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三年生編 第84話(5) [小説]

「ねえ、田中さん。則弘さんを……利用されましたよね?」

僕は、いきなり核心に切り込んだ。

「信用のおけるしっかりした人に預けた方がいい。僕ならそ
う考えます。でも、則弘さんはどうしようもない」

「ああ」

「覇気がない。責任感がない。誰かにこびへつらうことしか
しない。でも、そういう人にしか佐保さんを託せなかった。
違います?」

「おめえ……」

苦々しげに、田中さんが顔を歪める。

「それは則弘さんのせいじゃない。佐保さんのせいです。田
中さんも、困ったんじゃないですか?」

「ちっ!」

鋭い舌打ちの音。
でも、田中さんはあっさりその事実を認めた。

「そうなんだよ。素直なのはいいんだが、何も断らねえ。い
や、誰にも逆らえねえ。言いなりのロボットだ。俺には……
どうしようもなかったんだよ」

田中さんの溜息と僕の溜息が、ぴったりシンクロした。

「ですよね……」

ぐいっと背筋を伸ばして、続きを話す。
面会時間が限られているから、ぐだぐだ余計な話は出来ない。

「僕は沙良さんの彼氏です。則弘さんが佐保さんを連れて実
家に転がり込もうとした時に居合わせたんですよ」

「ああ」

「でね。則弘さんは、食い詰めて田中さんの家を出て実家に
来るまでの間に、佐保さんを抱いて妊娠させてます」

僕は……あれほど恐ろしい表情を見たことがない。
もし、田中さんの前に則弘さんがいたら。
間違いなく三人目の犠牲者になっていただろう。

でも、僕は隠したくなかった。
どうしても隠したくなかったんだ。

「ねえ、田中さん。田中さんが怒るのは筋違いですよ」

「はあ!?」

「そういう人だと分かってて、佐保さんを預けたんですから」

「……」

「もちろん、田中さんが切羽詰まっていたことはよく分かり
ます。だから、今日までのことを蒸し返すつもりはありませ
ん。僕らは則弘さんの代理人じゃない。部外者ですから」

「じゃあ、なんで来たんだ?」

怒りを無理やり噛み潰すようにして、田中さんが声を絞った。

「佐保さんのこれからを考えないとならないから、です」

「……」

「佐保さんは、心がほとんど壊れてます。重病人です。そう
してしまったのは、お母さんでしょう」

「ああ」

「病気ですから、時間をかけて直さないとならない。今、も
う治療に入ってます」

それまで全身に力が入りまくっていた田中さんの緊張が、
ふっと緩んだ。

「そうか……」

「それまで佐保さんにひどいことをしていたのは、みんな男
です。だから、治療に男は関われないんです。もちろん、僕
も含めて」

「ああ」

僕は、後ろを向いて伯母さんに目をやった。
それから視線を田中さんに戻した。

「後ろに座っているのは、僕の伯母です。伯母が女性だけの
シェアハウスを運営していて、そこで佐保さんと赤ちゃんを
看てくれてます」

伯母さんに視線を移した田中さんが、深々と頭を下げた。

「済まねえ。世話をかけるが、よろしく頼む」

うん。
伯母さんの言う通りだったな。
最初、殺気にまみれていた田中さんの気配が一変した。

伯母さんも、それを確かめて安心したんだろう。
笑顔で軽く会釈を返した。

「佐保さんの今の状況を伝えること。関わった僕らには、そ
れしか出来ないんです。ですから、これからも佐保さんの回
復の状況をお知らせします」

ふう……。

「本当は。佐保さん自身が自分の言葉で田中さんと話出来れ
ば一番いいんですけど……」

「ああ、無理だろ?」

「今は。一緒に暮らしている伯母にも、まだ心を開いてませ
ん。そう……聞いてます」

「そうか」

「でも、少しずつ。少しずつよくなっていくはずです。です
から、佐保さんの状況はこれからもお伝えします」

「は……はは」

それまでずっと強張っていた田中さんの顔が崩れて、いきな
りぼろぼろと大粒の涙をこぼして泣き出した。

「は……は……は」

「……」

「つい……て……ねえと……思って……たけど……よ。世の
中……悪く……ねえな」





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三年生編 第84話(4) [小説]

