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三年生編 第88話(2) [小説]

健ちゃんにはストレートに言った。

「何がきっかけでどうなったにしても、周囲の人は事実しか
見ないよ。学校にいなかった昔のことより、学校にいる今の
方が長ければ、みんなはそれが当たり前だって考えるんだ。
だから僕は早くリスタートしたかったし、僕のおすすめは
そっち」

「ってことは、普通校に転校ってことだな」

「僕なら、ね。僕はさゆりんじゃないから、さゆりんがどの
くらい周囲の目を気にするのかは分からない。そこは、家族
で話し合ってもらわないと」

「うーん……」

健ちゃんの歯切れは悪かった。
つまり、最初に信高おじちゃんとさゆりんが大激突した時と
違って、今度は両方とも腰が引けちゃってるってことなんだ
ろう。
双方押し合いなら、まあまあ落ち着けって間に入れるけど、
両方で引いちゃってると……確かになあ。

それならまずどれかをやってみて、結果を見て軌道修正する
しかないでしょ。

順序としては、最初から引いちゃう形じゃなく、転校でのリ
セットを先に試した方がいいと思うよと。
健ちゃんにはそう伝えた。

理由はこの前言った通り。
最初に下がると、這い上がる気力を失うから。

下がるのはいつでも下がれる。
だから、最初は負荷をかけた方がいいと思う。
僕はそれしか言えない。

何度か電話でのやり取りがあって、健ちゃんたちが納得して
くれたのが昨日。
そして、その昨日の電話がはんぱなく長かったんだ。

健ちゃんたちは。
どうしても、大丈夫うまく行くよっていうお墨付きが欲し
かったんだろう。

でも僕はそれだけは言えない。絶対に言えない。
全ての責任は、最後は本人が負うしかないから。

昨日のやり取りで疲れたのは、健ちゃんと長話したからだけ
じゃない。
珍しく、僕ら家族の間でも意見が割れたからなんだ。

母さんは、徹底してそのまま復学を押した。
自分で選択したことの責任を負わないと、ひけ目を一生引き
ずることになるよって。

うん。母さんの言うのは正論だと思うよ。僕もその通りだと
思う。
どんな事情があったにせよ、家を飛び出した時点で親の庇護
を拒否したんだから、その後にあった全てのことは自己責任
さ。

でもね、母さん。さゆりちゃんは未成年なんだよ。
まだ親が、自己責任の一言でばっさり切り捨てることは出来
ないんだ。誰かがちゃんと後見しないと、法律上だめなの。

まるで罰を与えるみたいに、好奇の視線しか降ってこない高
校に戻すのは、さゆりちゃんにとって生き地獄だよ。
それはないなあと思う。

父さんと実生は、もっともマイルドな方法を主張した。
もう少し冷却期間を置いて、そのあと通信制かフリースクー
ルっていう線。

優しい父さん、年と立場がぴったり重なる実生は、さゆり
ちゃんを自分の過去に重ねたんだろうな。
まだ庇護が必要な時期なんだから、さゆりちゃんの心の傷に
もっと配慮すべきだろうっていう論理展開だった。

それも一理ある。
僕も、次善策としてはそこしかないかなと。
でも、最初に採るべきプランじゃないと思ったんだ。

さゆりちゃんには、親に反発するエネルギーはあったんだ。
最初からへたへただったわけじゃない。
自分の陣地から出た途端に大破したからって、今度は狭っ苦
しい柵の中だけで過ごそうってわけ?

親どころか、健ちゃんの枠からすら出られなくなったら、一
生自分を出せる場所がなくなるよ。
親兄弟以上の理解者なんか、どこにもいないんだからさ。
誰かの奴隷になってもいいんなら、上げ膳据え膳もいいかも
ね。




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三年生編 第88話(1) [小説]

8月28日(金曜日)

「うぐー」

頭の後ろがしびれる。

夏休み中の方がずっと時間密度が濃くて、びっしり何かして
たはずなのに。
普通に授業がある今の方が、時間の重量感がはんぱない。
どうして?

