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三年生編 第87話(6) [小説]

「ねえ、北尾さん」

「はい」

「今回のことをネガに考えない方がいいよ。僕らにとって高
校はあくまでも入れ物。それも時限付きの。寝太郎がきちん
と収まる入れ物の方が、絶対にあいつにとってはいいと思う」

「はい」

「人にはそれぞれペースがあるからさ。寝太郎には寝太郎の
ペースがある。それを誰かが用意してくれるなら、そっちの
方が絶対に幸せになれる」

「そう……ですね」

「寝太郎のことはひとごとじゃないよ。僕らもこれから試さ
れる」

北尾さんが、小さく頷いた。

「全部自分でやるのも、全部誰かにしてもらうのも無理。僕
らはいつでも、自力と他力のバランスの上にある。でも」

「自分でこなせるところを出来るだけ多く……ですね」

「そうじゃないと、誰かに手を差し出せないよ。自分のこと
だけでいっぱいになっちゃう」

「あ!」

北尾さんが、ぽんと立ち上がった。

「去年。北尾さんがうちに転校してきたばかりの時だった
ら。寝太郎のことなんか考えられなかったでしょ?」

「……はい」

「それだけ、北尾さんに余裕が出来たんだよ。核になる自分
がしっかり作れたんだ」

「うん」

「でも、それって伸び縮みすんの。今の僕らには、自分以外
のものに手を出す余裕がない。受験が目の前にぶら下がって
るからね」

「そうですね」

はあ……。

「寝太郎のこと以外にも、気になってることがいっぱいある
んだ。でも、今はそれに気を回す余裕がないの。僕も、いっ
ぱいいっぱいなんだよね」

「御園さんの……ことですか?」

「それもある」

「他にも……」

思わず頭を抱え込んだ。

「ほんとにいっぱいあるんだよ。でも、今の自分に出来ると
ころにしか手を伸ばせない。それで、精一杯なんだ」

ふうっ。

「受験をパスして、新しい生活を軌道に乗せて。それで自分
に余裕が出来たら」

「うん」

「少しずつ、僕に出来ることはする。僕のやれる範囲でね」

「それしか……ないですよね」

「僕は、そう思う」

「はい」

「ねえ、北尾さん」

「はい?」

「それでもね、こうやって心配してくれる人がいるってこと
は……」

立ち上がって、思い切り伸びをした。
っふう!

「幸せだと思うよ。誰からも無視されるのが一番辛い」

「はい。そう思います」

「大丈夫、きっといい方向に行くよ」

「そうですよね!」

ぐるっと中庭を見回した北尾さんが、笑顔を取り戻した。

「沖田くんの分まで」

「うん」

「がんばることにします」

「いいんちゃう? あいつ、喜ぶと思うよ」

「はい! じゃあ、帰ります」

「またねー」

「はーい」


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三年生編 第87話(5) [小説]

「おー、いっき。呼び出しだったん?」

ヤスと差し向かいでお弁当を食べる。
午前中はなんとか堪えてたしゃらだけど、やっぱり体調不良
で早退した。これからは、体調の維持も大事な課題の一つだ
よなあ。

「進路のことでね。えびちゃんじゃなくて、瞬ちゃんの呼び
出しだったわ」

「おわ!」

「まあ、確定したから、それでいい」

「って、まだ決めてなかったんか」

「仮置きだったからね。夏休みの間に仮を取った」

「そっかあ」

「ヤスは?」

「だいぶ絞ったけどな。家から通えるとこにするか、上京す
るかで変わるからなあ」

「なるほどー」

「いっきはどうするん? 宅通?」

「家、出るよ。一人暮らししたい」

「……。親と何かあるとか?」

「いや、家から通うとダレそうでさ」

「ううー、しっかりしてんなあ」

「いやあ、まだ一人暮らししてる自分の姿が想像出来ないか
ら、なんとも」

「そっか……」

瞬ちゃんには言わなかったけど。
背伸びしないで済む大学にしたところで、結局いろんな制約
があるし、これまでとは違うプレッシャーがかかる。

生活スタイルはがらっと変わるし。
学費や生活費をどうするか。しゃらとの関係をどうするか。
実生との距離をどう調整するか。
そうなってみないと分かんないことが、山ほどあるからね。

それを、出来る限り自分だけの力で解決していきたいんだ。
親や先生、親族や友達。たくさんの人の力で支えられてた自
分のあり方を、一度原点に戻したい。

そうしないと、差し出されるものを受け取ることにためらい
がなくなっちゃう。ものすごーく鈍感になる。

しゃらとのことが、一番そのリスクが高いんだ。
隣にしゃらがいて、それが当たり前だった日常を一度強制的
にリセットしてやらないと。
僕は無意識のうちにしゃらにひどくよっかかったり、支配し
ようとするかもしれないから。


           −=*=−


放課後。
しゃらんちに寄って行くからすぐに帰るつもりだったんだけ
ど、教室の入り口で北尾さんにつかまった。

「お? 北尾さん。おひさ」

「おひさですー。あの……」

人のいないところで話をしたいっていう感じ。

「中庭行くか」

「そうですね」

閉鎖空間だと、変に勘ぐられるかもしれない。
中庭なら、同じ部員だし立ち話してても大丈夫だろう。

生徒玄関でさくっと靴を履き替え、中庭に直行。
さすがに、休み明けすぐには誰もいない。

ベンチに腰を下ろして、北尾さんが何か切り出すのを待っ
た。

「沖田くん」

「あっちゃあ……」

それで全部分かっちゃった。

「やっぱ、休学かあ」

「はい。斎藤先生から、今朝正式アナウンスが」

「ふう……」

思わず、朱の混じった太陽を見上げた。

「二年。なんとか堪えて来て、ここで戦線離脱はしんどいだ
ろうなあ」

「はい……」

「でも、ピンチをチャンスにするしかない。ここのペースが
合わないなら、自分を無理やりここに合わせるんじゃなく、
合うところを探す。そういうやり方が、現実的なのかもね」

北尾さんは、すんと俯いてしまった。
寝太郎とは逆のプロセスを踏んで見事に自分を立て直した北
尾さんにとっては、寝太郎の離脱はいたたまれないだろうな。



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