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三年生編 第70話(9) [小説]

一通り買い物を済ませて合宿所に戻った時には、もう日が傾
き始めてた。
立水はいなかったから、あいつも買い物に出たんだろう。

夕飯の弁当と朝食用のパン、麦茶のペットボトルを冷蔵庫に
入れ、ブリックパックの野菜ジュースを飲み干す。
紙のゴミの方が、まだ扱いやすいから。

虫除けスプレーを全身に噴霧してから、窓の外に寒冷紗を張っ
て蚊の侵入をガード。
部屋の出入り口のところに散布型の殺虫剤をしゅっとやって、
蚊の侵入を防ぐ。効くかどうかは、やってみてだなー。

洗濯物を吊るす紐を部屋の中に渡して、準備オッケー。
早速着替えて、着てきた服を洗濯機に放り込む。
何でも一度やってみないと勝手が分かんない。

日が傾いてきたから、少し暑さが和らいだ気がする。
それでも、じっとしているとぽたぽた汗が垂れてくる。

夜になったら少しは涼しくなるんかなあ。

「うーす」

お。立水が帰ってきた。

「もう網張ったんか?」

「さっさと張らんとお岩さんになっちゃう」

「だな」

僕の目の前でしゅーしゅーと虫除けスプレーを全身に掛け回
した立水が、その匂いにけほけほむせながら出て行った。
作業の早いあいつのことだ。すぐに張り終わって戻ってくる
だろう。

「さて、と」

バッグから商売道具一式を出して、どさっと机の上に積み上
げる。

これからの二週間。
僕はいろいろなことに耐えて、自分の中身を増やさないとな
らない。
劣悪環境だからやる気も学力も目減りしましたなんて言い訳
は、誰にも通用しない。
もちろん、僕もそんなことは絶対に言いたくない。

かんかん照りの真下でも、真っ赤な花を咲かせる砂漠のバラ。
それは、いつも咲いてるわけじゃない。
今が咲き時っていうタイミングで、どっさり花を付ける。

もし条件がよければ、それはいつでも何度でも咲けるのかも
しれないけど。実際には、そんな甘くない。
砂漠で咲けるチャンスは、数えるくらいしかないんだ。

これからの合宿生活。そいつが本番じゃないんだ。
合宿は、本番を勝ち抜くためのトレーニングに過ぎない。
それすら乗り越えられなければ、僕には受験に臨む資格がな
いってことになる。

冗談じゃない!

レトロかもしれないけど、頭に日の丸の鉢巻を締める。
気合いを入れるってだけじゃなくて、ノートやテキストに顔
の汗をぽたぽた落としたくないからだ。

さあ、始めよう。
もうスタートの号砲はとっくに鳴り終わっている。

どこであっても勉強は出来るし、そうやって自分に叩き込ん
だものしか中に残らない。

「うっし!」

今日予備校の講師の人に言われたこと。
それは以前リョウさんに突きつけられた課題の一つと同じ。
効率化、だ。
僕は未だにうまく対処出来てない。それをこの二週間で、少
しでも改善したい。

人と比べたってしょうがない。

『目標を外から与えられたくないだろ?』

その通りだ。
他の誰のものでもない。僕の課題。僕の迷い。そして僕の選
択なんだ。だから、必ず自力で克服する。

今はまだ蕾すら影も形もない、僕っていう砂漠のバラ。
それを咲かせようとするなら。

……今は何事もじっと耐えないとね。




adenium.jpg
今日の花:アデニウムAdenium obesum



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