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三年生編 第85話(4) [小説]

終点の来知大前でバスを降りて、正門のあたりを見回す。
小さな円形の花壇スペースに、かなりボリュームのある葉が
茂ってて、その間から出ている花茎に大きな白い花がいくつ
も咲いていた。

「ジンジャーリリー、か」

花自体はとてもユニークなんだけど、どこかはかなげで、花
の色が白ってこともあって訪れた僕らにあまりアピールしな
い。
その花が大学の地味なカラーをそのまま表してるように見え
て、ちょっと残念な感じがした。

中庭のデザインを決める時も、配色はこれまで何度も議題に
なってるんだよね。特に白。
白の使い方は難しいよねーって。

学内の雰囲気はどうかな?
パンフレットで見てるけど、写真と実物とでは印象が変わる
ことがあるから。

「ふうん……」

「へえー」

僕もしゃらも、最初想像していた雰囲気とだいぶ違うことに
とまどった。

オープンキャンパスって、学祭ではないにしても少しくらい
はお祭り的な要素があるのかなあと思ったけど。
ものっそ地味だー。

正門入ってすぐに受付があって、そこでオープンキャンパス
用のパンフレットと胸につけるリボンをもらう。
大学の新学期開始は九月に入ってかららしいけど、今日は公
開講座が行われてて、学生にはそれへの出席義務があるみた
い。

高校みたいに制服があるわけじゃないから、開放的で華やい
だ雰囲気はあるけど、軽薄とかちゃらいって感じは薄い。
カリキュラムが結構きついって言ってたから、そういうのも
影響してるのかも。
フォルサで騒いでたやつらは、ここの標準から外れてたって
ことなんだろな……。

見学に来たのはいいけど、さてどうしたもんかなあと思って、
建物の入り口付近で人の流れを見ていたら、中から出て来た
年配のおじさんに声をかけられた。

「工藤さん、今日は本学にお出でくださってありがとうござ
います」

わ! 奥村さんだ!

「奥村さん、今日はお世話になりますー。結構いっぱい来て
ますねー」

奥村さんは、にこにこ顔だ。

「入り口の受付係員に動向を聞いたんですが、田貫一高の生
徒さんにも例年以上にたくさん来て頂いてます。ご協力本当
にありがとうございます」

「あはは」

僕が配ったパンフくらいじゃ、あんまり効き目はなかったと
思うけど。
それよか、みんなの進学への関心が上がったってことじゃな
いかなあ。

「僕らみたいな受験生の反応はいかがですか?」

「そうですね。今のところ、卒業後の就職率がいいこと、各
種助成制度が充実していることを評価してもらえているよう
です。来年は、本年度よりも少し競争倍率が上がりそうです」

う……競争倍率かあ。

「それでも、ネームバリューのある大学に比べればまだまだ
ですよ」

行き交う高校生を目で追っていた奥村さんは、少し自虐が混
じった声で、そう言った。

「工藤さん、そちらのお嬢さんは?」

おっと。

「クラスメートです」

しゃらがぷうっと膨れた。
本当は、恋人だと紹介して欲しかったんだろう。

ばかたれ! いきなりそんなこっ恥ずかしいこと言えっか
よ。まあ勘のいい奥村さんのことだから、すぐにばれると思
うけどさ。ほら、もうにやにやしてるし。

予想通り、すぐに突っ込まれた。

「お付き合いされているんですか?」

「ええ。高校入学からですから、結構長いですね」

「ほう!」

さっきまでにやにやしていた奥村さんの顔から、さっと笑み
が消えた。

「珍しいですね」

「え? そうなんですか?」

一瞬口を閉じた奥村さんが、僕らを見比べながら薄笑いを浮
かべた。

「中高生の恋愛は、基本的にレッスン。私どもは、そう考え
ています」

「レッスン……ですか」

「はい。大学でも、まだその色が濃いと思っています」

「あの、どうしてですか?」

しゃらが、少し不満そうに口を突っ込んだ。

「恋愛の先がないからです」

「え?」

しゃらだけでなくて、僕もぽけらってしまう。

「好きという感情だけなら、その相手が音や映像の時と何も
変わりません。それは単なる嗜好。好みの問題です」

げ……。

「感じ取るだけの恋愛は、しょせん練習にしかなりませんよ。
感情以外の何も生みませんから」

うわ、きっつー。

「相手のことが好きなら、その先にどうするか。恋愛の本当
の価値が出てくるのは、そこからだと思いますよ」

「あ、そうか。学生のうちだとそこが……」

「ないでしょう?」

言葉は厳しいけれど、奥村さんの表情はとても柔和だった。




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三年生編 第85話(3) [小説]

「どうせ、親や先生がお膳立てしてくれる期間なんか少しし
かないんだ。自分に言い訳して、何も出来ないってぶつくさ
文句言ってたら、その先きっと何も出来ないよ。そんなの、
僕はやだな」

「うん。わたしもやだ」

窓の外に目を向けたしゃらが、突然おとついのことを口に出
した。

「伯母さまの前で口にしたこと」

「うん?」

「気持ちを切り替えたいって」

「ああ、この前の」

「そう。あれね、本当にそう思うんだ」

「うん」

「高校に入ってからのわたしには、いいことしかなかった。
だから、もう後ろは見たくない」

「だよな」

「でもね、嫌なことばっかだったから今前を見てるって言い
方もしたくないんだよね。それって、お兄ちゃんの言い訳と
同じだもん」

「そうか……」

「だから、どっかですぱっと切り替えたい。家とお店が新し
くなるのは、本当にいいきっかけかもしれない」

「うん。しゃらにとってだけでなく、ご両親やかんちゃんに
とってもそうだろなー」

「うん!」

僕だけじゃなくて、しゃらも同じように考えてたってことか。

中学までのいじめのこと。
僕やしゃらについた心の傷は……たぶんこれからもどこかに
残り続けると思う。
上にかさぶたが乗っかってるから、人からだけじゃなく、自
分でも傷が見えなくなるだろうけど。

でも、傷がなくなったわけじゃない。

田中さんと話をした時にも。
僕やしゃらが受けたいじめの話は、なんの抵抗もなくさらっ
と口から出てきてしまう。

僕の中の、そしてしゃらの中の傷は、今でもくっきりと残っ
ている。
身体と心が丈夫になって、傷の痛みに慣れただけなんだ。

「……」

でも。傷を負っているのは、僕やしゃらだけじゃない。
誰もが心に傷を負っている。例外なく、誰もが。

それなら、自分の傷をみんなに見せて、だから配慮してくだ
さいっていうやり方はほとんど意味がない。
だって、立場はみんな同じなんだから。

傷が古くなればなるほど、傷をアピールすることが自分の情
けなさや覇気のなさだけをあぶり出すようになる。
それが……まさに今のしゃらのお兄さんの姿だ。

情けないってだけじゃない。
自分の傷ばっか見ていると、人の傷に気付かなくなるんだ。
ぱっくり裂けた傷口からだらだら生血を流している人が目の
前にいるのに、もうほとんど塞がって見えなくなった自分の
古傷をなでていたら。

……もう、僕らは被害者じゃない。
加害者になってしまうんだよね。

昔の暗黒時代を忘れることはない。
いや、忘れることは出来ない。
でも、そこに自分を縛り付ける生き方は……もうしたくない。

僕もしゃらも、まず、今を。それから、少し先の未来を。
しっかりとこなしていかないとならない。

後ろから追っかけて来るものは、もうない。
本当の困難は、これから。前から、未来から来るんだ。
だって、高校という防波堤はあと少しでなくなってしまうか
ら。



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