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三年生編 第73話(3) [小説]

駅前。

「この時間に帰ってきたのは初めてだなー」

店がない住宅地に隣接した駅の周辺は、一般家庭の明かりと
街灯しかなくて、路地に入るとすっごく暗い。

家並みの間を通るって言っても、この時間に女の子が歩くの
は怖いかもね。
実際、路地にはほとんど人影がない。
僕の歩く音だけが反響して響いてる。

うちも住宅地の中だから、環境としてはそんなに変わらない
と思うんだけど、傾斜地だと見晴らしがいいんだよね。
それに家と家の間が結構離れてるから、閉塞感がない。
街灯の数はそんなに変わらないはずなのに、全然印象が違う
もんなあ……。

とか。
ぶつくさ言いながら、合宿所の門扉を押し開ける。
重光さんは、ちゃんと鍵を開けてくれていた。

「よかったー……」

ほっとする。

さて、さっさとシャワーを浴びて後半戦に行こう。
そう思って門扉を閉めようとしたら……。

「え?」

渋い。どっかに引っかかっちゃったかなあ。

「どうした?」

背後から重光さんの声がした。

「いえ、今閉めようとしたら、なんか渋くて」

「ふん?」

さっと僕の前に出た重光さんが、力任せに門扉を閉めようと
したその瞬間。

「きゃっ!」

……女の子の声がした。

「は?」

思わず声が出ちゃった。

振り返った重光さんに睨まれる。

「おまえ、誰か連れ込もうとしたのか!?」

「冗談じゃないです! さっきまでずっと予備校の自習室で、
そこから直帰です」

「じゃあ、こいつは誰だ?」

「知りませんよ!」

重光さんが門灯を点けると、門扉の向こうに中学生くらいの
小柄な女の子が這いつくばっていた。

「誰だ、おまえ?」

重光さんの詰問は容赦ない。

「……」

女の子は、俯いたまま何も答えない。

「家出か」

事もなげにそう言った重光さんは、女の子を放り出すのかと
思いきや。

「泊めてやる。その代わり、名前と住所を言え」

「う……」

親が連れ戻しに来るから絶対に言いたくない。
でも、言わないと一晩中何が出るか分からない真っ暗な中を
うろうろしないとならない。

女の子は、しばらく迷ってたけど。
諦めたように答えた。

「菅野由香。三田花町○の5」

「工藤。見張ってろ」

「あ、はい……」

さっと引っ込んだ重光さんは、交番かどこかに電話したんだ
ろう。女の子の言ったのが嘘でないかどうかを確かめたみた
いだ。

「親とケンカして家出か」

「……」

図星みたいだ。

「今夜は泊めてやる。ただし、講堂で一人で寝ろ。飯はない。
水だけで我慢しろ。明日は朝五時起床だ。掃除と勤行は工藤
と同じだ」

それだけ言い捨てて、さっと母屋に引っ込んでしまった。





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