SSブログ

三年生編 第88話(6) [小説]

「すげえ。恐ろしいくらいタフだ。さっすが、りん」

いや……違うな。
即座に思い直す。

りんも、基本は僕と同じなんだよね。
自分は大丈夫。こんなことくらいでへこたれないよ。
そういう平気さポーズを取る。

自分の両親の仲がぎしぎし軋んでいることは、もうずっと前
から分かってたんだろうな。

親父さんが暴君だったら、お母さんが親父さんを立てないと
バランスが取れない。
そういう偏った力関係のまま親がりんの進路を指図しようと
したら、りんの逃げ場はどこにもなくなる。
子供としては親に仲良くしてもらいたいけど、親を立てたら
代わりに自分が消えてしまうんだ。

親の夫婦仲を取るか、自分の進路を取るか。
りんにとっては辛い選択だっただろうな。

巴伯母さんが両親を木っ端微塵にした時にりんが泣いたの
は、親が失職したからじゃないな。
自分が間に入ることで辛うじて保たれてた夫婦のバランス
が、失職によって完全に崩れてしまうこと。
それが……最初から分かってたからだ。

「ふう……」

それでも。今のりんとあの時のりんは違う。

僕もしゃらもりんも、もう少しで親から離陸なんだ。
親のせいでこんなんなっちゃったって、そういう言い訳が出
来なくなってる。
そして、りんは死んでもそんな言い訳はしたくないだろう。

わたしにはわたしの夢があり、将来像がある。
そう宣言して早くから道を決め、わき目も振らずに爆進して
きたりん。
そこには、りんの本音じゃないものが混じっていたかもしれ
ない。

でも、どうせやるなら自分を残らず全部ぶち込んで、がっつ
り燃え尽きるまでやりたい。
それが、りんだ。

「う……ん」

昨日今日。
ずっと考え続けていたさゆりちゃんのことを、もう一度思い
返す。

中身が違うって言っても、うまく行かなかったという事実は
さゆりちゃんも実生も同じ。
じゃあ、実生とさゆりちゃんとでどこが違った?

僕は、運不運の差だけじゃないと思うんだ。

実生はいつでも自分のやりたいことを探す。
好奇心が強くて、新しいことにトライするのを躊躇しない。
こっちに来て、陸上やったのも、合気道習ったのもそう。
親や僕の勧めじゃなくて、全部自分で決めてる。

プロジェクトに参加したのも、僕がいたからじゃない。
プロジェクトのカラーが、他の部とまるっきり違ったから。
おもしろそうだと思ったからだ。
そこが……実生とさゆりちゃんとの一番大きな違いなんだよ
ね。

さゆりちゃんは健ちゃんのまねっこを続けて来て、もうま
ねっこ出来なくなるってことを甘く見てたんだろう。

おまえの人生なんだから、おまえが考えろ。
親や健ちゃんがまじめにどやしたのを、ずっと先のことだと
思ってたんだろうな。

信高おじちゃんと進路をめぐって激突したさゆりちゃん。
だから、さゆりちゃんだって何も考えてなかったわけじゃな
いと思う。
でも、家族にさゆりちゃんの真意が分からないまま、反発だ
けが爆発してスピンアウトしちゃった。

自力で、次の自分を作る。
健ちゃんは、どうせ俺のまねをするならそいつをコピってく
れよって言いたいだろう。

まあ……そこは少しずつやるしかないと思う。

北尾さんみたいに、チャンスを活かして同じ人とは思えない
くらいに自己改造に成功した人もいれば。
ずっと被り続けた猫が一体化しちゃって、とうとうそれに侵
食されちゃった穂積さんみたいな人もいる。

誰かが自分のことを一番底まで分かってくれる……そういう
幻想を持たないこと。
自分のことは自分にしか分からない。自分で改造しない限り
は腐るしかなくなる。そういう危機感を持つこと。

僕は心から祈る。
出来るだけ早く、さゆりちゃんがそれに気付いて欲しいなと。

親や健ちゃんの差し出した手を、安易に取ってしまう前に。




ekumea.jpg
今日の花:エクメア・ファスキアタAechmea fasciata




nice!(74)  コメント(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー