SSブログ

三年生編 第85話(2) [小説]

来知大は、田貫市の隣町にある。
田貫市自体が線路沿いに発達したびろーんと長い町だから、
隣町って言っても遠いとは限らない。

駅前から来知大行きのバスが出ていて、三十分もかからない
で着いちゃうみたい。
市内でも乗り継ぎが必要な学校があるから、来知大はアクセ
スしやすい方なんだよね。

僕らの他にも見に行こうっていう子がいるかもしれないなー
と思って乗り場を見回したら、やっぱり。
ぽんいちの制服を着た生徒が何人かいる。
他の学校の制服もちらほら見えるから、関心を持ってる子が
結構いるってことなんだろう。

奥村さんも、ほっとしてるだろうな。

バスに乗り込んですぐ。
隣に座ったしゃらがダイレクトに突っ込んできた。

「ねえ、いっき」

「うん?」

「なんで、実生ちゃん、来なかったの?」

「ははは。そうだよなー。こういうお祭り空気大好きのあい
つなら、必ず興味津々で突っ込んで来るはず」

「うん。珍しいなあと思って」

「決まってる。試験でこけたんだろ」

「あだだ……」

しゃらが頭を抱えた。

「まあ、ついてないっていう面もあるけどさ」

「ついてない?」

「そう。今年は、新入生のレベルが異様に高いんだ。そして、
学校がその子たちを基準にしようとして、いつも以上にハー
ドルを上げようとしてる」

「……」

「期末試験のレベルが、実生の想定を超えてたんだと思うよ」

「う……わ」

「夏休み前の追試。それを一発でクリア出来ればよかったん
だけど、どじったんだろ」

「よくアルバイトに跳ねなかったね」

「担任があのずぼらな早稲田先生でしょ? 細かいとこなん
か、いちいち見ないよ」

どてっ!
しゃらがぶっこけた。

「てか、やる気がなくて成績悪いなら、あんたは努力してな
いからダメって言うかもしれないけどさ。実生は文系科目は
一発全クリしてるんだ。こけたのは数学だけ」

「そっかあ」

「そこをハードル上げられると、どうにもなんないよ。早稲
田先生は、目ぇつぶってくれたんでしょ」

「でも、次のがアウトだと……」

「そう。部活に出られなくなる。今、あいつにはクラスより
もプロジェクトの方の友達が多いんだよ。部活を取り上げら
れたら死活問題さ」

「うわ」

「実生だけじゃない。うちのプロジェクトでも、何人かは必
死に追い込んでるはずだよ」

「厳しいね」

「何もそこまでっていう気はするけど」

「うん」

「でもさ。今までのゆるいぽんいちに戻ることは、もうない
と思うな。それなら、新しいぽんいちを創っちゃえばいいよ
ね。先生たちが、じゃなく、僕らがね」

しゃらが胸を張って、にこっと笑った。

「そだね!」


nice!(52)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

三年生編 第85話(1) [小説]

8月22日(土曜日)

緊張しまくった田中さんとの面会が影響して、僕のペースを
取り戻すまで丸一日かかった。

僕としてはすぐ受験生モードに戻りたかったんだけど、家に
帰るなり母さんから根掘り葉掘り探りが入ったし、五条さん
や森本先生からもがんがん電話が来たし……。

僕以上に緊張と気疲れがひどかったはずのしゃらの負担を増
やしたくなかったから、僕が何をどこまでオープンに出来る
か慎重に調整しながらずっと説明することに。

面会に行ってる時以上に、どっと疲れたわ。

五条さんには、弓削さんが絡んだいろいろな事件の幕引きを
任せないとならないから、円乗寺の住職さんから伺った昔の
ことを中心にしっかりと話をした。

弓削さんのお母さんと田中さんが、どちらも同じ村の出身者
であるってことは、縁者からも情報をもらえるってこと。
もっとも……弓削さんのお母さんも田中さんは、そろって親
兄弟や親戚から縁を切られているらしくて、情報なんか何も
出てこない可能性もあるけど。

でも僕らが聞くのと警察が動くのとではわけが違う。
だから、情報としては伝えておいた方がいいよね。

森本先生への情報提供は、伯母さんが苦慮してる佐保さんの
次のケア計画策定に役立ててもらうためだ。
森本先生は、プロとして情報の必要部分だけを抽出して使う
と思う。だから、森本先生が欲しいと言った部分は隠さずに
全部伝えた。

一番厄介だったのは、母さんのツッコミだった。

そりゃあ、札付き犯罪者に僕らが関わるってことを心配する
のはよーく分かるよ。実生のこともあるんだしさ。
でも母さんが厄介なのは、単なる野次馬的興味と心配ゆえの
探りの区別がまるっきり付かないってこと。

これまでも、僕としゃらのプライベートをべらべら会長や伯
母さんに垂れ流してきてるからね。
うちは、これまでは徹底的に隠し事なしのオープンスタイル
だったから、母さんが知らない僕らのヒミツがあるっていう
のが気持ち悪いのは分かる。

秘密なし。それが母さんなりの一貫したポリシーだし、ねた
ばらしが全部だめって言うつもりはないけどさ。

でも自分たちのこと以外のプライベートについては、その主
が誰であっても慎重に扱って欲しい。
何がどこでどんな風に漏れるか分からないし、それが佐保さ
んのケアに跳ねたらしゃれにならない。
母さんがちゃんと責任取れるんならいいけどさ。

申し訳ないけど。僕は最初にずっぷり釘を刺した。

「母さん、僕から何か聞き出そうとするのは構わないけど、
それを漏らして誰かの恨みを買っても……どっかでぶっすり
刺されても、それには一切責任持たないからね」

僕がおちゃらけではなくマジ顔でそう警告したことで、少し
はヤバいと思ってくれたんだろうか。
根ほり葉ほりのしつこさは、これまでよりは控えめだったか
もしれない。

それにしたって、家に帰ってまで何を言うか選びながら過ご
すっていうのは、本当にしんどかった。

一日経って。やっと、そういうのから解放されて。
僕は、心の底からほっとしてる。

「はああ……やれやれだよなあ」

そして今日は、気分転換にぴったりのイベントが入ってる。
そう、前に奥村さんから誘われた来知大のオープンキャンパ
ス。それに、しゃらと二人で行くことにしたんだ。

来知大は僕らの志望校ではないけどさ。
だからこそ、大学ってどんなとこかなーっていう探りが気楽
に入れられるよね。

僕が受験予定の県立大は、オープンキャンパスが九月下旬。
そして、所在地が田貫市の近くじゃないから、しゃらと二人
で行くのはタイミング的にちとしんどい。
しゃらが目指してるアガチス短大のオープンキャンパスは八
月末なんだけど、男は入場出来ない。

先々、僕としゃらの進路が割れる予兆が、もうくっきり見え
てるみたいだ。

それなら、片桐先輩と準規さんとこみたいに二人で過ごす
キャンパスライフってのを、ほんの少しだけでもいいから味
わいたい。

まあ、そんなことをちらっと考えて、見学の予定を組んだん
だよね。

自分の志望校じゃないから、どうしてもお祭り気分、冷やか
し気分になっちゃうけど、ここんとこ重い展開が多かったか
らしっかり気晴らししてこよう。

「いっちゃあん!」

「ほーい!」

「御園さん来たよー」

「今降りるー」

残念なのは、場所が遠いから私服で行けないってことだよね。
それはしゃあない。

僕は制服の乱れがないかをもう一度確かめて、リビングに降
りた。

「うーす!」

「おはー! 楽しみだー」

「んだ。大学祭でないって言ってもお祭り要素はあるし、
しっかり楽しんでこようよ」

「うふふ」

「ああ、いっちゃん」

「なに?」

「先々、実生の進学先になるかもしれないから、ただ遊ぶだ
けじゃなくて、しっかり雰囲気とか見てきてね」

「うーい」

ちぇー。母さんも、余計な荷物を持たせるんだからあ。
まあ、しゃあないか。

「あれ? そういや実生は?」

「珍しく勉強してるけど」

ぴん!

「そっか……じゃあ、言ってくるわ」

「気をつけてね」

「行ってきまーす」





共通テーマ:趣味・カルチャー