ああ、そうだよな。
使える時間が限られてるっていう、時限爆弾のタイマーが目
の前でかちかち鳴ってる感覚。
それがどんどんリアルになってきたからだ。

何かしてもしなくても時間は過ぎる。
半年、一年先のことだったら、まだまだ先じゃんて笑えるけ
どさ。もう残り四か月しかない。

高校最後の八月が絶命したら。僕らにはもう休みがない。
全てをぶん投げて、やれやれって息を抜けるまとまった休み
時間がもうないんだ。

それが……じわっと効いてくる。

教室で片肘ついて顔をしかめてたら、ヤスが寄ってきた。

「おーい、いっき。どした? 調子悪そうじゃん」

「ああ、頭痛がする」

「ほえ? 珍しいな」

「いや、そんなにしょっちゅうではないけど、偏頭痛持ちだ
からね」

「そらあ知らんかった。保健室行かんで大丈夫か?」

「そんなにひどいわけじゃないからね。それと、昨日ちょい
夜更かしし過ぎて、寝不足……」

ああふ。

「御園と長話?」

「いや、あいつもまだ腹をやられたダメージから回復しきれ
てないから、電話とかは短めに切り上げてる」

「ふうん。じゃあ、勉強の方か」

「まあ、そんなとこ」

実際はそうじゃない。
今週は、家に帰ってからが結構忙しかったんだ。
もちろん、その元ネタはさゆりちゃんのこと。

健ちゃんから何度も電話がかかってきて、その応対でだいぶ
時間を持って行かれた。

僕個人としては、関与できるのはこの前のところまで。
あとは健ちゃんたちが話し合って、家族の間でなんとかオト
して欲しい。
僕らを巻き込んだって、事態が複雑になるだけだよ。

僕はこれからラストスパートだ。
がっつり気合いを入れんとならん時に、結論の出ない微妙な
話を持ち込まれるのは本当にしんどい。

でも、同時に。
健ちゃんの焦りもよーく分かる。

いくら健ちゃんがマイペースのぼよよんと言ったって、本当
に僕が臨戦態勢に入ってしまったら一切触れなくなるってこ
とはよーく分かってる。
僕がまだそこまで切迫していない今しか、アクセス出来ない
んだよね。

僕の方から今後の方針をリードするのは無理。
僕には責任が取れないから。

あくまでもさゆりちゃんがどうしたいかがベースで、足りな
いところを家族でどう補佐するか決める。
それしかないと思うんだ。

さゆりちゃんが取りうる選択肢はそんなに多くない。
母さんが目一杯ぶちまかしたから、家に引きこもっていられ
る時間がもうないってことは分かってるはず。

そして、ほとんど登校してない高校に戻ることも出来ないだ
ろう。
私立の高校ならともかく、公立の高校で一人一人の生徒のプ
ライベートまで配慮してくれるとはとても思えないから。

ぽんいちだって、サポは最低限だよ。
加害者の元原であっても、被害者のゆいちゃんであってもそ
うだったからね。
学校で気にするのは、当事者よりも、それが他の生徒に波及
したり学校全体を動揺させることにならないかってことなん
だ。

健ちゃんにはそれを最初に伝えてある。
復学するにしても転校するにしても、学校のサポートはあま
り期待しない方がいいよって。

そしたら、さゆりちゃんは腰が引けるわなー。
通信制やフリースクールみたいに、周囲の子たちと距離を取
れる方が気楽なんじゃないかって感じるんだろう。

でも、精神的な負担がどのタイミングでかかるかの違いがあ
るだけさ。最初辛いのを我慢してすぐに慣らすか、後から
じっくり苦労するか。
どっちにしても、一度レールから外れちゃったことの弊害は
結局どっかで出るんだ。

僕の中学の時がそうだったからね。





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