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三年生編 第84話(2) [小説]

「変な話だけどね。私には、田中って男の心がよーく分かる
の」

え……?
僕もびっくりしたけど、しゃらがものすごく意外そう。

「あの……どうして……ですか?」

「孤独が、私と田中に課せられた運命だったからよ」

伯母さんが、ゆっくり目をつぶった。

「それはね、自分が選んだ結果じゃない。神様に乗っけられ
てしまった望まない運命。私も……そしておそらくは田中
も、そう思っているはずよ」

絶対に群れないっていう一匹狼の田中っていう人。
暴力と孤立の中に自分を置いてきたのは……自分がそうした
いからじゃないわけ?

「ううーん……」

「世の中には、本当の人間嫌いもいっぱいいるわ。でも、彼
は違う。究極の人間嫌いは誰一人として自分の近くに寄せ付
けない。孤独だけが真に心を許せる友人なの」

「あ!!」

僕もしゃらも、声を出してしまった。

「そうでしょ?」

「そっか……」

「田中が弓削さんの母親に惚れ込んでいたのは……彼にとっ
て、その存在がどうしても必要だったから。自分以外の拠り
所がね」

「はい」

「それは、私もそうよ。万谷コンツェルンの総帥として、望
まない場所に祭り上げられてしまった私。みんな私を利用し
ようとするだけで、誰も私の心の底なんか見てくれない。そ
れは……猛烈な孤独と不信感を生む。そうしたら、私は愛情
を疑わなくて済む母に頼るしかなくなるの」

「……はい」

ひっそりと。しゃらが俯いた。

「その母を失った時点で、私はどうしようもない孤立感に苛
まされた。自分が誰からも必要とされない、ぼっちに……感
じたの」

そうか。
それで伯母さんは、なりふり構わずに自分につながってくれ
そうな縁をたぐったのか……。

「私は」

目を開けた伯母さんは、車の窓に映った自分の表情を確かめ
るようにして、ふわっと笑った。

「すごくついてたわ。恵利花さん、リック、メリッサ。血を
分けた弟妹たちが、父を受け入れてくれたから。もちろん、
みんな心情的には自堕落な父を許すことは出来ないでしょ。
それは私もそう。でも、それが」

伯母さんが、指でこつんと窓を叩く。

「父の底なしの孤独感から出た行動だったってこと。そこだ
け受け入れてもらえれば。私は、父と同じ無間地獄に堕ちな
くて済むの」

……うん。

「田中もそうだと思うよ。あいつは、自分が今までしでかし
てきたことを許してくれなんて絶対に言わないでしょ。でも
あいつの行動は、あくまでも佐保ちゃんを守るためのもの」

「そうか。じゃあ、田中って人が本当に孤立しちゃわないよ
うに、これからも弓削さんとのつながりを確保してあげない
とだめってことですね?」

「ふふ。さすがいつきくん。理解が早いね。そう」

でも伯母さんは、そこでさっと笑顔を消した。

「だけどね。実際にそうするのはすごく難しいよ」

こくん。
しゃらが頷く。

「弓削さんの気持ちが……田中っていう人をどう思ってるの
かが……分からないと」

「そう!」

ぴしっ!
伯母さんが、急き立てるように話を現実に戻す。




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三年生編 第84話(1) [小説]

8月20日(木曜日)

「……うう」

どうしても顔が強張る。

おとつい、光輪さんの赤ちゃんを見せてもらいに行った時は、
お祝いだから気分が高揚したんだ。
いろいろごちゃごちゃ考えることはあっても、最後は赤ちゃ
んのかわいい顔で全部ちゃらに出来た。

でも……今日はそういうわけには行かない。

僕にとってもしゃらにとっても、一度も顔を合わせたことの
ない殺人犯と面会するのは猛烈なストレスだった。

かんちゃんも殺人の罪を犯していたけど、かんちゃんの持っ
てる雰囲気は最初からすごく穏やかで優しかったんだ。
なぜこんな優しい人が罪を犯したんだろうって、信じられな
いくらいに。

だけど、田中っていう人は違う。
これまで何度も傷害事件を起こして収監されてる、札付きの
乱暴者。矢野さんみたいに、自分の感情をきちんと制御出来
る人ではないんだろう。
五条さんが突き放した言い方をしてたけど、粗暴で感情がさ
さくれ立っているらしい。

中学の時にしゃらをいじめ抜いていた乱暴者の双子。
そいつらは、力はあり余っていたけどガキでバカだった。
権力者の親の力をかさにきて、ただいばり散らしてただけ。
世の中の厳しさとか、責任とか、そんなの何も知らなかった
んだ。

田中っていう人は違う。
世の中のルールや決まり事に、全力で逆らい続けてきたんだ
ろう。
最後には力にものを言わせて切り抜ける……そういう生き方
をあえて選択してきた人。あの双子たちよりも、ずっとたち
が悪いんだ。

そういう、僕らが会ったことのないタイプの人とガチで話を
しないとならない。

中庭で谷口っていうヤクザとやり合った時は、僕らは傍観者
だった。ようこが中に入ってくれたから。
でも……今度は僕自身が相手をしないとならない。

しかも。
僕らは、田中っていう人と対決しちゃいけないんだ。

僕らの役目はあくまでもメッセンジャー。
弓削さんの現状とケアの状況を伝え、田中っていう人を安心
させる。それが面会の目的なんだ。

びびっても、怒ってもだめ。
冷静に、事実だけを伝えること。

「……」

そんなことが僕に出来るんだろうか?
分からない。自分でもこうなるっていうイメージがつかめな
い。

制服をきっちり着込んだ僕は、朝っぱらからがっちがちに緊
張していた。

こんなのは……初めてだ。

「いっちゃーん、車が来たよー?」

ううう。行きたくないよう。
でも、行かなきゃ。

ぱんぱん! 

自分の机の前で柏手を打って、いるかどうか分からない神様
にお願いする。

「なんとか……今日一日うまくこなせますように」


           −=*=−


移動の車の中。僕もしゃらも、一言も口を利かなかった。
いや……何もしゃべれなかった。

僕でさえばりっばりに緊張しているんだから、しゃらの緊張
は極限に近かったと思う。
顔は真っ青。体はこわばってかちこち。小刻みに震えて、膝
が揺れてる。……着いた時に歩けるんだろうか?

落ち着いてるのは伯母さんだけだ。

「なんだなんだ、二人とも修羅場をいっぱいくぐってきたの
に、肝っ玉が小さいわねえ」

ううう、伯母さんと一緒にせんといてくださーい。

「伯母さーん、僕らはもともと小市民なんですぅ」

「あははっ」

伯母さんの乾いた笑い声。

「まあ、気持ちは分かるけどね。でも今日は、いつきくんが
心配してるみたいな殺伐とした雰囲気にはならないよ。それ
だけは保証する」

「ええー?」

信じられないけど……。
僕が不安げに首を傾げたのを見て、伯母さんがすうっと視線
を外に向けた。





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