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三年生編 第73話(2) [小説]

和を大事にして、仲良くやりたい。
最初から出しゃばりたくない。
俺が俺がってしゃにむに前に出ていくやり方は、僕に向いて
ない。
……それは、これからも変わらないだろう。

でも、人によって持論を言えたり言えなかったりじゃおかし
いじゃん!
何かを口に出すなら、誰にでも同じことを同じトーンで主張
しないとならないし、自分がそう出来てたとはとても言えな
い。

いや、ずっと黙ってたわけじゃないよ。
むしろ、僕にしては主張し過ぎるくらい主張はして来たん
じゃないかと思う。
それなのに、なんで僕にそういう自負がないのか。

その主張が、いつも『自分や身内を守るため』だったからだ。
家族だったり、しゃらだったり、プロジェクトだったり……。

壊したくないもの。
大事にしたいもの。
外からの圧力を防ぐための盾や鎧として使ってきた、僕のご
立派なコトバ。

それは……亀のように丸まって自分や身内を守ることには使
えるけど、敵と戦って打ち負かす剣にはならないんだ。

唯一それが剣になってしまったのが、去年のしゃらとの揉め
事の時にぶち切れてだったのは……論外だよね。

もうちょい、切り拓くことに剣を使いたい。
そして、剣を帯びてることをちゃんと人に見せられるように
したい。
そのためには、剣がないとやられるっていう恐怖心と、剣を
使いこなす勇気が要る。

立水のようにいつも剥き身の剣をぎらぎらさせているのは窮
屈だと思うけど、その分あいつは分かりやすいんだ。

僕も、もうちょい自分をシンプルに、分かりやすくしよう。
それは、何かにきちんと集中する、打ち込むことで叶えられ
るはずだ。

自習室で数学の問題集を開いて、リョウさん式に分からない
問題だけに挑んでいく。
これまでなかなか上がらなかった効率が、少しずつ上がって
いく実感がある。

講習で教わることだけが、収穫じゃない。
一切の雑音が入らない環境で、集中して勉強出来るチャンス
を無駄にしたくない。

がりがりがりがりがりがりがり……。


           −=*=−


「や、やばい!」

集中し過ぎて、門限ぎりぎりになっちゃった。
慌てて、館内の電話から重光さんに電話を入れた。

「重光さんですか? 工藤です。自習室で時間見ないで勉強
してたらぎりぎりに……」

「ああ、すぐ帰ってこい。門は開けとく」

「済みません。じゃあ、すぐ……」

ぷつ。……切れちゃった。

まあ一応電話連絡したから、大丈夫かな。
でも、急いで帰らなきゃ。

灯りが消え始めた館内から慌てて走り出て、全力で駅に向かっ
て走った。

間が悪いことに、今日は間違いなく熱帯夜だ。
日差しがないのに、空気がもわあっと蒸し暑い。

ぐへえ。しんどいよう。

「ひいひいひい……」

なんとか電車に飛び込んで、空調の冷風の当たる位置を探す。

「まいったあ……」

冷たい風が当たっても、身体中から吹き出す汗はすぐには止
まらない。
慌ててデイパックからタオルを出して、そこに顔を突っ込ん
だ。

「ぶふう!」

タオルは毎日洗ってローテしてるけど、洗剤ぶち込んで普通
に洗ってるだけだから、ごわごわ。
そっか……自分一人で生活すると、洗濯物は全部こんな感じ
になるんだろなあ。

普段、母さんが丁寧に洗濯してるんだなってことがこういう
時に分かる。

一人暮らしかあ。

今は、たった二週間だからって、ものすごく手を抜いてるも
ろもろのこと。炊事とか、洗濯とか、掃除とか。
それを自力でこなさなければならなくなったら……。

「情けない生活になるかもなあ」

今は受験という目標があるから耐えられるこういう生活。
大学に入ったら、その目標は消える。

時間を自由に使えるようになるじゃん。
うん。確かにそうなんだよね。
でも、このまま大学で下宿生活するようになったら、僕はそ
の時間を持て余すようになるんじゃないかなあ。

りんやばんこが高校生のうちからこなしている『生活する』
ということ。

僕は、それを他人事のように見てたのかもしれない。

家事をこなすってことだけじゃなく、生活を『一人をベース
に組み立てる』っていうこと。
まだ、そのイメージが全然湧いてこない。

りんが家を飛び出して伯母さんのとこで暮らし始めた時に、
寂しいって泣いたこと。
あれは……僕にも同じように降ってかかる。

今そういう寂しさをあまり意識しないのは、下宿生活がたっ
た二週間しかないからだ。
しかももう……半分過ぎちゃったんだよね。
なんだ、こんなものかっていう感じ。

ものすごい早起きも、朝の勤行も、チェックの厳しい掃除も、
門限も。すぐに慣れる。
だって、期間限定だもん。

合宿が終わればすぐに今までの生活に戻れるっていう安心感
や安堵感があるから、今の厳しさや寂しさが薄まってしまう。
危機感や焦りに繋がらない。

でも大学に通うようになったら、そうは行かないよね。

僕がどこで暮らすようになるか分からないけど、そこが実家
じゃないことだけは確かだ。
僕が暮らすようになったところが僕の本宅になり、今の実家
は僕にとって外泊先に変わっていく。

「まだまだ……これからだなあ」

自分は、変わっていく世界のどこまで適応出来て、何に耐え
られないのか。まだイメージが全然湧かない。
それだけ、僕はこれまでずっと恵まれてきたってことなんだ
ろう。

さて、と。
考え事はいいけど、乗り越さないようにしないとな。

肌に残っていた汗を、もう一度ごわごわのタオルで拭き取っ
て、僕は早めに座席から腰を上げた。




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