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三年生編 第71話(6) [小説]


講話室に呼び出された僕らは、ぎっちり腕組みしてる重光さ
んの前で正座させられていた。

暑い。はんぱなく暑い。
でも、暑いのに、僕は冷や汗をかいていた。
重光さんが怖いからじゃない。
目標を喪失してどこかに遊離しちゃった自分が、まだ信じら
れなかったからだ。茫然自失。

大打撃を食らってぐだぐだの僕はともかく、気合い十分で乗
り込んできた立水は、くだらん説教聞いてる暇なんざねえ、
冗談じゃねえってぶっちすると思ってた。

でも……。

僕の横に座ってる立水は、完全に萎れていた。
水切れでくたくたになってしまった朝顔みたいだ。

「いいか!?」

重光さんは、猛烈な剣幕で話を始めた。

「俺はここでもう五十年、おまえらみてえな受験生の世話を
してきた。今年はあんたら二人しかいないが、多い時は十数
人の面倒を見たこともある」

重光さんが、しわだらけの手のひらを畳に叩きつけた。
ばしん! その音が身体中を打ちのめす。

「ここへ来る連中は、ろくでなしばかりだ。あんたらも含め
てな」

立水が即、噛みつくかと思ったのに。黙ってる。
うーん……。

「いいか? ろくでなしってえのは、素行のことじゃねえ。
てめえのケツもろくすっぽ拭けねえ、精神(こころ)に心棒
が通ってねえやつのことだ!」

うう……めっちゃ堪える。

「俺はガキだからしょうがねえって言ってられんのは、あと
一年がとこだ。いくら未成年でも、大学入りゃあ一人前扱い
なんだよ。なんぼ中身がガキでもな! それえ、ぶったらか
したままで、俺様オトナでござーいみてえなツラぁすっか
ら、斉藤のバカタレみてえのが出来ちまうんだよ!」

瞬ちゃんすら、ぼろっくそ。

「いいか? おまえら間違いなくガキだ! それをとことん
思い知れ! ガキが小賢しくオトナの真似すんな!」

僕らを頭っから怒鳴り散らした重光さんは、今度は各個撃破
を始めた。

「まず、工藤から行くか」

「……はい」

「おめえはいいかっこしーだ」

ぐ……う。

「てめえのしたいことくらい、てめえで考えろ! てめえで
けりをつけろ! きょろきょろ周りばっか見てっから、足が
地面に着かねえんだよ!」

「……はい」

「迷いがあんなら、迷わなくなるまでてめえのドブを浚え!
外を見んな!」

ぐっさり。
今までの誰の苦言よりも深々と心に刺さった。

コンプレクスや浮遊感。
自分がないからそうなるんだ。
分かってたのに……いや、分かってるつもりで、何も分かっ
てなかった。

崩れない自分。崩せない自分がまだない。
最初からなくて、まだ作れてない。そこがぼろぼろなんだ。

ぼろぼろなのに、そこに『大丈夫だよ』っていう皮を張って
ごまかしてる。
もしその皮が破れてしまったら、僕は生きていられないだろ
う。

重光さんのあまりの直言に。
僕は何も言えなくなってしまった。



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三年生編 第71話(5) [小説]

