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三年生編 第74話(2) [小説]

駅近くのマックに入って、それぞれセットメニューを頼んで
席に着く。

「おい、工藤」

「うん?」

揚げたてのポテトをぽいっと口に放り込んだところで、立水
が直に突っ込んできた。

「おまえはどうすんだ?」

「志望校?」

「そう」

「今は、まだそのまま。県立大生物仮留め」

「そのまま行くのか?」

「明日、カウンセラーに相談する」

「ああ、なるほどな」

「僕一人で考えても、手札が何も増えてないから結論なんか
出ないよ」

「だな。それから……か」

「ただ」

「ん?」

コーラを一気飲みしていた立水が、目だけぎょろっとこっち
に向けた。

「何をする、のターゲットは、うんと絞ることにする」

「ほ? そんなん出来るのか?」

僕がぐだぐだ迷っていたことを知ってる立水の突っ込みは、
本当に容赦なかった。

「そこがふらふらだと相談も出来ん」

「当たり前だ。で?」

「植物とバイオ。その掛け合わせで考える」

「……」

立水が黙った。それから……。

「おまえの……イメージに合わんな」

「かもね。ずいぶん迷ったんだ。陵大付属の武田くんが海洋
生態やりたいって言ってたのを聞いて、僕も生態学いいなあ
と思ったんだけどさ」

「俺も、おまえならそっち方面かなと思ったんだが……」

「自分がいろんな人と関わってきた中で、もらったものだけ
でなくて失くしたものも結構あったかなあと思ってさ」

「は? それがさっきのと、どう関係するんだ?」

「生態学って、生き物同士の関わり合い方とか、そっちを調
べる学問でしょ?」

「ああ。そんなイメージ」

「その関わり合いの掛け合わせ数が多過ぎて、目が回っちゃ
うんだよ」

「……。なるほどな」

「僕の場合、好きなものが多いと目移りする。気が散る。ど
れかに集中出来なくなる。それが……こっちに来てはっきり
分かったんだ」

「ふうん」

「たくさん入れても、その後きっぱりけり付けてどんどん捨
てていける性格ならいいんだけど、どうしても関わったもの
に引っ張られる。んで、僕はそれを全部こなせるほどのエネ
ルギーがない」

「だから、バイオ……か」

「そう。なぜなにがはっきりしていて、それをどう持って行
くかの方向付けも整理しやすい。好きかって聞かれたら、ま
だうーんていう感じだけど、理論や基礎がパーツとしてはっ
きりしてる方が僕に向いてる気がするんだ」

「好き嫌いで決めねえのか?」

「一番好きなことをやりたいのはやまやまさ。でも僕は、そ
れを決めるのに時間がかかり過ぎる」

「めんどくせえやつ」

「まあね。自分でもそう思う。でも、最初から嫌いならとも
かく、好きになれそうなものなら自分の側に持ってこれるま
でがんばればいい。最初好きだったのにすぐ色褪せちゃうっ
ていうよりかはいいかなと思ってさ」

「いろんな考え方があるもんだな」

立水は呆れ顔をしてたけど、それをバカにするでも、放り出
すでもなかった。

「俺は……どうすっかなあ」

「そっか、デフォに戻したんだっけ?」

「ああ。工学は嫌いじゃねえんだが、どうしても物理を避け
て通れん。そっちは外す」

だろなあ……。

「理系にこだわらんで、もうちょい選択肢を広げんとな」

「経済とか?」

「ああ。斉藤先生にはそっちを勧められた。大学によっては
数学を活かせるってよ」

やっぱりな。さすが、瞬ちゃんだ。立水をよーく見てる。
受験勉強の無駄を最少に出来るから経済、じゃないんだ。
こいつのとことん突っ込む性格を、大学に入ってからきちん
と活かせるって考えたんだろう。

あとは……こいつがどういう選択をするか、だな。

「まあ、夏期講習の間に方針固めるよ。さすがに、この後も
ずるずる引っ張りたくない。仮はさっさと取るつもり」

「だな。俺も仕切り直しだ」

ちょうどセットメニューを同時に食べ切ったところで、昼飯
を切り上げることにする。

「さて。出るか。立水は、また予備校に行くの?」

「いや、今日はそんなに暑くねえから寺へ帰る」

「だな。僕もそうしよう」

昨日までは梅雨明け十日の格言通りでめちゃめちゃ暑かった
んだけど、今日は薄曇りで風があってしのぎやすい。
夜も快適だと思うし、さっさと帰って復習しようっと。

そこまでは、とことん有意義だったんだ。
講義にも集中出来たし、立水と情報交換も出来たし、気晴ら
しも出来たし、結構涼しいし……。

でも、その後すぐに全く予想もしていなかった事態に巻き込
まれるなんて……思ってもみなかった。



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三年生編 第74話(1) [小説]

