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三年生編 第71話(2) [小説]

初日の四コマの講習をこなした僕は、今いち気合いが入らな
いまま、予備校の自習室に向かった。
今、合宿所に帰っても部屋の中は蒸し風呂で勉強どころじゃ
ないだろうし。

重光さんが遅くなる時は云々って言ってたのは、そういうこ
とだったのか……。
講習受けに来た足で夜遊びするバカはそうそういないと思う
けど、あの猛暑の部屋で過ごせる時間帯になるまでは、こっ
ちで勉強するしかないってこと。

それなら、その限られた時間を有意義に使わないと……。

予備校の館内を案内板を見ながらうろうろしていたら、講習
が終わったのか教室から昨日声を掛けてくれた高橋先生が出
てきて鉢合わせした。

「お……っと。ああ、君か。今日は講習終わった?」

「終わりました。自習室でちょっと作戦を立て直します」

「は? 作戦?」

腰に手を当てた先生に、まじまじと見られる。

「ちょっと……イタい思い違いをしてまして」

「レベルが合わない?」

何も言っていないのに、一発で見破られた。
それだけ、僕の顔に不満がくっきり浮かんでいたってことな
んだろう。

「はい。もう少しぎっちりやるのかと思ってたので……」

「一般コースじゃ無理だよ。それは君のリサーチ不足だ」

ばっさり。ううー。めげる。

「まあ、いいや。帰るまでにまだ時間があるんだろ?」

「はい」

「じゃあ、今のうちにそのあたりのことを詰めておこうか」

「あの……いいんですか?」

「構わないよ。僕はここの講師だから、講義だけじゃなくて、
指導も査定される。スポンサーにきちんと評価してもらわな
いと、評判下げちゃうからね」

「すっごく助かりますー」

「じゃあ、談話室でやろう。ついてきて」

「はい!」

きびきびと、高橋先生が僕を先導する。
無駄なく、そつなく、とってもシャープ。すごいなあ……。


           −=*=−


談話室のブースの一つに対面で着席するなり、高橋先生から
怒涛のような質問を浴びせ掛けられた。

現時点での志望校、学校での定期試験の成績、これまでの模
試の得点経過、教科別の得意不得意、これまでの勉強法、自
分で点を稼げる稼げないと思っている教科、それへの対処。

先生は、僕にゆっくり考える暇を与えてくれない。
質問に、即答を求められる。

「ふむ」

ぜいぜいぜい……。
膨大な質問に答えているだけで、息が切れちゃったよ。

「ええと。田貫第一高校だったよね?」

「はい」

高校一覧みたいのをチェックした高橋先生が、眉をひそめた。

「偏差値で47か……」

う……。

「厳しいなあ」

「厳しい……ですか?」

「そう。君のようなタイプが出やすい高校。生徒の自主性に
任せてのびのびはいいけど、もともとない自主性を当てにし
て進学指導を怠けてる。僕にはそう見える」

き……厳しい。たぶん、その通りっす。

「去年から校長が変わって、授業のテコ入れを始めたんです
けど」

「そうだろうね。郡部にあるのんびりした小人数の高校って
いうわけじゃない。歴史のある伝統校なら、県教委から必ず
ガチが入るでしょ」

さらっと。

「まあ、高校の体制はどうでもいいんだ。問題は、意識。君
自身が自分の目標をどう設定するか、その意識」

「はい」

「昨日も言ったけど、受験自体はある意味ゲームに近い。そ
のゲームに勝ち抜くテクだけ鍛えりゃいい。問題は、どんな
ゲームにトライするかなの」

むー。

「仮止めが県立大生物なら、君の現時点の地力から見て講習
で使う時間は自分のリフレッシュで使った方がいい。わざわ
ざ貴重な高校生活を、教室缶詰めで浪費するのは馬鹿らしい
よ」

う、うわ……そこまで……言う?

