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三年生編 第89話(4) [小説]

中学の時に、全てのクラスメートが敵になってしまったしゃ
ら。
誰もしゃらを受け入れてくれなかっただけじゃない。
しゃら自身が、誰も受け入れなかった。
誰かを心の中に入れることを、徹底的に拒絶してたんだ。

自分を孤立させ、自分の中に手を突っ込もうとするアクショ
ンを遮断することで自分を守る。
それは……大怪我したあとの僕の心境とぴったり一致するん
だ。

つまり。僕は、しゃらにとっては鏡に映った自分の姿。
それが自分の姿であれば、疑う必要なんかどこにもない。
でも実際は、僕としゃらとは全く別の人間だよ。
過去がどんなに似ていても、中身はまるっきり別物。

しゃらは、そこをまだきちんと切り分けることが出来ない。

自分が自分を裏切る。
鏡に自分でないものが写ってしまう。
どうしてもそれを見たくないしゃらは、鏡からはみ出た僕を
無理やり引き戻そうとする。

それが……ジェラシーって形に見えるんだよね。

これまで揉めた時にずっと言ってきたこと。

『そんなに僕のことが信用出来ない?』

うん。それはどんなに言っても意味がなかったね。
信用以前で、自分が割れる危険性をジェラシーって形で表現
してるだけだから。
僕が何百万回信用してって言い続けても、しゃらのアクショ
ンが変わることはないと思う。

しゃらの心理をどう考えるか。
しゃらと出会ってから今までの間に、それが僕の中でどんど
ん変わってるんだ。
今、僕が推理したしゃらの心中だって、本当にそうかどうか
はしゃらに聞かないと分からないし、しゃら本人にだってう
まく説明出来ないかもしれない。

心理。心の動き。
形のないものを言葉にして、説明したり、説得したりするこ
と。
それは……お遊びならいいけど、自分の興味の中心に据える
のはしんどいなあと思うんだ。

バイオには、そういう曖昧さの部分が少ないんじゃないか。
もっと、いろんなことをシンプルに考えられるんじゃないか。
もちろん、本当にそうなのかどうかは学んでみないと分から
ないけどね。

「こんにちは。お久しぶり」

「え?」

いきなり真横から声をかけられて、ぎょっとして振り向いた。

「あ、神村さん。お久しぶりですー」

「彼女は?」

しゃらを探して、神村さんがきょろきょろ辺りを見回す。
とほほ。僕としゃらは必ずセットになってると思われてるら
しい。

「しゃらは、進学予定の短大のオープンキャンパスに行って
るんですよ」

「あら。一緒に行かなかったの?」

「さすがに女子短大じゃ……」

「男性入場禁止?」

「そうです」

「そっか。それじゃしょうがないよね」

「はい」

「君は?」

「県立大は十月なんですよね」

「あら! わたしやみずほのとこ狙い?」

「あはは。そうです」

「そっかあ。動物やる感じには見えなかったけど……」

「バイオです」

ずべっ。神村さんがずっこけた。




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三年生編 第89話(3) [小説]

「うーむ……」

ちと予想外だった。
がらがらに空いてると思ってたんだけど、めちゃめちゃ混ん
でるやん。

「そっか。小中学校は、あさってから新学期だったとこもあ
るのかー」

ちぇ。ちびっこはいいよなー。

そりゃあ、特別展で恐竜化石とか並べてたら子供たちはすっ
飛んでくるよね。
それだけじゃなくて、夏休みラストってことで自由研究関係
での来館者も相当いるみたいだ。学芸員さんの周りが芋洗い
状態になってる。大変そうだなー。

僕はごった返してる特別展示をパスして、常設展示のフロア
に回った。
常設の方も、動物とか虫系はすごく混んでる。
植物の方はそれほどでもないから、前に来た時にさっと通り
過ぎてしまったところをじっくり見て回った。

「お」

中沢先生の先輩って言ったっけ。
学芸員の神村さんが、僕らが去年行った時に話してくれたタ
ンポポの雑種のことが、パネルにまとめられていた。

「……」

雑種であるというのを、どう識別するのか。
外見では、合いの子になってるのが分からないケースもある
んだな。
それは遺伝子を解析して、比べてみないと分からないってこ
と。

「うん」

そうなんだ。
僕がバイオをやろうと考えた動機の一つは、実はここにあっ
たんだ。
遺伝子とかバイオとか、それが面白いと思ったわけじゃない。
でも、分かりやすいと思ったんだよね。

僕だけでなく、いろんな人が疑問に思うこと。
分からないと思うこと。なぜ? どうして?
それには、答えが得られる場合も、分からないままの場合も
ある。

全部が分かるはずなんかないけどさ。でも、こうやったら分
かるんじゃないかなって方法を探すことは出来るじゃん。
そこが……なんとなく浮かんで見えたんだ。
自分が考えたことに出口があるって、いいなって。

瞬ちゃんに勧められた心理学。
僕もすごく面白そうだと思うし、たぶん僕には向いてるんだ
ろう。
でも、見えない心の中に手を突っ込む怖さは、手を突っ込ま
れた僕にしか分からない。

妹尾さんがやってるみたいなカウンセリングの仕事は、僕に
は一生出来ないと思う。怖くてね。
そしたら、心理学を学ぶ意味が小さくなっちゃうんだ。
そこが……僕にはどうにもすっきりしなかった。

心理。心の動き。
その場ですーすらぽんと分かることなんか、一つもない。
ずっと僕の側にいるしゃらの心ですら、僕はまだきちんと分
かってないもん。

腕組みして、これまでの僕としゃらとの関係を思い返す。

去年の夏のごたごた。
しゃらの異常なまでのジェラシーの直撃を受けて、あの時に
はしゃらの心の中なんか読んでる余裕はなかった。

今はしゃらとの関係が落ち着いてるけど、しゃらの心の中が
あの頃から劇的に変わってるわけじゃない。
逆。僕は……何も変わってないと思ってる。

どうしてそう思うかって?
弓削さんのケアの時のごたごた。
その図式が、去年と全く同じだったからだ。

ひっきーのジェニー。壊れかけの弓削さん。
僕が彼女たちへの同情を踏み超えて、好意を抱くところまで
行っちゃうんじゃないか。
しゃらのそういうジェラシーは、一見独占欲とか、自分に自
信が持てないひがみから来ているように見える。

でも……。
僕はそうじゃないと思うんだよね。

僕としゃらは、中身が恐ろしいほどよく似てる。
強烈な人間不信の塊が、心のど真ん中にどどんと居座ったま
まなんだ。

僕はしゃらを疑わないよ。
しゃらは一途だし、これまでも僕以外のオトコとの接触を潔
癖なくらい避けてる。
でもね、それは僕を好きだからってだけじゃないと思う。
たぶん……僕しか信用出来ないからだろう。





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