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三年生編 第71話(4) [小説]

高橋先生は、そういう僕の表情をじっと見ていたけど。
さらっと言い足した。

「時間がもったいない。意識を受験対策以外に使っちゃだめ
だよ。君が落ち込んだり悩んだりしている間に、他の子は努
力してその時間をテクニックの習得に使う。君は、どんどん
地盤沈下していくんだよ? そんなの、嫌だろ?」

「……はい」

「それなら、さっさと割り切った方がいい。こだわるのは大
学に入ってからでも出来る。てか、そっちの方がよっぽどこ
だわれるよ」

「うう」

「僕のアドバイスは以上。あとは、進学担当のカウンセラー
さんと膝詰めで話し合って」

「はい。ありがとうございます」

「がんばってね」

僕の肩をばしんと叩いて、高橋先生がさっと談話室を出た。
ずいぶん長いこと話してたように思ったけど、十分か十五分
か、そのくらいしか経ってない。

「はあ……」

だめだわ。効率が悪過ぎる。
事前のリサーチは甘々だし、カリキュラムが物足りないって
文句言う暇があったら、受験校の絞り込みをもっと真剣に
やっとけよっていうことだよね。

一番肝心な自分自身のことを後回しにしてどうすんだよ。
情けなくなる。

でも、高橋先生のさっきの指摘には無駄がなかった。
反省をしても意味がない。効率化が必要なら、どうするかを
さっさと決めろ。そのためには、まず甘ったるい基本姿勢を
叩き直せ、なんだ。

『何をするか』で目標を決めるんじゃなく、そこに僕の学力
で手が届くか、そういう観点で高い目標を掲げる。
それが決まったら、よそ見しない。集中する。余計なことを
考えない。それって、受験生の基本中の基本やん。

僕は、そこがぐだぐだのままだったってこと。
高橋先生に、基本が全然出来てないって言われるのは当然だ。

「ふう……」

あのしっかりした外山先輩が、浪人生活で地盤沈下したわけ。
それが、じわっと見えてきた。
きっと、僕も全く同じ図式なんだろう。

自分で精一杯やってますっていうレベルが、他の子に比べる
と全然足りてない。かけている時間に見合った成果が上がっ
てない。

それは誰のせいでもない。僕自身の甘さ、緩さ、努力不足の
せいだ。
でも、それにどうしても納得出来ない自分がいて、原因を外
に求めようとする。

だって高校が緩いんだし。
だってもともと僕には無理なところだし。
だっていろいろ制約があるし。
だってだってだってだってだって……。

自分では絶対に認めたくない『だって』の羅列が、いつの間
にか僕のやる気を削いでいく。

全てをギターに注ぎ込んで、目標をぴくりとも動かさなかっ
た岡辺先輩とは、そこが徹底的に違ったんだ。

目標のあるなしが問題なんじゃない。そこへ到達しようとし
て注ぎ込む鉄のような意思があるかどうか。
それだけだ。

はあ……。

僕は、今日はもう切り上げることにした。
一度止まってしまったエンジンをすぐ再始動させるには。

……ダメージがでか過ぎた。



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三年生編 第71話(3) [小説]

「少しでもステータスの高い大学に行きたい。それは、そこ
でならもっと高尚なことを学べるなんて、ご立派なものじゃ
ないよ。ただの金バッジさ」

うわ。

「でもね、そのバッジを胸に付けることで周囲の視線が変わ
る。素晴らしい大学に行かれてるんですね、か。その大学ど
こにあるんですか? ……か」

「げ」

「当然、君が進学した先で出会う学友、先生、授業内容にも
それが全て反映される」

そういや、前に武田さんがそれを匂わせてたな。

「それは子供っぽい見栄とは違うよ。努力して、その大学に
入学出来たから得られるご褒美なんだ。それがたかだかバッ
ジくらいの意味しかなくてもね」

高橋先生が、ぐうっと身を乗り出してくる。

「進学校はね。そういう意識の持たせ方が早くから徹底して
いるの。なぜどうしては、大学入ってから考えても全然かま
わない。でも、どこに入りたいかだけは、早くから考えなさ
いってね」

