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三年生編 第84話(9) [小説]

僕もしゃらも伯母さんも、そのあとずっと黙ったままだった。
田中さんから教わったお寺に着くまでの一時間は、淡々と過
ぎた。

青い稲の葉っぱがそよぐ田んぼの間をすいすいと走り抜けた
車は、山裾に生い茂る緑の中に潜り込んでいって。
すぐに止まった。

「お。着いたかな?」

「ナビでは、ここということになっていますね」

白髪の運転手さんが、伯母さんと一緒になって周囲を見回し
た。

「ああ、あれかな」

伯母さんが指差したところには、設楽寺とどっこいどっこい
の小さくて古いお寺が。

ドアを自分で開けて車から降りた伯母さんが、気持ち良さそ
うに深呼吸した。

「ふう……こりゃあ、いい場所にあるなあ。母の遺骨を、こ
こにも分納しようかしら」

おいおい。

でも、伯母さんがそう言いたくなる気持ちもよく分かった。

お寺自体は地味で小さいんだけど、境内の木々はすっごい立
派。一本一本に個性と歴史があるっていう感じ。
時間と日差しをもりもり食べて大きくなったって、そんな印
象だった。

モヒカン山のてっぺんや設楽寺のあたりは、木々があるって
言っても雑木と造林地ばっかで、こういうでっかい木がもり
もり生えてるって感じじゃないもんな。

空気にも、街の匂いが全く混じってない。
純粋に、木々が吸って吐いてる清々しい呼気の中にいる。
うーん……お参りに来て、森林浴することになるとは思わな
かったなあ。

さっきの拘置所での閉塞感とはまるっきり逆。
何かから解放されたような気分で、僕らはしばらく深呼吸を
繰り返した。

「さあ、行きましょうか」

「はい」

運転手さんには車で待っててもらって、三人でゆっくりお寺
に向かった。
本堂の横に小さな平屋の家があって、それが住職さんの家ら
しい。

伯母さんが、ちゅうちょしないで呼び鈴を押した。

「ほいほい。ちょい待ってな」

拍子抜けするくらいに明るくて軽い声がして、カラフルなT
シャツ短パン姿のおじいさんが、ひょいと出てきた。

うわ……。
光輪さんとも重光さんともタイプが違う。
なんつーか……雰囲気がとってもライト。
ファンキーな感じのおじいさんで、お坊さんていうイメージ
じゃないなー。光輪さん以上に型破りかもしれない。

しゃらもあっけに取られてる。
でも……なんか、ほっとする。

「みーちゃんのお参りに来た言うとったな」

みーちゃん、かあ。
愛称で呼んでるってことは、住職さんが弓削さんのお母さん
を知ってるってことなんだろう。

「はい」

「今本堂を開けるから、ちょと待っとってな」

さっと引っ込んだ住職さんが、袈裟に着替えて、鍵束を持っ
て出てきた。

「ほな、本堂に上がって待っとって。お骨と位牌を持ってく
るから」

僕らは、案内された小さなお堂の仏像の前でしばらく待たさ
れた。

「よっこらしょ」

住職さんの声がして。
白い布で包まれた遺骨の箱と小さな位牌が僕らの前に並べら
れた。

「ほな、お経を唱えますんで、黙祷をお願いしますー」

本当に、もったいぶるってことがないさっぱりした住職さん
だった。

十五分くらいの読経の時間が終わったら、遺骨と位牌に黙礼
した住職さんが、くるっと僕らの方を向いた。

「今日は遠いところをご苦労さん。みーちゃんの縁続きの人
かい?」

「いいえ。田中さんの代わりに……」

僕がそう言ったら、住職さんが苦笑いした。

「なんだ、耕ちゃんの方か。耕ちゃんここに来れんのは、ま
た何かやらかしたってこったな」

住職さんには全部お見通しらしい。
顔を見合わせた僕らは、住職さんと同じように苦笑いするし
かなかった。

住職さんは、立ち上がってふすまを全部開け放った。
漂っていたお線香の匂いが吹き払われて、清々しい森の空気
に入れ替わった。

縁側に立ったまま外の緑濃い景色を見回していた住職さん
が、ぽつりと漏らした。

「結局、みーちゃんの最期看取ったのもその後のことも、
手ぇ尽くしたのは耕ちゃんだ。ほんなら、みーちゃんももっ
と早く身ぃ預ければ良かったんに」

……。

「まあ、男女の仲ってぇのは、なかなかうまく行かんね」

「あの。ご住職さんは、弓削さんや田中さんをよくご存知な
んですか?」

聞いてみる。

「二人ともここの出だからね」

住職さんが、ゆっくり目を細める。

「若い頃は、町に行けばなんでもあると思ったんだろさ。そ
んなの、どこに行ったってあるもんは同じだよ」

「あはは……」

笑うしかない。

「なんでも、やってみんことには分からんからなあ。しょう
がない」



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