朝家を出た時よりはましだったけど。
やっぱり、拘置所ってところには入りたくない。
僕もしゃらも……いやほとんどの人は、たぶんそことは一生
縁を持ちたくないと思う。

伯母さんが、拘置所と刑務所は違うよっていろいろ説明して
くれたけど、僕の頭の中にはほとんど残らなかった。

そこはものすごくいかめしい建物ではなかったけど、僕も
しゃらも漂ってくる重苦しい雰囲気に気圧されていた。

約束の時間より、少し早く着いた。
でも余計なことを考えたくなくて、職員の人にすぐ面会室ま
で案内してもらった。

面会手続きをしてくれた伯母さんが、裏のルートを使ったの
か、それとも普通の手続きだったのか、それは分からない。
でも、伯母さんは僕らと並んで面会に臨むつもりはないみた
いだ。
僕らからは少し離れて、部屋の後ろの方に着席した。

「今、田中がまいります。着席のままお待ちください」

案内してくれた職員の女性が、そう言って部屋を出た。

アクリルの頑丈なつい立があって、それがこっちと向こうを
隔てている。
でも、それ以外は特に何もない。普通の部屋だ。

そわそわしていた僕らの様子を見ることもなく、男の職員さ
んに付き添われて、田中っていう人が面会室に入ってきた。

「!!」

粗末なスウェットの上下。
髪もひげもあまり整えられていない。ぼさぼさ。
でも、そのみすぼらしい見てくれを全部すっ飛ばすくらいの
猛烈な威圧感だった。

五条さんが札付きと言った意味が……よーく分かった。

田中って人は、これまで僕らが出会ったどの乱暴者とも雰囲
気が違っていた。

しゃらをいじめ抜いた双子のような、ガキっぽさはない。
テツや谷口のような、軽薄さやずる賢さは感じない。
いつも人を脅して自分を大きく見せようっていう、ヤクザの
見栄みたいなものも感じない。

それはそのまんま、制御出来ない巨大な暴力の塊。

ああ、そうか。
中庭で羅刹門の亀裂を封鎖する時、裂け目から吹き出した猛
烈な力。
それが固まって人間になったみたいな……印象だった。

「おまえ、誰だ?」

自己紹介する前に、いきなりぎょろっと目を剥き出した田中
さんに睨まれる。

ふう……根性を据えよう。
僕は、まず田中さんに一礼した。

「初めまして。僕は工藤樹生といいます」

「初めまして、だあ?」

不信感と嫌悪感を練り上げたような、棘だらけの口調。

「何の用だ」

「弓削佐保さんのことで」

ばん!

僕がその名を口に出した途端に、雰囲気が一変した。
血相を変えた田中さんがアクリルのつい立を蹴破ろうとする
勢いで席を立とうとして、職員さんに押さえつけられた。

「く……」

「佐保さん。元気ですよ。赤ちゃんも元気です」

ほっとしたんだろう。
田中さんの全身から怒気が抜けた。

「そ……うか」

「これからのこともあるので、僕から少し事情説明をさせて
ください」

もう一度、田中さんに一礼する。

「僕の隣にいるのは、田中さんが佐保さんの世話を託した則
弘さんの妹。御園沙良さんです」

「ああそうか。あんたら誰だと思ったが、そっちだったか」

納得してくれたんだろう。
田中さんが深く椅子に座り直した。




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三年生編 第84話(3) [小説]