「なんか……ちょっと思ってたのと」

「でしょ? そこが、偏差値の差になっちゃうんだよ」

高橋先生が、拳で机をこんと叩いた。

「君が仮留めしてるみたいに、現時点で目標が固まってなく
ても一向に構わない。どうせ本番で仮は取れるんだし」

「はい」

「でもね。そこにしか行けなかったじゃ、仮の意味はないん
だ」

ぐ……う。

「もうちょっとがんばっていれば、自分がそこにいることに
後悔を残さないで済んだなあ。そう考えちゃうようだと、
行った先で過ごす時間がまるまる無駄になる」

き、きっつう。

「逆に言えば。どこだっていいじゃん、そんなもの。行った
先で楽しめればそれでいいのさ。アホばっか? いいよ。自
分がアホでなければ。って、そこまですっぱり割り切れれば
僕は何も言わない」

「はい」

「でも、少なくとも今の君からはそういう割り切りの姿勢が
見えないの。ものすごーく上昇志向がある。それなのに、そ
の資質を使うターゲットがない。それって奇妙っていうだけ
じゃないよ。非効率もいいとこなんだ」

自分の中に言葉に出来ずにずっと溜まっていたもやもや。
不完全燃焼の原因。
高橋先生は、それを容赦なく指摘していく。

冷や汗が……出る。

「つまりね。君は『今すべきこと』にだけものすごーくこだ
わっていて、自分の現状に物足りなさを感じてる。それは僕
のような立場の人間から見て、なんだかなあなの。そんなに
こだわるなら、仮でもなんでもいいからもっと高いところに
目標定めてがりがりやんなよって思っちゃう」

もう何も言えない。その通りだもん。

意気消沈しちゃった僕に配慮するでもなく、高橋先生は事務
的にささっと話を進めた。

「でね。僕からのアドバイスね」

「……はい」

「県立大生物は現時点でほぼ安全圏。だから、君にもっとや
る気があるなら、そこに目標を置かない。意味ないよ」

頷かざるをえない。

「偏差値で60から63くらいのところに、いくつか生物系
の優秀な大学がある。君の自宅から近いところでも農工大、
東理大、えとせとら」

「はい」

「その中から受験科目は県立大とそれほど違わないところを
選んで、仮目標にしたらいい」

そうか。

「安全策を取るなとは言わないよ。それぞれにいろいろ事情
があるからね。でも合格を確実にするなら、本番で目減りす
る分は最初に多めに見込んでおかないと、焦りで自滅する。
それが嫌だから、夏期講習受けに来たんでしょ?」

「はい」

「もう一度、受験に対する心構えを根本から作り直して。そ
うじゃないと、君のがんばった分が全部無駄になるよ?」

ぐうの音も出なかった。
これまで瞬ちゃんやえびちゃんが、まだ時間があるからって
スルーしてくれてた部分を、高橋先生は見逃してくれなかっ
た。そんなの論外だって。

どういう選択であっても、僕がそれを決めることに高校の先
生たちは余計な口出しは出来ない。だって、僕の進路に責任
取れないもん。
だから瞬ちゃんやえびちゃんのアドバイスは、緩いんじゃな
くて突き放しだったんだ。

自分でしっかり考えてるみたいだから、自分で方針決めて後
悔のないようにやんなさい。そういう激励だけ。

でも。

それじゃあ、僕がそれに見合った分だけ努力してたかって言
われると……。
勉強時間は確保してた。でも、効率はうんと悪かったし、そ
れを解消しないとって自分で分かってたのに、対策が全然出
来てない。なんとかしなきゃっていう焦りだけ。

自分の甘さをこれでもかとえぐり出されて、ずっしり落ち込
んでしまった……。



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三年生編 第71話(2) [小説]

初日の四コマの講習をこなした僕は、今いち気合いが入らな
いまま、予備校の自習室に向かった。
今、合宿所に帰っても部屋の中は蒸し風呂で勉強どころじゃ
ないだろうし。

