SSブログ

三年生編 第71話(3) [小説]

「少しでもステータスの高い大学に行きたい。それは、そこ
でならもっと高尚なことを学べるなんて、ご立派なものじゃ
ないよ。ただの金バッジさ」

うわ。

「でもね、そのバッジを胸に付けることで周囲の視線が変わ
る。素晴らしい大学に行かれてるんですね、か。その大学ど
こにあるんですか? ……か」

「げ」

「当然、君が進学した先で出会う学友、先生、授業内容にも
それが全て反映される」

そういや、前に武田さんがそれを匂わせてたな。

「それは子供っぽい見栄とは違うよ。努力して、その大学に
入学出来たから得られるご褒美なんだ。それがたかだかバッ
ジくらいの意味しかなくてもね」

高橋先生が、ぐうっと身を乗り出してくる。

「進学校はね。そういう意識の持たせ方が早くから徹底して
いるの。なぜどうしては、大学入ってから考えても全然かま
わない。でも、どこに入りたいかだけは、早くから考えなさ
いってね」

「なんか……ちょっと思ってたのと」

「でしょ? そこが、偏差値の差になっちゃうんだよ」

高橋先生が、拳で机をこんと叩いた。

「君が仮留めしてるみたいに、現時点で目標が固まってなく
ても一向に構わない。どうせ本番で仮は取れるんだし」

「はい」

「でもね。そこにしか行けなかったじゃ、仮の意味はないん
だ」

ぐ……う。

「もうちょっとがんばっていれば、自分がそこにいることに
後悔を残さないで済んだなあ。そう考えちゃうようだと、
行った先で過ごす時間がまるまる無駄になる」

き、きっつう。

「逆に言えば。どこだっていいじゃん、そんなもの。行った
先で楽しめればそれでいいのさ。アホばっか? いいよ。自
分がアホでなければ。って、そこまですっぱり割り切れれば
僕は何も言わない」

「はい」

「でも、少なくとも今の君からはそういう割り切りの姿勢が
見えないの。ものすごーく上昇志向がある。それなのに、そ
の資質を使うターゲットがない。それって奇妙っていうだけ
じゃないよ。非効率もいいとこなんだ」

自分の中に言葉に出来ずにずっと溜まっていたもやもや。
不完全燃焼の原因。
高橋先生は、それを容赦なく指摘していく。

冷や汗が……出る。

「つまりね。君は『今すべきこと』にだけものすごーくこだ
わっていて、自分の現状に物足りなさを感じてる。それは僕
のような立場の人間から見て、なんだかなあなの。そんなに
こだわるなら、仮でもなんでもいいからもっと高いところに
目標定めてがりがりやんなよって思っちゃう」

もう何も言えない。その通りだもん。

意気消沈しちゃった僕に配慮するでもなく、高橋先生は事務
的にささっと話を進めた。

「でね。僕からのアドバイスね」

「……はい」

「県立大生物は現時点でほぼ安全圏。だから、君にもっとや
る気があるなら、そこに目標を置かない。意味ないよ」

頷かざるをえない。

「偏差値で60から63くらいのところに、いくつか生物系
の優秀な大学がある。君の自宅から近いところでも農工大、
東理大、えとせとら」

「はい」

「その中から受験科目は県立大とそれほど違わないところを
選んで、仮目標にしたらいい」

そうか。

「安全策を取るなとは言わないよ。それぞれにいろいろ事情
があるからね。でも合格を確実にするなら、本番で目減りす
る分は最初に多めに見込んでおかないと、焦りで自滅する。
それが嫌だから、夏期講習受けに来たんでしょ?」

「はい」

「もう一度、受験に対する心構えを根本から作り直して。そ
うじゃないと、君のがんばった分が全部無駄になるよ?」

ぐうの音も出なかった。
これまで瞬ちゃんやえびちゃんが、まだ時間があるからって
スルーしてくれてた部分を、高橋先生は見逃してくれなかっ
た。そんなの論外だって。

どういう選択であっても、僕がそれを決めることに高校の先
生たちは余計な口出しは出来ない。だって、僕の進路に責任
取れないもん。
だから瞬ちゃんやえびちゃんのアドバイスは、緩いんじゃな
くて突き放しだったんだ。

自分でしっかり考えてるみたいだから、自分で方針決めて後
悔のないようにやんなさい。そういう激励だけ。

でも。

それじゃあ、僕がそれに見合った分だけ努力してたかって言
われると……。
勉強時間は確保してた。でも、効率はうんと悪かったし、そ
れを解消しないとって自分で分かってたのに、対策が全然出
来てない。なんとかしなきゃっていう焦りだけ。

自分の甘さをこれでもかとえぐり出されて、ずっしり落ち込
んでしまった……。



共通テーマ:趣味・カルチャー