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三年生編 第84話(10) [小説]

ゆっくり僕らの向かいに戻ってきた住職さんは、腰を下ろし
てことことと昔話を始めた。

「みーちゃんは、この田舎では目立つべっぴんさんだったん
さ。それに勝気で、おしゃべりで、派手。けんど、田舎じゃ
あそれは大した取り柄になんない」

「どうしてですか?」

しゃらが首をかしげる。

「べっぴんさんは、どこにいたって浮くからだよ。性格がい
いんならともかく、見栄っ張りの派手好きじゃあ、田舎にゃ
あ居場所がないなあ。みーちゃんが町に出てくのは当たり前
だ。そらあ珍しくもなんともない」

住職さんが、位牌から目を逸らして外を見る。

「耕ちゃんは正反対だ。無口で、無愛想で、不器用。人付き
合いが苦手で、引っ込み思案。ああいうやつは、気心の知れ
た知り合いがいる田舎にしか身の置きようがないよ。それな
のに……みーちゃん追って、出て行っちまった」

ふうっと。
住職さんが大きな溜息を畳の上に吐き出した。

「みーちゃんは、田舎ではちやほやされてても、町に行きゃ
あただの田舎もんさ。すぐに身を持ち崩した。みーちゃんが
心配だった耕ちゃんは、本当はここに連れ帰りたかったんだ
ろ」

そうだったのか……。

「死んでからじゃあ、もう遅いよ」

やり切れないっていう風に位牌を見下ろした住職さんが、ゆ
らゆらと首を揺らした。

そうか。
田中さんは、昔から自分のことをよく知ってる住職さんくら
いにしか悩み事の相談が出来なかったんだろうな。

「わしが、ずっとみーちゃんのお参りしてやれりゃあ一番い
いんだけんど、ここもいつどうなるか分かんないんだ。無縁
になっちまう前に、誰かにお参りしてもらえてよかったさ」

「え?」

僕がどうしてですかと聞く前に、住職さんがシビアな現状を
漏らした。

「田舎の山寺継ごうなんてえ物好きはいないね。息子たちも
みんな町へ出た。わしがくたばったあとは、ここは無人にな
るよ。墓ぁあっても、誰も世話してくれん。弔ってくれん」

うわ。

「平地(ひらち)の墓所なら、どっか他の坊さん頼めば供養
が出来っけどさ。この寺の墓所に納められてるお骨は、全部
無縁になる。墓ぁどっかに移したくても、わしには檀家がも
う分からないからなあ」

「ど、どうして……ですか?」

しゃらが、ものすごくびっくりしてる。

「先祖代々ってぇのが、どんどん廃れてるんだよ。村ぁ出て
行ったんは、みーちゃんや耕ちゃんだけじゃない。若いんが
誰もいなくなって、子供に置いてかれたじいさんばあさんだ
け残ってる」

そんなあ。

「年寄りぃ死んだら、それっきりさ。誰も住まない古家と荒
れた土地だけが残っちまうんだ。寺と檀家の縁が、どんどん
切れてるんだよ」

ぞっ……。

でも。住職さんはさばさばしていた。

「そんなもんだよ。まあ、わしだけじゃなくて、誰も死んだ
あとのことなんかよう分からんし、死んじまってからじゃあ
どうしようもない。無縁だから困るってぇこともないだろ。
それより」

位牌を手に取った住職さんが、それに向かって話しかけた。

「なあ、みーちゃん。死んだあとまで耕ちゃん縛るんじゃな
いよ。わがままも大概にしな」


           −=*=−


お参りを済ませ、住職さんにお礼を言ってお寺を出た。

車に戻る道すがら、参道の横にちらっと小さな赤っぽい花が
見えて、そこで足が止まった。

「どしたん、いっき?」

「いや、これってなんだったかなあと」

僕らを見送るために一緒に歩いていた住職さんが、屈託なく
笑った。

「あっはっはあ! あんたぁ目ぇいいなあ。それはゼニアオ
イさ」

「ゼニアオイ、ですか」

「そう。花が昔の銭くらいに小さいから銭葵。寺の庭にあっ
たんが、ここまで逃げてきたんだろさ」

ぷちっ。
住職さんが、花を一つむしる。

「庭ぁみたいな狭いとこにおられるかあって、逃げて。それ
でも、せいぜいここらへんがとこだよ。みーちゃんも耕ちゃ
んも、お釈迦様の手のひらの上」

……。

「それでも、生きてりゃあこやって繋がる縁がある。なあ、
耕ちゃん。あんたぁ、いい縁つなげてもろたなあ」

小さなゼニアオイの花に話かけた住職さんは、僕らに向かっ
て深々と頭を下げた。

「また、お参りに来てな」

「はい!」

「帰り道、気ぃつけてな」

「ありがとうございます。失礼します」

「お世話になりましたー」


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三年生編 第84話(9) [小説]