重光さんが遅くなる時は云々って言ってたのは、そういうこ
とだったのか……。
講習受けに来た足で夜遊びするバカはそうそういないと思う
けど、あの猛暑の部屋で過ごせる時間帯になるまでは、こっ
ちで勉強するしかないってこと。

それなら、その限られた時間を有意義に使わないと……。

予備校の館内を案内板を見ながらうろうろしていたら、講習
が終わったのか教室から昨日声を掛けてくれた高橋先生が出
てきて鉢合わせした。

「お……っと。ああ、君か。今日は講習終わった?」

「終わりました。自習室でちょっと作戦を立て直します」

「は? 作戦?」

腰に手を当てた先生に、まじまじと見られる。

「ちょっと……イタい思い違いをしてまして」

「レベルが合わない?」

何も言っていないのに、一発で見破られた。
それだけ、僕の顔に不満がくっきり浮かんでいたってことな
んだろう。

「はい。もう少しぎっちりやるのかと思ってたので……」

「一般コースじゃ無理だよ。それは君のリサーチ不足だ」

ばっさり。ううー。めげる。

「まあ、いいや。帰るまでにまだ時間があるんだろ?」

「はい」

「じゃあ、今のうちにそのあたりのことを詰めておこうか」

「あの……いいんですか?」

「構わないよ。僕はここの講師だから、講義だけじゃなくて、
指導も査定される。スポンサーにきちんと評価してもらわな
いと、評判下げちゃうからね」

「すっごく助かりますー」

「じゃあ、談話室でやろう。ついてきて」

「はい!」

きびきびと、高橋先生が僕を先導する。
無駄なく、そつなく、とってもシャープ。すごいなあ……。


           −=*=−


談話室のブースの一つに対面で着席するなり、高橋先生から
怒涛のような質問を浴びせ掛けられた。

現時点での志望校、学校での定期試験の成績、これまでの模
試の得点経過、教科別の得意不得意、これまでの勉強法、自
分で点を稼げる稼げないと思っている教科、それへの対処。

先生は、僕にゆっくり考える暇を与えてくれない。
質問に、即答を求められる。

「ふむ」

ぜいぜいぜい……。
膨大な質問に答えているだけで、息が切れちゃったよ。

「ええと。田貫第一高校だったよね?」

「はい」

高校一覧みたいのをチェックした高橋先生が、眉をひそめた。

「偏差値で47か……」

う……。

「厳しいなあ」

「厳しい……ですか?」

「そう。君のようなタイプが出やすい高校。生徒の自主性に
任せてのびのびはいいけど、もともとない自主性を当てにし
て進学指導を怠けてる。僕にはそう見える」

き……厳しい。たぶん、その通りっす。

「去年から校長が変わって、授業のテコ入れを始めたんです
けど」

「そうだろうね。郡部にあるのんびりした小人数の高校って
いうわけじゃない。歴史のある伝統校なら、県教委から必ず
ガチが入るでしょ」

さらっと。

「まあ、高校の体制はどうでもいいんだ。問題は、意識。君
自身が自分の目標をどう設定するか、その意識」

「はい」

「昨日も言ったけど、受験自体はある意味ゲームに近い。そ
のゲームに勝ち抜くテクだけ鍛えりゃいい。問題は、どんな
ゲームにトライするかなの」

むー。

「仮止めが県立大生物なら、君の現時点の地力から見て講習
で使う時間は自分のリフレッシュで使った方がいい。わざわ
ざ貴重な高校生活を、教室缶詰めで浪費するのは馬鹿らしい
よ」

う、うわ……そこまで……言う?

「でも、君が今の講習を物足りなく思っているってことは、
君の意識はもっと高いところにあるってことなの」

「はい」

「偏差値で言えば62、3くらいのところが、お宝ゲットの
ラインなんだ」

「僕の今のレベルは、どこらへんですか?」

「60ちょっと切れるくらいかな」

なるほど。

「だけど、こればかりは数字じゃ決まらないよ。昨日も言っ
たけど、その高いところを目指す『理由』がどうしても要る
んだよね」

「はい」

「そして、その理由は俗物的なもので全然構わないの。そこ
を君が割り切れるかどうかだなあ」

ゾクブツテキ……か。



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三年生編 第71話(1) [小説]

