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三年生編 第88話(4) [小説]

週初に強烈な食あたりでぶっ倒れたしゃらは、火曜日休んだ
あとで一応回復したらしいけど、結局今週は本調子に戻らな
かった。
お母さんの看病や田中さんとの面会とかいろいろあったし、
疲れが溜まってたんだと思う。

昨日くらいから少し踏ん張りが効くようになったって言って
たけど、今度は僕が不調。
どうも、八月ラストは二人して冴えないよなあ。

放課後、スーパーに寄る。
ぶつくさ言いながら、しゃらに頼まれた買い物をかごに入れ
てレジの列に並んだら、レジ係がりんだった。

「いらっしゃいませーって、なんだいっきかー」

「なんだはねえだろ」

他のお客さんが後ろに控えてるから、余計なちゃちゃは入れ
られない。
突っ込みなしで会計を済ませて、さっさと離脱する。

「ああ、いっき。あとでちょっと電話するー」

「うい」

なんだろ?

買い物袋をぶら下げてスーパーを出ようとしたら、入り口近
くにある生花のコーナーに、けっこうごつい鉢植えがごんと
置かれているのが見えた。

「へえー……」

エクメア、か。
少し銀色っぽい葉が放射状にわさっと茂ってて、そこから花
茎がぽんと伸びてる。
でも……その花は何か塗料で色がつけてあって、どうも本物
の花の色じゃなさそう。

そっか。色が付けられてるのは苞だ。
きっと花自体は小さくて、そんなにきれいってわけでもない
んだろうな。

いくら派手でも、苞がタネを実らせることは出来ない。
タネを作るのは、どんなに地味でも花の仕事だ。
それは……僕らの内面と外面の違いみたいなものかもしれな
いね。

強がりのメッキが剥げて、未熟でひ弱な自分に呆然としてる
さゆりちゃん。
その姿は、かつての僕や実生の姿そのものだ。

僕らは他人に対してじゃなく、自分に対して虚勢を張るしか
なかったんだよね。
僕は、わたしは。まだ大丈夫だよってね。

虚勢を人に向けたのがさゆりちゃんだった。
僕らとさゆりちゃんの間には、それくらいの差しかない。

中身はまるっきり同じ。地味で、ひ弱で、誰にも見てもらえ
ない。でも、それが僕らなんだよ。
そして最後に残るタネは……僕らにしか見えないし、僕らに
しか意味がないんだ。

苞をむしられて、貧相な花だけになってしまった今。
ちっぽけな自分、無力な自分に強いショックを受ける気持ち
はよーく分かるよ。僕らもそうだったから。

でも、自分のタネは自分にしか扱えない。
作るのも、蒔くのもね。

誰かにぎんぎらぎんの蛍光色に塗られてしまった苞。
それがどんな色や形をしていても、花を咲かせられるか、タ
ネを実らせられるかには関係がない。

健ちゃんもおじさんおばさんも、苞がどうなってるかを見た
らダメ。苞をどうするか考えたらダメなんだよ。
そんなの、結局なんの意味もない。

まだひ弱だって言っても、さゆりちゃんにはさゆりちゃんの
価値観や考え方がある。それをどうタネまで持っていくか。
持っていけるか。
そういう風に考えないと、どんな復帰プランを練ってもきっ
と失敗する。

「ふう……」

でもね。
それを、僕らはああだこうだ言えないの。

同じ工藤姓でも、うちと健ちゃんとこでは家の雰囲気が全然
違うんだ。
健ちゃんとこに合うようにやり方を工夫してもらわないと、
どうにもならない。

僕は、それがうまく行くように祈るしかない。

「さて、さっさと届けてくるか」

後ろ髪を引かれる感じがあったけど。
僕はエクメアから視線を切って、スーパーを飛び出した。





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