コンビニでお弁当を買って、とぼとぼと夕暮れの坂を登る。
まだ猛烈に暑いのに、その暑さが感じられない。
ぐだぐだ。

立水は、初日から気合い爆裂なんだろうなあ。ちぇ。
押さえ込んでいたコンプレクスが、またむくむくと膨らんで
くる。そんなの、何の役にも立たないのに。

俯いたままだらだら歩いていたら、何か甘い香りが僕の目の
前をふっと通り過ぎた。

「ん?」

慌てて顔を上げたら。

道沿いに、ほとんど崩壊寸前のふるーい木造の家が建ってい
て、それが緑色のものですっぽり覆われていた。

「な、なんだあ!?」

グリーンモンスター。
家が緑色の化け物に襲われて、飲み込まれようとしている。
そんな風に見える光景。

僕が足を止めてその様子をじっと見ていたら、背後からおじ
いさんの声がした。

「初日はもう終わったのか?」

あ、重光さんだ。

「はい。終わりました」

「講習なんざ、頭と尻尾を取りゃあ実質十日しかねえ。無駄
にすんなよ」

僕がそれを苦笑いで返したら。いきなり突っ込まれた。

「しけてやがんな。迷ってるんだろ?」

う……。そういうのって、見えちゃうのかな。

「ちょっと誤算があって」

「誤算なんてもなあはいつでもある。じゃあどうするかって
とこだけだろうが」

高橋先生と同じで、重光さんも容赦なかった。

「斎藤も根性無しだったが、あんたもそうか」

う……うう。

「一念岩をも通す、だ。妄執は迷惑のように言われっけど
よ。根性がねえと何も手に出来ん」

重光さんが、ぐいっと手を伸ばして緑の塊を指差した。

「いいか。藤原定家が色に狂って、女の死後も墓にまとわり
ついた。それがテイカカズラだ」

ていかかずら……か。

「まとわりつかれた方はたまったもんじゃねえさ。でもな。
俺はどこまでも食らいつくぞってえ執念がないと、何も手に
入らねえんだよ」

ふんと鼻を鳴らした重光さんが、ぼさぼさの植え込みを手で
ばさっと払った。

「ここの婆(ばばあ)は、俺の天敵でな。くたばるまで毎日
軒先でがあがあがなりあってたんさ」

「へえー」

「先にくたばったら終いよ。根性無しが!」

額に青筋を立てて、重光さんががなり立てる。

「だから、こんな蔦葛(つたかずら)に喰われちまうんだ
よ。家ごとな」

ざわっ……寒気が……した。

それは怪談に聞こえたからじゃなく、重光さんが言った例え
話がどうしようもなく恐ろしかったからだ。

すべきことを、自分が空っぽになるまでしろ。
はんぱに後悔を残せば、それが生涯自分の足を引っ張るぞ!

瞬ちゃんは、今はプロの教師を徹底していると思う。
安楽校長もそうだ。
でも、瞬ちゃんや校長が後悔を残してないかっていうと……。

二人とも、まだずるずると挫折を引きずってる。
そして、それを僕らに隠してないんだ。
おまえらは、絶対にこういう後悔をするんじゃないぞって。

僕が何を選択しても、それに後悔を残さないなら別に構わな
いんだろう。でも……。

僕はこだわってる。
僕のチョイスは本当にそれでいいんだろうかって、ものすご
くこだわってる。
でもそのこだわりは歪んでて、このままじゃ意味がない。
こだわる意味が……どこにもない。

そうさ。
僕は一番肝心なことを決められてない。

高橋先生にもさっき言われたし、瞬ちゃんやえびちゃんにも
同じことを言われてる。
何をするかは後で決めていいんだって。

でも……僕はそこに猛烈な違和感を感じたまま、全然クリア
出来てない。

単に生きてくだけってのを実現するなら、僕はその手段にこ
だわらないかもしれない。
でも、僕は『生きてく』んじゃなくて、何かをすることで自
分を『生かしたい』んだ。
それなのに、その材料もプランも何もない。

頭が極端に悪いとか、身体に障害があって出来ないとか、選
択出来ない理由がはっきりあれば、僕は割り切れる。

でも今は……。
何かを目指すことに支障はないんだ。
それはあくまでも、僕の努力次第。それなのに。

「く……」

僕は、きっと真っ青になってたんだろう。
重光さんに全力でどやされた。

「おまえも斉藤と同じか。この期に及んで、まあだふらふら
してやがる!」

うう……。

「けっ! けたくそ悪い野郎が最後の二人か。このままじゃ
あ俺は往生出来そうもねえ。寝覚めが悪いから、折伏してや
るよ。おまえらの腐った根性をな!」

え? 最後の二人? おまえ『ら』? しゃくぶく?
ど、どういうこと?

でも、重光さんは僕のクエスチョンマークなんか、全然気に
しないで、すたすたと歩き出した。

「説法は初日にしか出来ん。覚悟しやがれ!」





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