「田中はいいのよ。あいつは、弓削さんがきちんとケアを受
けられるってことで満足するはず。それ以上は望まないで
しょう。でも、それじゃ半分しかつながらない」

うん。

「生活の苦労はともかく、孤独っていう底なし沼に二人が堕
ちないようにしないと、結局救いがないの」

ああ、そうか。そういう……ことか。
自我がものすごく薄い弓削さんが、田中っていう人をどう位
置付けているのか。
慕っているのか、嫌っているのか、なんとも思っていないの
か。それが、伯母さんにはまだ見えてない。
いや……伯母さんにだけでなく、誰にもまだ見えてない。

僕らは、田中っていう人に弓削さんの今を伝えることは出来
る。でも、それには弓削さんの外側の情報しか入ってないん
だ。

まだ誰も踏み込めていない弓削さんの心の中。
そこに何が、誰が、どんな形と色で入っているのか。
それをうまく伝えられないと、通り一遍の事務報告で終わっ
てしまう。
弓削さんと田中っていう人の縁は、切れてしまうだろう。

僕は……伯母さんから言われたことを元に、これからどんな
風に話そうかっていろいろ考えてみた。

弓削さんにも田中っていう人にも、僕やしゃらは無関係な第
三者に過ぎない。
でも、第三者だからこそ出来る言い方っていうのがたぶんあ
るんだろう。

僕らは、弓削さん自身のことについては何も言えないんだ。
その上で、今の弓削さんには出来ないことを代わりにする。
それしかないよね。

恐怖感で朝からずっとざわついていた心が、少しだけ落ち着
いた。

「ん……」

思い出せ。
今日のことは、伯母さんや弓削さんに頼まれたことじゃない。

僕が。
僕自身が、弓削さんに関わった者として出来ることを考え、
それを僕の意思で実行してる。
誰も、僕にそうしろなんて命令してない。

だから、僕に今出来ることをすればいい。
それ以上も、それ以下もない。

「ふうっ」

「落ち着いた?」

「ちょっとだけ。直接顔を合わせたら、また緊張すると思い
ますけど」

「あはは。それはしょうがないわ」

「でも、僕がしないとならないことは、整理出来ました」

「あの……いっき。わたしは?」

「何も言わなくていいよ。その代わり」

「うん」

「お兄さんを、きっちり弓削さんの件から切り離させてもら
う。きつい言い方しちゃうと思うけど、それは許してね」

激しい怒りの表情を浮かべたしゃらが、ぐいっと頷いた。

僕は、しゃらとお兄さんとの兄妹の縁を切りたくない。
でも、現状ではどうやってもお兄さんを擁護出来る材料がな
いんだ。

孤独に押し潰されるかもしれないっていう、ものすごく強い
恐怖。
僕もしゃらも伯母さんも、同じように辛い思いをしてる。
でも、僕らはその恐怖に負けないよう戦ってきた。
本当に恐怖に打ち勝てたかどうかは分からないけど、投げや
りになって自分を全部ぶん投げることはしなかった。

でも、今のお兄さんは逃げ癖が極限まで染み付いちゃって、
自我がぎりぎりまですり減ってる。
そこは弓削さんとまるっきり同じなんだよ。

しかも、弓削さんは被害者だけど、お兄さんは加害者だ。
何の言い訳も申し開きも出来ない。
虚勢を張るエネルギーすらないのに、行動だけは刹那的。
自分のしでかしたことに後悔も反省もない。
自分には同情して欲しいのに、人の気持ちは何も考えないん
じゃ……本当にどうしようもない。

孤立の怖さを知らないのは、これまでずっと誰かのパラサイ
トとして生きてきちゃったから。
それって、親のすねをかじって暮らしてる僕らとまるっきり
同じなんだよね。

罪を着せられて逃げた時のガキの意識のままで、これっぽっ
ちも成長してない。
いや……空意地すら張れなくなってる分、かえって退化し
ちゃってる。

誰からも切り離して独りの辛さをがっつり認識させないと、
お兄さんはいつまで経ってもパラサイトから抜け出せないと
思う。
五条さんが、独房に入れるみたいにお兄さんを部屋に閉じ込
めてるのは、たぶんそのためなんだろう。