「でも、君が今の講習を物足りなく思っているってことは、
君の意識はもっと高いところにあるってことなの」

「はい」

「偏差値で言えば62、3くらいのところが、お宝ゲットの
ラインなんだ」

「僕の今のレベルは、どこらへんですか?」

「60ちょっと切れるくらいかな」

なるほど。

「だけど、こればかりは数字じゃ決まらないよ。昨日も言っ
たけど、その高いところを目指す『理由』がどうしても要る
んだよね」

「はい」

「そして、その理由は俗物的なもので全然構わないの。そこ
を君が割り切れるかどうかだなあ」

ゾクブツテキ……か。



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三年生編 第71話(1) [小説]

7月27日(月曜日)

夏期講習会場の予備校。
その大講堂で、僕は何度もでかいあくびを噛み潰していた。

開講式って言っても、簡単な挨拶と講師の先生たちの紹介だ
けで短時間だから、高校の朝礼みたいな緊張感はない。
その分、どうしても気が緩む。ねーむーいー……。

半分閉じかけた僕の視界に、予備校の塾長さんのきびきびし
た姿が入り込んできて、慌てて目をこじ開ける。

「おはようございます!」

塾長さんが、大講堂に集まった受験生に向かってがっつり気
合いを入れた。

「これから、コース別に夏期講習が始まります。私たちは、
出来るだけ君たちの夢が叶うように応援したい。でも、私た
ちには応援しか出来ません。私たちが、君たちの代わりに受
験するわけにはいかないんです」

「限られた時間を無駄にしないで、フルに使い切ってくださ
い。受講生のみなさんは、勉強だけでなく、進路に関する相
談でも私たちを使ってくださいね。それは、ちゃんと受講料
に含まれています。自習室の利用も大いに推奨します」

「有意義な講習にしてくださることを、講師陣一同心から祈っ
ています。みなさん、がんばりましょう!」

「うーっす!」

今いち気合いの入らない反応ではあったけど、僕らは声を上
げてそれに応えた。

それにしても……眠い。

やっぱり急に環境が変わったこと、人の気配がないこと、そ
して暑かったことで、熟睡出来なかった。
しかも五時起きでしょ?

顔洗ったら、すぐに掃除、洗濯、読経。
いいとか悪いとか言ってられない。
麦茶でパンを流し込むみたいに食べたら、すぐに出発の時間
だ。五時起きでも遅いくらいかもしれない。

それでも、初日からぐだぐだじゃ二週間保たないから、自分
では気合い充分で出陣したつもりだった。

だった……けど。

講習を受ける教室に移動し、コース別の講習が始まってすぐ。
僕はコース選択が大失敗だったことを悟った。

「しまったあ……」

そう。
講習が最初から全開でがりがり寸分の隙もなく進められてい
くのなら、がっつり気合いが入ったんだろう。
でも一般履修のコースは、教科別に分かれてはいても、大学
や学部に特化したコースよりずっと緩かったんだ。

もちろん分量的にこんなの楽勝っていうわけじゃないけど、
進行が妙に淡々としている。
過去問さらって、ポイント指摘して、テキストのここは抑え
といてという範囲を示して……。
あっさりさらっと終わっちゃう。

めりはりがないから、講習の一時間半が妙に間延びしてるよ
うに感じてしまう。

「ううー」

春期講習を受け持ってくれた中小のS社の講義の方が、よほ
ど緊張感と集中力を要求していた。
大手だから優れているってことじゃなかったのか……。

受講者が多いから、その平均値を底上げするっていうところ
にポイントを置いているんだろう。
教えている内容が低レベルってことはないんだけど、教室に
漂っている空気にまるっきり重厚感がない。

受講者の姿勢もいろいろ。
すごく集中してる子もいるけど、最初から寝てる子もいる。
講師の先生は講義に集中してて、受講態度には一切タッチし
ない。
講師と受講生、受講生同士。その間に一体感と緊張感が連
なってなくて、ばらばら……だ。

何日か講習が続いてて、徐々にダレてくるなら分かるけど、
最初からこれじゃあ……。

ううー、参った。

教え方がぐさぐさなわけじゃないから、講師さんや予備校に
文句を言うわけにはいかない。
講習じゃ物足りないと思った部分は、自力でがんばって詰め
込むしかないってことだ。

「くそっ!」

目標の設定があやふやだと、こういうところにハネちゃうん
だ。大失敗。ばかったれっ!!
いつまでもふわふわと意識が固まらない自分を、思い切りぶ
ん殴りたくなった。

仕方ない。
今からコース変更するわけにはいかないから、自習をぐんと
厚くして、あとは講師さんとのカウンセリングにぎっちり
突っ込むしかないね。

「最初っからこれか。くっそー!」