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三年生編 第86話(4) [小説]

もやもや気分まで流れてくれればいいのにと思いながらシャ
ワーを浴びて、汗を流す。

「ぶひー。すっきりしたー」

「すぐ食べて」

「うーい。あ、父さんは?」

「新製品のパソコン見に行くって」

「へえー。パソコンかあ」

「まだ今ので十分使えるのに」

ぶつくさ文句を言いながら、母さんがキッチンに引っ込んだ。
ぶつくさ言ってるってことは、父さんはもう買う気満々なん
だろな。

確かに、コスパを考えたらもっと引っ張れる。
でも、父さんからパソコン関係引くと何も残んないんだ。
他に趣味らしい趣味がないんだよね。
それが父さんの唯一の楽しみなら、ちゃんと配慮しないとだ
めってこと。

母さん的には、二人で出来る趣味が理想なんだろうけどさ。
実際は……難しいよなあ。

僕は昼ごはんを食べながら、しゃらとならどこが重なるかな
あなんて考えてた。
これが……意外にない。

ガーデニングは、しゃらは好きで、僕は普通。
スポーツは、僕は好きだけど、しゃらが普通。
音楽聴くとか映画見るとか、僕もしゃらも入れ込んでない。

「むー」

いや、今はいいんだけどさ。
一緒にいて、あーでもないこーでもないってただくっちゃ
べってるだけで充分楽しいから。
でも進学先が割れたら、何か接点とか共通点とか作っとかな
くていいんかなあ?

ああ、またもやもやがひどくなってきちゃったよ。
しかめっ面のままご飯を食べてたら、家電が鳴りだした。

誰だろ?

「はい、工藤です」

「おー、いつきー。元気かー?」

わあお! 健ちゃんじゃん!

「おひさー。元気だよー」

「みおっぺは?」

「今日は午後からバイト」

「そっか。ちょい、そっちに行っていいか?」

「って、もうこっちに来てるん?」

「そう。今、駅にいる」

健ちゃんの性格がアバウトだって言っても、いつもは必ず事
前にスケジュールを詰める。
いきなりってことは、訳あり……なんだろう。
たぶん、さゆりちゃん込みだな。

「ちょっと待ってね」

「おう」

一度電話を保留にして、母さんに打診した。

「もちろん、寄ってもらって。たぶん、さゆりちゃんのフォ
ロー絡みでしょ。健ちゃんといっちゃんだけじゃどうにもな
んない。わたしも同席するから」

「うん。助かる」

話を聞いてあげるだけなら、僕だけでいい。
でも、さゆりちゃんのこれからをどうするって話が必ず出て
くるはず。
そして、それは学生の僕らだけじゃどうにもなんないことだ。

保留を解除して、健ちゃんにオーケーを出す。

「いいよー。家で待ってる。バスとか分かる?」

「大丈夫。調べた。じゃあ、これから行くから」

「うい」

ぷつ。

ぽんいちだけじゃない。
他の高校も明日から新学期のところが多いんだろう。
それで、ぎりぎりだけどうちにアクセスしてきたんだと思う。

でも。どうするか……だよなあ。


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三年生編 第86話(3) [小説]

母さんが、ぱちっと指を鳴らしてうなった。

「うーん、やっぱりかわいい子には旅をさせよ、ねえ」

「あはは」

苦笑いした実生が、すっと顔を上げる。

「どうしても、ここでいいやっていう線を自分だけで決め
ちゃう。そして、その範囲がちっちゃい」

なるほど。そういうことか。

「わたしはお姉ちゃんもそうなんだろうって、安心してたん
だ。でも……」

「しゃらは違うだろ?」

「違う。いや……最初から違うんじゃなくて、変わってきた」

ああ。
しゃらと僕との付き合いをずっと見てきた実生には、変化が
はっきり見えるんだろうな。
しかも実生にとってしゃらは他人だから、感情を入れ過ぎな
いで冷静に変化を観察出来る。

「お姉ちゃん、すっごい頑固なんだよね。最初はそれが外か
らよく見えなかったんだ。でも、今はそれがはっきり分かる
ようになった。中身と外側のズレが小さくなったの」

「僕もそう思う」

「それがね、めっちゃめちゃかっこいいの」

思わず苦笑する。

「あはは。そっかあ」

「変に思われたらどうしようってびくびくしてるより、もっ
とさらけ出した方がいいのかなーって」

「いろいろやってみたらいいよ。失敗しても、これまでと同
じにはなんないさ」

「うん! そだね!」

「うまく行った時より、失敗した時の方がいっぱい大事なこ
とを覚えられた。少なくとも、僕はそうだった」

「ふうん」

「いきなり全開には出来ないけどさ。いろいろトライしてみ
たらいいんちゃう?」

「なあんか」

不満そうに、母さんが口を挟んだ。

「うん?」

「親の出る幕がないけど」

「これからまだまだいっぱいあるって」

「そう?」

「僕が兄貴面出来るのは、あとちょっとだけさ。実生だけの
生き方が出来たら、もうあれこれ言えないよ。僕は親じゃな
いんだし」

にこにこしてた実生の顔が歪んで、いきなり泣き出した。

「ううー……」

「おいおい。これもトライのうちだぞー。もっとハートを鍛
えなきゃ」


           −=*=−


朝っぱらから微妙なやり取りがあって、僕のもやもやはもっ
とひどくなった。

でも、明日から学校なのに変なもやもやまで引っ張って行き
たくない。
頭を空っぽにしたくて、ちょろっとジョギングのつもりが、
がっつり長距離になっちゃった。もう、全身汗まみれ。

汗をぽたぽた道路に垂らしながら、よれよれになって帰宅。

「ぐえー、あづーい」

「まあ、がんばるわねえ」

「勉強ばっかであんま体動かしてなかったから、全身なまり
まくってるなー。近いうちに一回フォルサに行って、がっつ
り絞ってくるかな」

「そうね。受験本番に風邪引いてぶっ倒れてたら、しゃれに
ならないものね」

「縁起でもない! あ、シャワー浴びてくるわ」

「すぐ昼ごはんよー」

「うっす。腹減ったー。あ、実生は?」

「もうご飯食べて、リドルに行ったよ」

「ああ、午後シフトか。今日はバイト代もらってくるんだろ
なあ」

「初給料ね」

「僕もすっごいうれしかったからなあ」

「そうね。どんな顔で帰ってくるか、楽しみ」

実生よりも、母さんの方が楽しそう。うけけ。

初めてのバイトで緊張もあったと思うけど、しゃらやマス
ターがまじめにきちんとこなしたよって言ってたから、上出
来だろう。
将来何をするにしても、今回のバイトが貴重な経験になるは
ず。自立への第一歩ってとこだよな。



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