今日、弓削さんの件をお兄さんから切り離すのも、同じ理由
だ。

お兄さんは、最初に逃げ出した時とは違う。
もうとっくに成人してるお兄さんは、被害者だっていう切り
札が使えないんだ。それを言い訳にしたって、生きる役には
立たない。
今のうちに言い訳のネタを全部取り上げてしまわないと、ま
た無責任に逃げ出そうとするだろう。

田中っていう人のためじゃない。しゃらとしゃらのご両親の
ために。
お兄さんが後ろを向いても、そこにはもう何もないよって言
えるように。お兄さんの逃げ道を一つ、確実に、塞ぐ。

僕は弓削さんには何も出来ないけど、お兄さんに出来ること
はあるんだ。あるのなら、僕はそうしよう。

もう一度確認。

僕が田中っていう人に言えること。
弓削さんの今。そして、しゃらのお兄さんとの切り離し。
それだけしかないし、それだけでいいよね。





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三年生編 第84話(2) [小説]

「変な話だけどね。私には、田中って男の心がよーく分かる
の」

え……?
僕もびっくりしたけど、しゃらがものすごく意外そう。

「あの……どうして……ですか?」

「孤独が、私と田中に課せられた運命だったからよ」

伯母さんが、ゆっくり目をつぶった。

「それはね、自分が選んだ結果じゃない。神様に乗っけられ
てしまった望まない運命。私も……そしておそらくは田中
も、そう思っているはずよ」

絶対に群れないっていう一匹狼の田中っていう人。
暴力と孤立の中に自分を置いてきたのは……自分がそうした
いからじゃないわけ?

「ううーん……」

「世の中には、本当の人間嫌いもいっぱいいるわ。でも、彼
は違う。究極の人間嫌いは誰一人として自分の近くに寄せ付
けない。孤独だけが真に心を許せる友人なの」

「あ!!」

僕もしゃらも、声を出してしまった。

「そうでしょ?」

「そっか……」

「田中が弓削さんの母親に惚れ込んでいたのは……彼にとっ
て、その存在がどうしても必要だったから。自分以外の拠り
所がね」

「はい」

「それは、私もそうよ。万谷コンツェルンの総帥として、望
まない場所に祭り上げられてしまった私。みんな私を利用し
ようとするだけで、誰も私の心の底なんか見てくれない。そ
れは……猛烈な孤独と不信感を生む。そうしたら、私は愛情
を疑わなくて済む母に頼るしかなくなるの」

「……はい」

ひっそりと。しゃらが俯いた。

「その母を失った時点で、私はどうしようもない孤立感に苛
まされた。自分が誰からも必要とされない、ぼっちに……感
じたの」

そうか。
それで伯母さんは、なりふり構わずに自分につながってくれ
そうな縁をたぐったのか……。

「私は」

目を開けた伯母さんは、車の窓に映った自分の表情を確かめ
るようにして、ふわっと笑った。

「すごくついてたわ。恵利花さん、リック、メリッサ。血を
分けた弟妹たちが、父を受け入れてくれたから。もちろん、
みんな心情的には自堕落な父を許すことは出来ないでしょ。
それは私もそう。でも、それが」

伯母さんが、指でこつんと窓を叩く。

「父の底なしの孤独感から出た行動だったってこと。そこだ
け受け入れてもらえれば。私は、父と同じ無間地獄に堕ちな
くて済むの」

……うん。

「田中もそうだと思うよ。あいつは、自分が今までしでかし
てきたことを許してくれなんて絶対に言わないでしょ。でも
あいつの行動は、あくまでも佐保ちゃんを守るためのもの」

「そうか。じゃあ、田中って人が本当に孤立しちゃわないよ
うに、これからも弓削さんとのつながりを確保してあげない
とだめってことですね?」

「ふふ。さすがいつきくん。理解が早いね。そう」

でも伯母さんは、そこでさっと笑顔を消した。

「だけどね。実際にそうするのはすごく難しいよ」

こくん。
しゃらが頷く。

「弓削さんの気持ちが……田中っていう人をどう思ってるの
かが……分からないと」

「そう!」

ぴしっ!
伯母さんが、急き立てるように話を現実に戻す。




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三年生編 第84話(1) [小説]