7月27日(月曜日)

夏期講習会場の予備校。
その大講堂で、僕は何度もでかいあくびを噛み潰していた。

開講式って言っても、簡単な挨拶と講師の先生たちの紹介だ
けで短時間だから、高校の朝礼みたいな緊張感はない。
その分、どうしても気が緩む。ねーむーいー……。

半分閉じかけた僕の視界に、予備校の塾長さんのきびきびし
た姿が入り込んできて、慌てて目をこじ開ける。

「おはようございます!」

塾長さんが、大講堂に集まった受験生に向かってがっつり気
合いを入れた。

「これから、コース別に夏期講習が始まります。私たちは、
出来るだけ君たちの夢が叶うように応援したい。でも、私た
ちには応援しか出来ません。私たちが、君たちの代わりに受
験するわけにはいかないんです」

「限られた時間を無駄にしないで、フルに使い切ってくださ
い。受講生のみなさんは、勉強だけでなく、進路に関する相
談でも私たちを使ってくださいね。それは、ちゃんと受講料
に含まれています。自習室の利用も大いに推奨します」

「有意義な講習にしてくださることを、講師陣一同心から祈っ
ています。みなさん、がんばりましょう!」

「うーっす!」

今いち気合いの入らない反応ではあったけど、僕らは声を上
げてそれに応えた。

それにしても……眠い。

やっぱり急に環境が変わったこと、人の気配がないこと、そ
して暑かったことで、熟睡出来なかった。
しかも五時起きでしょ?

顔洗ったら、すぐに掃除、洗濯、読経。
いいとか悪いとか言ってられない。
麦茶でパンを流し込むみたいに食べたら、すぐに出発の時間
だ。五時起きでも遅いくらいかもしれない。

それでも、初日からぐだぐだじゃ二週間保たないから、自分
では気合い充分で出陣したつもりだった。

だった……けど。

講習を受ける教室に移動し、コース別の講習が始まってすぐ。
僕はコース選択が大失敗だったことを悟った。

「しまったあ……」

そう。
講習が最初から全開でがりがり寸分の隙もなく進められてい
くのなら、がっつり気合いが入ったんだろう。
でも一般履修のコースは、教科別に分かれてはいても、大学
や学部に特化したコースよりずっと緩かったんだ。

もちろん分量的にこんなの楽勝っていうわけじゃないけど、
進行が妙に淡々としている。
過去問さらって、ポイント指摘して、テキストのここは抑え
といてという範囲を示して……。
あっさりさらっと終わっちゃう。

めりはりがないから、講習の一時間半が妙に間延びしてるよ
うに感じてしまう。

「ううー」

春期講習を受け持ってくれた中小のS社の講義の方が、よほ
ど緊張感と集中力を要求していた。
大手だから優れているってことじゃなかったのか……。

受講者が多いから、その平均値を底上げするっていうところ
にポイントを置いているんだろう。
教えている内容が低レベルってことはないんだけど、教室に
漂っている空気にまるっきり重厚感がない。

受講者の姿勢もいろいろ。
すごく集中してる子もいるけど、最初から寝てる子もいる。
講師の先生は講義に集中してて、受講態度には一切タッチし
ない。
講師と受講生、受講生同士。その間に一体感と緊張感が連
なってなくて、ばらばら……だ。

何日か講習が続いてて、徐々にダレてくるなら分かるけど、
最初からこれじゃあ……。

ううー、参った。

教え方がぐさぐさなわけじゃないから、講師さんや予備校に
文句を言うわけにはいかない。
講習じゃ物足りないと思った部分は、自力でがんばって詰め
込むしかないってことだ。

「くそっ!」

目標の設定があやふやだと、こういうところにハネちゃうん
だ。大失敗。ばかったれっ!!
いつまでもふわふわと意識が固まらない自分を、思い切りぶ
ん殴りたくなった。

仕方ない。
今からコース変更するわけにはいかないから、自習をぐんと
厚くして、あとは講師さんとのカウンセリングにぎっちり
突っ込むしかないね。

「最初っからこれか。くっそー!」



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