リビングに入ってきた父さんは、滝乃ちゃんたちを見て慌て
ることはなかった。きっと寿乃おばさんから連絡があったん
だろう。

「いらっしゃい」

「おじゃましてまーす」

「ははは。二人とも大きくなったよなあ」

「おじさーん、小学生じゃあるまいしぃ」

滝乃ちゃんがぷうっと膨れた。
わははははっ!

「ただいまー」

あれ?
続けて母さんの声がした。慌てて出迎える。

「母さん、今日はフルタイムのシフトじゃなかったの?」

「主任のばかたれがっ! シフト表勝手に書き換えやがっ
て!」

「あーあ……」

小田沢さんも、相変わらずだよなあ。
店長より、菊田さんにぼっこぼこにされるんちゃう?

「誰か来てるの?」

玄関に並べられている靴を見て、母さんが首を傾げた。

「滝乃ちゃんと日和ちゃん」

「ああ、例のやつね」

母さんは、あっさりスルー。日和ちゃんのはモンダイとして
すら認識されてないんだろう。わはは。

リビングに入った母さんは、ダイニングテーブルのところに
いた二人を見て、はあいと手を挙げた。

「いらっしゃい。いっちゃんのしょうもない説教を聞かされ
てたんでしょ」

ううう。そういう言い方はいかがなものか。

「話半分に聞いといてね。ケツの青いガキのたわごとを本気
にしたらダメよ」

母さんの口撃を僕がやれやれって顔で見てるのを、滝乃ちゃ
んと日和ちゃんがこわごわ見比べてる。
母さんも、外では地を丸出しにしないからなあ。

「母さん、さっさと着替えてきたら?」

「はん!」

不機嫌丸出しで、母さんが寝室に引っ込んだ。滝乃ちゃんが
父さんに確かめる。

「あの……おじさん」

「うん」

「おばさんて、あんな感じ……でしたっけ?」

「そうだよ。いつもあんな感じ」

父さんがにやっと笑った。

「機嫌が、顔とか言葉にすぐ出るんだ。今は、はんぱなく機
嫌が悪いんだよ。触らぬ神にたたりなし、だね。ははは」

滝乃ちゃんとこは、寿乃おばさんはともかく、おじさんもお
ばさんも穏やかだからなあ。いひ。
父さんが、二人を見比べながらさばっと言った。

「まあ、あんまり考え込まないで気晴らししていったらいい
よ。実生も夕方には帰ってくる。きっと滝乃ちゃんや日和
ちゃんと会いたがるよ」

「でもぉ、明日ガッコだしー」

「帰りは車で家まで送ってあげるよ」

「わ! いいんですか?」

「めったにうちに来ることなんかないでしょ? みんなが進
学、就職したら、お盆に顔を揃えられるかどうかもわからな
くなるしね」

うん、そうなんだよね。
これまで僕らは『こども』だから集まれたんだ。
それぞれに何があってもお盆の時には全部ぶん投げて、楽し
くぎゃあぎゃあ騒いで。

でも……もう難しいね。
実際、去年も今年も大学組は来てない。
僕も、来年進学したらお盆に行ける確証はない。

そうやって、僕らは巣立っていくんだろう。
一羽一羽、それぞれの空を目指して。


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