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三年生編 第88話(3) [小説]

僕の激しい言い方に、父さんがすっごいシブい顔をした。

もちろん、さゆりちゃんに向かって直接こんなセリフを言え
るわけない。
僕は、これから信高おじちゃんとの接点が増える父さん相手
だから、あえてそんな過激な表現を使ったんだ。

僕らには、さゆりちゃんの将来方針を決める決定権はない。
てか、そんなもん持ってこられても困る。
僕は、父さんが向こうで何か安請け合いをしないように、あ
えて釘を刺したんだ。

だって、父さんが善意で示唆したことと僕や母さんの意向が
食い違っていたら、それに傷つくのは僕らじゃない。
さゆりちゃんなんだからさ。

さゆりちゃんのこれからの方向性が決まった後で、僕らなり
にサポしたり助言が出来たらいいよね。
最後は、僕が強引にそうまとめた。
だって、それしか落としどころがないと思うもん。

父さんはこれまでたくさんの善意に囲まれてきて、だから善
意のありがたさをよーく分かってる。
母さんの芯は、逆境は自力で跳ね返さないと他に何もあてに
出来ないっていう、強烈な自立心がベースになってる。

元々そのベクトルは正反対なんだ。

家族を守るっていうことではがっちり噛み合ってきた二つの
意思が、視線が外を向いた途端に食い違うようになる。
それが、長く一緒に暮らしてきた家族の間でも。

人間というのは……最後は結局個に戻るんだなあと。
しみじみ思い知らされた一夜になったんだ。

その言いようのない不安感や不満感が……今みたいな頭痛に
なってじわっと溢れたんだろなー。

「ふう……」

カバンの中に突っ込んであった鎮痛剤を出して、水なしで飲
み込んだ。

まあ……気休めだよね。
実際に頭が痛いっていうより、それは気持ちの問題なんだろ
うから。

僕の後ろでは、立水が僕と同じような仏頂面で大学総覧をめ
くりながらうなっていた。

「ううー」

あいつも、物理外すところまではすぱっと決断したけど、そ
の後具体的にどうするかがまだ未確定なんだろうな。

悩んでいても時間は過ぎるし、悩んでいても腹は減る。
ああ、めんどくさ。

「さて」

購買でパンを買って来ようと立ち上がったら、すかさず立水
のチェックが入った。

「お? 工藤。今日は弁当なしか?」

「昨日、長時間の家族会議があってな。お袋が朝起きられん
かったんだよ」

「へー」

「まあ、なるようにしかならん」

「だな」

妙に納得したような顔で、立水が分厚い総覧をぽいっとぶん
投げた。

「ったく。日本てえ国は、どうしてこんなに山のように大学
があんだよ。目まいがしそうだ」

ははは。
昔と違って、今の僕らはすごく恵まれているんだろう。
恵まれているってことが分からないくらいに。

それって……いいんだか悪いだかよく分からないね。

「はあ……いてて」




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