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三年生編 第73話(4) [小説]

ちょっと……重光さん。
僕にどうしろと?

ったく……。

女の子は、重光さんに言われたことより親とぶつかった悔し
さの方が心に刺さっているんだろう。
顔を歪めてずっと泣いていた。

しょうがない。このまま放置するわけにもいかないし。

「入って。門閉めるから」

女の子は、這うようにしてのろのろと敷地の中に入った。
施錠して門灯を消し、本堂に歩いていく。
中に入ろうとしたら、立水の声が降ってきた。

「そいつ、どうしたんだ?」

「知らんよー。どっかから付けられてたみたいで」

「おまえが?」

「そ。家出少女みたい」

「重光さんは?」

「今夜は泊めてやるって。身元確認してたみたいだから、親
に無断てことはないんでしょ」

「ふうん……どこに泊まらせるって?」

「講堂で、一人で過ごせってさ」

「!!!」

うん。
重光さんの泊めてやるは、そのまま受け取っちゃいけない。
泊まれるもんなら泊まってみやがれ、なんだ。

講堂は、だだっ広い上に仏像やら仏具やらいっぱい並んでる。
夜はものすごーく不気味だよ。裏はすぐ墓地だしさ。

布団なんかないから、畳の上に直接転がるか、せいぜい座布
団を並べて寝るくらいしか出来ない。
戸を締め切ると地獄のように暑くて、窓を開ければ蚊の大群
に襲われる。
僕らの部屋なら、蚊取りグッズと網戸でほとんど防げるけど
ね。

彼女は、たぶんここに泊まったことを心の底から後悔するだ
ろう。

僕だけじゃない。
立水にも、重光さんの意図は見えたと思う。
それ以上ぐだぐだ言わないで、すぐに引っ込んだ。

僕がこの合宿所のオーナーなら、何か他の方策を考えてあげ
たかもしれない。でも、僕はここの部屋を借りてる身分だ。
重光さんの命令を、僕の判断で無視するわけには行かない。

彼女に講堂とトイレと厨房の位置を教え、すぐに自分の部屋
に引き上げた。
申し訳ないけど、出来るだけ勉強に集中したい。

講堂からは時折泣き声が漏れてたから……まだ気分がささく
れてるんだろうな。落ち着くまではしょうがないか。


           −=*=−


午前零時。そろそろ休もう。
ジャージに着替えて明かりを消し、布団の上に転がる。

細く開けてあった廊下側の扉。
その向こうに人の気配がして……女の子の心細げな声。

「あの……」

なんだー?

「はい?」

「ご飯……ありませんか?」

「さっき重光さんが言ってたよね? ご飯はないって」

「……」

「今日は、僕も門限ぎりぎりに予備校から戻ってきたから、
買い物出来なくて晩飯抜きなんだ」

「え?」

「おやすみ」

「あ……」

きっと立水にも、けんもほろろにあしらわれたに違いない。

あのね、世の中はそんなに甘くないよ。
頼るものがないってオーラ振りまいてたら、寄ってくるの
は親切な人じゃない。狼さ。
そういう怖さを知らないと、自分をどぶに捨てることにな
るよ。

重光さんの提案は、あくまでも不幸のシミュレーション。
降りかかる災難としては、一番軽いんだよ。

それが……この一晩で分かるといいね。




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三年生編 第73話(3) [小説]

駅前。

「この時間に帰ってきたのは初めてだなー」

店がない住宅地に隣接した駅の周辺は、一般家庭の明かりと
街灯しかなくて、路地に入るとすっごく暗い。

家並みの間を通るって言っても、この時間に女の子が歩くの
は怖いかもね。
実際、路地にはほとんど人影がない。
僕の歩く音だけが反響して響いてる。

うちも住宅地の中だから、環境としてはそんなに変わらない
と思うんだけど、傾斜地だと見晴らしがいいんだよね。
それに家と家の間が結構離れてるから、閉塞感がない。
街灯の数はそんなに変わらないはずなのに、全然印象が違う
もんなあ……。

とか。
ぶつくさ言いながら、合宿所の門扉を押し開ける。
重光さんは、ちゃんと鍵を開けてくれていた。

「よかったー……」

ほっとする。

さて、さっさとシャワーを浴びて後半戦に行こう。
そう思って門扉を閉めようとしたら……。

「え?」

渋い。どっかに引っかかっちゃったかなあ。

「どうした?」

背後から重光さんの声がした。

「いえ、今閉めようとしたら、なんか渋くて」

「ふん?」

さっと僕の前に出た重光さんが、力任せに門扉を閉めようと
したその瞬間。

「きゃっ!」

……女の子の声がした。

「は?」

思わず声が出ちゃった。

振り返った重光さんに睨まれる。

「おまえ、誰か連れ込もうとしたのか!?」

「冗談じゃないです! さっきまでずっと予備校の自習室で、
そこから直帰です」

「じゃあ、こいつは誰だ?」

「知りませんよ!」

重光さんが門灯を点けると、門扉の向こうに中学生くらいの
小柄な女の子が這いつくばっていた。

「誰だ、おまえ?」

重光さんの詰問は容赦ない。

「……」

女の子は、俯いたまま何も答えない。

「家出か」

事もなげにそう言った重光さんは、女の子を放り出すのかと
思いきや。

「泊めてやる。その代わり、名前と住所を言え」

「う……」

親が連れ戻しに来るから絶対に言いたくない。
でも、言わないと一晩中何が出るか分からない真っ暗な中を
うろうろしないとならない。

女の子は、しばらく迷ってたけど。
諦めたように答えた。

「菅野由香。三田花町○の5」

「工藤。見張ってろ」

「あ、はい……」

さっと引っ込んだ重光さんは、交番かどこかに電話したんだ
ろう。女の子の言ったのが嘘でないかどうかを確かめたみた
いだ。

「親とケンカして家出か」

「……」

図星みたいだ。

「今夜は泊めてやる。ただし、講堂で一人で寝ろ。飯はない。
水だけで我慢しろ。明日は朝五時起床だ。掃除と勤行は工藤
と同じだ」

それだけ言い捨てて、さっと母屋に引っ込んでしまった。





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