8月20日(木曜日)

「……うう」

どうしても顔が強張る。

おとつい、光輪さんの赤ちゃんを見せてもらいに行った時は、
お祝いだから気分が高揚したんだ。
いろいろごちゃごちゃ考えることはあっても、最後は赤ちゃ
んのかわいい顔で全部ちゃらに出来た。

でも……今日はそういうわけには行かない。

僕にとってもしゃらにとっても、一度も顔を合わせたことの
ない殺人犯と面会するのは猛烈なストレスだった。

かんちゃんも殺人の罪を犯していたけど、かんちゃんの持っ
てる雰囲気は最初からすごく穏やかで優しかったんだ。
なぜこんな優しい人が罪を犯したんだろうって、信じられな
いくらいに。

だけど、田中っていう人は違う。
これまで何度も傷害事件を起こして収監されてる、札付きの
乱暴者。矢野さんみたいに、自分の感情をきちんと制御出来
る人ではないんだろう。
五条さんが突き放した言い方をしてたけど、粗暴で感情がさ
さくれ立っているらしい。

中学の時にしゃらをいじめ抜いていた乱暴者の双子。
そいつらは、力はあり余っていたけどガキでバカだった。
権力者の親の力をかさにきて、ただいばり散らしてただけ。
世の中の厳しさとか、責任とか、そんなの何も知らなかった
んだ。

田中っていう人は違う。
世の中のルールや決まり事に、全力で逆らい続けてきたんだ
ろう。
最後には力にものを言わせて切り抜ける……そういう生き方
をあえて選択してきた人。あの双子たちよりも、ずっとたち
が悪いんだ。

そういう、僕らが会ったことのないタイプの人とガチで話を
しないとならない。

中庭で谷口っていうヤクザとやり合った時は、僕らは傍観者
だった。ようこが中に入ってくれたから。
でも……今度は僕自身が相手をしないとならない。

しかも。
僕らは、田中っていう人と対決しちゃいけないんだ。

僕らの役目はあくまでもメッセンジャー。
弓削さんの現状とケアの状況を伝え、田中っていう人を安心
させる。それが面会の目的なんだ。

びびっても、怒ってもだめ。
冷静に、事実だけを伝えること。

「……」

そんなことが僕に出来るんだろうか?
分からない。自分でもこうなるっていうイメージがつかめな
い。

制服をきっちり着込んだ僕は、朝っぱらからがっちがちに緊
張していた。

こんなのは……初めてだ。

「いっちゃーん、車が来たよー?」

ううう。行きたくないよう。
でも、行かなきゃ。

ぱんぱん! 

自分の机の前で柏手を打って、いるかどうか分からない神様
にお願いする。

「なんとか……今日一日うまくこなせますように」


           −=*=−


移動の車の中。僕もしゃらも、一言も口を利かなかった。
いや……何もしゃべれなかった。

僕でさえばりっばりに緊張しているんだから、しゃらの緊張
は極限に近かったと思う。
顔は真っ青。体はこわばってかちこち。小刻みに震えて、膝
が揺れてる。……着いた時に歩けるんだろうか?

落ち着いてるのは伯母さんだけだ。

「なんだなんだ、二人とも修羅場をいっぱいくぐってきたの
に、肝っ玉が小さいわねえ」

ううう、伯母さんと一緒にせんといてくださーい。

「伯母さーん、僕らはもともと小市民なんですぅ」

「あははっ」

伯母さんの乾いた笑い声。

「まあ、気持ちは分かるけどね。でも今日は、いつきくんが
心配してるみたいな殺伐とした雰囲気にはならないよ。それ
だけは保証する」

「ええー?」

信じられないけど……。
僕が不安げに首を傾げたのを見て、伯母さんがすうっと視線
を外に向けた。





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