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三年生編 第90話(3) [小説]

いかん。
集中力を高めるのはいいけど、それ以外何も見えなくなっちゃ
うのはまずい。

「とりあえず、連絡だけすぐ回しておこう」

しゃらは、バイト中かもな。
直電じゃなく、メールにしとこうか。

会長が破水したことだけをさっと流したら、すぐに直電が返っ
てきた。

「いっき! 会長、破水したの?」

「予定日より少し早いけど、そうみたい」

「あっきーから連絡?」

「違う。なんか会長んちがどたばたしてるなあと思って見てた
ら、実生にがっつりどやされて」

「いっぎいいいいいぃ! あほたれえええっ!!」

ううう。しゃらのどやしは実生以上に容赦ない。
金魚の木みたいにぽんぽんに膨れてるだろなあ。とほほ。

男と女って、こういうところでも温度差が出ちゃうんだな。
そういや、ピクトールでグリ−ンフィンガーズクラブの総会
やった時に、会長がご主人のことをどやしてたもんなあ。
あの人、私の苦労を何も知らないのよって。

僕も……まるっきり返す言葉がなひ。ううう。

「いっき、あっきーが向こう行ってるの?」

「いや、あっきーは進くんのお守り。あと、津川さんがこっち
来てる。お産扱いってことみたい」

「病院へは、ご主人が一緒に行ったの?」

「そう。それと荷物係で実生がついてった」

「そっか……」

僕の母さんが付き添わなかったってことで、しゃらは雰囲気を
読んだんだろう。

会長の家には会長の家なりのプライベートがあり、方針があ
る。
僕らは出来る限り会長のサポートをしたいけど、会長のリクエ
スト以上のことは出来ないんだ。

そう、進くんの時とはだいぶ状況が違ってる。
もうすでに子供がいるから、ご主人がべったり会長に付き添う
ことは出来ない。
そのハンデを、あっきーと津川さんがサポートするってこと。
身内だけで出産前後の役割分担をこなす計画にしてたってこと
だ。

ただ破水が予定より少し早かったから、慌ただしくなったんだ
ろうな。

「うーん、じゃあ、すぐに手伝いがいるってことじゃないんだ
ね」

「たぶんね。何かあれば病院に行った実生から指令が来るは
ず。それには備えとく。今日は動かないで自宅待機するわ」

「わかったー。何かあったら連絡して」

「うす」

「安産だといいね」

「僕らはそれを祈るしかないよ」

「うん」

「そいじゃ」

「はあい」

ふう……。

過去の清算。
進くんの出産の時には、会長はいろいろなしがらみを抱えてた。
でも今度の出産には、あの時よりずっと前向きに臨めるんじゃ
ないかな。そうだといいなと……思う。

あっきーが、会長の家を自分の第二の実家だと考えられるなら。
そこは、いつも賑やかで楽しい家になるはずだ。
いつかはそこに帰りたいと思える家に。

もしそれが実際には叶わないにしても。
あっきーは、自分の理想の家庭を思い描けるようになる。
こんな家にしたいなーってね。

「うん」


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