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三年生編 第71話(1) [小説]

7月27日(月曜日)

夏期講習会場の予備校。
その大講堂で、僕は何度もでかいあくびを噛み潰していた。

開講式って言っても、簡単な挨拶と講師の先生たちの紹介だ
けで短時間だから、高校の朝礼みたいな緊張感はない。
その分、どうしても気が緩む。ねーむーいー……。

半分閉じかけた僕の視界に、予備校の塾長さんのきびきびし
た姿が入り込んできて、慌てて目をこじ開ける。

「おはようございます!」

塾長さんが、大講堂に集まった受験生に向かってがっつり気
合いを入れた。

「これから、コース別に夏期講習が始まります。私たちは、
出来るだけ君たちの夢が叶うように応援したい。でも、私た
ちには応援しか出来ません。私たちが、君たちの代わりに受
験するわけにはいかないんです」

「限られた時間を無駄にしないで、フルに使い切ってくださ
い。受講生のみなさんは、勉強だけでなく、進路に関する相
談でも私たちを使ってくださいね。それは、ちゃんと受講料
に含まれています。自習室の利用も大いに推奨します」

「有意義な講習にしてくださることを、講師陣一同心から祈っ
ています。みなさん、がんばりましょう!」

「うーっす!」

今いち気合いの入らない反応ではあったけど、僕らは声を上
げてそれに応えた。

それにしても……眠い。

やっぱり急に環境が変わったこと、人の気配がないこと、そ
して暑かったことで、熟睡出来なかった。
しかも五時起きでしょ?

顔洗ったら、すぐに掃除、洗濯、読経。
いいとか悪いとか言ってられない。
麦茶でパンを流し込むみたいに食べたら、すぐに出発の時間
だ。五時起きでも遅いくらいかもしれない。

それでも、初日からぐだぐだじゃ二週間保たないから、自分
では気合い充分で出陣したつもりだった。

だった……けど。

講習を受ける教室に移動し、コース別の講習が始まってすぐ。
僕はコース選択が大失敗だったことを悟った。

「しまったあ……」

そう。
講習が最初から全開でがりがり寸分の隙もなく進められてい
くのなら、がっつり気合いが入ったんだろう。
でも一般履修のコースは、教科別に分かれてはいても、大学
や学部に特化したコースよりずっと緩かったんだ。

もちろん分量的にこんなの楽勝っていうわけじゃないけど、
進行が妙に淡々としている。
過去問さらって、ポイント指摘して、テキストのここは抑え
といてという範囲を示して……。
あっさりさらっと終わっちゃう。

めりはりがないから、講習の一時間半が妙に間延びしてるよ
うに感じてしまう。

「ううー」

春期講習を受け持ってくれた中小のS社の講義の方が、よほ
ど緊張感と集中力を要求していた。
大手だから優れているってことじゃなかったのか……。

受講者が多いから、その平均値を底上げするっていうところ
にポイントを置いているんだろう。
教えている内容が低レベルってことはないんだけど、教室に
漂っている空気にまるっきり重厚感がない。

受講者の姿勢もいろいろ。
すごく集中してる子もいるけど、最初から寝てる子もいる。
講師の先生は講義に集中してて、受講態度には一切タッチし
ない。
講師と受講生、受講生同士。その間に一体感と緊張感が連
なってなくて、ばらばら……だ。

何日か講習が続いてて、徐々にダレてくるなら分かるけど、
最初からこれじゃあ……。

ううー、参った。

教え方がぐさぐさなわけじゃないから、講師さんや予備校に
文句を言うわけにはいかない。
講習じゃ物足りないと思った部分は、自力でがんばって詰め
込むしかないってことだ。

「くそっ!」

目標の設定があやふやだと、こういうところにハネちゃうん
だ。大失敗。ばかったれっ!!
いつまでもふわふわと意識が固まらない自分を、思い切りぶ
ん殴りたくなった。

仕方ない。
今からコース変更するわけにはいかないから、自習をぐんと
厚くして、あとは講師さんとのカウンセリングにぎっちり
突っ込むしかないね。

「最初っからこれか。くっそー!」



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