8月2日(日曜日)

二週間コースの最後の日曜には模試があるけど、中日の日曜
は半日の講習になってる。いくら短期集中の二週間と言って
も、休みなしで全部びっしりだと集中力が持続しないってこ
となんだろう。

もっとも、休講の午後もかなりの受講生が自習モードになる
から、必ずしも息抜きにはならないけど……。

でも、ほんの数時間でも休みは休みだ。
田貫市が東京の衛星都市だって言っても、何か特別な用事が
ない限り都内へ行くことはなかったから、東京ってどんなと
ころかなあという興味はある。

その興味に任せてうろうろするほどの余力はないけどね。
時間だけでなくて、お金もかつかつだし。

まあ、ちょこっとだけ雰囲気を味わってこよう。
日曜の新宿ならすっごい賑やかだろうしね。

少しだけでも楽しみがあれば、講義にも集中出来る。
数学、英語、化学と三コマぎっちりこなして、ノートとテキ
ストが書き込みで真っ黒になった。
合宿所に戻ってから、もう一度しっかり目を通しておこう。

それと……明日はカウンセラーの先生に、受験先の大学につ
いてアドバイスをもらおう。
高橋先生は受験指導の専門じゃないみたいだし、やっぱりプ
ロのお勧めを聞いておきたい。

まだまだ不確定要素ばっかりだけど、自分なりに出来ること、
しなければならないことは今のうちにこなしておかないと、
どんどん焦りばっかが膨らんじゃう。
いっぺんには片付かなくても、一歩一歩だ。

十二時半に予備校を出て、JRで新宿駅に向かった。

電車の窓から町並みを見る。
東京ってどこもかしこもコンクリートとアスファルトで蓋さ
れてるみたいなイメージがあったけど、あちこちの道端に濃
いピンクのキョウチクトウがいっぱい咲いているのが見えて、
ちょっとほっとする。

近くで見ると時にどぎつさを感じるキョウチクトウも、都会
の無機的な景色の中では、色が活きてくる。
不思議だよね。

腕時計を確認したら、予想より早く着きそうだ。
一時半じゃなくて、立水が言ったみたいに一時でも間に合っ
たかもね。でも土地勘がないところだから、駅の周辺でうろ
うろするかもしれないし。

駅を出てぶつくさ言いながら歩いてる間に、すぐに待ち合わ
せ場所に着いちゃった。

立水はもう着いてて、展示されているスマホをいじってる。

「よう」

「おう、早く着いたじゃん」

「もうイヤホン買ったの?」

「いや、これからだ。オーディオのコーナーへ付き合ってく
れ」

「おけー」

ってことで、おのぼりさん二人でイヤホンの売り場をごそご
そ歩き回る。

立水が気に入ったものを見つけて購入。二千円なり。
イヤホンていうのは、値段も音もデザインもいろいろなんだ
なあと思ったりして。でも、自分では買わないなあとか。

あっさり買い物が済んでしまった。
こんなんなら、立水一人でも用を足せそうだけどなあ……。

「なあ、立水」

「なんだ?」

「売り場も分かってんだし、一人で来れたんちゃうの?」

「そうなんだけどよ。一人でうろつくと、ヤンキーがぞろぞ
ろ寄ってくんだよ」

「あ! そっちかあ……」

「ったく、うっとうしいったらねえぜ」

そうだろなあ。普段から、近寄ってくるやつぁどいつもぶち
のめすぞみたいなオーラ全開だからなあ……。

「予備校の方はトラブルなし?」

「向こうじゃ、誰も俺なんか見ねえよ」

「それもそうだ。僕も、誰ともノーコンタクトだからなあ」

「まあ、集中出来ていいけどな」

「ははは。あ、飯どうする?」

「めんどくせー。ファストフード系でいい」

「じゃあ、マック行くか」

「おう」

立水もこだわること以外はどうでもいい系だから、こういう
時はすごい楽。
愛想はないけど、変に気を回さなくていい分からっとした付
き合いが出来る。
問題は、こいつがそうそう人に懐かないってことだよなあ。



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