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三年生編 第89話(8) [小説]

県博から帰って部屋で勉強してたら、夕方にしゃらから電話
がかかってきた。

「あ、いっきぃ。ずっと家にいたの?」

「いや、夏休みはほとんど寺と家に缶詰だったからさ。気晴
らしに県博に行ってきた」

「あ、いいなあ。楽しそう」

「ううう、とんでもない。大失敗だった」

「え? どして?」

「小中は、まだ夏休みのところがあるんだよな。自由研究の
駆け込みと、恐竜化石の移動展が重なって、すさまじい芋洗
い状態」

「うわ……そっかあ」

「常設展示の植物のブースは人が少なかったから、そっちを
じっくり見てたんだ」

「ふうん」

「で、そこで神村さんに会ってさ」

「あ、去年案内してくれた学芸員さんね」

「うん。元気そうだったよ。しゃらは一緒にいないのって
突っ込まれちった」

「あはは!」

「それはそうと、アガチスはどうだった?」

「うん。結構歴史のあるところだから、建物とかは少し古め
かなー。でも落ち着いてて雰囲気はいい」

「印象は悪くないわけね」

「だって、レベル高いもん。推薦は微妙だなー」

「……そっか」

「でもね、案内してくれた先生に言われたの。推薦がだめ
だったからあとは一般入試っていうわけでもないんだって」

「へえー!」

「特待や推薦の枠が埋まってから、次はAO入試。そっちは
小論文と面接だけで、センター試験が組み込まれないの」

「ええー? 一般入試とすっごい落差が……」

「その分、これまでの高校での成績とか部活の実績とかが
しっかり査定されるの。高校入試の内申点みたいな感じ?」

「あ、そうかあ」

「AOは、何か自己アピール出来るものがないとしんどいら
しいんだけど、プロジェクトの受賞はばっちり売りになるみ
たい。わたし、副部長だったし」

「やりぃ! 苦労した甲斐があったってことか」

「うん! でも、推薦の方がプレッシャー少ないから、そっ
ちで決まって欲しいけどなあ」

「確かになー。あ、そういや見学は誰と行ったん?」

「美樹ちゃんと三田さん」

どっごーん……。

「あわわ。まあた、すごい組み合わせだなあ」

「まあね。美樹ちゃんはもともと栄養科狙いじゃないし、金
魚のうんちはもう勘弁して欲しいんだけどなあ」

「それでも、見に行こうって思うだけでもマシじゃん」

「そうね。楽しそうだった」

「三田さんは?」

「わたしと同じで栄養科本命。ただ……推薦は取れそうにな
いって。一般入試になりそう」

「どっか他と併願にするのかな」

「そうみたい。アガチスがベストだって言ってたけど」

「がんばって欲しいなあ。あのガタイなんだしさ」

「あはは。もう目立ちまくってたわ」

ひっひっひ。そうだろなあ。

「県立大のオープンキャンパスは九月末だったっけ?」

「そう。もうちょい早くやって欲しいんだけど、公立のとこ
だとスケジュールが動かせないんだろね」

「そっかあ。併願のとこは見に行くの?」

「行かない。合格しても、そこには進学しないから」

「なんか……もったいないね」

「まあね。でも、レベルの高いところにチャレンジするって
いうモチベーションがないと、怠け者の僕は緩むもん。模試
でもそういう傾向があるし」

「そんな風に見えないけどなあ」

ふと。マツカゼソウのことを思い出す。
なよなよしているように見えて、実はすごくしたたかなマツ
カゼソウの生き方。
でも、僕らだってみんなそうなんちゃうかなあって。

人がいいように見えて、実は頑固で筋を曲げないしゃら。
がたいがいいのに、実はものっそびびりの三田さん。
揺るぎない信念の人に見えるけど、実はナイーブな神村さん。
僕だって、見かけほどしっかりしてるわけじゃない。

そういう外面と内面のずれは、きっと誰もが持ってて。
めんどくせーとかぶつぶつ文句言いながら、そういうずれと
付き合ってるってことなんだろう。

「ずーっと先のことみたいに感じてたけど。だんだん本番近
くなって来たんだよなあ」

「ううう。考えたくないー」

「だよなー。なんとか乗り切ろうぜ」

「そだね。じゃあ、また明日ー」

「うっす」

ぷつ。

「ほ。珍しいなー」

いつもはもっと引っ張ろうとするしゃらが、あっさり自分か
ら切った。
それだけ、出口がはっきり見えてきたってことなんだろな。

「出口か……」

それを、本当の『出口』にしてしまわないようにするために
も。

「もう一踏ん張り。だな。なよなよのマツカゼソウになんか
負けてたまるか!」




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今日の花:マツカゼソウBoenninghausenia albiflora var. japonica




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三年生編 第89話(7) [小説]

そうだ。せっかく神村さんと話す機会が出来たんだから、も
う一つ聞いておこうかな。
母さんが持ち込んだあの草。マツカゼソウのこと。
なんか、まだ謎がありそうだったし。

「あのー、話が変わっちゃうんですけど、一つ聞きたいこと
が」

「なに?」

「神村さんは、マツカゼソウってどんな草か知ってます?」

「ああ、変わった草ね」

「変わってるんですか?」

「ミカン科の植物は、ほとんどが木。木本なの。でもマツカ
ゼソウは草。おもしろい選択よね」

「へー! 知らなかった」

「そしてね。それほどメジャーな植物じゃなかったんだけど、
日本の中西部の森林で、地味に分布を広げてるの」

「どうしてですか?」

「あの草は、独特の匂いを持ってる」

「はい。なんか、薬臭いっていうか」

「その嫌な匂いがもとで、草食動物がマツカゼソウを食べた
がらない。食べ残されるの。不嗜好植物っていうんだけどね」

「わ! そっかあ!」

「今ね、日本全国の山ですごい勢いでシカが増えてて、シカ
の好きな植物はあっという間に食べ尽くされちゃうの。でも
シカに食べ残されるマツカゼソウは、競争相手がいなくなる
からじわじわ増えるんだよね」

「やわっとした草に見えたんですけど、したたかなんですね」

「そう。植物は見かけによらないわ」

知らんかったー。帰ってから、母さんに教えてやろう。

神村さんが、研究パネルを見ながらこそっと笑った。

「見かけによらない。本当にそうね。見るからに傷だらけ
だったみずほの方が、先に幸運を捕まえた。わたしは自分で
はタフだと思ってたけど、見かけほど強靭じゃなかった。そ
ういう事実から目を反らすと、嘘を飲まないとならなくな
る」

嘘を飲む、か。

「研究者なら、もっと事実をシビアに見ないとだめだなー。
はあ……」

やれやれというように首を振った神村さんは、それでも明る
く挨拶して帰っていった。

「ゆっくり見てってね。みずほにはよろしく伝えといて」

「直接連絡されないんですか?」

「その場の勢いで、なんか余計なこと言っちゃいそうだから
さ。あはははっ!」

なんとなくその様子が目に浮かんで、僕は苦笑するしかな
かった。
神村さんて、言葉遣いは丁寧だけど、突っ込みがごっつ厳し
いからなあ。

「はあい」





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