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三年生編 第88話(5) [小説]

しゃらんちに買い物した荷物を届けて、すぐ家に帰る。
まだじわっと頭痛が残ってたから、夕飯食べた後ですぐ休み
たかったんだけど、りんが後で電話するって言ったのが引っ
かかって結局勉強モードになっちゃった。

記述式の数学の問題を解いてるうちに、結構いい時間になっ
た。

「十時半、か。明日かけてくるのかな?」

それならもう寝ちゃおうかなーと、椅子から腰を浮かせたと
ころで携帯がぶるった。

「来たかー」

りんの番号。間違いない。

「うい、いっきっすー」

「電話で話すんのは久しぶりだねー」

「んだな。生活が完全に割れちゃったからなー」

「まあ、そんなもんしょ」

「どしたー?」

「ああ、事務報告だけ」

「事務報告?」

「そ。うちね、両親が離婚した」

ずっどおん!

「なにい!?」

「まあ、前からいろいろあったんだけどさ」

りんの口調はものすごく乾いていた。

「親父の方が、母さんよりずっと俗物で、えらそーなのよ」

「分かるー」

「でしょ? まあ、母さんからしてみたら、おまえは俺が偉
くしてやったなんていけしゃあしゃあというやつぁ論外で
しょ。家事なんかなーんもしないくせに、口だけは達者でさ
あ」

とげとげとげとげ。
りんの口撃は、容赦なかった。

「教授時代だって、アカハラの急先鋒。女子学生に手を出し
たっていう笑えない話も流れてた。巴さんが爆弾落とす前か
ら、もう充分ヤバかったんだよね」

「うっわあ」

「だから、親父の方は引き取り手がないんよ。母さんは、い
くつかの大学から引き合いがあったらしいんだけどさ」

「すげえ……」

「まあ、そんなこともあってね。自分の始末を自分で付けら
れないなら三行半叩きつけるぞって、母さんから親父に脅し
が入ってたの」

「普通逆じゃんか」

「わはは! わたしの母親だよー」

「らじゃ」

さもありなん。
クビになってすぐに、スーパーで焼き鳥焼けちゃう人だから
なあ。

「でも、改善の見込みなしってことで、母さんの方から離婚
調停の裁判起こして、正式決定になったの」

「そっか……」

「まあ、その結果は前からなんとなく見えてたから、特にど
うってことはないんだけどね。わたしも、もう独立間近だし
さ。特にコメントも感傷もないんだ」

「なるほどなー。さすが、りん。で、事務連ていうのは?」

「姓が変わるの」

あっ!

「そ、そっか。市東じゃなくなるんだ」

「そうっす。母さんの旧姓が村松だから、村松倫になんの」

「なじむまで、ちょっとかかりそうだな」

「まあね。でも、将来結婚したらまた姓が変わるんだろうし、
わたしゃ下の方でしか呼ばれないから、実害はないかなー」

「わははははっ!」

「つーことでよろしくー。あ、しゃらにもそう言っといて。
いちいちみんなに説明すんのがかったるくてさ」

「おけー。わあた」

「じゃねー」

ぷつ。




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三年生編 第88話(4) [小説]

週初に強烈な食あたりでぶっ倒れたしゃらは、火曜日休んだ
あとで一応回復したらしいけど、結局今週は本調子に戻らな
かった。
お母さんの看病や田中さんとの面会とかいろいろあったし、
疲れが溜まってたんだと思う。

昨日くらいから少し踏ん張りが効くようになったって言って
たけど、今度は僕が不調。
どうも、八月ラストは二人して冴えないよなあ。

放課後、スーパーに寄る。
ぶつくさ言いながら、しゃらに頼まれた買い物をかごに入れ
てレジの列に並んだら、レジ係がりんだった。

「いらっしゃいませーって、なんだいっきかー」

「なんだはねえだろ」

他のお客さんが後ろに控えてるから、余計なちゃちゃは入れ
られない。
突っ込みなしで会計を済ませて、さっさと離脱する。

「ああ、いっき。あとでちょっと電話するー」

「うい」

なんだろ?

買い物袋をぶら下げてスーパーを出ようとしたら、入り口近
くにある生花のコーナーに、けっこうごつい鉢植えがごんと
置かれているのが見えた。

「へえー……」

エクメア、か。
少し銀色っぽい葉が放射状にわさっと茂ってて、そこから花
茎がぽんと伸びてる。
でも……その花は何か塗料で色がつけてあって、どうも本物
の花の色じゃなさそう。

そっか。色が付けられてるのは苞だ。
きっと花自体は小さくて、そんなにきれいってわけでもない
んだろうな。

いくら派手でも、苞がタネを実らせることは出来ない。
タネを作るのは、どんなに地味でも花の仕事だ。
それは……僕らの内面と外面の違いみたいなものかもしれな
いね。

強がりのメッキが剥げて、未熟でひ弱な自分に呆然としてる
さゆりちゃん。
その姿は、かつての僕や実生の姿そのものだ。

僕らは他人に対してじゃなく、自分に対して虚勢を張るしか
なかったんだよね。
僕は、わたしは。まだ大丈夫だよってね。

虚勢を人に向けたのがさゆりちゃんだった。
僕らとさゆりちゃんの間には、それくらいの差しかない。

中身はまるっきり同じ。地味で、ひ弱で、誰にも見てもらえ
ない。でも、それが僕らなんだよ。
そして最後に残るタネは……僕らにしか見えないし、僕らに
しか意味がないんだ。

苞をむしられて、貧相な花だけになってしまった今。
ちっぽけな自分、無力な自分に強いショックを受ける気持ち
はよーく分かるよ。僕らもそうだったから。

でも、自分のタネは自分にしか扱えない。
作るのも、蒔くのもね。

誰かにぎんぎらぎんの蛍光色に塗られてしまった苞。
それがどんな色や形をしていても、花を咲かせられるか、タ
ネを実らせられるかには関係がない。

健ちゃんもおじさんおばさんも、苞がどうなってるかを見た
らダメ。苞をどうするか考えたらダメなんだよ。
そんなの、結局なんの意味もない。

まだひ弱だって言っても、さゆりちゃんにはさゆりちゃんの
価値観や考え方がある。それをどうタネまで持っていくか。
持っていけるか。
そういう風に考えないと、どんな復帰プランを練ってもきっ
と失敗する。

「ふう……」

でもね。
それを、僕らはああだこうだ言えないの。

同じ工藤姓でも、うちと健ちゃんとこでは家の雰囲気が全然
違うんだ。
健ちゃんとこに合うようにやり方を工夫してもらわないと、
どうにもならない。

僕は、それがうまく行くように祈るしかない。

「さて、さっさと届けてくるか」

後ろ髪を引かれる感じがあったけど。
僕はエクメアから視線を切って、スーパーを飛び出した。





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