僕もしゃらも伯母さんも、そのあとずっと黙ったままだった。
田中さんから教わったお寺に着くまでの一時間は、淡々と過
ぎた。

青い稲の葉っぱがそよぐ田んぼの間をすいすいと走り抜けた
車は、山裾に生い茂る緑の中に潜り込んでいって。
すぐに止まった。

「お。着いたかな?」

「ナビでは、ここということになっていますね」

白髪の運転手さんが、伯母さんと一緒になって周囲を見回し
た。

「ああ、あれかな」

伯母さんが指差したところには、設楽寺とどっこいどっこい
の小さくて古いお寺が。

ドアを自分で開けて車から降りた伯母さんが、気持ち良さそ
うに深呼吸した。

「ふう……こりゃあ、いい場所にあるなあ。母の遺骨を、こ
こにも分納しようかしら」

おいおい。

でも、伯母さんがそう言いたくなる気持ちもよく分かった。

お寺自体は地味で小さいんだけど、境内の木々はすっごい立
派。一本一本に個性と歴史があるっていう感じ。
時間と日差しをもりもり食べて大きくなったって、そんな印
象だった。

モヒカン山のてっぺんや設楽寺のあたりは、木々があるって
言っても雑木と造林地ばっかで、こういうでっかい木がもり
もり生えてるって感じじゃないもんな。

空気にも、街の匂いが全く混じってない。
純粋に、木々が吸って吐いてる清々しい呼気の中にいる。
うーん……お参りに来て、森林浴することになるとは思わな
かったなあ。

さっきの拘置所での閉塞感とはまるっきり逆。
何かから解放されたような気分で、僕らはしばらく深呼吸を
繰り返した。

「さあ、行きましょうか」

「はい」

運転手さんには車で待っててもらって、三人でゆっくりお寺
に向かった。
本堂の横に小さな平屋の家があって、それが住職さんの家ら
しい。

伯母さんが、ちゅうちょしないで呼び鈴を押した。

「ほいほい。ちょい待ってな」

拍子抜けするくらいに明るくて軽い声がして、カラフルなT
シャツ短パン姿のおじいさんが、ひょいと出てきた。

うわ……。
光輪さんとも重光さんともタイプが違う。
なんつーか……雰囲気がとってもライト。
ファンキーな感じのおじいさんで、お坊さんていうイメージ
じゃないなー。光輪さん以上に型破りかもしれない。

しゃらもあっけに取られてる。
でも……なんか、ほっとする。

「みーちゃんのお参りに来た言うとったな」

みーちゃん、かあ。
愛称で呼んでるってことは、住職さんが弓削さんのお母さん
を知ってるってことなんだろう。

「はい」

「今本堂を開けるから、ちょと待っとってな」

さっと引っ込んだ住職さんが、袈裟に着替えて、鍵束を持っ
て出てきた。

「ほな、本堂に上がって待っとって。お骨と位牌を持ってく
るから」

僕らは、案内された小さなお堂の仏像の前でしばらく待たさ
れた。

「よっこらしょ」

住職さんの声がして。
白い布で包まれた遺骨の箱と小さな位牌が僕らの前に並べら
れた。

「ほな、お経を唱えますんで、黙祷をお願いしますー」

本当に、もったいぶるってことがないさっぱりした住職さん
だった。

十五分くらいの読経の時間が終わったら、遺骨と位牌に黙礼
した住職さんが、くるっと僕らの方を向いた。

「今日は遠いところをご苦労さん。みーちゃんの縁続きの人
かい?」

「いいえ。田中さんの代わりに……」

僕がそう言ったら、住職さんが苦笑いした。

「なんだ、耕ちゃんの方か。耕ちゃんここに来れんのは、ま
た何かやらかしたってこったな」

住職さんには全部お見通しらしい。
顔を見合わせた僕らは、住職さんと同じように苦笑いするし
かなかった。

住職さんは、立ち上がってふすまを全部開け放った。
漂っていたお線香の匂いが吹き払われて、清々しい森の空気
に入れ替わった。

縁側に立ったまま外の緑濃い景色を見回していた住職さん
が、ぽつりと漏らした。

「結局、みーちゃんの最期看取ったのもその後のことも、
手ぇ尽くしたのは耕ちゃんだ。ほんなら、みーちゃんももっ
と早く身ぃ預ければ良かったんに」

……。

「まあ、男女の仲ってぇのは、なかなかうまく行かんね」

「あの。ご住職さんは、弓削さんや田中さんをよくご存知な
んですか?」

聞いてみる。

「二人ともここの出だからね」

住職さんが、ゆっくり目を細める。

「若い頃は、町に行けばなんでもあると思ったんだろさ。そ
んなの、どこに行ったってあるもんは同じだよ」

「あはは……」

笑うしかない。

「なんでも、やってみんことには分からんからなあ。しょう
がない」



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